10 つれづれ

December 23, 2009

国会議員【松井】

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 先日、属する委員会の先輩弁護士の主催で、衆議院議員を囲む会というのがありました。消費者契約法の立法の際に関わられた国会議員だということで、勉強会のような趣旨でした。
 実際に生の国会議員と3時間もみっちり少人数で席を共にするというのは初めてでした。
 そこで感じたことは、国会議員はタフでなければやはり務まらないということでした。ポスターでよく見かけていた方であり、爽やかイメージを持っていたのですが、会ってみると、泥臭い、良い意味でも人間臭い方でした。
 そして、これでないと国会議員としては活躍できないなというものでした。


 公職選挙法4条1項、2項により次のように国会議員の定数について定められています。
 衆議院議員の定数は480人(うち小選挙区選出300人・比例代表選出180人)、参議院議員の定数は242人(うち選挙区選出146人・比例代表選出96人)。
 衆議院議員は、総勢480人です。そして任期は4年(憲法45条)。法律案についても、参議院で否決されても、衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再度可決したときは法律となります(憲法59条2項)。衆議院の優越です。
 この議員たちが、法律を作り、法律を改正していきます。
 予算についても、内閣が作成した予算について、衆議院の先議と優越が定められています(憲法60条)。
 平成21年10月現在、欠員なしの480名。
 http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kousei.htm
 この480名で日本の大きな物事、方針が決まっていくのです。
 その重要な1名/480名 がどんな人なのか。


 民主党から4戦しており、当選2回という40代のまさに働きざかりの議員でした。民主党はいまでこそ与党ですが、野党の立場での議員も経験されていました。
 どういった日々の活動なのか。
 今回のように、情報収集と広報活動といった意味もあるのでしょうが、懇親会・勉強会に出席し、自身の日々の東京での活動の話をされると共に、集まったメンバーからの意見に耳を傾けていく。
 こうした活動を積み重ねながら、それをどう国政、国会、そして議院制内閣のもと、内閣での行政活動に活かしていくのか。
 この過程での、各所での力が議員としての能力であり、議員に求められている世の中での役割なのだということを目の前の議員のパワフルな姿を見て、実感しました。
 
 まず驚いたのは。
 やはり最初、とにかく喋る喋る。30分の持ち時間で、立て板に水で情報内容満載の話しを話し、聞き手を笑わせるようなネタも交えながら、いかに活動・活躍しているのか、戦っているのかの話を聞かせるパワーでもって話されました。
 30分でしたが、まだまだ喋れると言っていました。

 そのパワフルさにまず驚きました。
 その後、各弁護士からの話に対しても、ときおりメモをとりながら、一つ一つさばくように聞いて、言葉を交わしていきます。
 馬鹿では出来ない仕事、相当な能力がないと務まらないと思いました。
 何年か経験するまでにここまでになられたのかどうか。
 
 そして東京での活動は、各所との「戦い」です。情報戦です。舐められたら終わりという世界のようです。
 舐められないために、手綱を御するために知識と情報で圧倒せねばならない。
 四方八方、戦いの世界のようでした。
 国民、役人、同じ議員、それぞれいかに人の心を掴んでいくのか。


 3時間の勉強・懇親会が終わってしみじみと思ったこと。
 
 「志」と「能力」がないと、ただの議員の一票として党の幹部に利用されるにすぎない立場なのが国会議員なのだろうなということです。
 「志」がなかったら、ただの風見鶏として終わります。
 「能力」がなかったら、その志が実現することはありません。
  
 議員に限らず、どの仕事も同じなんだろうけど。

 自分がいったい何のために国会議員になっているのか。480人の人々全員に「志」と「能力」があるのか。
 
 それを見極めるは選挙民であり、世論を形成するこの国で暮らす人々だと思います。
 選挙のときだけではなく、選挙のあとこそ、その議員らの「志」と「能力」を見極め、働きかける必要があるのだと思います。
 このための仕組みの重要な構成要素がマスコミ。
 このマスメディアの記者の能力のチェックは誰がどうするのか。
 ネットなんだろうと思います。ネットによって発信能力と情報収集能力を身につけた能力と志ある人が新たな情報発信をしていく。
 マスコミの報道に疑義を唱えていく。
 
 今、まさに民主主義がどんどん成熟しているのだろうと思います。
 
 片山右京さんらのパーティーの遭難事故事件。
 登山家の野口健さんのブログです。
 http://blog.livedoor.jp/fuji8776/archives/2009-12.html#20091222
 
 twitterで知りました。
 報道の姿勢についても考えさせられます。これが日本の現実なんだろうと思います。残念。


 国会議員と記者こそ、本当に志と能力にある人にその仕事を担ってもらいたいです。
 裁判官と検察官、そしてもちろん、弁護士も。

(おわり)
 
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December 21, 2009

年末のしたく【大橋】

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 相当お久しぶりの大橋です。

 この土日は仕事続きで、今日日曜の夕方になり、ようやくちょっと一息つけました。

 外は中之島公園のイルミネーションを見に来る人で賑わっています。事務所の窓から一望というのも贅沢なものです。

 そろそろ年賀状をお送りする方の名簿も調製しないといけないのですが、突然思い出したのが、クリスマスカードを購入して送ることでした。

 私はクリスチャンではないですし、どうしてクリスマスカードか?ということなのですが、灰色の世界にいる依頼者・元依頼者の方々、つまり受刑者や死刑確定者の方に送ることにしているのです。

 「せめて派手なクリスマスカードを送ってあげるようにしてるのよ」と、先輩のN弁護士が話していたのを聞いて、なるほどと思って以後実践中です。

 今年は、スウェーデン・オランダ訪問もしましたので、同行のN弁護士(また別の先輩)が国際クリスマスカードを選んでメッセージや封筒の表書きもしてくださり、私はなぜか「訪問団代表」として末尾にサインをする役を仰せつかりました。
 その役得で、日本情緒のあふれるクリスマスカードを何枚も眺めることができました。

 日本はデフレで、飲食店も観光地も賑わいが減っているようです。せめて彩り明るく、年末年始を。

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December 07, 2009

身の回りの嬉しい話し【松井】

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 ブログの更新を怠っていますが、この間、法律の業界でも、自分の身の回りでも、いろいろなことが起こっています。
 今回は、雑記的な身の回りの事柄について(いつもか。)。


