02 松井

November 09, 2009

立ち読み考〜物色という行為と店の心配り〜【松井】

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 近所の大阪証券取引所ビルには、そのビルが出来たときから地下にセブンイレブンが入っていました。
 そこには当然、週刊誌の棚があり、出先から事務所に戻る際など、時折、飲み物やお菓子を買い、そのついでに週刊誌をぱらぱらと立ち読みして、面白そうな特集のときはよく買っていました。
 しかし、いつのころからか、そこの棚においてある週刊誌などがすべてヒモで縛られて立ち読みできないようにされてしまいました。
 以後、そのセブンイレブンで週刊誌を買うことは全くなくなりました。


 その後、どうしたかというと、たまたま近くの地下道のところに京阪関連の小さな店舗が出来て、そこに週刊誌の棚もおかれ、そこではまったくヒモなどでは縛られていない対応になっていました。
 以来、その店舗の方で、たまに棚にある週刊誌をパラパラと立ち読みをし、面白そうな特集のときは買い込んでいました。また、ちょっとした飲み物などもそっちの店で買うようになっていました。

 が、しかし。先日、いつものようにパラパラと立ち読みをし、つまり「物色」をしていたところ、私は顔に覚えのあるその店の店員のおばちゃんが、「立ち読みはお断りしていますので」と声をかけてきました。
 びっくりして、一応、「すみません」といって手にしていた雑誌を閉じて、棚に戻し、その場を去りました。

 非常にがっかりしました。
 もう二度とあの店では雑誌も飲み物も買わない、という思いにかられました。


 近所のセブンイレブンの雑誌のひも縛りは、雑誌を買う人の行動パターンが分かっていない、ばかな売り方だなといつも思っていました。で、一方の地下道の店舗は、まだ賢いなと関心していました。
 しかし、地下道のお店も同じでした。
 本当に、がっかりしました。
 
 本好き、雑誌好きの人の行動パターンをまったく理解していない。
 立ち読みは、「ただ読み」、「読み逃げ」ではなくて、「物色」行為なのです。
 つまり、面白そうな雑誌を物色し、面白そうと思えば、その雑誌を買って行くのです。
 もちろん、ただ読みの人もいるとは思います。ただ、それを防ぐために、「物色」行為をする潜在的なお客さんを締め出すというのはまったくバカな売り方だと思います。


 12年ほど前、初めてアメリカに行き、オハイオ州の田舎の友人宅に1週間ほど滞在しました。その時、アメリカ国内では大手有名巨大書店であった「バーンズ&ノーブル」という書店に連れていってもらった際、非常に感動したことを覚えています。
 なんと、広い店内のあちこちに、手にした本をゆっくりと座って読み、物色できるように、座り心地のよいイスが置いてあったのです。
 手にした本をゆっくりと眺め、読んでいってくださいという心配りを感じました。そうです、心配りです。お客さんに対する信頼、善意を感じました。もちろん私も、いろいろな本を物色したうえで、相当、買い込んでいきました。
 日本も、その後、今でこそ、ジュンク堂などではイスが店内のあちこちに置かれています。
 
 その一方で、雑誌をひも縛りしてしまうコンビニや、「立ち読みはお断りしています」と店員が声をかけてくる小さな地下道の店員、店舗が存在するのです。
 場所柄、北浜界隈でもあるので、会社勤めの人が多く、それほど雑誌を手荒に扱うような不作法な人が多いところとも思えません。

 本当に朝から、がっかりする出来事でした。


 その延長で考えるに。
 弁護士も「物色」される時代なのではないかとふと思ったことです。
 医者もセカンド・オピニオンが普通に求められる時代です。
 弁護士も、知りあいの人に紹介されたからといって、相談に行き、今一つしっくりとこない、信用しきれない、合わないと思うようであれば、他の違う弁護士を探して当然なのではないかと思います。
 探すのに時間を要しますが、一度手にしたらその雑誌を絶対に買わないといけないわけではない、パラパラと見て、面白くなさそうなら買わない。
 その「手にしてパラパラと見る」という行為が、弁護士への時間制の相談ではないでしょうか。
 それが出来て当然。そうあるべきだと思います。
 ヒモで縛ってしまってはいけない、「立ち読みお断りです」と言ってはいけない。
 人に向ける言葉はすべて自分に返ってきます。

(おわり)

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November 08, 2009

設計・施工者等の不法行為責任~基準と解釈と事実認定とあてはめ~【松井】

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 最高裁第2小平成19年7月6日判決の差戻審が、平成21年2月6日、福岡高裁であったようです。判例時報2051号74頁に掲載されていました。

 最高裁の内容は、これです。
 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=34907&hanreiKbn=01

 上記最高裁の判断はなるほど!というものでした。

 ただ、この最高裁の基準を受けての福岡高裁の判断。結論としては、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害されたものということはできない」として、「当該建物の建築工事を請け負った会社及び建築工事の設計・監理を受託した会社の建物の所有者に対する不法行為責任」を否定しました。
 最高裁の基準の解釈と事案での瑕疵の事実認定、あてはめを見て、正直なところ、おやっ?という違和感を感じました。あまり説得的とはいえない、一つの基準をふりまわしてのあてはめによる強引な結論かもしれないという危惧があります。
 まあ、もしかしたらただ単に、やはり原告側の立証が出来ていなかったというだけのことかもしれないですし、証拠を見たわけではないので何とも言えませんが。

 ただ、判例時報の解説も次のように指摘しています。
 

「本判決の結論が本件上告審判決の判断基準を具体的にあてはてめたものとして妥当性があるか否かは今後の議論が予想され、かつ、期待されるところである。」
と締めくくられています。

 この事件の経緯を知ると、ああ、裁判って本当、ギャンブルだわという思いをまた強くするのです。
 自分用に以下にメモ。


 原告Xらは、本件土地・建物をAから購入したもの。Y1は、本件建物の設計・監理を受託したもの、Y2は本件建物の建築工事をAから請け負ったもの。
 Xは本件建物には瑕疵があるとして、約3億5000万円の損害賠償請求。
 なお、上告審とこの差戻審での争点は、瑕疵担保責任ではなく、Yらの不法行為責任に絞られていたようです。

 1審大分地裁平成8年(ワ)385号、平成15年2月24日判決。
 なんと!平成8年に提訴して、判決まで7年を要したようです。やむを得ない事情があったのかもしれないけどひどすぎる。。。
 で、判決は。一審はYらの不法行為責任を認めました。

 しかし次の控訴審。福岡高裁平成16年12月16日判決は。
 Xらの請求を棄却しました。
 解釈として問題とされたのは、この点のようです。
 

「建築された建物に瑕疵があるからといって、その請負人や設計・工事監理をした者について当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく、その違法性が強度である場合、例えば、請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目的物を制作した場合や、瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合、瑕疵の程度・内容が重大で、目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に限って、不法行為責任が成立する余地がある」
(上記判例時報77頁。「三 審理経過 (2)差戻前控訴審 イ 不法行為責任について 」)
 で、事実認定としては、Xらが主張する「瑕疵」、Yらの行動はこの基準にはあてはまらないから、Yらに不法行為責任はないとしたようです。
 Xらは本件建物の瑕疵としては、9階の共同住宅につき、もっぱら各所に現れた「ひび割れ」を現象として指摘し、その原因として不適切な施行があったことを指摘したようです。

 そして最高裁。これが上記の平成19年7月6日判決です。
 曰く。
 

「以上と異なる差戻前控訴審の上記(2)イの判断には民法709条の解釈を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、差戻前控訴審判決のうち一審原告らの不法行為に基づく損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。」
としました。
 
 最高裁はどのように解釈したのか?
 
「建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。」
とします。
 そのうえで、
 
「そうすると、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。」
として、注意義務を認めました。
 
「そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は不法行為成立を主張する者が上記瑕疵の存在をしりながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情のない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。」


 そして、平成21年2月6日、差戻審となる福岡高裁判決です。
 限定しています。
 

「『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』とは、建物の瑕疵の中でも、居住者等の生命、身体及び財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいうものと解され、建物の一部の剥落や崩壊による事故が生じるおそれがある場合などにも、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』が存するものと解される」
としています。
 理由は、
「上告審は、建物は、居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである旨判示し、さらに例示として、バルコニーの手すりの瑕疵であっても、これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという、生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得る旨判示している。」
という点から引っ張っています。
 その上で、一審原告の主張に対しては、
「一審原告は、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』について、建築基準法やその関連法令に違反する瑕疵をいうと主張する」
とし、「しかし」と続きます。
 
「上告審の上記判示が建築基準法やその関連法令違反のことを示すのであれば、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』と、一定の幅を持ち、必ずしも一義的明確とはいえない概念を用いる必要はなかったし、建築基準法やその関連法令は、行政庁と建物の建築主や設計・施工者等との関係を規律する取締法規であり、これに違反したからといって、それだけでは直ちに私法上の義務違反があるともみられない。」

 
「また、ささいな瑕疵について、設計・施工者等が第三者から不法行為責任の追及を受けるというのも不合理であるから、一審原告の上記主張は採用できない。」
としています。
 ???
 今年平成21年2月の高裁判決です。何か解釈として違和感を感じます。つまり、建築基準法や関連法令のうち、生命、身体及び財産の安全に関するものも当然あります。そうであれば、最高裁の判示のうち、建築基準法や関連法令の上記な趣旨を持つ条項に反する場合は、それで義務違反といいうる余地もあるのではないかという素朴な疑問があります。あくまで素朴な疑問ですが。ここまで言い切ることも出来ないのではないかと。
 
 そして福岡高裁は、次の事実を大きな間接事実としたうえで、原告らの個別的な瑕疵の主張をばったばったと切っていくのです。
 
「思うに、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』の存否については、現実の事故発生を必要とすべきではないが、一審原告らが本件建物の所有権を失ってから(平成14年6月17日)六年以上経過しても、何らの現実の事故が発生していないことは、一審原告らが所有権を有していた当時にも、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』が存在していなかったことの大きな間接事実であるというべきである。」
とまで前置きしています。
 そして個々の原告の主張に対しては。
 
「一審原告らが所有権を失ってから六年以上経過しながら、何らかの事故が発生したとの報告もないことは前記のとおりであるから、一審原告らが本件建物を所有していた当時に、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険性が生じていたとは認められない。」
というのを何度も持ち出して、Yらの不法行為責任を否定しました。


 地震が起きない限り、現に建っていればそれで安全、という議論を思いださずにはいられません。
 上告受理申立てをされているようなので、来年あたり、また最高裁判決が出るでしょうか。
 紛争後、10年以上が経過しておりひどいなという進行状況であると共に、高裁判決もなんだかなあというものです。

(おわり)
 
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November 06, 2009

年次有給休暇と雇用/就職 【松井】

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 11月6日付けの日経朝刊では次のような記事がありました。

 

年休取得、微増47.4% 厚労省調べ、昨年1人平均8.5日

 
 
「調査は常勤の従業員(パート含む)が30人以上の6147社が対象で、4321社から回答を得た。」
とあります。
 
「業種別の取得率は『電気・ガス・熱供給・水道業』が74.7%で最も高く、「宿泊・飲食サービス業」が29.4%で最低だった。規模別では、1千人以上は53.7%だったが、30~99人では40.0%で、小規模企業ほど取得率が低かった。」
とあります。

 厚労省のもとはこれ→   http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/09/gaiyou01.html



 雇用の悪化、失業率の悪化ということが言われています。
 経済学の勉強は挫折しているので、失業率の悪化がいかなるところにどのように影響を及ぼし、それを改善する施策としては現時点で、どのような政策が有効なのかどうかといった点、意見をもてるほどのインプット、知識がありません。
 勉強せねばとは思っているのですが。
 
 そういったことをさておいて。すごくバカな、アホな、短絡的な浅薄な考えであろうことは承知のうえで、この記事を見てこれまたぼんやりと考えたことをメモがわりに記しておきたいと思います。
 雇う側の立場としての考えになることは承知しています。


 うちの事務所がそうであるように、正社員従業員が2名といったような小規模な経営環境の場合、果たしてそこに、労働基準法がそのまま妥当することが実際的なのかどうかということです。
 残業代等の割増賃金を支払うことなく、長時間労働を強いるというは確かに悪だと思います。ただ、それは労働基準法に反するからというよりも、もっと素朴に、搾取に繋がるということになるから悪だと言い切れるとは思います。
 ただ、どうなんだろうかと釈然としない思いでいるのが、「年次有給休暇」です。


 労働基準法では、39条で年次有給休暇が定められています。
 

1項 使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない
、とさだめています。

 そして、継続勤務年数が増えるに従い、年次の有給休暇日数が数日づつ増えていく仕組みを定めています。

 前述の新聞報道では、この消化日数が、従業員30人以上の企業で、取得率が47.4%、その取得した際の日数でも平均が8.5日ということです。
 ここでいう「取得率」は、「(取得日数計/付与日数計)×100(%)」ということなので、一応、従業員が皆、それぞれ有給をとっていたとしても、一人当たり8.5日ということなので、もっと多くめいいっぱいとっている人もいればほとんどとっていない人もいるということもありうるのだと思います。

 そこで思うに、たとえば、従業員が10名以下の小さな、小さな会社の従業員さんが、皆がめえいっぱい、毎年、毎年、有給休暇を消化するということが本当に現実的なことなのかどうかということです。
 勤続年数がそれなりの従業員の方が10名いる会社で、10名の人が毎年10日間、有給で休めるようにしなさいということが現実的なのかどうか。


 趣旨としては、「年休制度は、『毎年』『長期間』『連続』して日々の労働から開放されることを、賃金を失うことなく、保障することによって、使用者という他人の指示のもとで(他律的に)働いている労働者に、休養・娯楽・能力開発の機会を確保して、健康で文化的な生活を享受させることを目的としています。」
とあります(149頁「ベーシック労働法」有斐閣、06年)。
 素晴らしい、もっともなことだと思います。まさに労働者と使用者の違いは、「他律的に働いている」か否かが大きいと思います。他律的に働く場合、自律的に働く場合とは異なる気苦労、開放されたい辛さがあると思います。
 4年ほどですが、勤務弁護士として働いてはいたので「勤務」と「経営」の根本的な意識の違いは実感として分かります。
 
 
「第二次世界大戦後に西欧諸国で立法制度として普及し、1970年にILO132号条約で最低3週間(そのうち2週間の連続付与)の年休付与が定められ、今や、国際的な最低労働条件の一つとなっています。」
とあります(同)。
 

 人を雇うということはそれだけの責任があることなのだ、という前提にたてば、お客様のためにの前に、従業員のために、雇い主・使用者は責務があるというのは当然ではあると思います。
 長時間労働をさせないための時間外労働手当ての支給、不合理な理由では解雇はできないということ、まさに従業員の生命、身体といった生活がかかっているものです。
 このような基準は、従業員100人以上であろうが、10人以下であろうが、変わりのない普遍的に妥当するものだとは思います。

 ただ、年次有給休暇はどうなのかなという思いが払拭できません。
 10人の従業員で回している職場で、1人が連続して有給をとりますといったことが何を意味するのか。
 だったらそもそもそんなぎりぎりの人数というのがおかしいのではないか。
 しかし使用者の事情もあります。もう一人を雇うだけの経済的余裕がないのであれば仕方ありません。もう一人を雇わせて、給料未払いで揚げ句の果てに破産、全従業員解雇なのでは意味がありません。
 10人以下の従業員の場合、かつかつでやっているところがほとんどではないでしょうか。
 
 中小企業こそ、福利厚生など労働条件を大企業よりもよくしてこそ、優秀な人材がきて、発展するという言われ方もします。
 本当でしょうか?
 福利厚生を当てにして就職するのでしょうか?
 基本は、労働の内容なのではないでしょうか。そのうえで、週40時間以下の労働時間を前提として、見あった給料が支払われる。
 
 休暇を得たいときは、No Work No Pay の原則では、その企業で働く人はいないのでしょうか。
 

 勤務弁護士の経験があるといっても、気持ちは「弁護士松井淑子」で仕事をしていたし、実家もまさに従業員数名の小規模なハンコ屋自営業で、経営者の親の苦労を見てきて育っているので、気持ちはどうしても自律的な働き方が基本、自営業者というところから離れられません。