 ここ1、2週間ほどで嬉しいことがいくつも起こっています。
 先日は、四国の地方新聞社で働く記者の友人から嬉しい電話がありました。
 応募していたフルブライト奨学生のジャーナリストプログラムに見事合格したというのです。
 フルブライト奨学金 http://www.fulbright.jp/grant/p-jour.html
 彼女は、大学の時以来の友人なので、18歳からかれこれもう20年以上のつき合いになります。
 関西大学法学部を卒業後、国際法を専攻して京都大学大学院に進学し、その後、ジャーナリストの道に入りました。
 最初は、今は亡き、元読売新聞大阪本社社会部の部長で、黒田軍団と周囲に言わしめた黒田清さん主催の「黒田ジャーナル」で働き始めました。
 そこには、今は、独立して活躍されているジャーナリストの大谷昭宏さんも黒田さんの部下としていて、二大巨頭の下で「記者」としての取材力と表現力に磨きをかけました。 その後は、場所を移して、九州方面で著名な新聞社、西日本新聞で取材記者として活躍します。
 そして、もともとの出身地であった四国に戻り、四国の地方新聞社で取材、報道をしています。
 東京ではなく、地方で何を発信できるか、何を発信すべきなのか。取材記者としていろいろと悩み模索があったようです。
 そこで40歳を前にして再度、トライしたのがジャーナリストプログラムだったようです。
 四国の新聞社からは初めての選出ということで、アメリカで研究した成果を四国に戻って、四国に対し、どのようにその得たものを発表し、還元するのか。楽しみです。
 彼女の挑戦をおそれない勇気とその彼女を応援する新聞社。広告費の削減等のために経営基盤が危うくなっていると言われる新聞社が多い中、収縮していくだけでなく、敢えて打って出る姿勢。
 四国徳島では、「葉っぱビジネス」が脚光を浴びました。発想を変えてみる、視点を変えてみる。そこから、地方からも大きなうねりが発生する。
 日本では四国の時代がやってくるかもしれません。


 もう一つ、嬉しかったこと。
 知り合いの神戸三宮の路上を主な舞台とする、ミュージシャン、信政誠さんが新たなCDを全国発売したということです。
 http://www.eonet.ne.jp/~nobumako/top1.htm

 最初、YouTUBEでその歌声を聞いて、これは本物だと思いました。単に歌が上手い、声がいいという人は周りでもいくらでもいますが、ミュージシャン、歌手として成功するには、その人ならではの魅力的な歌声というものが必須だと思います。
 その必須の要素を感じました。
 aikoや、矢井田瞳、平井堅、yuiなど、皆さん、その人にしかない魅力的な歌声の持ち主です。
 信政誠さんにもそれを感じました。
 だからずっと応援していたのですが、11月25日、ようやく全国CDデビューを果たしました。
 良いものは人に紹介したい、知って欲しい、喜びの感情を共有したい。
 そんな思いで、もっと多くの人に彼の歌声を耳にして欲しいと思います。
 Nobumako Standard
 
* thanks のところに名前をクレジットしてもらっています。ありがとう!


 最後に。最近嬉しかったこと。
 これも、その動向を見守り(笑)、ぜひまたお店を始めて欲しいと願っていた知人の方が、以前お世話になっていたというオーナーに声をかけてもらって、新たにオープンした店の責任者として頑張っているということです。
 一時は自営業的な仕事はもうやめて、毎月、定額の給料がもらえるような安定した仕事に就きたいといったことも口にされていた方ですが、やはり接客業が好き、自分が任されたお店でお客さんを楽しませていきたいという思いがあったようです。
 そして、声をかけてもらって、オープン準備から参加し、今回、無事に新規店舗オープンの運びとなったようです。
 「あそこに店を出すんですよ。」と言っていたとき、そのあそこをのぞいてもまだテーブル一つなく、本当にあそこに店がオープンできるのだろうかとだんだん心配にもなっていました。
 それがこの12月1日、無事に新規オープン。嬉しい限りです。


 フルブライト奨学金を得てアメリカに旅立つ友人も、全国デビューということで本当に、ようやく大海原にこぎ出していく信政誠さんも、そして心機一転、喜びに満ちて店舗オープンさせた知人も、みんな、頑張って成功して欲しいと思います。
 それぞれに何らかの形で関われて、お役に立てたことは、非常に光栄です。
 

 twitterを始めて、東京や名古屋、地方の弁護士さんや、あるいは家庭裁判所で調停委員をされている方などとやりとりをさせていただいています。
 その中で、調停委員をされている方がこのような趣旨のことを仰っていました。
 
 

幸せになりたくて家裁のドアを叩く方が、幸せを掴むお手伝いをするのが家庭裁判所の調停委員なんだ
、と。

 人として、やはり、人が幸せになる手伝いが出来るというのは、それがまた人としての自分の幸せなんだと思います。
 
 仕事も、弁護士業も同じです。
 一人では、自分だけではどうにもならない問題を抱え、何か前進があればとの思いで法律事務所のドアを叩く方々に対し、力添えをして、共に問題に取り組み、最後は晴れ晴れとした顔で別れるのが喜びです。
 ただ、長いおつき合いになることも多いその過程で、私自身の人間としての弁護士としての未熟さなどから、不満、不信をもたれることもあるかもしれません。
 時には、依頼者を見る目がなかったということで本当は弁護士としては非常に恥ずかしいことではあるのですが、やむを得ずに当職の方から辞任させていただくこともありました。
 ただ、相談を受け、依頼を受け、受任させていただくときの気持ちはいつも同じです。 何とか問題を解決して、最後、笑顔で帰ってもらえるようにお役に立ちたい、一緒に問題に取り組み、何が何でも解決する。
  
 私もまた、友人達のように、おそれずに前に一歩進んで行きたいと思います。

(おわり)

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November 24, 2009

ガイド〜道先案内人の大切な役割〜【松井】

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1 
 人のふりみてわがふり直せ、ではありませんが、「ガイド」の意味合いについて弁護士業務と重ね合わせて考える機会がありました。