 大橋にこの思うところをぶつぶつとしゃべっていたけど、ことごとく反論されています。

 昨年、京都の某上場企業の社長さんの一部の発言、「そんなに休みたいなら、辞めてしまえ。」という言葉が一部で非難轟々でしたが、そういうことなんでしょうね。
 
 この意識のギャップについて、うまく表現されているyuichikawaさんという方のブログ記事を見つけました。
 勉強します。

 http://yuichikawa.blog28.fc2.com/blog-entry-1794.html

 幻想を抱いている経営者は、まずその頭を意識改革すべきなんですよ!!
 私の頭もバージョンアップすべきときが来たよう。

 ただ、雇用する側がハードルの高さにしり込みして出てきた雇用スタイルが、同じ仕事内容でありながら時間を短時間にする人を組み合わせることによるパートであったり、派遣であったり、偽装請負なのではないか。そうだとすれば、雇用の創出/失業率の悪化の防止ということからすれば、自治体、政府の「不必要事業の仕分け」じゃないけど、労働基準法の各内容の見直しがあってもいいのではないかと。強制が見合わない項目があるなのではないかと。緩和できる項目があるのではないかと。
 いまいちど労働基準法をみっちりと勉強します。
 
(おわり)


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November 04, 2009

公正証書遺言の作成手順 【松井】

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  11月2日のgooのニュースによれば、次のような裁判例があったようです。

http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-091102X848.html

「他人が署名」と遺言無効言い渡し=相続訴訟で逆転判決-高松高裁
2009年11月2日(月)21:03
 愛媛県の女性が残したとされる公正証書遺言の真偽が争点となった訴訟で、高松高裁が「署名は女性以外の人物によるものと認められ、遺言は無効」とし、全財産を相続した女性のめいに約1600万円の返還を命じる判決を言い渡していたことが2日、分かった。判決は9月28日付で、被告のめい側は既に上告している。
 日本公証人連合会によると、公正証書遺言の作成過程が問題視され、信用性が否定された例は珍しいという。
 杉本正樹裁判長は「女性は認知症で、手も不自由であったことがうかがわれるのに、署名は明瞭(めいりょう)に記載されている」と指摘。めいが女性の実印や印鑑登録証明書を持っていたことにも触れ、「女性以外の人にこれらを渡し、本人のふりをさせることも可能」とした。めいには、自分の弟に約1600万円を支払うよう命じた。
 女性のめいの弟らは、めいらを相手に遺産の返還などを求め提訴。一審松山地裁は「遺言は女性の署名により作成したもの」として請求を棄却したため、弟らが控訴していた。

 高裁の事実認定が事実だとすれば、公正証書遺言の盲点を突いたものではないかと思います。

 弁護士や司法書士さんなどの専門家が公正証書遺言の作成の助言業務の依頼を受けることがあります。
 このときの手順としては、まず弁護士なら弁護士が本人確認のうえ、本人の意図する効果、どうしたいのかということをよく聴取りをしたうえで、望む法的効果となる文言を起案し、弁護士が公証人に連絡し、案文の調整を行います。

 そうして十分に案文を詰めたうえで、作成日時を決めて、弁護士と遺言者ご本人、そしてあらかじめ用意していた立会証人と共に公証役場に行き、公正証書遺言を作成します。

 つまり、公証人の方が遺言者ご本人に会うのは、このときが初めてになるのです。

 また実際には、このとき、すでに公正証書の遺言の文面は出来ており、その後の手続きを確認して、最後に同書面に立会証人、遺言者が自署、押印するというのが実際です。
 もちろん作成手続きの際においては、口述によって本人の意思による遺言内容か否かを公証人が確認し、たとえば、挙動不審、たとえば遺言能力に疑問を感じざるを得ないような言動があれば、公証人は作成手続きを中断し、作成しないとうこともあります。

 ただ、実際、第三者が詐欺的な意思でもって、公証人に対し、本人を偽ってなりすましを立てようと思えば、確かに出来なくはないというのが現状ではないかと思います。写真付きの身分証明書での本人確認でない限り。
 実際、過去数年ほどまえ、家庭裁判所においても、離婚調停事件で当事者のなりすまし事件がありました。それ以来、家庭裁判所では、代理人弁護士がついていても、第1回期日においては写真付きの身分証明書によって本人確認手続きを実施しているのが現状です。

 最近、ぼんやり考えていることには、本人なりすましは極端にしても、弁護士などの専門家がついている場合、公正証書遺言を作成する際でもこのように公証人は本人と会うのはほんの1度きりで、それは何を意味するのだろうかということです。

 そこにおいて、もちろん雑談などがなされるわけでもなく、本人確認がすみ次第、作成手続きにとりかかるのが通常です。
 このような現実は、もちろん事前に弁護士あるいは司法書士さんなどの専門家のチェックが入っているということが前提、これらの専門家への信頼が前提なのでしょうが、もし遺言者が認知症を患っていた場合、本当にその内容の遺言をする能力があるか否か、分かるのかなということです。
端的に言えば、少なくとも公証人は分からない可能性が高いのではないだろうかということです。

 わたし自身も、成年後見の申立てを何件か担当しています。その中で、何人かの認知症を患っておられるお年寄りとお会いしました。
 極端に一人で日常生活が出来ないというのならともかく、そうでない方の場合、正直言って、一度お会いしただけではまったく分からないということです。
 ごく普通に会話のやりとりも出来るし、服装も気をつかっておられます。何の違和感もなくお話ができます。

 ただ、その数日後、再度、お会いした場合、わたしのことを誰だか分かっていないということがあります。そのときに初めて、実感として、認知症の症状を患っておられるということが分かるのです。

 専門医師の方でしたら、ある一定の質問をし、それに対する回答でもって推測、診断がつくこともあるようです。また長年にわたり一緒に暮らしている家族ならよく分かることです。

 しかし、一度きりの出会いでは、分からないことが多いこともあります。
 そのような方が、本当に、その遺言内容のとおりの自己の財産処分をする意思があったといえるのかどうか。

 公正証書遺言だからといって法的に有効との推定を受けるものではないのはもちろんです。
 一見、その判断力の障害が分かりにくい方、でも他の家族はよく分かっている方という時が一番、微妙で問題になりうるのだと思います。

 そういう意味でも、遺言作成助言アドバイス業務にかかわる専門家の責任は、やはり重いのではないかと考えています。

 公証人も、ご本人が公証人役場に訪れ、作成の相談、依頼をしているときなら、接触時間も長く、当然、財産処分についての意思確認となるので、その遺言能力について判断できます。
 しかし、弁護士や司法書士さんなどの専門家が間に入ると、公証人は、遺言者に会うのはその作成日当日の一度きりです。これは、まさに専門家に対する信頼があってこそのものだからと思えるからです。
 これはという方の場合、つまり、ご本人から直接に専門家への相談ではなく、間に遺言者の親族、第三者が入っている場合、要注意ではないかと思います。
 
 専門家はなんどとなくご本人と協議、打ち合わせをして、そこにおいて当該遺言をするだけの遺言能力があると判断したという根拠をもつべき義務があるのではないかと思います。
 もし遺言無効確認の訴えなどの裁判になった際は、どのような確認をし、何を根拠に問題ないと判断したのかというところをねっちりと確認していかれることになります。
 
 紛争予防のための遺言、公正証書遺言なのですから、遺言能力についても紛争予防の手だてをうっておいてしかるべきというのがかかわる専門家の責務だと思います。

(おわり)

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October 28, 2009

遺言の作成助言業務と信任【松井】

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 最近、気になることがあります。これもやはりまだ考え、意見がスッキリとかたまっているわけではまだないのですが、備忘録的に書いておきます。
 
 それは、遺言の作成アドバイス業務についてです。
 公正証書遺言などを作成する際、自分で勉強して自筆証書あるいは公証人役場に行って、自分だけの力で作る人もいるかとは思います。
 ただ、やはり多くは、弁護士などの専門家のアドバイスを受けているだろうと思います。ここでいう「弁護士など」の「など」とは、遺言作成のアドバイス業は弁護士に限られていないという現実をさしてのことです。司法書士さん、行政書士さん、信託銀行、その他団体?が、遺言作成のアドバイス業務を有料で行っています。これはネットで検索すればわんさかと出てきます。
 
 遺言書の作成数が増えているのも司法統計から明らかなこともあり、私のもとに相談に来られる相談内容でも、公正証書遺言についてのものが多くなっているように思います。 そこで気になっているのは、「相続人の廃除」や生前贈与を書き記して、特別受益があるとし「遺留分侵害額」はないといった記載があるものです。
 このような内容の遺言書を作成する際、関わった「専門家」は、どれだけその裏付け事実の調査などをしているのか、あるいはしていないのか。どこまでの注意義務があるのか、ないのかということです。

 単に、遺言作成者が口にしたことを「専門家」が鵜呑みにして、後日の紛争にそなえた裏付け資料等を確認もしないままに、「代書屋」さんのように右から左へと「法律用語」を使って書くようにアドバイスするのでいいのかどうかです。
 作成に関わる以上、それは紛争予防が遺言者の本心である以上、紛争予防を考えるのであれば、やはり関与時、裏付け等の有無を確認、資料の確保すべき義務があるのではないかということです。
 この点、「本人がそう言っていたので、そう書かれただけです。」ということで「専門家」としての注意義務を果たしたといえるのかどうだろうかということです。

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 そこでたまたま読んでいた本に、なるほどと思う記述がありました。
 「信任」(信認)です。

 引用します。111頁、岩井克人「会社はこれからどうなるのか」(2009年、平凡社)

*本当は本の表紙だけを写したいのですが、アマゾンで購入のボタンが出てしまいます。。。

 

「信任とは、英語のFIDUCIARYに当たる日本語です。それは、別の人のための仕事を信頼によって任されていること、と定義されます。」

 
「重要なことは、信任とは契約と異質の概念であるということです。
 たとえば無意識の状態で運ばれてきた患者を手術する医者を考えてみましょう。この患者は自分で医者と契約をむすべません。だがそれにもかかわらず、救急病棟に詰めている医者は、まさに医者であることによって、患者のために手術をおこないます。ここでは医者は、患者の生命をまさに信頼によって任されています。すなわち、患者の信任を受けた信任受託者です。
 世のなかには、このほかにも未成年者や精神障害者や認知症老人など、法律上あるいは事実上、契約の主体となりえない人間はたくさんいます。彼らのために財産管理などをする後見人は、やはり信任を受けている信任受託者です。
 いや、医者と通常の患者との関係においても、信任という要素が入り込んでいます。なぜならば、医者と患者との間には、医療知識にかんして大きな開きがあるからです。たとえ契約書が交わされていたとしても、医者がおこなう治療の内容を患者が理解できる形ですべて特定化することは不可能でうs。仮に特定化できたとしても、それが実行されたかどうかを患者が確認することは不可能です。いくら患者が明晰な意識をもっていても、少なくとも部分的には、医者は患者の健康や生命を信頼によって任されてしまうことになるのです。
 同じことは、弁護士や技師や教師や会計士やファンド・マネージャーといった高度の専門知識をもつ専門家が他人のためにおこなう仕事に関してもいえます。一般に、形式的には契約関係であっても、当事者の間で知識や能力に大きな格差があるかぎり、そこでは信頼によって一定の仕事を任されてるという要素が必然的に入り込んでくるのです。」

 117頁
 
「信任関係の維持には、自己利益の追求を前提とした契約関係とはまったく異なる原理を導入せざるをえません。それは、ほかでもない『倫理』です。
 当たり前のことですが、信任を受けた人間がすべて倫理感にあふれいさえすれば、信任関係は健全に維持されます。それゆえ、歴史的には多くの専門家集団がみずからに職業倫理を課してきたのです。たとえば医者の場合、『わたしは能力と判断の限り、患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない』というあの有名なヒポクラテスの近いの存在が、患者との信任関係を維持していく上で大きな役割をはたしてきたことは、よく知られています。」


 かなり長い引用になりましたが、ここで述べられているように、遺言作成にたずさわる「専門家」も同じではないかということです。
 特に、弁護士がたずさわる場合。弁護士以外の者がたずさわる場合も、やはりそこにこのような「倫理感」が問われてしかるべきだと思います。
 具体的にはどういう場面で問われるかというと、先ほどの「相続人の廃除」であったり、生前贈与等を書き記した「相続分」や「遺留分侵害額」に関わる「事実」の記載をする場合です。
 
 そこでは、やはり相続発生後の自分の死後の紛争予防が遺言者の真意である以上、下手にこの「相続人廃除」や「相続分」等に関する生前贈与の「事実」等を書き記すと、その「事実」の有無を巡って紛争になることは明らかです。
 そうであるなら、助言する時点で、その遺言者が言う「事実」の裏付け資料の有無、確保を図り、その過程を記録化しておく義務があるのではないかと思っています。
 あまりこの点が争われた事例などを聞いたことはありませんが、今後、増えていくのではないかという予感がします。
 
 安易な、あまりに安易な遺言書の作成は、そんな遺言だったらないほうが相続人らにとってはましだったのではないかと思う内容を散見するこのごろ、ぼんやりと考えていることです。
 助言する専門家の方において、この「信任」の意識、どこまでの倫理感があるのかが問われているように思います。
 言われたことだけやっていればいいのかどうか。そうでないことは、はっきりしています。

(おわり)
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October 23, 2009

商売をするのなら〜法律に無関心ではいられない〜【松井】

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 先日、大阪弁護士会館の方で、司法修習生の方向けの「消費者契約法」についての研修講義を担当してきました。
 この手のことがらに関する私の講師としての出来はともかくとして、2時間の研修のための準備を改めてしなおしていたときに、しみじみと思ったことを自分のメモがてら記しておきます。


 商売をするのであるなら、その売り物に対する思いと同時に、経営者である以上はやはり法律に無関心ではいられない、無関心では駄目だということです。もちろん、簿記・会計(特に、管理会計)の知識も必要だと思います。自分にその知識がないのであれば、詳しい人を雇うか、税理士との顧問契約で補い、あるいは弁護士との顧問契約で補うべきだなと思った次第。範囲が広いです、法律。

 施行が平成13年4月1日の「消費者契約法」という法律があります。これは文字通り、消費者保護を目的とした法律であって、一定の場合、民法で定められた詐欺取消し等の他に、契約の取消しや条項の無効を定めています。
 最近で話題になったのは、建物の賃貸借契約における「更新料」特約の無効判決です。大阪高等裁判所で判決されたものです。

 ただ、実は、消費者の方からの相談において、使うことが多いのは、この消費者契約法ではなくて、特定商取引法と割賦販売法です。
 特定商取引法の場合には、クーリングオフや、契約を途中解約したときの返金についての定めがあります。
 ここで有名なのは、平成20年4月の英会話のNOVAの最高裁判決です。途中解約した場合の精算金の考え方について、NOVAの主張は認められませんでした。3本500円バナナを買ったところ、2本は要らないと返したときに、じゃあ500円÷3本×2本=333円を返してもらえるかというと、NOVAの計算方式は、本当は1本300円のものを3本500円特価で売ったのだから、1本食べたなら300円で、200円しか返さないというものでした。
 このような規定は特定商取引法の清算条項に反するとして無効だとされ、333円返せとされました。
 結局、これがきっかけの一つとものなり、途中解約が相次ぎ、資金繰りに窮して倒産にいたりました。
 そのほかには、割賦販売法です。例えば、NOVAへのお金をクレジットカードを利用して支払っていた場合などです。NOVAに問題があった場合、途中解約をする、じゃあ残るクレジット利用による40万円の債務はどうなるのか?
 有名だったのは30条の4に規定された、抗弁の接続というものです。残る支払いの請求は拒むことができる場合があることを定めています。


 特定商取引法に定められた一定の販売方法、訪問販売、継続的役務の提供などをしている場合、自分の商売が特商法の規制を受けるのかどうかのチェックは必須です。
 また、信販会社の加盟店であって、お客さんがクレジットカードを使う場合、あるいは個品割賦販売を利用している場合も、割販法の知識は不可欠です。
 ところが、たまに驚くことに、自身が特定商取引法の規制を受ける商売を行いながら、社長自身がそのことの自覚がない場合があるのです。
 クーリングオフを意味することを主張されながら、なんでこんな主張を受けるのか?と不思議がっている場合があります。
 いやいや、その商売はこの法律の規制があって、この条項をお客さんは主張しているんですよということになります。

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 今後、さらに大事なのは、この12月1日から、新たに改正された特定商取引法と割賦販売法が施行されるということです。
 消費者契約法は従前の特定商取引法や割賦販売法では不都合があった部分をフォローすべく新たに制定された経緯があるのですが、それでもやはり不都合があったということです。
 不都合。
 消費者を食い物にする業者です。本当にこの手の業者の手にかかれば一消費者なんて赤子の手をひねるようなものです。
 そこで、昨年、特定商取引法と割賦販売法が改正され、めちゃくちゃ強化されました。 特定商取引法においては、指定商品制というものが原則撤廃されました。以前は、商品について指定されたものだけが対象だったのです。
 しかし業者は、ここの間隙をついて、みそだとかを売ったりしていました。いたちごっこでした。
 また、割賦販売法においては、抗弁の対抗として、今後の支払いを拒むだけではなく、場合によっては、すでに信販会社に支払った金員についても取り戻せるということを明記しました。
 また信販会社において加盟店の管理についての義務も定めました。売り方等について苦情の多い加盟店を放置しておいて、「知らなかった」と言い逃れすることは出来なくなりました。
 
 また別の項で、この特定商取引法と割賦販売法の改正についてはまとめて記しておきたいと思います。


 経営者は大変です。まっとうな商売でがんばって欲しいと思います。

(おわり)

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October 14, 2009

「アーユルチェアー」と「MBTシューズ」と、「弁護士」【松井】

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 またしても法律、弁護士業とは直に関係はない話なのですが、でも、弁護士の方や座り業の方には関係ある話しです。
 東京の会社のトレイン社と何の縁もゆかりもないのですが、その製品、アーユルチェアーに関して愛用者ということでその愛を語らせて頂きました。
 
 
http://www.ayur-chair.com/voice/


 腰痛に悩む方、長時間のパソコン仕事をしているけど、今の椅子に満足されていない方、ぜひアーユルチェアーを試用してみてください。
 これまでの靴とはまったく違う靴「MBTシューズ」と同様に、それまでとの「違い」が分かるはずです。
 
 商品一つをとってみても、その「特徴」、他との「違い」って大事ですね。
 

 「大橋弁護士」と「松井弁護士」の「弁護士」としての「違い」って何だろうかということをふと考えたのですが、「違い」を探すよりもむしろ「同じ」部分を探す方が難しいというくらいに違うのではないか!?(笑)。

 その「靴」や「椅子」を他の靴や椅子と比べるのと同様、「弁護士」も他の弁護士とどこがどう違うのか、特徴は何かを比べるのは利用者としては大事な視点だと思います。
 「賢い消費者に」というフレーズがありますが、これは弁護士利用者にも当てはまるかと!!

 この「違い」に気づくのは、靴なら実際に履いてみないと分からないし、椅子なら実際に座ってみないと分からない。
 弁護士もたぶん、「靴」や「椅子」と同様、お試しされて比べられる時代なのだと思っています。

 知人に紹介されたからといって、その弁護士が唯一の弁護士などという発想は利用者にはなくって、「違和感」を感じたら、別の弁護士を捜して「試してみる」という時代なのだと思います。

 
 「弁護士」としては、辛いといえば辛い立場ではありますが、利用者のことを考えたらそれが正しい姿だと思います。
 「弁護士」としての自分をアーユルチェアーやMBTシューズのように磨き続けるしかありません。
 
 正直なところ、改善点はいっぱいあります!改善箇所の発見は、やはりあるべき理想との「比較」しかないかと。


 先日、今年の新司法試験に合格した修習開始前の方が一日、弁護士って実際はどんなもん?という趣旨で一日、事務所で密着様子をみるという企画で、一人、うちの事務所に合格者の方が来られていました。
 具体的な話を聞きたいというので、「具体的」な話をいろいろとしました。
 人に自分の仕事の話をしながら、口に出して言葉にしていて思ったのは、頭で考えていることでも他人に言葉にして語りかけると客観性をもち、改めて自分で喋りながら、なるほど!と気づくことがあるという利点が自分にもあるということです。
 
 で、思ったのは。大事なのは、「共感力」だな、と。
 世の中、こんな自分の従前の価値感からは理解できないことがあるんだ!?ということに出くわしたとき、相談に来られた方の心の声にまず共感できるだけの「幅」が自分にあるかどうか。
 これがないと、せっかく相談に来られた方も、なんだ弁護士って、こんな程度のもんかと意気消沈して帰ってしまわれると思います。
 共感できないと、そもそも始まりません。
 そういうこともあるかも、こういうこともあるかも、という柔軟な頭、価値観が要るなと改めて思った次第です。
 

 今回の「アーユルチェアー」の取材に際しても、記事の中にあるように私の方がいろいろと開発秘話のようなものを聞かせていただきました。
 取材に東京から現れたお二人の美しい女性スタッフ。
 この方々が、開発担当だったということでまず驚きました。
 え!? 椅子なんてものをデザインする担当の方にはまったく見えません。
 お聞きしたら、会社でも「椅子」を商品として作り出して売り出したことは過去になかったとのこと。
 でも、椅子はこうあるべきなのではないか、こういう椅子があったらきっと快適なのではないかという「理想像」があったということです。
 そしてその「理想の椅子」は、従来の既成の椅子のメーカーの椅子の概念とは全く異なるものであった。
 「椅子」を作っていなかったからこそ、既成「椅子」にこだわらない、「理想」にたどり着けたのではないかといった弁でした。
 「椅子はこうあるべき」という枠に囚われずに自由に発想する力、発想した力を実現する力。
 
 弁護士にも必要な「力」だと思います。

 問題は実現する力なんですよね。。。
 アーユルチェアーに座り、MBTシューズで歩き回って、がんばります。

(おわり)
 ↓ shiologyのshioさんぽい写真(笑) まず真似から。
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October 12, 2009

昭和20年代、30年代の日本は如何に~過去の経緯~【松井】

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 本を買うのが一種の趣味のような状態で、気になる本が目に付くととにかく買っていました。しかしすぐに読むというわけではなく、結局、読み切るのは買ってから4年後、5年後という本が実は結構あります。
 そのような状況で、今年、結構印象に残っているドキュメンタリーについて、自分の読書メモがてら書いておきます。
 法律とは関係ありません。


 6月ころ、「メディアの支配者」という本を読みました。フジテレビの鹿内さんを取り上げたドキュメンタリーです。ハードカバーで買って、読んでいないうちに今年、文庫化されていてそのことにショックを受けた本でもあるのですが。
 ハードカバーで上下2冊。結構なボリュームでしたが、読み出したら止まらず、一気に読み切りました。
 この本を読んでから、あの「ライブドア事件」を考えると、また違う視点が得られると思います。というか、「ライブドア事件」を語るならこの本は必読だと思います。
 戦後、「フジテレビ」という会社がどのようにして作られていったのか。戦後日本の「労働組合」や経営社グループとの攻防、そのどさくさのような状況での誕生が描かれています。
 そして、あの「ライブドア事件」の際、会長だったか社長だったかとしてよくテレビ画面に登場されていた方がどのようなことをしていたのか。 
 1990年代のフジテレビの「お家騒動」あたりまでが描かれています。
 
 戦後、昭和の時代のエネルギーを感じさせた本でした。文字通り、裸一貫、成り上がりという言葉が浮かびます。
 それと、企業の私物化とか、承継とか。株式対策とか。
 人はいつかは必ず死んじゃうんですよね。そのときのことを生前、どれだけ五感をもって想像できるかどうか。



 そしてつい先日は、「下山事件~最後の証言者~」という本を読みました。
 これはまさに昭和24年7月、あの下山事件に関する本です。これも買ってから、読んでいないうちに文庫化され、結局、4年目にしてようやく読み終わりました。
 これも読み出したらとまらない、刺激的な1冊でした。
 何がかというと、やはり戦後、昭和20年代の日本の泥臭い、きな臭い様子が背景として描かれている点です。
 利権、成り上がり、よく分からない手段で財をなす様子。
 戦後、昭和20年代、30年代って、本当にタフな人は人脈を使い、見事に財を築いていったのだと思います。
 パワフルです。登場してくる人々が。
 「猥雑」という形容がぴったりです。



 今の日本を考えるにしても、この20年代、30年代に築かれたシステムがベースになっています。
 それが時々刻々、変容していきつつ、今のカタチとなっている。
 
 今も見えないところで、当時の猥雑な雰囲気そのままに利権や賄賂が行き来している場所があるのではないかと思うと、なんとも言えない恐ろしい感じがします。
 格差社会と言われているけど、実はそんなものは昭和20年代からそうであって、それがずっと目に見えなかっただけなのではないか。
 一部のパワフルな人とそうでない愚直な人々との格差が厳然とあったのではないか。
 肉食の人と草食の人。あるいは、狩猟民族と農耕民族。
 昭和20年代、30年代を生き抜き、一代で財を築き上げた人々。
 そんな時代をパワフルに生き抜いたことに尊敬の念を抱きます。
 
 今の時代もやはりこんな時代だからこそパワフルに生きねばと思った次第。
 でも、「<勝間和代>を目指さない」とも言われているし。そこそこに生きる平穏と幸せもあります。
 
 あんぱんまんの歌でこんな歌があります。
 「何のために生まれて 何をして生きるのか 答えられないなんて そんなのはイヤだ。」
 うーん。でも、答えられないのが、それもまた人生~♪では。

 お金や権力の獲得のためにと動けるというのはある意味幸せだと思います。目標が明確だから。
 
 うーん。とりめもないブログもたまにはいいか。

(おわり)
 
*歴史を感じさせる建物。やはり過去の経緯を知るのは大事。歴史。
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October 09, 2009

賃貸人の苦悩~家主になるのも大変~【松井】

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*うちの事務所が入っているビルです。9階建てですが、8階のワンフロアーがもう半年以上、空き室です。


 先日、自宅でたまたま某テレビ番組を観ていて、「モーゲージ プランナー」と称する仕事も特化したものとしてあるのかと興味深く思っていたところ、途中から、え!?と驚くような場面を目にしました。
 当初は、定年などの都合で、この先、このままの約定の支払い方法では早晩、住宅ローンの返済に行き詰まるという方のために、より金利の安い住宅ローンの商品を提案し、借金の返済方法を変更することを提案する様子が映されていました。
 それだけだったら、なるほど、確かに弁護士などに相談しても、新たな商品を提案するというかゆいところに手が届くようなサービス提供は出来ないから、ニーズはあるし、役に立つなと思っていました。
 ところが、ある場合には、現金2000万円を貯めている夫婦に対し、うち1000万円でマンションの購入をすすめていて、これに驚いたのです。
 何のためにマンションを購入するのか?
 「人に賃貸すれば月5万円程度の家賃が見込まれる」という大前提のもと、1000万円を銀行預金として眠らせておくよりは1000万円に高い金利がついて、この収入を住宅ローンの返済にまわせるでしょ、という提案でした。
 夫が悩んでいたところ、家賃保証会社を紹介し、それで納得した夫婦はマンションを買っていたようでした。


 いいんですか、それで!?というのが番組をみた限りの感想、というか、驚きでした。 果たして、このご夫婦は、家主になる、賃貸人になるということがどういうことなのか分かっているのかしらん?!、このプランナーと称する方は、それを業とするわけでもない、過去に賃貸人の経験があるわけでもない方に対し、家主となる場合のリスク~危険~をどこまで説明しているのかしらん!?という危惧です。
 危険を織り込み済みで購入しているのであれば問題ないのですが、そうでなかった場合、この夫婦にとっては1000万円の預金債権をもっている方がよっぽど利益だったということが十分に予想されるのです。
 どういうことか?


 家賃収入をあてにして、というのも、「とっても素敵な賃借人さん」が「途切れなく契約」してくれての話しです。
 私が過去、家主さん側の相談にあたったりする限り、そういい話しばかりではありません。
 相続事件を多くしていることもあり、家主さんの事情を聞くことも多いのです。相続でもめるほどの財産を遺されている方がどのようにして資産を築かれたかというと、相続した代々の不動産がある場合や、昭和40年代ころ、先んじて不動産売買を行い、その後、賃貸物件を建設するなどして賃料収入で財を築かれたということが多く、それを引き継いだ方などから、「不動産管理の苦悩」をよく聞くのです。
 
 例えば、あるのは、修繕をしっかりしていなかったばっかりに建物が古ぼけてしまい、賃借人がつかない、というものです。
 賃借人が入らなければ、ただの巨大な粗大ゴミのようになってしまいます。更地に戻すのに数千万円をかえって要するということもあります。
 また、賃借人がついたはいいが、家賃を払ってくれないというものです。追い出すのにも、実は費用と労力を要します。建物の賃貸借契約は借地借家法が適用され、特に住居として使用している場合、プライバシー等の問題もあって家賃を滞納しているからといって大家が勝手に出入りして、鍵を変えて追い出すと、違法です。実力行使は禁止されています。そこで、契約解除、建物から出て行けという訴訟に強制執行をせざるをえません。ただ、これも家賃滞納をしたからといってすぐに認められるわけではなく、契約にもよりますが数ヶ月もの間、滞納していて初めて解除が出来るとされています。
 さらには、家賃が高いので賃料を減額しろといった申し出を家主からされたり、あそこが壊れている、ここが壊れているから修理しろという修繕の要求があったり。
 不動産のオーナー、家主、賃貸人は、たぶんやったことがない人がちょっと想像する以上に、大変だと思います。
 大変だと思い、管理については全部、管理会社に任せようとしたら、やはりそれなりの管理費用を支払う必要があります。
 さらには、処分しようと思ったら、1000万円で買ったものが600万円くらいでしか処分できなかったり。あるいは、誰も買ってくれないような物件になっていたりと・・・。
 そううまくはことは進みません。
 

 ということは、それなりの覚悟、自身が勉強して労力をさくという覚悟が必要だと思います。
 あのテレビ番組のご夫婦は、覚悟があったのでしょうか。
 それが心配です。
 また、あのプランナーと称するかたが万が一、業者の方からキックバックをもらったりしているようなら、しかも夫婦に「リスク」を説明していなかったとしたら、まったく罪作りだと思います。
 そうでないことを祈るばかりです。

 また、思うのは、専門家にアドバイスをもとめて、アドバイスをもらったとしても、その「アドバイス」の内容を自分で吟味することなく、その「専門家」を丸ごと信用して、そのことから「アドバイス」の内容について吟味しないというのは、それはやはり不勉強なのではないかということです。
 専門家を利用しながらも、最後は、自分で情報収集して、自分で判断するということが大事だと思います。そうすれば、たとえば自分が思い描いていたような状況でなかったとしても、自分が判断したのだからと諦めがつきます。そこの準備と覚悟ができていないと、ことが思うようでなかったとき、「あそこがこんなものをすすめたからだと」と他者にだけ責任を押し付ける思考法になってしまいがちということになります。

(おわり)

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October 01, 2009

「国税不服審判所と審査請求手続」の研修【松井】

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撮影 塩澤一洋氏(http://shiology.com/)。勝手に心の師匠。なんと!iPhone3GSで撮影した写真だということです!絵画のような妖艶な一枚。


 昨日、大阪弁護士会主催の「国税不服審判所と審査請求手続」という研修を受けました。
 講師は、大阪国税局不服審判所の所長、本多俊雄さんです。ついこの春までは民事部の裁判官をされていた方です。おそらく2、3年ほど、審判所の所長を務めた後、また裁判所に戻られます。
 そうです、国税不服審判所は「国税庁の中の特別の機関」なのですが、その所長は裁判官という法曹が務めているようです。
 もう12年前になる、司法修習時代の私がいたクラスの民事裁判教官の裁判官も、一時期、東京の国税不服審判所の審判官をされていましたので。
 で、特に守秘義務が厳しいようなのですが、その義務の中で、いろいろと興味深い実務上のお話がきけて面白かったので、ここにまた自分用にメモします。ブログをご覧頂く方にも何か参考になることがあれば。


 国税不服審判所の詳細については、HPが充実しているのでこちらをご覧ください。
 http://www.kfs.go.jp/

 審査請求事件については、平成20年度、発生件数が2835件あったということでした。ちなみに、異議申立ては5313件、訴訟は355件ということです。
 うち、審査請求事件について代理人の状況はどうかというと、これは感覚的なものですがということで、次のような状況らしいです。
 代理人なし・・・・47%
 税理士代理人・・・29%
 弁護士代理人・・・12%
 代理人なしで審査請求手続きをされる方が約半数。驚きでした。また、税理士さんも代理人として約3割がついているというのも予想より多く、活躍されているんだなという印象を受けました。
 ただ、審査請求について、平成20年度の処理のうちで、納税者の主張が何らかの形で受入れられたものの割合は、14.7%だそうです。
 これを狭き門と捉えるのか否か。