 自分なりによく比較するのがお医者さんや病院だったのですが、先日、弁護士同士のとある親睦旅行に参加し、西表島に行ってきて、また違うものと比較してしまいました。

 8年ほど前にも、一人旅行で石垣島、西表島、沖縄本島をふらふらと旅行したことがあり、二度目の西表島探訪でした。
 前回は、突然思い立ち、行き当たりばったりで、西表島の川をカヌーでさかのぼり、途中下車して、トレッキングをして、滝つぼで泳ぐといったもので、他に女性客、家族客といっしょだったためか、ガイドさんに対して、私が疑問を思うということも特にありませんでした。向こうが私をどう思っていたかというと、30歳の女が一人旅で何でこんなツアーに参加を?!と気持ち悪かったかもしれません。

 しかし、今回。
 今回も、トレッキング&カヌーができるツアーに参加申し込みをしたのですが、前回と同様のプランだろうと勝手に思い込んでいたところまったく違い、そのためかかなり戸惑いを覚える体験をしました。


 何に戸惑いを覚えたのか?
 全体像を説明しない、こちらの理解を確認しない、具体的に説明しない、ということです。
 
 朝の集合だったのですが、その日一日、どういうプランでどういったところを歩くのかの説明がほとんどありませんでした。
 あったのは、こちらの軽装の格好を見て、「思っているよりも大変な道だと思いますよ。」ということだけでした。

 客は私たちのグループの二人だけだったのですが、まったく丁寧な、親切な説明がなし。
 どんなルートでどんな道を進むのかの説明がないままに出発してしまいました。
 どこかで説明があるのかと待っていたら、結局、ないままでした。

 ここでちょっと気の利いたガイドなら、地図を示し、ルートを示したはずです。また、途中の道についても、川を突っ切りますよだとか、細い崖っぷちのような道を通りますよだとかの説明があったろうにと思います。
 そんな説明はなく、出発。

 雨上がり、滑落しそうな細い崖の道を歩いたり、結構流れが早く、足場も石だらけで悪い川を突っ切ったりと、非常に心細くなりながら、しかしガイドはガンガン先を歩くので、不安がる暇もなくついていくのが必死でした。
 ここではぐれたら、遭難だなあ、そんな場合は川のところでじっとして救助がくるのを待つのがいいのかなあといったことをふーっと考えながら、ガシガシ歩きました。
 川を渡るときも、ここで足をすべらせたら、石のところで頭を売って、この川の勢いで下流にどんどん流されて行くんだろうなあと夢想しながら、必死で石に足を吸い付けるように川を渡りました。

 カヌーをどこでいつ乗るのかも聞いていなかったので、この先からカヌーに乗るのだろうかなどと考えていたら、結局、ゴールは小さな滝のある場所でした。
 結局、また来た道を戻って、事務所に戻るとそこで一服して昼食をとり、そこから川に出て、カヌーで近場をうろうろというのがこの日のツアーのすべてでした。
 

 西表島のジャングルを満喫し、久しぶりにカヌーを漕いで気分もよかったのですが、このガイドの方はかなり損をしているなと思いました。
 島のしきたりや島で暮らすということ、祭りの話などいろいろと面白い話しも聞けて、楽しかったのですが、「ガイド」としてはまだまだ足りない、もっと上の「ガイド」があるのではないかと思わせられました。
 それは、人に伝える、そのために聞き出すということです。
 一方的ではない、双方向のやりとりによって、要求にあった情報のやりとりをし、その結果、安心を得たり、より楽しく過ごすということです。
 それは、質問をして、「全体像を示す」ということだと思います。

 島のトレッキングやカヌーをするのであるなら、ゲストの理解を確認し、不足を補う情報を与える、それは、島の地図を示して、これから行くルートを示す、カヌーで漕ぐ川筋を示す、そういったことです。
 これがあるのとないのとのでは、ゲストの楽しむ余裕、楽しみの深さが違ってくると思います。
 
 私がこのツアーのガイドなら、絶対に島の地図を用意して、これから行く場所を確認して示します。

 で、振り返って考えるに、弁護士による代理人活動も同じなんだろうなとつくづく思います。

 毎日の仕事でもあるので、ついつい各依頼者も分かっているものと思い込んで振る舞ってしまいます。
 しかし、実際には、弁護士に代理人活動を依頼するなんてことは個人の方なら初めてのことがほとんどです。そもそも、弁護士って、何をどこまでしてくれるのか、依頼した相手との交渉はどうなっているのか、これからどうなっているのか。
 西表島のジャングルの中のトレッキングよりも不安なことだらだけだと思います。
 交渉が決裂したらどうなるのか、費用はいくらかかるのか、分からないことだらけ。
 しかし、ガイドである代理人は先へ先へとどんどん進んでいってしまい、聞きたいこともなかなか聞ける雰囲気ではありません。
 申し込みをしてしまい、進み出したが最後、この弁護士の後ろ姿を見失うまいと後にすがって進むしかないのか。休憩したいんだけど、いいだせない。
 
 弁護士も、今回のガイドさんと同じようなものかもしれないなといろいろと考えさせられました。


 結局、何事も気配りで、それが出来るかどうかはその人の想像力によるものかと思います。
 ちょっと想像力を働かせる。そして、自分が出来る心配りをする。
 これの繰り返しだと思います。
 完璧なサービス。
 
 ただ、もちろん、いくらサービスがよくても、そもそもの根本的な知識と技量がなければ、ガイドもゲストを楽しませながらも、誤った場所へ連れて行ってしまったり、下手をすればゲストに大けがをさせたりしてしまいます。
 知識と技量、そして想像力。
 ガイドに必要な要素だし、弁護士にも必要なものです。
 
 と、またなんだか意地悪な客の目線の気付きを書いてはいますが、案内してくれたガイドさんはとっても素朴ないい人で、自然を堪能できました。
 ときどき、木を切るのこぎりを持つ手を止めて、のこぎりの刃を磨く休息が必要ですね。ボロボロの刃ではいくらひいても木は切れない。一度休んだほうがリフレッシュされてかえって効率的という話。
 ときどき日常を飛び出て、非日常に行くことによって、かえって日常がよく見えます。

(おわり)
*帰りは、石垣牛のステーキを食しました。ご馳走様でした。 
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November 14, 2009

権利の上に、眠らない!〜消滅時効など〜【松井】

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 民法では、3に記載のような規定があります。
 要は、いつまでも権利行使できるわけじゃないよ!ということです。
 「権利の上に眠るものは保護に値せず」という言い方で、せっかく発生していた権利を行使できないときが定められています。時効消滅と言われるものです。
 ただ、時効は、「時効の中断」というものが認められています(民法147条)。なかにはこの中断が認められないものもあり、それは消滅時効とは別の、除斥期間といわれています。

 なぜこんな規定があるのか?
 自分が請求される側だったらどうでしょうか?忘れたころに請求してこられる。もうそんな昔の書類などは捨てちゃったよ、覚えていないよ、といったことが考えられます。一方で、請求する方は、もっと早く請求しようと思えば請求できたでしょという事情があります。
 だったらこの間の利害を調整して、「権利の上に眠るものは保護に値せず」としても必要性/許容性 OKだろうと考えられます。
 そこで、消滅時効や除斥期間といったものが定められてます。


 最近、不景気だからか売掛金回収の相談を受けることが多いです。踏み倒されるという話。

 1000万円の売掛金だったら迷わずに裁判をするのでしょうが、30万円程度や100万円前後といったように、弁護士に依頼して裁判を起こしてまで回収するのか迷われるような金額のケースが多いです。
 裁判を起こして勝ったからといって、完全に回収するには和解で終わらない限り、強制執行まで要します。差し押さえ、換価手続きです。
 弁護士費用を払って、いったいいくら手元に残るのか。

 経営者の方の決断だと思います。
 ただそうして迷っているうちに、日にちがどんどんすぎて、結局、時効で回収できないということも考えられます。

 裁判を起こし回収作業に着手する、あるいは、税法上、損金で落とせないか検討し諦めてしまう。
 二つに一つの場合がほとんどです。

 どちらにしても、決断できないままに、うっかり「権利の上に」眠ることのないように気をつけて欲しいと思います。

 売掛金の回収に関わらず、中古の家を買ったけど雨漏りがするであったり、交通事故に遭ったけどまだ加害者から賠償金を支払ってもらっていないだとか。
 ぼんやりしているうちに1年、2年は大人になるとあっという間に経ってしまいます。

 皆様、どうぞ気をつけてください。そして。早めに弁護士なら弁護士に相談し、「決断」をされることをおすすめします。



 「権利の上に眠る」ものはメッ!のあんな規定、こんな規定

 

166条1項 消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する。
 167条1項 債権は、十年間行使しないときは、消滅する。

 さらに、債権の種類等によって細かくわけ、5年、3年、2年、1年の時効期間を定めています。

 

169条 年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権は、五年間行使しないときは、消滅する。

 

170条 次に掲げる債権は、三年間行使しないときは、消滅する。ただし、第二号に掲げる債権の時効は、同号の工事が終了したときから起算する。
   1号 (省略)
   2号 工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権
 

 

173条 次に掲げる債権は、二年間行使しないときは、消滅する。
   1号 生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権
   2号 自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権
   3号 学芸又は技能の教育を行う者が生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権

 

174条 次に掲げる債権は、一年間行使しないときは、消滅する。
   1号 月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権
   2号 自己の労力の提供又は演芸を業とする者の報酬又はその供給したものの代価に係る債権
   3号 運送賃に係る債権
   4号 旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権
   5号 動産の損料に係る債権

 また、契約上の債権ではなくって、事故など契約当事者間でなかったものについての不法行為責任については3年とされています。また、「権利を行使できる時から」という定め方ではなく、「損害及び加害者を知った時から」との文言になっています。

 

724条1項 不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。


 その他にも、無過失責任といわれるものなどについては、次のような規定があります。基本、1年です。

 

570条 売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第566条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。
 566条3項 前二項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。

 
 
637条1項 前三条の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は、仕事の目的物を引き渡した時から一年以内にしなければならない。
 638条1項 建物その他の土地の工作物の請負人は、その工作物又は地盤の瑕疵について、引渡後五年間その担保の責任を負う。ただし、この期間は、石造、土造、れんが造、コンクリート造、金属造その他これらに類する構造の工作物については、十年とする。


 また、離婚の際の財産分与の請求権については、「離婚の時から」2年とされています。

 

768条1項 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
  2項 前項の規定による財産の分与につちえ、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りではない。


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November 09, 2009

立ち読み考〜物色という行為と店の心配り〜【松井】

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 近所の大阪証券取引所ビルには、そのビルが出来たときから地下にセブンイレブンが入っていました。
 そこには当然、週刊誌の棚があり、出先から事務所に戻る際など、時折、飲み物やお菓子を買い、そのついでに週刊誌をぱらぱらと立ち読みして、面白そうな特集のときはよく買っていました。
 しかし、いつのころからか、そこの棚においてある週刊誌などがすべてヒモで縛られて立ち読みできないようにされてしまいました。
 以後、そのセブンイレブンで週刊誌を買うことは全くなくなりました。


 その後、どうしたかというと、たまたま近くの地下道のところに京阪関連の小さな店舗が出来て、そこに週刊誌の棚もおかれ、そこではまったくヒモなどでは縛られていない対応になっていました。
 以来、その店舗の方で、たまに棚にある週刊誌をパラパラと立ち読みをし、面白そうな特集のときは買い込んでいました。また、ちょっとした飲み物などもそっちの店で買うようになっていました。

 が、しかし。先日、いつものようにパラパラと立ち読みをし、つまり「物色」をしていたところ、私は顔に覚えのあるその店の店員のおばちゃんが、「立ち読みはお断りしていますので」と声をかけてきました。
 びっくりして、一応、「すみません」といって手にしていた雑誌を閉じて、棚に戻し、その場を去りました。

 非常にがっかりしました。
 もう二度とあの店では雑誌も飲み物も買わない、という思いにかられました。


 近所のセブンイレブンの雑誌のひも縛りは、雑誌を買う人の行動パターンが分かっていない、ばかな売り方だなといつも思っていました。で、一方の地下道の店舗は、まだ賢いなと関心していました。
 しかし、地下道のお店も同じでした。
 本当に、がっかりしました。
 