 最近の傾向としては、やはり国際税制がらみが多いということでした。
 そういえば、大学の同級生などで国税局に就職したという人が、留学しているらしいという話も聞いたことがあるので、国税局の方も力を入れているのだと思います。
 また、国際税制がらみになると、金額も大きく、専門性も高く、そして争訟性が強いという傾向があるようです。
 企業も、納得出来ないときは国税局に対して争うようになってきたということだと思います。数年前から言われていますが。
 

 審査請求手続に関しては、審判官として多いのはやはり税務所からの出向の人がほとんだということで、手続的保障といった観点、主張と証拠といった観点、あるいは第三者機関としての視点という点で不慣れな面もあり、法曹出身の審判官として、いろいろと協議しているということでした。
 税務所の職員として働いていた方々が、第三者機関として、いわゆる古巣の税務所の判断について改めて審査というのは、これはもう制度的に難しい面があるというのはやむを得ないと思います。
 また、法曹ではないので、実体面と手続面を区別して思考するという訓練を受けているわけでもないので、この思考法はなかなか難しい面もあるのだろうと思います。
 ただ、もちろん税法については税務所の職員出身の方は実務を経験されたプロですので、逆に法曹出身者の方はその面で教わることが多々有るのだろうと思います。
 行政部内の最終判断となる裁決を行う機関としては、よく出来た機関なのだろうと思います。


 ちなみに私は、固定資産税という地方税に関し、地方自治体に対し異議申し立てを行い、自治体の行為が改善されたという経験はありますが、国税に関して、この審査請求手続を利用したという経験はありません。
 ただ、講師が言うには、たとえば税理士が代理人となっている件でも、やはり民法上の観点が重要であって、知識と経験が必要な案件で、弁護士さんに相談に行かれたらどうですか?と言いたくなるような案件もないわけではないということでした。
 また弁護士が訴訟代理人となって訴訟になった事案でも、審査請求手続の方を利用していてれば、もっと早く妥当な解決が導き出せたのではないかと感じる事案もないわけではないということでした。
 

 国税不服審判所の目的は次のようなものです。
 

「税務行政部内における公正な第三者機関として、適正かつ迅速な事件処理を通じて納税者の正当な権利利益の救済を図るとともに、税務行政の適正な運営の確保に資すること。」

 おもしろいのは、納税者の正当な権利利益の救済が目的だけではなくて、税務行政の適正な運営の確保にもある点です。
 そのためか、不当な処分の取消対象は、違法な処分だけではなくて、不当な処分も取消の対象になるようです。

 「違法」「不当」と聞いて思い出すのは、ある裁判官の言葉です。
 「違法判決」と言われたら困るけど「不当判決」と言われる分には仕方ないと思える、というものです。
 裁判ではそういう世界です。
 しかし、この審査請求、裁決においては、「不当」な処分も是正の対象とされるのです。
 
 裁判と、それ以外の似て非なる制度に手続き。
 いろいろとあります。またどこかでまとめたいと思います。
 相続でよく出てくるので依頼者の方々によく説明するのですが、普通に生活していたら、「裁判所」「裁判官」というひとくくりで、裁判所、家庭裁判所、訴訟手続、審判手続、裁判官、審判官、訴訟事項、審判事項の説明が難しいです。「既判力」って何という話も出てくるし。ホワイトボードに書いて、説明させていただくと、なるほどと納得はしていただけるのですが、その後、本当に腑に落ちているのかどうか怪しいことも多く。
 相続事件だと、下手したら、家庭裁判所と地方裁判所(高裁、最高裁)をいったりきたりということもあります。だから事件解決が長期化することも多く。前にもどこかで書きましたが、離婚訴訟のように、家裁で一元化するか、地裁でも判断可能とした方がいいのにと思います。
 
(おわり)
*京都地裁に行ったらよくよるお店、mamaroのスープカレーです。絶品! 
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September 30, 2009

大阪国税局~「手口」と「たまり」と動機【松井】

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*9/30追記
*10/1追記

 たぶん今日、税務に関する研修を受ける予定だから目についたのだと思うのですが、昨日の朝日新聞の朝刊と夕刊で、大阪国税局に関する記事が3つ目にとまりました。
 同じ日に国税局での発表か何かが一緒にあっただけなのだろうとは思うのですが。


 1つ目。「3.9億円所得隠し 液晶会社に容疑」
 

「約3億9400万円の所得を隠し、法人税約1億1800万円を脱税したとして、大阪国税局は、液晶ディスプレー加工会社「NSC」(大阪府豊中市)と西山智弘・元社長(46)ー昨年4月辞任=を法人税法違反容疑で大阪地検に告発した。すでに修正申告し、重加算税約4600万円を含め全額納付という。」

 「関係者によると」ということで
「同社は07年2月期までの3年間、『配送費』などの名目で取引実態のない請求書を下請け業者に作らせ、いったん下請けに支払う手口で所得を隠し、法人税を免れていたとされている。」
 「下請けへの支払い分は、西山元社長に現金で戻させていた。」
 「同社は71年設立。07年2月期の売り上げは約77億円で従業員は約350人」

 2つ目。「法人税8700万円脱税で告発」

 「大阪国税局は、金属精錬業『大阪亜鉛工業』(大阪市西淀川区)と林昭宏社長(71)を法人税法違反容疑で大阪地検に告発した。同社は既に修正申告し、重加算税約3500万円を含め全額を納付したという。」

 やはり「関係者によると、」として、
「同社は商品の在庫を約1億4千万円分少なく計上したり、架空の退職金約7千万円を計上したりする手口で、06年11月期までの2年間に約2億9千万円の所得を隠し、約8700万円の法人税を免れたとされる。」

 3つ目。「申告漏れ3億円 ヤンマーに指摘」「大阪国税局」
 

「産業機器大手『ヤンマー』(大阪市北区)が大阪国税局の税務調査を受け、08年3月期までの2年間で約3億円の申告漏れを指摘された。うち約2億円については『子会社への寄付金を経費と装った』として所得隠しと認定された。」「すでに修正申告し、重加算税を含め1億数千万円を納めたという。」

 ここは「ヤンマーによると、」として、
「国内の子会社と業務の委託契約を結び、委託費を経費に計上していた。だが国税局は『業務の実態がなく、委託費は子会社への利益供与にあたる』と判断したとみられる。」
 「ヤンマーの広報担当者は『当局と見解の相違があったが指摘に従った』と話している。」
 「同社の09年3月期の売り上げは約2200億円。」


 と、こんな記事が3つ、朝刊と夕刊で掲載されていました。
 最初の二つは、会社と当時の社長が

「法人税法違反容疑で大阪地検に告発」
されています。
 つまり、おそらく起訴されて、刑事裁判を受けることになります。

 ヤンマーの場合は、最初の二社と同じく重加算税を支払っていますが、告発まではされていません。まさに「見解の相違」といったレベルだったからだと考えられます。
 これに対し、最初の二社は、まさに「所得隠し」の「手口」と客観的にも判断されるような処理だったことが伺われます。あくまで新聞記事に基づけばですが。

 下請けを使って架空の経費を計上する、在庫を少なく計上、あるいは架空の退職金といった、記事を読む限り、なぜすぐに分かるようなことをするのかと非常に不思議なのですが、やはり「動機」が強く作用するのがこの所得隠しになるのだと思います。
 新聞記事によれば、1社目の元社長は、

「元社長はこの金で、ポルシェやランボルギーニなどの高級車を含めて車60台を購入していた。社員らと耐久レースに出場したこともあったという。『カーレースで自由になる金がほしかった』と話しているという。」
とあります。
 
 また二社の社長は、
「『資金を蓄えておきたかった』と話しているという。」
とあります。
 税金として支払うべきとされるお金を減らすこと、所得を減らすこと、経費をふくらませること、この「手口」によって、お金をひねりだすわけです。
 この「お金」をどうしたいのかが、動機です。
 動機があるからこそ、欲があるからこそ、多少無理をしてでも「お金」をひねり出そうとする。
 
 このひねり出された「お金」あるいはこの「お金」が姿を変えたものと、「たまり」と特捜部で脱税捜査を担当していた検察官が表現していたのを見聞きしたことがあります。 今回の記事を読んで、1社目の高級外車を社長が買っていたというのは、まさに「たまり」だなということです。
 こういうのが一番目につくようです。しかしご本人は本当に車が好きなんだろうなとは思います。
 二社目の「資金を蓄えておきたかった」というのも71歳の社長の動機としてはとてもよく理解できます。

 ただ、問題なのは「手口」とされるような悪質な、虚偽の申告、さらにはその金額の大きさなんだろうと思います。
 法人税法違反で実刑というのでは、まったく割に合わないと思います。
 
 二社は、いわゆる実力ある中小企業なのだろうと思うのですが、上場企業ではないようなので監査法人の監査はないまでも、それでも税理士等の税務申告のプロは関わっていなかったのだろうかと不思議です。
 国税局は告発しているので、たとえ税理士の指摘があったとしても、押し切って、社長の判断でこの「手口」、スキームが計画実行されたという証拠があってのことだろうとは思うのですが。
 調査が来たらすぐに分かるようなことをなぜするのか。不思議です。
 でもきっと不思議に思う疑念を上回る動機があるというのが、脱税事件の刑事事件なのだろうと思います。

 ところで、ヤンマーは広報に取材をしているようですが、最初に二社はそれぞれ「関係者によると」とあるので、たぶん当該会社に取材は行っていないのだろうなと思うのですが、どうなんだろう。国税局の発表頼りの記事ではないかと思われるので、真実は分かりません。あくまで報道によればという推測と疑問の話しです。

(おわり)

*9/30追記
さらに今朝の日経でもありました。

「3500万円脱税容疑 金型業者を告発 大阪国税局」

「2007年12月までの3年間で約1億1千万円の所得を隠し、所得税約3500万円を脱税したとして、大阪国税局は29日までに、プラスチック金型製造業者「エストモールド」の園田龍治経営者(44)=大阪府松原市=を所得税法違反容疑で大阪地検に告発した。重加算税も含めた追徴課税は約4700万円とみられ、修正申告したという。」

 やはりまた、「関係者によると、」として、
「園田経営者は富田林市のメーカーにポンプなどの部品のプラスチック金型を卸し、年間4千万円前後の所得があったが、実際には年間約200万円しか申告しなかったという。」

 この報道の「関係者」が誰か明示してくれとは思うのですが、記事に基づいて推測すると、この個人事業者の方は、売上げ段階から計上しなかったのかもしれません。大胆不敵。

*10/1追記
さらに今日の日経朝刊。

「消費税免税悪用 1億2000万円脱税」
との見出し。
「消費税の免税制度を悪用して、2008年3月までの3年間で、消費税など約1億千万円を脱税したとして、大阪国税局は30日までに、警備保障会社「エスピージャパン総合警備」(大阪市住吉区)と森俊彦元社長(35)=同市阿倍野区=を消費税法違反容疑などで大阪地検に後発した。」

とあります。
「重加算税を含めた追徴税額や約1億6千万円になるとみられ修正申告したという。」

ここでいう消費税の免税制度を悪用したという手法についてはまたどこかで考察を深めたいと思います。
とりあえず、自分の備忘録的にメモ。

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September 24, 2009

相続法と計算~遺留分など~ 【松井】

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 ブログの過去の記事を見て頂くと分かるように、私は個人的にも「相続」事件が大好きです。
 なぜか。たまたま弁護士1年目のとき、他の弁護士さんが遺産分割事件の審判まで担当された事件の不服申立の事件、即時抗告審を担当したり、公正証書遺言の作成を担当していたところ残念ながら適わずに遺言者の方がお亡くなりになってしまい、そのまま遺産分割事件に突入し、遺産の範囲から問題となり、あしかけ10年、調停、訴訟、調停、訴訟となってしまった事件を担当した影響が大きいと思います。

 即時抗告審からの担当で学べたことは、本当に相続の0~10まで基本的な事柄を総ざらえできたということでした。
 家庭裁判所での審判書に対して、そのアラを見つけ出す作業です。しかし、弁護士1年目。相続の分野は実は司法試験でも試験にほとんど出ないところなため、実務的なことは全く知りませんでした。
 そのような状態で、審判事項とは何か、訴訟事項とは何か、財産を評価するにしてもいつの時点でどのように評価すべきと考えられているのか、しらみつぶしにチェックしていきました。まさに弁護士1年目だからこそ出来たような時間をかけた仕事っぷりでした。
 そして公正証書遺言の作成とその後に続く、調停申立て、取り下げ、遺産の範囲確認の訴えなども同じです。結局、2回訴訟をして、2回とも最高裁までいきました。そして3度目の正直で、ようやく調停成立です。その間、特別受益だ、持ち戻しだ、なんだと確認しました。これは相続事件ではよくあることですが、被相続人に収益物件があり、この収益物件に関して、賃貸借ということで種々の問題が生じ、さらにはこれもよくありがちですが、被相続人が各種不動産を取得するに際し、結構な額の借入金で建設資金や運用資金を賄っていたため、負債も相当額あったという、次から次へと周辺の事柄も相続に絡んで問題となるという場合でした。
 また私としては幸運なことに、この間さらに、何件かの遺留分減殺請求訴訟や遺言無効確認の訴えを担当させていただく機会がありました。
 こうして、相続分野について、四方八方からいろいろな経験をさせていただくことができました。
 そして法的にもまだまだ未開拓な、やりがいのある分野だということが分かると同時に、相続事件というのは、お亡くなりになられた被相続人の方の一代記に接するものだという思いになりました。ご自身でそれだけの財産を築かれた方、あるいは代々の財産を守られた方がどのようにビジネスを行い、配偶者をもち、子をもち、行きて来られたのか。その40年、50年に渡る歴史に接し、この点で興味深く思うと同時に、畏敬の念を禁じ得ません。
 このように、過去30年、40年前の事柄が問題になりえて、壮大な思いで仕事をさせていただくのは相続事件くらいではないかと思います。


 でも、弁護士によっては相続事件があまり好きではないという人もいます。
 なぜか。
 当事者が複数であって、利害対立状況が複雑というのもありますし、また結局、過去のしがらみにもとづく兄弟げんかや後妻と子ども達の親子げんかじゃないかという見解もあるようですし、親が遺してくれたものに何で取り分でいがみあうのか、さらには計算が複雑でよくわからないから好きになれないという点もあるようです。
 
 この点、言い得て妙な表現を最近、見かけました。法学教室09年10月号の「家族法ー民法を学ぶ第19回」「具体的相続分の決定『だってもらってたじゃない!』(神戸大教授 窪田充見)の中の言い回しです。

 

「ところで、個人的なことになりますが、おの具体的相続分の計算という問題、私は、比較的好きです。計算ばかりであまり好きではないと言う諸君も多いのではないかと思いますが、そうした計算の前提となるしくみの中には、相続をめぐる基本的な問題が見え隠れしていると感じられるからです。」
とあります。
 まさにそのとおりです。

 さらにはこのような表現も。
 

「私の印象では、相続法の問題は、各所によくわからない深みが潜んでいる。」

 そうなんです、そうなんです。

 だからこそ、平成10年以降においもて、相続の分野では未だなお注目の最高裁判決が出て続けているのだと思います。
 突き詰めて考えると、この場合、どうなるんだろうという問題が今なお結構あります。 
 以前にも述べたように、こういった問題は従前は、最高裁にいくまえにどこかで当事者間でおりあいがついていたのだろうと思います。ところが、最近ではやはり徹底的に裁判所の判断を求めるというところに来ているのではないかと思います。
 なお、当事者が複数で複雑に利害がからみあうという状況も、私は実は好きです。利害関係が単純ではないだけに、どこかでダイナミックな解決に至る要素、チャンスが多いからです。
 以前、ある家裁の調査官が口にしていました。
 

「相続事件(遺産分割)は、アイデアですよ。」

 そのとおりだと思います。


 ところで、判例タイムズ07年11月15日号での「遺留分減殺請求訴訟を巡る諸問題」では、裁判官ら共同で執筆しているのですが、次のような表現で冒頭はじまっています。
 

「遺留分減殺請求訴訟は、複雑困難な訴訟類型の一つとされており、遺留分侵害額、減債額等の算定が複雑であるほか、論点や判断要素も多く、個々の論点についても必ずしも実態法の解釈が一義的であるとは言えない。」