 本好き、雑誌好きの人の行動パターンをまったく理解していない。
 立ち読みは、「ただ読み」、「読み逃げ」ではなくて、「物色」行為なのです。
 つまり、面白そうな雑誌を物色し、面白そうと思えば、その雑誌を買って行くのです。
 もちろん、ただ読みの人もいるとは思います。ただ、それを防ぐために、「物色」行為をする潜在的なお客さんを締め出すというのはまったくバカな売り方だと思います。


 12年ほど前、初めてアメリカに行き、オハイオ州の田舎の友人宅に1週間ほど滞在しました。その時、アメリカ国内では大手有名巨大書店であった「バーンズ&ノーブル」という書店に連れていってもらった際、非常に感動したことを覚えています。
 なんと、広い店内のあちこちに、手にした本をゆっくりと座って読み、物色できるように、座り心地のよいイスが置いてあったのです。
 手にした本をゆっくりと眺め、読んでいってくださいという心配りを感じました。そうです、心配りです。お客さんに対する信頼、善意を感じました。もちろん私も、いろいろな本を物色したうえで、相当、買い込んでいきました。
 日本も、その後、今でこそ、ジュンク堂などではイスが店内のあちこちに置かれています。
 
 その一方で、雑誌をひも縛りしてしまうコンビニや、「立ち読みはお断りしています」と店員が声をかけてくる小さな地下道の店員、店舗が存在するのです。
 場所柄、北浜界隈でもあるので、会社勤めの人が多く、それほど雑誌を手荒に扱うような不作法な人が多いところとも思えません。

 本当に朝から、がっかりする出来事でした。


 その延長で考えるに。
 弁護士も「物色」される時代なのではないかとふと思ったことです。
 医者もセカンド・オピニオンが普通に求められる時代です。
 弁護士も、知りあいの人に紹介されたからといって、相談に行き、今一つしっくりとこない、信用しきれない、合わないと思うようであれば、他の違う弁護士を探して当然なのではないかと思います。
 探すのに時間を要しますが、一度手にしたらその雑誌を絶対に買わないといけないわけではない、パラパラと見て、面白くなさそうなら買わない。
 その「手にしてパラパラと見る」という行為が、弁護士への時間制の相談ではないでしょうか。
 それが出来て当然。そうあるべきだと思います。
 ヒモで縛ってしまってはいけない、「立ち読みお断りです」と言ってはいけない。
 人に向ける言葉はすべて自分に返ってきます。

(おわり)

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November 06, 2009

年次有給休暇と雇用/就職 【松井】

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 11月6日付けの日経朝刊では次のような記事がありました。

 

年休取得、微増47.4% 厚労省調べ、昨年1人平均8.5日

 
 
「調査は常勤の従業員(パート含む)が30人以上の6147社が対象で、4321社から回答を得た。」
とあります。
 
「業種別の取得率は『電気・ガス・熱供給・水道業』が74.7%で最も高く、「宿泊・飲食サービス業」が29.4%で最低だった。規模別では、1千人以上は53.7%だったが、30~99人では40.0%で、小規模企業ほど取得率が低かった。」
とあります。

 厚労省のもとはこれ→   http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/09/gaiyou01.html



 雇用の悪化、失業率の悪化ということが言われています。
 経済学の勉強は挫折しているので、失業率の悪化がいかなるところにどのように影響を及ぼし、それを改善する施策としては現時点で、どのような政策が有効なのかどうかといった点、意見をもてるほどのインプット、知識がありません。
 勉強せねばとは思っているのですが。
 
 そういったことをさておいて。すごくバカな、アホな、短絡的な浅薄な考えであろうことは承知のうえで、この記事を見てこれまたぼんやりと考えたことをメモがわりに記しておきたいと思います。
 雇う側の立場としての考えになることは承知しています。


 うちの事務所がそうであるように、正社員従業員が2名といったような小規模な経営環境の場合、果たしてそこに、労働基準法がそのまま妥当することが実際的なのかどうかということです。
 残業代等の割増賃金を支払うことなく、長時間労働を強いるというは確かに悪だと思います。ただ、それは労働基準法に反するからというよりも、もっと素朴に、搾取に繋がるということになるから悪だと言い切れるとは思います。
 ただ、どうなんだろうかと釈然としない思いでいるのが、「年次有給休暇」です。


 労働基準法では、39条で年次有給休暇が定められています。
 

1項 使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない
、とさだめています。

 そして、継続勤務年数が増えるに従い、年次の有給休暇日数が数日づつ増えていく仕組みを定めています。

 前述の新聞報道では、この消化日数が、従業員30人以上の企業で、取得率が47.4%、その取得した際の日数でも平均が8.5日ということです。
 ここでいう「取得率」は、「(取得日数計/付与日数計)×100(%)」ということなので、一応、従業員が皆、それぞれ有給をとっていたとしても、一人当たり8.5日ということなので、もっと多くめいいっぱいとっている人もいればほとんどとっていない人もいるということもありうるのだと思います。

 そこで思うに、たとえば、従業員が10名以下の小さな、小さな会社の従業員さんが、皆がめえいっぱい、毎年、毎年、有給休暇を消化するということが本当に現実的なことなのかどうかということです。
 勤続年数がそれなりの従業員の方が10名いる会社で、10名の人が毎年10日間、有給で休めるようにしなさいということが現実的なのかどうか。


 趣旨としては、「年休制度は、『毎年』『長期間』『連続』して日々の労働から開放されることを、賃金を失うことなく、保障することによって、使用者という他人の指示のもとで(他律的に)働いている労働者に、休養・娯楽・能力開発の機会を確保して、健康で文化的な生活を享受させることを目的としています。」
とあります(149頁「ベーシック労働法」有斐閣、06年)。
 素晴らしい、もっともなことだと思います。まさに労働者と使用者の違いは、「他律的に働いている」か否かが大きいと思います。他律的に働く場合、自律的に働く場合とは異なる気苦労、開放されたい辛さがあると思います。
 4年ほどですが、勤務弁護士として働いてはいたので「勤務」と「経営」の根本的な意識の違いは実感として分かります。
 
 
「第二次世界大戦後に西欧諸国で立法制度として普及し、1970年にILO132号条約で最低3週間(そのうち2週間の連続付与)の年休付与が定められ、今や、国際的な最低労働条件の一つとなっています。」
とあります(同)。
 

 人を雇うということはそれだけの責任があることなのだ、という前提にたてば、お客様のためにの前に、従業員のために、雇い主・使用者は責務があるというのは当然ではあると思います。
 長時間労働をさせないための時間外労働手当ての支給、不合理な理由では解雇はできないということ、まさに従業員の生命、身体といった生活がかかっているものです。
 このような基準は、従業員100人以上であろうが、10人以下であろうが、変わりのない普遍的に妥当するものだとは思います。

 ただ、年次有給休暇はどうなのかなという思いが払拭できません。
 10人の従業員で回している職場で、1人が連続して有給をとりますといったことが何を意味するのか。
 だったらそもそもそんなぎりぎりの人数というのがおかしいのではないか。
 しかし使用者の事情もあります。もう一人を雇うだけの経済的余裕がないのであれば仕方ありません。もう一人を雇わせて、給料未払いで揚げ句の果てに破産、全従業員解雇なのでは意味がありません。
 10人以下の従業員の場合、かつかつでやっているところがほとんどではないでしょうか。
 
 中小企業こそ、福利厚生など労働条件を大企業よりもよくしてこそ、優秀な人材がきて、発展するという言われ方もします。
 本当でしょうか?
 福利厚生を当てにして就職するのでしょうか?
 基本は、労働の内容なのではないでしょうか。そのうえで、週40時間以下の労働時間を前提として、見あった給料が支払われる。
 
 休暇を得たいときは、No Work No Pay の原則では、その企業で働く人はいないのでしょうか。
 

 勤務弁護士の経験があるといっても、気持ちは「弁護士松井淑子」で仕事をしていたし、実家もまさに従業員数名の小規模なハンコ屋自営業で、経営者の親の苦労を見てきて育っているので、気持ちはどうしても自律的な働き方が基本、自営業者というところから離れられません。

 大橋にこの思うところをぶつぶつとしゃべっていたけど、ことごとく反論されています。

 昨年、京都の某上場企業の社長さんの一部の発言、「そんなに休みたいなら、辞めてしまえ。」という言葉が一部で非難轟々でしたが、そういうことなんでしょうね。
 
 この意識のギャップについて、うまく表現されているyuichikawaさんという方のブログ記事を見つけました。
 勉強します。

 http://yuichikawa.blog28.fc2.com/blog-entry-1794.html

 幻想を抱いている経営者は、まずその頭を意識改革すべきなんですよ!!
 私の頭もバージョンアップすべきときが来たよう。

 ただ、雇用する側がハードルの高さにしり込みして出てきた雇用スタイルが、同じ仕事内容でありながら時間を短時間にする人を組み合わせることによるパートであったり、派遣であったり、偽装請負なのではないか。そうだとすれば、雇用の創出/失業率の悪化の防止ということからすれば、自治体、政府の「不必要事業の仕分け」じゃないけど、労働基準法の各内容の見直しがあってもいいのではないかと。強制が見合わない項目があるなのではないかと。緩和できる項目があるのではないかと。
 いまいちど労働基準法をみっちりと勉強します。
 
(おわり)


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October 28, 2009

遺言の作成助言業務と信任【松井】

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 最近、気になることがあります。これもやはりまだ考え、意見がスッキリとかたまっているわけではまだないのですが、備忘録的に書いておきます。
 
 それは、遺言の作成アドバイス業務についてです。
 公正証書遺言などを作成する際、自分で勉強して自筆証書あるいは公証人役場に行って、自分だけの力で作る人もいるかとは思います。
 ただ、やはり多くは、弁護士などの専門家のアドバイスを受けているだろうと思います。ここでいう「弁護士など」の「など」とは、遺言作成のアドバイス業は弁護士に限られていないという現実をさしてのことです。司法書士さん、行政書士さん、信託銀行、その他団体?が、遺言作成のアドバイス業務を有料で行っています。これはネットで検索すればわんさかと出てきます。
 
 遺言書の作成数が増えているのも司法統計から明らかなこともあり、私のもとに相談に来られる相談内容でも、公正証書遺言についてのものが多くなっているように思います。 そこで気になっているのは、「相続人の廃除」や生前贈与を書き記して、特別受益があるとし「遺留分侵害額」はないといった記載があるものです。
 このような内容の遺言書を作成する際、関わった「専門家」は、どれだけその裏付け事実の調査などをしているのか、あるいはしていないのか。どこまでの注意義務があるのか、ないのかということです。

 単に、遺言作成者が口にしたことを「専門家」が鵜呑みにして、後日の紛争にそなえた裏付け資料等を確認もしないままに、「代書屋」さんのように右から左へと「法律用語」を使って書くようにアドバイスするのでいいのかどうかです。
 作成に関わる以上、それは紛争予防が遺言者の本心である以上、紛争予防を考えるのであれば、やはり関与時、裏付け等の有無を確認、資料の確保すべき義務があるのではないかということです。
 この点、「本人がそう言っていたので、そう書かれただけです。」ということで「専門家」としての注意義務を果たしたといえるのかどうだろうかということです。

2 
 そこでたまたま読んでいた本に、なるほどと思う記述がありました。
 「信任」(信認)です。

 引用します。111頁、岩井克人「会社はこれからどうなるのか」(2009年、平凡社)

*本当は本の表紙だけを写したいのですが、アマゾンで購入のボタンが出てしまいます。。。

 