 「このため、当事者双方がこれらの論点等について十分に理解せず、また、共通認識を持つことなく、主張立証を行って、審理が混乱する場合も少なくない。」

 つまり、弁護士が「遺留分」について理解しないままに適当に訴訟活動をしていることが多いですよ、ということです。
 
 なぜか。やはり「算定が複雑」であり、「論点や判断要素も多く」、「必ずしも実態法の解釈が一義的であるとは言えない」からです。
 思うに、そもそも問題、論点があることすら気づかずに訴訟活動、代理人活動をされている場合もあるのではないでしょうか。
 その場合「共通認識を持つことなく」、交渉、訴訟活動が行われます。
 一番の被害者は、まさに依頼者、当事者ではないかと思います。

 でも逆に、複雑で困難な問題だからこそ、紛争解決を担当させていただく弁護士としては、非常にやりがいを感じ、面白いと私は思うのです。
 遺留分減殺請求にしても、法律上は、民法1028条で

「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。」
として、
「一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
 二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一」

とあります。
 だから、私は相手に「三分の一」、「二分の一」請求できるといったことにはなりません。

 ここからがスタートです。
 1029条1項には、遺留分の算定の規定があります。
 

「遺留分が、被相続人が相続開始のときに有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。」

 とあります。
 さらには、民法は1044条まで遺留分に関する規定をおいています。
 遺留分、遺留分と言われていますが、実際に、じゃあ、誰に対して、いくら、何を請求できるのかというと、事案に応じた計算をせざるをえません。
 
 これにやりがいを感じられるかどうかだと思います。

 知識と経験と、そしてアイデアが相続事件だと思います。
 

 ちなみに、先の判例タイムズの特集の見出しだけひろっておきます。
 これだけのことが問題になりうるのが遺留分なのです。
 計算式に当てはめて、ちゃっちゃと算出できる代物ではありません。
 
 公正証書遺言の作成件数が増えているようですが、遺言作成数の増加と共に、遺言無効確認の訴えのみならず、遺留分減殺請求訴訟も増えてくるのではないかと予想されます。 現に私の方へのご相談でも、遺言を巡ってのご相談が増えています。
 検討順位は、まず、無効ではないのかどうかをしっかり検討します。カルテや介護施設の記録が重要です。
 そして次に、遺留分を侵害する内容か否かが検討されます。このとき、相続時の財産だけではなく、生前に渡しているものなどがないかまで検討しなければなりません。
 実は、方向性を決めるまでにかなりの調査作業を要するのが、相続です。


以下、判例タイムズ07年11月15日号、12月15日号


 

第1 遺留分減殺訴訟の意義・訴訟物等
  1 遺留分減殺請求訴訟の意義
  2 遺留分減殺請求訴訟の訴訟物

 第2 遺留分減殺請求の当事者
  1 遺留分減殺請求権者
  2 相手方
  
 第3 遺留分及びその侵害額の算定
  1 遺留分侵害額の算定法法
  2 算定の基礎となる財産について
  3 当該相続人の遺留分の割合
  4 当該相続人の特別受益額
  5 当該相続人の純相続分額
  
 第4 遺留分減殺請求権の行使
  1 遺留分減殺請求の意思表示
  2 減殺の方法
  3 遺留分減殺請求の競合
  4 権利の濫用
  
 第5 遺留分減殺請求権の効力
  1 遺留分減殺請求権の行使と法律関係
  2 遺留分減殺請求権の行使により遺留分権利者に帰属する権利の性質
  
 第6 価額弁償
  1 価額弁償の制度について
  2 価額弁償と減殺請求の効果
  3 価額弁償の方法
  4 価額弁償の評価基準時
  5 価額弁償の抗弁を容れる場合の判決主文
  6 価額弁償の終期
  7 贈与又は遺贈の目的物が第三者に譲渡された場合
  8 一部の価額弁償の可否
  9 贈与・遺贈が未履行の場合

 第7 遺留分減殺請求権の消滅 
  1 放棄
  2 時効


(おわり)
 
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September 15, 2009

親族会社にありがちかも~取締役会の形骸化~【松井】

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 自分用にメモです。親族会社というわけではないのでしょうが、株式会社の代表取締役が、法律上、取締役会決議が必要なのに、決議なく、自分だけの判断で対外的に第三者と取引をしちゃったというとき、第三者は、その取引は無効だと主張できるかどうかという問題です。
 最近、最高最判例が出ました。
 最判二小平成21年4月17日判決(判例時報2044号142頁)です。
 

 事案はというと簡略化すると次のようなものでした。
 A社がY会社から、利息制限法を越える利率でお金を借りて返済しつづけていたところ、実は2億円ほどの過払いがあり、不当利得返還請求権を有しているということが分かりました。
 そこで、A社は、他の債権者であるXに対し、この2億円の債権を譲渡しました。平成16年12月のことです。
 しかしながら、実はこのA社は、同年5月、約20億円の負債を抱えて、既に事実上倒産している状態でした。
 つまり、A社には、この2億円の過払金返還請求権以外にはめぼしい財産はなかったのです。
 ということは、会社法の規定からいけば、この2億円の債権の譲渡は、会社の「重要な財産の処分」にあたり、取締役会決議を要するとされるものでした(会社法362条4項1号)。しかしA社の代表取締役は役会決議を経ずに、Xにこれを譲渡し、Xも、これがほぼ唯一の財産であること、役会決議がないことも知っていました。
 その後、XがYに対し、2億円の返還請求訴訟を提起しました。Yは、あんたは債権を譲り受けたといっているが、譲渡人のA社において有効な債権譲渡の手続が執られておらず、そのことをあんたは知っていたんだから、A社⇒Xの債権譲渡は無効で、あんたに債権はないよと反論しました。
 原審の東京高裁は、このYの主張を認め、X敗訴判決となりました。


 しかし最高裁は、ひっくりかえしました。
 争点は、A社は無効主張をしていないのに、第三者のYが無効を主張することが出来るか?というものでした。
 面白いです、法律。絶対的無効と相対的無効という考え方です。
 絶対的無効というのは、誰との関係でも無効といこと、相対的というのは、この人とこの人との間では無効だけど、他の人との間では有効という考え方です。

 で、最高裁はというと、相対的無効と考えました。
 会社法362条4項がもうけられた趣旨からの帰着です。

 

「会社法362条4項は、同項1号に定める重要な財産の処分も含めて重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項と定めているので、代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行をすることは許されないが、代表取締役は株式会社の業務に関して一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有することにかんがみれば、代表取締役が取締役会の決議を経ないでした重要な業務執行に該当する取引も、内部的な意思決定を欠くにすぎないから、原則として有効であり、取引の相手方が取締役会の決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときに限り無効になると解される(最高裁昭和36年(オ)第1378号同40年9月22日第三小法廷判決・民集19巻6号156頁参照)。」

 「そして同項が重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項とさだめのは、代表取締役への権限の集中を抑制し、取締役相互の協議による結論に沿った業務の執行を確保することによって会社の利益を保護しようとする趣旨に出たものと解される。」

 
「この趣旨からすれば、株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合、取締役会の決議を経ていないことを理由とする同取引の無効は、原則として会社のみが主張することができ、会社以外の者は、当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り、これを主張することはできないと解するのが相当である。」


 感覚的にも妥当な判断だと思います。
 A社と、その取引の相手方X、そして第三者にたるY、それぞれの利害関係の調整が図られているように思います。
 
 このように、本来、取締役会の決議事項だけど、たとえば今回のA社は、行為時、事実上、代表取締役しかいない状況だったのだろうと想像できるし、そうでなくても、親族会社のような場合、そこまで厳密に手続をとっていないことはままありうる話しであって、その度に、相手方以外の人から、「無効」だといわれたのでは取引の当事者はたまったものではないかと思います。
 会社がそれでいいって言っているんだから、いいじゃん、といったところでしょうか。
 よくありそうな話しなのに、今頃、最高裁判決が出ているというのも不思議です。
 
 ただ、まあ、親族会社とはいえ、手続は手続としてきちんとしておいたほうが余計な紛争を招かないと言う意味では、適切だと思います。
 面倒でも、株式会社を経営する以上は、最低限の会社法の手続を押さえておかないと、いざ、相続紛争などが起こったときに足下をすくわれかねないので注意、勉強しておくべきだと思います。

 経営者って、大変です。
税法はもちろん、会社法民法労働基準法といった法律、さらには簿記会計管理会計も知っておく必要が本来あります。
 ここらへんを適当にやっていると、ハッと気づいたら目の前に破産法の適用が待ち受けているということにもなりかねないので気をつけてください。
(おわり)

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September 13, 2009

おかしいと思うことを口に出して言うということ~名誉毀損訴訟~【松井】

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 おかしいと思うことを口にだして言うこと。それは、憲法21条1項に定められた自由です。

 「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」

 憲法そのものは、国と個人との関係を規律するものといわれています。
 国から、合理的な理由なく、自由を制約されないということ。
 ものを言うことに対して、国からとやかく言われないということが表現の自由です。その裏返しが、23条2項に定められた、国による検閲の禁止です。

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 じゃあ、国ではない私人対私人はどうなのか。
 憲法が直接適用されるわけではありません。
 国は国家権力として強制力をもちますが、私人は私人に対して、他の者の行動を強制させることは出来ません。
 ただ、私人の保護されるべき利益が他の私人の言動によって侵害され、その侵害に正当な合理的な理由がない場合、他方の私人の自由と他方の私人が受けた損害を比較し、被害を受けた方が保護されるべき事由があるような場合、他方の自由が制約される結果となる場合があります。
 私人の場合、このような利害をどう調整するのか?

 利用されるのが、民法709条以下に定められた不法行為責任です。
 

民法709条「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めを負う。」
民法710条「他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。」

 損害賠償責任を負うのか、負わないのかというカタチで利害が調整されます。
 
 この中で、表現の自由にいう表現行為については、私人対私人の場合、名誉毀損訴訟、あるいはプライバシー侵害訴訟として、争われることになります。
 
 名誉毀損訴訟は、マスコミ対著名人の場合、ある時期を境として一挙にその損害賠償額が高額化しているという事実があります。
 その原因はいろいろ言われていますが、真実はともかくとして、対マスコミの訴訟では数千万円規模の損害賠償額が連発しているように思います。


 ただ、一方で、このような賠償請求訴訟は、それ自体が、表現行為に対する威嚇行為であって、表現行為を萎縮させる効果をもつことがあります。
 しかし、憲法は表現の自由が保障されること、私人が自由にいいたいことを言うということそれ自体に価値を認めているものである以上、私人間の民法においてもその価値は評価されるべきものと考えられます。

 そこで、名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟の提起そのものが、威嚇目的であると評価されるような一定の要件のもとに、提訴行為自体を不当訴訟として逆に訴えた者に対して損害賠償責任を認めていることもあります。
 数年前、消費者金融の武富士に関して各種発言、表現行為を行っていた人らに対し、武富士が名誉毀損として損害賠償請求訴訟を起こしたことがありました。
 当時、武富士は、戦闘的に争う姿勢を示していたように思います。
 結果、武富士に注目が集まり、実はその作家の盗聴行為を行っていたことや各種、不当な取立てが行われていたなどの行為が世に晒され、訴訟についても、結局、武富士の方が返り討ちにあうような事態となっていました。
 

 最近気になるのは、弁護士への相談でも、訴えることは出来ないですか?という相談で、理由はと尋ねると、名誉毀損にあたるので訴えられませんか、精神的苦痛を受けたので慰謝料請求できないですか?といった相談です。
 具体的にどういうことがあったのかとさらに尋ねると、例えば、マンション内での意見の対立に起因した文書でのやりとり、あるいは、利害が対立する相手方との間での激しいやりとりです。自身が攻撃を受けた、批判を受けたということで精神的苦痛を受けたというものです。

 またさらに驚くのは、弁護士作成の訴訟上の文書や内容証明郵便においても、その文書の中で、具体的な根拠、理由の指摘なく、「名誉毀損訴訟を提起する」「告訴する」といった文言が現れることです。親族間の紛争のような場合、互いに相手の行動を批判的に記述することがあるのはやむを得ない場面が多々あります。それに対し、反論するのではなく、別途法的措置を執ると予告することで威嚇するのです。
 
 本当に訴えとして成り立ちうるのか、返り討ちにあうことはないのか、提訴にかかるコスト、お金と労力と時間をよく考えるべきだと思います。
 そういうと、「じゃあ、泣き寝入りですか。」という声が聞こえそうですが、そうではなくって、人の主張、表現活動に対しては、他方も一定限度は受け入れるべきであるという価値観があるということです。
 言論には言論でというのが法の立場だと思います。
 言論には訴訟で、というのはまったく例外的な場面であり、最後の手段だということです。
 

 昔、マンション管理会社がマンション住人を名誉毀損で訴えた訴訟の住人側の訴訟代理人をつとめたことがありましたが、訴える管理会社もなんだかなあと情けないような思いがしました。控訴審までいき、和解で終わりました。もちろん、住人側は一銭も支払わずです。管理会社側を「威嚇」するためには、反訴すればよかったのかな。でもそうすると泥沼。

 そもそも不合理を指摘されたらのなら、まず言論でもって反論、対抗すべきなのです。
 どういった反論が出来るのか、どういった反論をすべきかを検討することなく、 「名誉毀損として訴える」という時点で、いわば思考停止です。返り討ちにあうでしょう。
 
 もちろん、明らかにひどいものは別ですけどね。言論で反論しようのないものを誹謗中傷として、即、訴え提起というのもあり得ます。

(おわり)

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September 11, 2009

侵害額の算定と相続債務の扱い〜遺言と遺留分減殺請求〜【松井】

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*昨日9月10日は新司法試験の合格発表日だったようです。昨年、当事務所にバイトに来てもらっていたMさん、合格だそうです!偶然、裁判所の前でお会いしました。嬉しいです!事務所に戻って他のスタッフや大橋にも伝えたら、皆、大喜びでした。これからまた新たなスタート、頑張ってください!


 この前触れた、遺留分と相続債務に関する最高裁判例です。
 最高裁三小平成21年3月24日判決(判例時報2041号45頁)です。
 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37455&hanreiKbn=01


 一般の方でもちょっと相続に関心のある方であれば「遺留分」という言葉は知っていると思います。
 そして流行の「遺言」を作る際においても、「遺留分」「遺留分」「遺留分を害することはできない」などという言い方をされます。
 そこで極端なのが、本当は子ども4人のうち、一人に全部をあげたいんだけど、「遺留分があるから」といって他の3名のものに対しては、遺産の遺留分相当額を相続させるといったような遺言です。
 1/2×1/4=1/8 を相続させるといったような遺言です。
 
 実際、相続が発生してから遺留分が問題となる場合、遺留分減殺請求権を行使して、実際に確保できる金額、財産評価額はいくらなのかというと、これを算出するのにいろいろと「算定」方法が定められています。
 実は結構ややこしいのです。
 きちんと算出する場合、「エクセル」は必須です。
 そのため、以前、弁護士会での家庭裁判所の担当裁判官を講師にしての相続研修においては、裁判官は、このように言っていました。
 「相続事件は、実は、弁護士さんは皆さん誰でも出来ると思っているかもしれませんが、実際には、特定の専門分野として複雑な内容なんです。」と。
 要は、きちんと勉強をせずに家裁に遺産分割などの申立てをしている方が結構いらっしゃる、勉強してきてくれということでした。
 またさらには、「相続は、計算方法の問題でもありあす。これは、いまやエクセル表が不可欠ともいえます。若い弁護士さんなら皆、エクセルを使いこなせているでしょう。ご年配で、エクセル表を使っていない方はぜひ若い弁護士さんと組んでされてはどうでしょうか。」
 
 やはり、なるほどと思いました。確か、もう2、3年も前の研修です。

 このように遺留分侵害額の算定といっても算式があります。
 ただ、そんなことはもうとっくに全て、解釈論は解決されているのではないかと思うのももっともだと思います。
 ところが、この前のエントリーでも触れたように、平成10年以降も続々と最高裁判決が出ているのです。
 そして、私自身、あ、こんなこともまだ解決されていなかったのかと驚いたのが、今回の平成21年3月の判決事例でした。


 遺留分については、民法1028条から1044条までの間に規定されています。
 1029条が遺留分の算定です。そして1031条において、遺贈又は贈与の減殺請求として、「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。」としています。
 ここでいう「遺留分」の額を算定するにあたって、相続債務はどのように取り扱われるかです。
 最高裁で問題となったのは、遺言があって、その内容は、相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の内容であり、このとき、被相続人が負っていた金銭債務の法定相続分に相当する額を遺留分権利者が負担すべき相続債務の額として遺留分の額に加算すべきかどうかが争われました。