「信任とは、英語のFIDUCIARYに当たる日本語です。それは、別の人のための仕事を信頼によって任されていること、と定義されます。」

 
「重要なことは、信任とは契約と異質の概念であるということです。
 たとえば無意識の状態で運ばれてきた患者を手術する医者を考えてみましょう。この患者は自分で医者と契約をむすべません。だがそれにもかかわらず、救急病棟に詰めている医者は、まさに医者であることによって、患者のために手術をおこないます。ここでは医者は、患者の生命をまさに信頼によって任されています。すなわち、患者の信任を受けた信任受託者です。
 世のなかには、このほかにも未成年者や精神障害者や認知症老人など、法律上あるいは事実上、契約の主体となりえない人間はたくさんいます。彼らのために財産管理などをする後見人は、やはり信任を受けている信任受託者です。
 いや、医者と通常の患者との関係においても、信任という要素が入り込んでいます。なぜならば、医者と患者との間には、医療知識にかんして大きな開きがあるからです。たとえ契約書が交わされていたとしても、医者がおこなう治療の内容を患者が理解できる形ですべて特定化することは不可能でうs。仮に特定化できたとしても、それが実行されたかどうかを患者が確認することは不可能です。いくら患者が明晰な意識をもっていても、少なくとも部分的には、医者は患者の健康や生命を信頼によって任されてしまうことになるのです。
 同じことは、弁護士や技師や教師や会計士やファンド・マネージャーといった高度の専門知識をもつ専門家が他人のためにおこなう仕事に関してもいえます。一般に、形式的には契約関係であっても、当事者の間で知識や能力に大きな格差があるかぎり、そこでは信頼によって一定の仕事を任されてるという要素が必然的に入り込んでくるのです。」

 117頁
 
「信任関係の維持には、自己利益の追求を前提とした契約関係とはまったく異なる原理を導入せざるをえません。それは、ほかでもない『倫理』です。
 当たり前のことですが、信任を受けた人間がすべて倫理感にあふれいさえすれば、信任関係は健全に維持されます。それゆえ、歴史的には多くの専門家集団がみずからに職業倫理を課してきたのです。たとえば医者の場合、『わたしは能力と判断の限り、患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない』というあの有名なヒポクラテスの近いの存在が、患者との信任関係を維持していく上で大きな役割をはたしてきたことは、よく知られています。」


 かなり長い引用になりましたが、ここで述べられているように、遺言作成にたずさわる「専門家」も同じではないかということです。
 特に、弁護士がたずさわる場合。弁護士以外の者がたずさわる場合も、やはりそこにこのような「倫理感」が問われてしかるべきだと思います。
 具体的にはどういう場面で問われるかというと、先ほどの「相続人の廃除」であったり、生前贈与等を書き記した「相続分」や「遺留分侵害額」に関わる「事実」の記載をする場合です。
 
 そこでは、やはり相続発生後の自分の死後の紛争予防が遺言者の真意である以上、下手にこの「相続人廃除」や「相続分」等に関する生前贈与の「事実」等を書き記すと、その「事実」の有無を巡って紛争になることは明らかです。
 そうであるなら、助言する時点で、その遺言者が言う「事実」の裏付け資料の有無、確保を図り、その過程を記録化しておく義務があるのではないかと思っています。
 あまりこの点が争われた事例などを聞いたことはありませんが、今後、増えていくのではないかという予感がします。
 
 安易な、あまりに安易な遺言書の作成は、そんな遺言だったらないほうが相続人らにとってはましだったのではないかと思う内容を散見するこのごろ、ぼんやりと考えていることです。
 助言する専門家の方において、この「信任」の意識、どこまでの倫理感があるのかが問われているように思います。
 言われたことだけやっていればいいのかどうか。そうでないことは、はっきりしています。

(おわり)
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October 12, 2009

昭和20年代、30年代の日本は如何に~過去の経緯~【松井】

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 本を買うのが一種の趣味のような状態で、気になる本が目に付くととにかく買っていました。しかしすぐに読むというわけではなく、結局、読み切るのは買ってから4年後、5年後という本が実は結構あります。
 そのような状況で、今年、結構印象に残っているドキュメンタリーについて、自分の読書メモがてら書いておきます。
 法律とは関係ありません。


 6月ころ、「メディアの支配者」という本を読みました。フジテレビの鹿内さんを取り上げたドキュメンタリーです。ハードカバーで買って、読んでいないうちに今年、文庫化されていてそのことにショックを受けた本でもあるのですが。
 ハードカバーで上下2冊。結構なボリュームでしたが、読み出したら止まらず、一気に読み切りました。
 この本を読んでから、あの「ライブドア事件」を考えると、また違う視点が得られると思います。というか、「ライブドア事件」を語るならこの本は必読だと思います。
 戦後、「フジテレビ」という会社がどのようにして作られていったのか。戦後日本の「労働組合」や経営社グループとの攻防、そのどさくさのような状況での誕生が描かれています。
 そして、あの「ライブドア事件」の際、会長だったか社長だったかとしてよくテレビ画面に登場されていた方がどのようなことをしていたのか。 
 1990年代のフジテレビの「お家騒動」あたりまでが描かれています。
 
 戦後、昭和の時代のエネルギーを感じさせた本でした。文字通り、裸一貫、成り上がりという言葉が浮かびます。
 それと、企業の私物化とか、承継とか。株式対策とか。
 人はいつかは必ず死んじゃうんですよね。そのときのことを生前、どれだけ五感をもって想像できるかどうか。



 そしてつい先日は、「下山事件~最後の証言者~」という本を読みました。
 これはまさに昭和24年7月、あの下山事件に関する本です。これも買ってから、読んでいないうちに文庫化され、結局、4年目にしてようやく読み終わりました。
 これも読み出したらとまらない、刺激的な1冊でした。
 何がかというと、やはり戦後、昭和20年代の日本の泥臭い、きな臭い様子が背景として描かれている点です。
 利権、成り上がり、よく分からない手段で財をなす様子。
 戦後、昭和20年代、30年代って、本当にタフな人は人脈を使い、見事に財を築いていったのだと思います。
 パワフルです。登場してくる人々が。
 「猥雑」という形容がぴったりです。



 今の日本を考えるにしても、この20年代、30年代に築かれたシステムがベースになっています。
 それが時々刻々、変容していきつつ、今のカタチとなっている。
 
 今も見えないところで、当時の猥雑な雰囲気そのままに利権や賄賂が行き来している場所があるのではないかと思うと、なんとも言えない恐ろしい感じがします。
 格差社会と言われているけど、実はそんなものは昭和20年代からそうであって、それがずっと目に見えなかっただけなのではないか。
 一部のパワフルな人とそうでない愚直な人々との格差が厳然とあったのではないか。
 肉食の人と草食の人。あるいは、狩猟民族と農耕民族。
 昭和20年代、30年代を生き抜き、一代で財を築き上げた人々。
 そんな時代をパワフルに生き抜いたことに尊敬の念を抱きます。
 