 なぜ問題になるかというと、相続債務については、民法899条「各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する」として、金銭債務のような「可分債務」については、相続人らは被相続人の債務の分割されたものを承継するもの解されていたからです(最判昭和34年6月19日民集12.6.757)。
 
 どういうことかというと、被相続人Aさんは、不動産を含むプラスの財産約4億1000万円を有し、一方で、同じく約4億円の負債を有していました。相続人は子どもXとYです。
 そして公正証書遺言で、Yの相続分を全部として、遺産分割方法の指定として遺産の全部をYに移転する内容を定めました。
 これに対し、XがYに対し遺留分侵害請求をしたのです。
 
 そしてXは、その遺留分侵害額の算定にあたって次のように主張しました。
 プラスの財産約4億1000万円円から約4億円を差し引いた1000万円の4分の1である、250万円に、相続債務の2分の1に相当する2億円を加算して、Bの遺留分侵害額は2億0250万円に当たると主張したのです。
 これに対し、Aは、いやいや相続債務の2億円は、本件のような相続人の間では当然に法定相続分で分割されるというものではなく、遺言によってAがすべて負担することになるものであって、Bの遺留分侵害額の算定にあたっては加算されず、Bの侵害額は250万円だとして争いました。
 えっらい、おおきな違いになります。

 これは、そりゃあ、最高裁まで争うでしょうという事案だったようです。

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 で、最高裁はどうかというと、次のような判示となりました。直感的に、妥当な常識的な判断だと思えます。法的構成もまあ、そうだよねというものでした。
 こんなことが未だに争われ平成21年3月になって最高裁が判断を示さざるを得ないのが相続の法律の世界なのです。
 違う観点からいえば、あちこちにまだ落とし穴や地雷がありうる世界であって、本当に法律論、条文、最高裁判決、学説、知恵がないと「遺言作成の依頼を受けます」などと怖くて言えない分野なのだと思います。
 事案も平成15年7月に公正証書遺言を作成し、11月になくなってから、遺言の内容が不明確ともいえたために、結局6年もの間、相続人らは弁護士費用や時間、労力をかけて争わざるを得ませんでした。
 遺言を遺した被相続人も不本意ではないかと思います。

 最高裁の判断

「相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。」

 
「相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ、当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合、遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。」

 結局、さっきのXさんの場合の遺留分侵害額は、XとYとの間では負債2億円はYのみが負担するものということで、Xの遺留分侵害額算定においては考慮せず、結果、Bの遺留分侵害額は250万円ということで確定しました。


 問題のポイントは、判例時報の解説でも指摘されているように、
 

「本件遺言は、Yの相続分を全部と指定し、その遺産分割の方法の指定として遺産全部の権利をYに移転する内容を定めたものであるが、その効力がAの有していた金銭債務にも及ぶのかどうかが問題となる。」
ものです。
 
 そしてこの問題を考えるにあたっても、過去の裁判例などを敷衍する必要があります。
 
「相続人に対して財産を相続させる旨の遺言などにより遺産分割の方法が指定され、その対象財産の価額が当該相続人の法定相続分を超える場合には、相続分の指定(民法902条)を伴う遺産分割方法の指定であると解するのが一般的な見解である。」
こと、

 

「相続分の指定がされた場合、指定の効力が相続債務にも及び、共同相続人間の内部関係では、各相続人が相続債務についても指定相続分の割合により承継又は負担するものと解されていること。」

 

「相続させる遺言に遺産分割方法の指定の意味がある解するのであれば、遺産全部を一人の相続人に相続させる遺言がされた場合(対象財産の価額が当該相続人の法定相続分を超えることは明らか)には、特段の事情がない限り、相続分の全部が当該相続人に指定され、少なくとも相続人間においては相続債務についてもすべて同人が承継又は負担するものとされたと考えるべきであろう。」

 と指摘されます(判例時報2041号46頁。判例解説。)
 
 可分の相続債務の取扱いについては、債務についても「被相続人の財産に属した一切の権利義務」(民法896条本文)に含まれるものとして法定相続分(民法900条)によって相続開始時に当然に分割されると解されています。当事者間の特段の合意があればともかく、そうでない場合は遺産分割の対象にならないと解されています(民法906条)。既に分割済みだから。家庭裁判所の審判でも、当事者間の合意がない限り、審判の対象にはなりません。
 他方、民法902条では、
「被相続人は、前二乗の規定にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。ただし、被相続人又は第三者は、遺留分に関する規定に違反することができない。」
とあります。
 遺言で、相続分を定めることができるので、相続債務についても、相続発生と同時に分割されるとはいえ、その分割の割合を被相続人は遺言で決めることができると考えられるのです。
 そこで、相続債務の負担について、遺言者の意思の解釈という問題となって今回の事例も検討されたのです。


 遺言を作成するとき、前回の生命保険のことはもちろん、債務の負担についても検討することが不可欠だということです。
 本件でも、遺言でそのことが明記されていれば、最高裁判決まで争うという必要もなくて済んだということです。
 少なくともこれからは要注意です。
 検討すべきことが検討されずに、かえって紛争を拡大させるような遺言が作成された場合、遺言作成の依頼を受けたものは助言義務の注意義務違反に問われるということもありえるのかと思います。
 気をつけねば!
(おわり)

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September 10, 2009

契約書の文言/法律用語と一般的な国語の用法〜スズケン対小林製薬〜【松井】

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 平成19年の秋の初めころだっかに、新聞で小さく報道されていた事件、名古屋の医薬品卸売り業者スズケンが大阪の小林製薬に対し、議決権行使禁止の仮処分を求めたという事件がありました。
 その後、新聞報道では認められなかったという結論だけが報道され、いつまでたっても判例雑誌等でその名古屋地方裁判所での仮処分申立の決定書が掲載されることはありませんでした。ネットで検索もしたのですが、自分のブログ記事がヒットするだけで、ひっそりと忘れられた事件になっているのだと思っていました。認められなかった仮処分のあと、スズケンがさらに本訴を提起したという報道も目にすることはありませんでした。


 ところが、今年になってようやく取り上げられるようになり、ついに決定書を目にすることが出来ました。
 金融・商事判例09年7月1号50頁と商事法務09年7月25日号82頁です。
 
 名古屋地裁平成19年11月12日決定(株式交換承認の議決権行使禁止仮処分申立事件)の決定書の全文を読んでみて分かったこと。
 スズケンと小林製薬が締結した契約書の文言に決定的な不備があったため、その間隙を縫ったのかどうかまでは分かりませんが今回の小林製薬の行動となり、裁判所はスズケンの言い分を認められなかったのだということです。
 端的には、「株式の譲渡」というこの言葉を法律用語として解するのか、一般的な国語の用法として解するのかでした。株式の「交換」は、株式の「譲渡」にあたるのか否かが問題とされたようです。

 スズケンの言い分は、一般的な国語の用法としての主張に基づいていると解されました。すなわち、「譲渡」というからには、「交換」も自身の手から株が離れるという意味で「譲渡」だろうと。
 それに対して裁判所は、

「一部上場企業で、過去にM&Aの経験を有する大企業」
であって、そもそものスズケンと小林製薬との契約においても
「薬粧卸売事業を、債権者及びコバショウ間の本件吸収分割及び株式交換の方法によりコバショウに移管することや、それに伴って債権者と債務者の共同出資会社となるコバショウの経営・運営方法を定めたものであること」
「本件合意書上、4条には、債権者がその薬粧卸売事業をコバショウに移管する方法として株式交換が規定され・・・」
と「株式交換」を意味する用語が使い分けられていることからすれば、17条に規定される「保有するコバショウの株式の全部又は一部を他に譲渡してはならない」という「譲渡」は、法律用語としての「譲渡」であって「交換」は含まれない、としてスズケンの申立てにつき、保全の対象となる権利をスズケンは小林製薬に対しもたないという結論を出しました。
 
 そうなんです。
 会社法上、「譲渡」と「交換」は次のように全く異なる性質のものと解されているのです。

 この当初の契約作成に会社法に詳しい弁護士が関与していたのかどうかは分かりません。もしスズケン側の弁護士が作成に関与していた契約書だとしたら大失態と言わざるを得ません。あるいは、法務部門だけで契約したとしたら、安くつけようとして、結局高くついた結果ということになります。
 いずれにしてもスズケンのミスということになるようです。
 だからか、きっと本訴も提起しなかったのだろうと合点がいきました。

 ところで、保全処分では、申立をした者を「債権者」といい、申立ての相手方を「債務者」といいます。法律用語としては。


 「譲渡」と「交換」。判決書は次のように判示しています。
 

「株式交換は、平成11年8月13日法律第125条による改正により、ある会社を他の会社の完全子会社とするため、会社組織法上の行為として新設された制度であり(その際、株式交換を、完全親会社となる会社にとって、完全子会社となる会社の株主の有するその会社の株式の現物出資に対する株式その他の財産の交付とする構成も考慮されたが、合併に類似する組織法的行為として立法された。)、完全子会社の株式は、株式交換の当事会社間で締結された株式交換契約が両者の株主総会の特別決議で承認されることにより、株式交換に反対する株主の意思にかかわらず法律上当然に移転する」

 
「本件株式交換において、株式交換契約の当事者はメディパルとコバショウであって、債務者は当事者ではないし、債務者の保有するコバショウ株式のメディパルへの移転も、法的には債務者の意思基づくものとはいえない。」

 
 そして決定書はこのように結論づけています。
 
「債権者の上記主張は、本件株式交換が、旧商法ないし会社法上の株式交換であることを理解せず、債務者とメディパル間のコバショウ株式の民法上の交換契約であるかのように誤った理解に基づくものであるといわざるを得ず、採用できない。」

 その後、さらに一応、いろいろとスズケンの主張が検討されてはいるのですが、結局はここにいきつきいています。

 残念ながら、スズケンにとっては可哀想だけど、お粗末ともいえる契約と仮処分の申立てだったようです。
 スズケンが小林製薬に対し、仮処分の申立てをせざるを得なかった事情、気持ちを考えると、当時、報道されていたときから「頑張れ、スズケン!」でした。コバショウにおいて、過半数を超える大株主の小林製薬と少数となるスズケンという株主構成の中、そもそもがこの株主構成もスズケンと小林製薬の合意による戦略的なものだったようです。そのことからすれば、小林製薬のやっていることは禁反言の原則に反するようにも思えました。
 しかし、そもそものスズケンと小林製薬の契約書において、コバショウのありかたについて株式交換が規制されていなかったとは。。。
 スズケンのミスと言われても仕方ないのかなと思います。


 なお、この決定書では、株主総会における議決権行使を制約する契約の効力等についても触れられています。
 

「①株主全員が当事者である議決権拘束契約であること、②契約内容が明確に本件議決権を行使しないことを求めるものといえることの二つの要件を充たす場合には例外的に差止請求が認められる余地があるというべきである。」

 ②の要件はともかく、①の要件が「株主全員」の契約であることを要するとしているのですが、ここまで要するのかどうかというのも一つの問題ではないかと思います。
 
 にしても、いずれにしても、スズケン、残念でした。。。

(おわり)
  
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September 09, 2009

そのお金に理由はありますか?〜更新料約定無効高裁判決から学ぶこと〜【松井】

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撮影 yuko.K


 先日、新聞などでも大々的に報道されましたが、大阪高裁平成21年8月27日判決でもって、京都地方裁判所での一審判決が覆されて、京都のマンション賃貸業者と元住人との間の訴訟で、1年ごとの契約更新時に支払われていた10万円の更新料支払いの約定が、消費者契約法10条に基づき、無効と判断されました。結果、1年の契約更新ごとに支払われていた40万円の更新料を利息をつけて家主は元住人に返せという判決となりました。
 これは、不動産を所有して、賃貸業を営んでいる方々にとっては、衝撃の判決ではないかと思います。消費者契約法が施行された平成13年4月1日以降に授受された「更新料」名目の金員について、場合によっては、一括して利息までつけて返済しなければならないということがあり得るからです。
 この判決の一審京都地裁判決と今回の高裁判決を読み比べてみました。
 この裁判はおそらく上告も受理されて、最高裁判所の判断も出るだろうとは思いますが、現時点で賃貸人において気をつけるべきことを示唆するものともいえ、自身のメモがてら記しておきます。


 大きなポイントは、賃貸人が賃借人から受け取るお金について、「そのお金に理由はありますか?」ということを改めて総チェックすべきだろうということです。
 今回の事案で、京都地裁と大阪高裁とで結論が別れたのは、まさに今回の事案での「更新料」について、この点の結論の違いだったようです。

 判決は共に、まず「更新料の法的性質」について検討しています。
 家主側は次のような主張をしていました。
  ① 更新拒絶権放棄の対価
  ② 賃借権強化の対価の性質
  ③ 賃料補充の性質

3 
 この点、京都地裁判決は、①については、希薄ではあるが、その性質があるとし、②についても、やはり希薄ではあるがとしつつ、これを認め、③については、本件での「更新料約定は、本件賃貸借契約における賃料の支払方法に関する条項であり」として、「賃料の補充の性質を有しているものということができよう。」としました。
 その上で、消費者契約法10条前段にあてはめてみると、

「『賃料は、建物については毎月末に支払わなければならない』と定める民法614条本文と比べ、賃借人の義務を加重しているものと考えられる」
としてその要件を充たすとするものの、10条後段の要件はみたさないとして、10条の適用を否定したのです。
 すなわち、
「本件更新料約定が『民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの』であること」
について検討し、①1年契約、賃料月額4万5000円という状況で、10万円の更新料は、過大なものではないこと、②更新料約定の内容は明確であり、賃借人は契約締結時に説明を受けているので、賃借人に不測の損害あるいは不利益ではないこと、③希薄とはいえ、更新料が更新拒絶権の対価及び賃借権強化の対価と志手の性質を有しているということ、これらを考慮し、10条後段の要件は充たさないと判断しました。


 以上の京都地裁の判断に対し、大阪高裁は、まず更新料の法的性質について、① 更新拒絶権放棄の対価性を否定しました。そもそも正当事由がない限り、賃貸人は更新拒絶できないこと(借地借家法28条)、契約条項上も賃貸人がそのように考えていたとは認められない、更新拒絶権行使に伴う紛争回避目的と言う点については、その危険は対等に負担されるべきものであって、賃貸人のみが更新拒絶権放棄の対価として更新料を取得すべき理由はないとしています。
 そして、② 賃借権強化の対価の性質についても、否定しました。合意更新により解約申入が制限されることにより賃借権が強化されるといっても、本件賃貸借契約は、契約期間が1年間という借地借家法上認められる最短期間であって、強化といっても無視してよいのに近い効果であることを理由としています。
 最後に、③賃料補充の性質も否定しました。
 契約期間満了前に退去した際、精算をする規定がないこと/更新料が基本的に10万円の定額のままであり、家賃の増減と連動しないこと/更新料不払いであっても、債務不履行解除を認める余地はないといえること/といったことを理由としています。
 さらには、なお書きで次のように判示しています。
 

「なお、賃貸借契約の当事者間においては、賃料とされるのは使用収益の対価そのものであり、賃貸借契約の当事者間で賃貸借契約に伴い授受される金銭のすべてが必ずしも賃料補充の性質を持つと解されるべきではない(そうでなければ、敷金はもちろん、電気料、水道料、協力金その他何らかの名目をつけさえすれば、その名目の実額を大幅に越える金銭授受や趣旨不明の曖昧な名目での金銭授受までも賃料補充の性質を持つと説明できるとかいされかねないからである)。」

 
 そして、大阪高裁判決は、消費者契約法10条後段の要件についても、まず検討にあたっての指針を打ち立てています。
 
「この要件に該当するかどうかは、契約条項の実体的内容、その置かれている趣旨、目的及び根拠はもちろんのことであるが、消費者契約法の目的規定である消費者契約法1条が、消費者と事業者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差があることにかんがみ、消費者の利益を不等に害することとなる条項の全部又は一部を無効とすることにより消費者の利益の擁護を図ろうとしていることに照らすと、」
として、
 
「契約当事者の情報収集力等の格差の状況及び程度、消費者が趣旨を含めて契約条項を理解出来るものであったかどうか等の契約条項の定め方、契約条項が具体的かつ明確に説明されたかどうか等の契約に至る経緯のほか、消費者が契約条項を検討する上で事業者と実質的に対等な機会を付与され自由に検討していたかどうかなど諸般の事情を総合的に検討し、あくまでも消費者契約法の見地から、信義則に反して消費者の利益が一方的に害されているかどうかを判断すべきであると解される。」
としました。

 そして、今回の事案について大阪高裁は検討しました。
 更新料10万円については、賃料月額4万5000円に比すれば、かなり高額とします。
 そして、

「本件賃貸借契約に本件更新料約定が置かれている趣旨、目的及び根拠について検討」
します。
 この点、
「本件更新料約定が維持されるべき積極的、合理的な根拠を見出すことは困難である」

 
「この約款は、客観的には、賃借人となろうとする人が様々な物件を比較して選ぶ際に主として月払いの賃料の金額に着目する点に乗じ、直ちに賃料を意味しない更新料という用語を用いることにより、賃借人の経済的出捐が少ないかのような印象を与えて契約締結を誘因する役割を果たすものでしかないと言われてもやむを得ないと思われる。」
とまで判示しました。
 そして、
「端的に、その分を上乗せした賃料の設定をして、賃借人になろうとする消費者に明確に、透明に示すことが要請されるというべきである。」
としています。
 そして、賃借人においては、契約締結時、建物賃貸借契約においては強行規定となる法定更新制度というものがあり、この場合更新料を支払う必要がないことの説明を受けていないということを重視しています。賃借人が契約条件を検討する上で賃貸人と実質的に対等な機会を付与されて自由に検討したとはいえないとするのです。結果、本件更新料約定が賃借人に不利益をもたらしていないということはできないとしました。
 このように
「諸点を総合して考えると、本件更新料約定は、『民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものと』ということができる。」
としました。


 この大阪高裁判決から言えることは、当たり前ですが、事案を丁寧に検討した結果のものであって、他の賃貸借契約において、「更新料」名目の契約が即、消費者契約法10条に反し無効ということまでにはならないだろうということです。
 場合によっては、要件を満たさず、有効になるものもあるかと思われます。
 
 ただ、教訓として考えられるのは次のようなことです。
 「受け取るお金、そのお金に理由はありますか?」ということです。
 そのお金は何の対価なのか、営業、商売をする人は、改めて、この問いにどのような答えを用意できるのかを総点検する必要があるかと思います。
 そうでないと。
 消費者契約法10条によって、無効として、利息もつけてまとめて返還せねばならないという事態もありえます。

 先日、賃貸物件を所有する賃貸人の方の代理人となって、簡易裁判所に出廷しました。そうです、元賃借人から訴えられたのです。
 その訴訟は、大事になることを望まない依頼者の方の意向によって、徹底抗戦で判決ということなく和解で終わったのですが、その際、簡易裁判所の裁判官の方や調停委員の方とちょっと雑談をしました。
 曰く。
 やはり、今、簡易裁判所では、弁護士に依頼せずに本人訴訟で、賃貸人を訴えて、敷金などを返還しろという裁判が非常に多いとのことでした。

 更新料の約定というのが、京都で多い契約スタイルなのかどうか、それとも日本各地であるものなのかどうかはよく知りませんが、今一度、今のうちに確認されることをお勧めします。


 そして何よりも。消費者を相手として商売を営む個人、法人についても、金銭の授受がある場合、契約書に何らかの請求権などを明記している場合、そのお金はいったい何の対価として支払請求を定めるのか、「そのお金に理由はあるのか。」「どういう理由なのか。」を今一度、点検し、改めるべきところは早々に改められることをおすすめします。
 訴えられてからでは、さらに時間、弁護士費用といったコストがかかりますので。

 話は違いますが、私が以前、自分の住居を賃借しようとした際、不動産仲介業者の方から支払額の明細を示され「クリーニング料」というものが挙っているに気づいたことがありました。
 「何だこれは?」と思い、実は、仲介業者をすっとばして家主の会社の方に連絡をいれました。家主も知らない金額であり、部屋の清掃はすでにもうしてあるということでした。仲介業者が、家主にも黙って、根拠のない金を賃借人からくすねとろうとしたものでした。

 あれ?コレは何?という素朴な感覚と、それに従い行動することが、食い物にされることを回避する道ですし、業者の方は、突っ込まれたときに弁解できないようなお金は請求しないという基本を今一度、確認するということだと思います。
 不安を覚えるようでしたら、今のうちに早めに弁護士に相談されることをおすすめいたします。過去の事実を変えることはできませんが、将来のさらなる損害の拡大に対し手当はできるかもしれませんから。

(おわり)

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September 08, 2009

「目には目を」の対応の不適切さ~建物賃貸借契約に基づく賃貸人の修繕義務と賃借人の問題など~【松井】

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 建物の賃借人と賃貸人との間のトラブルというのもよくうける相談の一つです。この場合、特に多いのが、賃借人が同建物、居室を借りて、営業している商売人の方の場合です。
 借りている建物のトラブルは、自己の営業、売上げに密接に関わってくるだけに、問題も切実だからだろうと思います。
 例えば、漏水や、建物の改修などのために、通常の営業が出来なくなっている、これに対し、賃貸人が適切かつ迅速に対応をしていればトラブルにもならないのですが、放ったらかし、賃借人の言葉に耳を傾けないようなとき、何ができるのか、どうしたらいいのかと弁護士のもとに相談に来られます。



 こういった相談のときに賃借人の方がよく言われるのは、「相手がこっちに対してきちんと対応してくれないのであれば、こっちも同じようにしてやる。」「賃料の支払いをストップしてやる。」ということです。
 
 しかし、賃貸借契約に限らず、こういう問題のときに私なぞがよく言うことは次のようなことです。
 「相手が誠実に対応しない、相手がやるべきことをやらない、そんなときこそこちらは山のように動ぜずに、相手に振り回されることなく、こちらとしてやるべきことをきちんとしましょう。付け入る隙を与えないようにしましょう。」
 ということです。

 つまり、賃料の支払いは賃借人の基本的な義務です。例外的に賃料の減額請求権等が認められているにすぎません(民法611条等)。特段の事情がない限り、賃料は賃料として支払いましょうといいます。
 また、よく法律相談などのときに訊かれるのは、夫婦間の離婚後の問題で、未成年の子がいらっしゃるとき、「元夫の父親が養育費を払ってこないんです。月1回、子どもを父親にあわせる面接交渉のとりきめもあるのですが、払ってこないんだから、こちらも子どもに会わせ必要はないんじゃないでしょうか。」「養育費を払ってきたら、会わせるということはできないのですか。」といったことです。
 
 「あっちがなすべきことAをしないのだら、こちらもなすべきことBをしない。」

 このAとBが法律上、同時履行の抗弁(民法533)にあるといえるような関係であるなら、上記のようにいえます。
 しかし、法律上、賃貸人が一部の修繕義務を尽くさない、誠実さがないからといって、賃料支払いの全額を拒める関係にはありません。
 また、法律上、子どもの父親が養育費を支払わないからといって、子どもに会う権利がなくなるわけではありません。
 それぞれ別々の義務となります。
 そのため、「Aを履行しないなら、Bを履行しない」という行動に出て、かえって紛争を複雑化させ、自分の方が大きなトラブルを抱え込むことにもなりかねません。



 賃貸借契約については、当初、賃借人として、単に修繕をして欲しかった、誠実に対応して欲しかったというだけで、その建物から出るつもりもなかったところ、賃料の滞納を一定程度続けると、賃貸人の方から逆に、賃料不払いを原因として、建物賃貸借契約の解除がなされてしまうのです。
 思いもかけない請求を受けるのです。

 また、面接交渉の拒否においては、養育費を支払わないということと父親と接するという子の福祉の観点においてはレベルのことなる問題であり、他に正当な理由なく、いったん取り決めた面接交渉の機会を奪うと、父親の方から母親の方に対し、不法行為によるものとして父親の精神的苦痛に対する慰謝料請求が100万円単位で認められているというのが実情のようです。
 
 相手が約束を守らなかったとしても、自身に課された責任はよほどの正当な理由がない限り、きちんと果たしましょうというのが法が考えるあるべき姿だということです。
 そうでないと実力行使の世の中がまかりとおり、混乱が混乱を引き起こすだけのことになるのだと思います。
 
 相談者、依頼者の方には、こう言っています。
 「相手が滅茶苦茶なときこそ、自分はきちんとしましょう。胸を張って生きていけるようにしましょう。」と。
 
 例えば、管理組合が適切な対応をとってくれないからといって、管理費の支払いをストップしても何の役にも立ちません。
 「相手を交渉の土俵に引っ張り上げたい?」
 そうであるなら、法的な手続を利用しましょうよ、ちゃんと用意されているんですからと言っています。


 ところで、法律、裁判所はまったく常識的だなと私が思う、気になる最高裁判例がありましたので、建物賃貸人の修繕義務、賃借人のとるべき対応ということでここにメモがてら紹介しておきます。

 最高二小平成21年1月19日判決です。判例時報2032号45頁に紹介されていました。
 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=37200&hanreiKbn=01

 事案は、やはり営業目的で、老朽化していた建物の地下部分を借りてカラオケ店を営業していた人と賃貸人の間の、修繕義務と損害賠償債務の問題です。
 賃借人が、賃貸人がしかるべき修繕義務を尽くさなかったためにカラオケ店の営業が出来ず、結果、損害を被ったとして、賃貸に対し、営業利益損失等として損害賠償請求し、原審である名古屋高等裁判所金沢支部では約3100万円の損害賠償義務が認められたというものです。
 しかし最高裁は、これを破棄し、事件を差戻しました。

 原審判決では、重大な漏水事故が起こって賃借人がカラオケ店の営業が出来なくなってから、賃貸人が適切な修繕義務を尽くさなかったとしてその後、4年5か月間にわたる営業損害を損害としました。
 しかしながら、最高裁は、賃貸人が責めを負うべきものとなる損害について定める、民法416条1項は、
 

「債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする」
と定め、上記約3100万円の損害は「通常生ずべき損害」にはあたらないだろう、もう少し事実関係を審理しなさいとしたのです。
 どういうことか。

 本件では、賃借人は、重大な漏水事故が起こってから3か月後、損害保険会社との契約に基づき、約3700万円の保険金の支払いをうけていたのです。
 この事実がポイントだったのかと思います。
 
 

「そうすると、遅くとも、本件本訴が提起された時点においては、被上告人がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく、本件店舗部分における営業利益相当の損害が発生するにまかせて、その損害のすべてについての賠償を上告人らに請求することは、条理上認められないというべきであり、民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上、本件において、被上告人が上記措置を採ることが出来たと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償を上告人らに請求することはできないというべきである。」

 しごくまっとうな、常識的な判断だと思います。
 紛争解決にとって、紛争を拡大、複雑化させないために大事なことは、感情を押しとどめて、一歩立ち止まったうえでの常識的な判断ではないかと思います。

(おわり)

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September 06, 2009

生命保険金と相続~ありとあらゆることを総合考慮する必要あり~【松井】

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*甚六のお好み焼きです。プロがきちんと最後まで仕上げてくれます。
*9/8 改訂


 相続の発生によって、遺産分割あるいは遺留分減殺請求などが問題となるとき、まま争いになっていたのが相続人の一人が受け取る生命保険金の取扱いです。
 例えば、被相続人甲が死亡し、法定相続人としては、子のA、B及びCの3名がいた場合、甲が保険料を支払い、被保険者となっていた生命保険につき、Aのみが保険金受取人として指定されていて、5000万円の保険金を受領したというような場合です。
 実際、なぜ問題となるのか。それはもう、BさんやCさんの立場に立ってみてくださいというほかありません。法的にどうこう以前に、同じ相続人なのになぜAだけ?!という不公平感が紛争の発端になります。
 そして、その不公平感は法律上、どのようにして争われるのか。
 次の場合が考えられました。

 1 保険金5000万円も遺産として、3等分すべきではないのか。
 2 保険金5000万円は、遺留分減殺請求権の対象になるのではないのか。
 3 保険金5000万円は、みなし相続財産によって具体的相続分を計算するとき、Aの特別受益として持ち戻して加算すべきではないのか。

 それぞれの問題に対して、最高裁判所の判断が出ています。しかもうち2つは、平成14年、平成16年と、つい最近のものです。
 思うに、この生命保険金の取扱いの問題は、昔からあったはずですが、それまでは最高裁判の判断を求める前に当事者間の取扱いの合意などによって問題の指摘はされていたけど、最後まで残るといったことはなかったのではないかと。
 ところが、当事者間で妥協点を見いだすことができず、最高裁判所の判断を求めざるを得ないような紛争、何年かかろうとも徹底的に争って白黒をつけるという争い方が増えてきたからなのではないかと推測しています。


 では、最高裁はどのような判断をしているのか。
 
1 遺産か否か
 
 この点は、受取人が指定されている生命保険金請求権については、特段の事情のない限り、契約の効力の発生と同時に受取人が自己の固有の権利として取得するものであると解されています(最三小判S40.2.2民集19.1.1)。つまり、被相続人が死亡時に有した財産として遺産分割等の対象となる相続財産にはあたらないということです。
 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=28221&hanreiKbn=01

 そもそもなぜ、生命保険金が相続財産じゃないかと問題提起されていたかといえば、生前、その保険契約の保険料を支払っていたのが被相続人甲であって、甲のお金で出えんし、甲の死亡を原因として、受取人指定者の相続人Aが5000万円の保険金支払請求権を得ることになるからです。
 しかし、このAが取得する保険金支払請求権の発生は、あくまで契約に基づいて独自に発生するものであり、被相続人甲が所有する財産とすることには無理もあり、否定されています。

 ただ、気をつけないといけないのは、上記のような場合、相続税法上の取扱いとしては、みなし相続財産として、相続税の課税の対象となりうるということです。
 詳しくは、国税庁のHP解説などを確認してください。
 http://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4114.htm

 民法と相続税法は、趣旨が異なる以上、定義や要件、取扱いも異なりうるということです。
 相続については、当初、税理士さんに相談されることが多く、税理士さんは税理士さんの知識で、民法上の遺産分割等もおさめてしまいがちであって、当事者が混乱してかえってトラブルが拡大することもままあります。
 逆に弁護士である私の方も、民法上、遺産分割を成立させるときでも、相続税の問題がありうるときは、税理士さんに相続税法上の問題はないか確認をとっています。
 弁護士と税理士を上手に使い分ける必要があります。


2 遺留分減殺請求の対象になるか

 民法は1028条で、

「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。」
と規定されています。
 そして1031条では、
「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。」
とされています。 
 
「遺留分を保全するのに必要な限度」
で、
「減殺の請求をする」
ものが遺留分減殺請求権です。
 
 では、この遺留分はどのように保全するに必要な限度を把握するのか、
 1029条1項では、
「遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。」
とされています。
 
「相続開始の時において有した財産の価額」
「贈与した財産の価額」
を加え、
「債務の全額」
を控除するのです。
 ここでいろいろと最高裁判例が出ています。つい最近では、ここでいう控除の対象となる「債務」とはどのように計算されるのかが争われ、最高裁の判断が出ています。この判例についてはまた別の機会に書いて整理しておきたいと思います。相続債務は相続発生と同時に分割される、というテーゼとの絡みです。最高裁は、ああ、なるほどねと納得のいく結論とそれにあった法解釈で判断を示しました。杓子定規ではありませんでした。
 
 ここでは生命保険金について考えると、受取人Aが受け取った生命保険金5000万円は、この1031条の遺留分減殺請求権の対象となるのではないかということです。
 
 こういう問題点に関して、最一小判H14.11.5(民集56.8.2069)は次のように判示したといわれています。
 「死亡保険金請求権は相続財産を構成するものではなく、実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできないから、民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく、これに準ずるものともいないとして、遺留分減殺の対象にならないことを明らかにした。」(判タ1173.199)。

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=25205&hanreiKbn=01
 すなわち、理由付けにおいて次のように判示しています。
 
「けだし、死亡保険金請求権は、指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産を構成するものではないというべきであり(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)、」

「また、死亡保険金請求権は、被保険者の死亡時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではなく、」