 今の時代もやはりこんな時代だからこそパワフルに生きねばと思った次第。
 でも、「<勝間和代>を目指さない」とも言われているし。そこそこに生きる平穏と幸せもあります。
 
 あんぱんまんの歌でこんな歌があります。
 「何のために生まれて 何をして生きるのか 答えられないなんて そんなのはイヤだ。」
 うーん。でも、答えられないのが、それもまた人生~♪では。

 お金や権力の獲得のためにと動けるというのはある意味幸せだと思います。目標が明確だから。
 
 うーん。とりめもないブログもたまにはいいか。

(おわり)
 
*歴史を感じさせる建物。やはり過去の経緯を知るのは大事。歴史。
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October 09, 2009

賃貸人の苦悩~家主になるのも大変~【松井】

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*うちの事務所が入っているビルです。9階建てですが、8階のワンフロアーがもう半年以上、空き室です。


 先日、自宅でたまたま某テレビ番組を観ていて、「モーゲージ プランナー」と称する仕事も特化したものとしてあるのかと興味深く思っていたところ、途中から、え!?と驚くような場面を目にしました。
 当初は、定年などの都合で、この先、このままの約定の支払い方法では早晩、住宅ローンの返済に行き詰まるという方のために、より金利の安い住宅ローンの商品を提案し、借金の返済方法を変更することを提案する様子が映されていました。
 それだけだったら、なるほど、確かに弁護士などに相談しても、新たな商品を提案するというかゆいところに手が届くようなサービス提供は出来ないから、ニーズはあるし、役に立つなと思っていました。
 ところが、ある場合には、現金2000万円を貯めている夫婦に対し、うち1000万円でマンションの購入をすすめていて、これに驚いたのです。
 何のためにマンションを購入するのか?
 「人に賃貸すれば月5万円程度の家賃が見込まれる」という大前提のもと、1000万円を銀行預金として眠らせておくよりは1000万円に高い金利がついて、この収入を住宅ローンの返済にまわせるでしょ、という提案でした。
 夫が悩んでいたところ、家賃保証会社を紹介し、それで納得した夫婦はマンションを買っていたようでした。


 いいんですか、それで!?というのが番組をみた限りの感想、というか、驚きでした。 果たして、このご夫婦は、家主になる、賃貸人になるということがどういうことなのか分かっているのかしらん?!、このプランナーと称する方は、それを業とするわけでもない、過去に賃貸人の経験があるわけでもない方に対し、家主となる場合のリスク~危険~をどこまで説明しているのかしらん!?という危惧です。
 危険を織り込み済みで購入しているのであれば問題ないのですが、そうでなかった場合、この夫婦にとっては1000万円の預金債権をもっている方がよっぽど利益だったということが十分に予想されるのです。
 どういうことか?


 家賃収入をあてにして、というのも、「とっても素敵な賃借人さん」が「途切れなく契約」してくれての話しです。
 私が過去、家主さん側の相談にあたったりする限り、そういい話しばかりではありません。
 相続事件を多くしていることもあり、家主さんの事情を聞くことも多いのです。相続でもめるほどの財産を遺されている方がどのようにして資産を築かれたかというと、相続した代々の不動産がある場合や、昭和40年代ころ、先んじて不動産売買を行い、その後、賃貸物件を建設するなどして賃料収入で財を築かれたということが多く、それを引き継いだ方などから、「不動産管理の苦悩」をよく聞くのです。
 
 例えば、あるのは、修繕をしっかりしていなかったばっかりに建物が古ぼけてしまい、賃借人がつかない、というものです。
 賃借人が入らなければ、ただの巨大な粗大ゴミのようになってしまいます。更地に戻すのに数千万円をかえって要するということもあります。
 また、賃借人がついたはいいが、家賃を払ってくれないというものです。追い出すのにも、実は費用と労力を要します。建物の賃貸借契約は借地借家法が適用され、特に住居として使用している場合、プライバシー等の問題もあって家賃を滞納しているからといって大家が勝手に出入りして、鍵を変えて追い出すと、違法です。実力行使は禁止されています。そこで、契約解除、建物から出て行けという訴訟に強制執行をせざるをえません。ただ、これも家賃滞納をしたからといってすぐに認められるわけではなく、契約にもよりますが数ヶ月もの間、滞納していて初めて解除が出来るとされています。
 さらには、家賃が高いので賃料を減額しろといった申し出を家主からされたり、あそこが壊れている、ここが壊れているから修理しろという修繕の要求があったり。
 不動産のオーナー、家主、賃貸人は、たぶんやったことがない人がちょっと想像する以上に、大変だと思います。
 大変だと思い、管理については全部、管理会社に任せようとしたら、やはりそれなりの管理費用を支払う必要があります。
 さらには、処分しようと思ったら、1000万円で買ったものが600万円くらいでしか処分できなかったり。あるいは、誰も買ってくれないような物件になっていたりと・・・。
 そううまくはことは進みません。
 

 ということは、それなりの覚悟、自身が勉強して労力をさくという覚悟が必要だと思います。
 あのテレビ番組のご夫婦は、覚悟があったのでしょうか。
 それが心配です。
 また、あのプランナーと称するかたが万が一、業者の方からキックバックをもらったりしているようなら、しかも夫婦に「リスク」を説明していなかったとしたら、まったく罪作りだと思います。
 そうでないことを祈るばかりです。

 また、思うのは、専門家にアドバイスをもとめて、アドバイスをもらったとしても、その「アドバイス」の内容を自分で吟味することなく、その「専門家」を丸ごと信用して、そのことから「アドバイス」の内容について吟味しないというのは、それはやはり不勉強なのではないかということです。
 専門家を利用しながらも、最後は、自分で情報収集して、自分で判断するということが大事だと思います。そうすれば、たとえば自分が思い描いていたような状況でなかったとしても、自分が判断したのだからと諦めがつきます。そこの準備と覚悟ができていないと、ことが思うようでなかったとき、「あそこがこんなものをすすめたからだと」と他者にだけ責任を押し付ける思考法になってしまいがちということになります。

(おわり)

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