「被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであって、」

「死亡保険金請求権が実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできない。」

 やはり、生命保険金請求権の発生原因事実として、契約を原因として発生するものであるという理屈を越えられないものと考えられます。この5000万円の生命保険金請求権が被相続人の財産であったとは、やはりなかなか言い難いものがあるとは思います。
 定期預金のように、被相続人の出えんでもって、その生前、月々10万円を定期預金としていたときは、死亡した際、当該定期預金の解約払戻請求権は、相続財産となることに争いはありません。
 これと当該、生命保険請求権との違いはどこにあるのか、だと思います。


3 では特別受益として持戻しの対象となるのか。
 
 特別受益を受けたとされると、民法903条によって、その相続分が計算されることになります。
 民法903条1項

「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは成蹊の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」

 つまり、具体的相続分が減ることになるのです。

 この点の最高裁が判断を示したのが、最二小H16.10.29決定です(民集58.7.1979、判タ1173.199)。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=25096&hanreiKbn=01

 次のように判示しています。
 

「上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与にかかる財産には当たらないと解するのが相当である。」

 
「もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」

「上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合して判断すべきである。」

 つまり、原則としては、特別受益には当たらないが、例外的な「特段の事情」がある場合には、903条の類推適用によって特別受益に準じて持戻しの対象となるものとされました。903条の直接適用ではなく、「類推適用」です。
 
 この最高裁決定を踏まえ、東高H17年10月27日決定においては、遺産分割の審判に対する即時抗告審として

「本件においては、抗告人が●●生命保険(1)(2)により受領した保険金額は合計1億0129万円に及び、遺産の総額(相続開始時評価額1億0134万円n)に匹敵する巨額の利益を得ており、受取人の変更がなされた時期やその当時抗告人が被相続人と同居しておらず、被相続人夫婦の扶養や療養介護を託するといった明確な意図のもとに上記変更がなされたと認めることも困難であることからすると、一件記録から認められる、・・・総合考慮しても、上記特段の事情が存すること明らかというべきである。」

 
「したがって、●●生命保険(1)(2)について抗告人が受け取った死亡保険金額の合計1億0129万円は抗告人の特別受益に準じて持戻しの対象となると解される。」と判断したものがあります(家裁月報58.5.94)。
 また本件については、「被相続人から持ち戻し免除の意思表示がなされたと主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。」
としています。
 
 一般論としても、特別受益の持ち戻しの問題が肯定された場合、次に問題となるは、被相続人の持ち戻し免除の意思の有無になります。ただ、上記最高裁判例の特段の事情の考慮要素からすれば、ここにおいて実質的には持ち戻し免除の意思の有無も検討されているともいえ、「特段の事情があり、特別受益に当たる+しかし、持ち戻し免除の意思が認められる」という流れは少ないのではないかと思われます。



 以上、死亡生命保険金に関する最高裁の判断を踏まえると、生前、相続の問題に対して被相続人がそれなりの何らかの準備を行う際においては、死亡生命保険金のことも念頭においておく必要があります。
 全財産における、死亡生命保険金の占める割合を考えておくことが紛争の予防という点では非常に重要かと思います。
 また、さらには、その死亡生命保険金のもととなる契約の種類の考慮も必要といわれています。つまり、生命保険契約といっても、先のそもそもの疑問点のとおり、定期預金とどう違うの?というようなものもあると言われています。いわゆる貯蓄性の高いものに死亡の場合の保証もついている契約です。例えば、養老保険、学資保険、年金保険が貯蓄性が高いものといわれています。よって、より定期預金に近いようなものの場合は、また相続税法上の取扱いが異なることが考えられます。
 さらには、上記東高の決定では、受け取った保険金額の金額がそのままに特別受益の額とされていますが、例えば、どのような額を持戻すのかという問題も指摘されています。「①支払われた保険料額、②死亡時に解約した場合の解約返戻金の額、③保険金の額、④満期までの支払う予定であった保険料のうち、被相続人が死亡時までに支払った保険料の割合を保険金額に乗じた額」(判タ1215.136)。④が通説と言われており、上記最高裁決定の前のものですが、これによる審判例もあるようです。
 
 
 生命保険金が相続発生後、どのように取り扱われる可能性がらうのか、このような観点もないままに、遺言だ、生命保険契約だとやると、やればやるほど結局は死亡後の紛争の複雑化、長期化を招くだけになります。
 遺された者らが円満に、紛争となることがないようにとしてした積極的行為が裏目に出るということが実は珍しくはありません。
 本当の専門家を交えて相談されることをお勧め致します。

(おわり)

*相続は、その人の歴史、生き方を踏まえて総合的に考えないと、一つピースをはずしたらかえって大混乱です。
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最高裁判所の裁判官~弁護士活動の方向性~【松井】

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1 
 大阪弁護士会所属の弁護士であり、平成18年まで約4年間、最高裁判所の15人の裁判官のうちの一人を務められた滝井繁男弁護士の著書を読みました。滝井繁男「最高裁判所は変わったか 一裁判官の自己検証」(2009年7月、岩波書店)。
 大橋が購入し、8月末までなら貸してあげるよということだったので、そのまま借りて大橋よりも先に読んでしまいました。
 読了中から、これは自分用にも書き込みできるように一冊、買おうと思う一冊でした。


 判例時報21年8月11号に掲載されていたところによると、平成20年の最高裁民事破棄判決は52件。「既済件数2952件に占める割合は1・9%となる。」ということです。
 つまり、最高裁で、高裁の結論がひっくりかえる確率は、2%未満。
 そもそも、その前の高裁で地裁判決がひっくり返る割合は確か25%くらいだったはず。
 三審制といっても、事実上、一審で決着つく確率がいかに高いことか。
 
 とはいえ、年間、最高裁には民事事件で約3000件が係属するということです。
 これを5人の裁判官からなる小法廷3つで審理していくのです。
 記録読みに追われるその激務の様子が描かれています。
 もちろん、裁判官の中でも優秀な人を集めているといわれている最高裁判所調査官の方の下支えがあってのこと。
 それでも、

「私の場合、退庁時間まで七時間半、昼食時を除いてほとんど記録を読み続けているため、この時間になると、気力、体力ともその限界にきているというのが実感であった。」
(43頁)とあります。
「帰宅後は、食事を終えると比較的丁寧に新聞を読むようにはしていたが、疲れているのでさらに机に向かうという気力はなく、早い時間に寝ることにしていた。そして、概ね四時迄には起きて、また記録を読み始めるというのが日常であった。」
(同頁)とあります。
 まさに、文字通り「激務」だと思います。そんな生活が4年近く続くのです。
 
 しかしそのような中で、滝井元判事は、個々具体的な事件の中で「最高裁判所」が果たすべき役割を考え、見落としがあってはならないと、記録を精査し、そして判断し、ときに個別意見を表明していきます。
 
 判断した個々具体的な判決事例についても、かなり突っ込んだ判断経過が記述されており、最高裁裁判官の頭の中の思考過程が記されている、貴重な本だと思います。
 
 訴訟代理人をつとめる弁護士に限らず、企業法務、契約業務、あるいは国政、地方自治にかかわる人は必読だと思います。行政訴訟に関する記述が厚いです。

 以下、自分のメモように、やはりそう考えているのねといった箇所を少し引用しておきます。


 租税法律主義について

 

「最高裁は、租税の賦課は法律の根拠に基づかなければならないとする租税法律主義の趣旨は、私人が予測不可能な課税をされることは許されないというものであって、法がある賦課徴収をなす趣旨であること、あるいは減免を認める趣旨でないことが国民にあきらかであるにもかかわらず、技術上の工夫をこらしたり法文上の不備をついたりして課税を免れようとするものに対して課税をすることは租税法律主義に反するものではないという見解に立つものだと思われる。」
(132頁)。
 私は、この記述を読み、映画フィルムの事件を思い出しました。

 行政庁の裁量について

 足立区医師会の事件に対して(昭和63年7月14日第一小法廷判決、判時1297。29)
 

「原審の東京高裁は都の言うような混乱と障害の生ずるおそれがあるという判断に合理的根拠はないと判断し、都の処分には裁量判断の逸脱があると言ってこれを取り消したのですが、最高裁は、一定の事実を起訴として混乱が生ずるという行政の判断の過程にその立場における判断のあり方として一応の合理性があることが否定できない異常、その判断に裁量の逸脱はないとして原判決を破棄し、請求を棄却する判決をしたのです。混乱するかどうかは、将来のことですから判断の基礎となる事実は評価にわたることになりますが、その捉え方いかんでは、行政の判断が尊重されることになってしまうのではないか、それでよいのだろうか。この事件では本当に混乱がどの程度起こるのか、また、仮に少々の混乱があっても他の要素との衡量、この事件では公益法人設立の利益というものと、混乱の程度との衡量が必要ではないかと思うのです。この辺のことがもう少し、議論されてもいい事件だったのではないかという気がします。」
(169頁)。
 思考を停止させずに、とにかく突き詰めて具体的に根拠を考え抜くということだと読みました。
 「裁量の基礎となる事実をしっかりと認定し、その判断過程に注目すること」
(同頁)。

 民事事件について

 

「公害訴訟なんかでも似たようなことが言えると思うんですが、原告側が被害というものの実像を、それが出てきた原因と関連づけてすごいエネルギーを投じて明らかにしてきた。そのなかで、これは何とか救済しなければならないんじゃないかという判断があって、損害賠償請求が認められ、さらには差止請求権を認めるという考え方が出てきたのではないかと思うのです。」

 
「私は、裁判の正当性が承認されるかどうかは、その判断過程の客観性が認識されるための説得力をどれだけもつかにあると思います。説明義務とか契約上の付随義務として一定の信義則上の義務を認めるような判決がでてきておりますが、こういうものも社会的承認を得るための説得のためのもので、このような考えがどこまで拡がっていくのか、これから司法への期待が高まるなかで、新しい法解釈を迫られたとき、どれだけ説得力のある理由を編み出せるか判例の展開に注目したいと思います。」
(338頁)。

 弁護士一年目のとき、裁判官を説得するのは、根本的には、理屈じゃない、事実だということを教えられたことがあります。

 ローマ市民を前にして、ブルータスがやったこと、その殺人は是か非かが議論されました。是とする派と非とする派とが市民の前で訴えました。
 是とする派は、その殺人はやむを得ないものであって、殺されたものは殺されるべくして殺されたことを理屈で訴えました。
 それに対して。
 非とする派は。
 血染めのシャツを市民の前に差し出しました。
 そして言うのです。
 「見ろ、これがブルータスのしたことだ!」と。
 市民は血染めの残酷なシャツを突き出され、それを是とすることは出来ず、ブルータスの非道に対し一気に怒りで沸き上がるという話しです。

 法律マシーンではなく、感情をもった裁判官です。もう一歩のところで突き動かすのは感情だということなんだと読みました。


 弁護士として向かうべき道が見えてくるように思います。
 その道をどこまで進めるかどうかは別にして。。。努力し続けることが出来るかどうかですね。それも、全ては気力にかかっている。。。
 ま、総論ばっかり語っていないで、各論を実行することですね。がんばります。

(おわり)
 
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September 02, 2009

マンション住人、管理組合の理事の憂鬱〜誰を信用したらいいのかしら〜【松井】

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 大阪市内に拠点をもつ、「一般社団法人 マンション問題解決・管理支援センター」という団体が設立されました。
 通称、Agoras(アゴラス)といいます。 
 http://www.agoras.or.jp/

 月2回、建築としてのマンションに詳しい建築士さんたちが無料相談会を開催されています。
 
 私が別のところで10年以上にわたりお世話になっている一級建築士の先生が理事長を務められております。
 私がこのまえTwitterでつぶやいた、「ボル、ボラレル」ということのない、安心して相談出来る機関だと思いますので、マンションで暮らす人、特に、一番悩ましいのが管理組合の理事をしている方々などが、気楽にまずは相談に行かれることをおすすめいたします。
 
2 
 管理組合の理事をしていると、いろいろと自分の知識ではどうしようもない分からないことがいっぱい出てきます。
 例えば、典型は、建築工事、設備工事に関することです。マンションというのは各戸で人が暮らし、その空間を所有する、一方で集団的な機関として管理組合というものが存在し、共用部分等については管理組合が責任を持たねばならない。
 通常の建築、工事問題とはまた異なった視点、知識が必要とされます。
 そしてよく出てくるのが、大規模修繕工事の適否の問題です。端的には、工事代金の適正です。また修繕積立金の過不足の問題です。
 工事業者、管理会社が事実上、組んでいて管理会社は工事業者からキックバックをもらう、工事業者は過大な請求をする、そうして数千万円と積み立てられた修繕積立金からお金を受け取って行くということがなくはないようです。
 これは管理会社、工事業者の企業倫理の問題というのが本当だとは思いますが、それが住人には見えない、分からない、分からない奴ならボッっちゃえ(過大請求)、という構造です。
 依頼している管理会社でさえ、信用できるのか、出来ないのか、疑わしく思えてくることもあるのです。
 
 そこで必要とされるのが、中立的な第三者の相談機関です。
 倫理、良心に従って、利用者、住人、管理組合の立場にたったアドバイスをしてくれる機関です。

 大規模修繕だけでなくても、マンションの理事を務めたら分かるのですが、日常的にも細々とした修繕、点検工事の費用がかかるといわれ、請求されることがあります。
 果たしてその費用が妥当なのかどうか。
 電気設備系統の点検費用として、点検だけで10万円かかります、といわれたとき、果たしてそれは妥当なのかどうか。
 
 弁護士の私には分かりません。
 電気工事に詳しい人にしか分かりません。

 そこで今回、私としては満を持して登場したと思われるのが、マンション問題解決・管理支援センター、Agorasです(http://www.agoras.or.jp/ )。


 管理会社を信用できるのか、管理会社なんて充てにならない、工事が分かる専門家に相談したいけど、適当な人や事務所、機関が見当たらないという理事者の方は、大阪、京都、神戸においては相当数、いらっしゃると思います。
 
 月2回、無料法律相談が実施されているようですので、ぜひAgorasに一度、相談されることをおすすめいたします。
 契約してからでは、遅いですから。


 ちなみに、さらに法律的な事柄、交渉の仕方などのアドバイスもという方は、ぜひこちらもご利用ください(笑)。
 NPO建築問題研究会
 http://npo-asj.com/

 月1回、3000円ですが、上本町のところで、一級建築士さんのみならず、弁護士もついて、ペアで相談にあたっております(宣伝)。マンション管理組合、現役理事のわたくしも参加しております。任期あと2か月ですが。
 本音のところ、つくづく思うのは、たぶんマンションは買うものではないかと。。。何かと大変です。。。一戸建ても大変なことはあるとは思うけど。

(おわり)

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August 30, 2009

相続と相続債務と物上保証~無知の罪~【松井】

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 相続と金融機関というのは結構、密接な関係をもっていることが今でも多いようです。 平成10年前後くらいからよく見かけたのは、日本のバブル経済期、土地をいくつも持っているような資産家、富裕層に対し、誰がもちかけたのか、相続税対策になるということで、数億円単位の借入を敢えておこさせるというものでした。負債がない者、借入れをする必要もない者を敢えて借金漬けにするのです。
 では、借り入れたキャッシュはどうするのか。
 所有する土地の資産価値を低くするということで、借り入れたキャッシュでもって土地上に賃貸マンションを建築させるのです。
 そして、この賃貸マンションの賃料収入でもって、借入れの負債を返済していくのです。
 土地は賃貸マンションという新たな資産を形成し、結果、土地の評価額は低くなり、しかも負債が形成できているので相続税法上、計上できる負債も出来て、税額が低くなるという皆がハッピーなようなスキームでした。



 が、しかし。大きな大前提がありました。賃料収入でもって巨額の負債を返済し続けることが出来るはず、という大前提です。
 ところが、この大前提が平成3、4年から、大きく崩れてしまい、今に至っています。 この結果、相続が発生すると、月々の返済額に満たない賃料収入のマンションと巨額の負債が残されただけだったという事例をいくつか目にします。
 また建物は、メンテナンスがあってこその価値の維持であって、費用を投じて適切なメンテナンスがなされていないと、駅前の土地の本来、優良物件であっても、ゴーストマンションのようなビルとなってしまいます。テナント、賃借人が入らないのです。これで悪循環となります。 
 分譲マンションでも築後10年程度の大規模修繕の際、14階建て程度で数千万円はかかります。そのため、修繕積立金制度がとられ、毎月、各戸から数万円程度、徴収しているのです。
 マンション、テナントビルのオーナーはどうか。
 従前、それを本業とされていた方であれば、ノウハウがあります。しかしながら、唆されて収益物件所有に手を出したような方の場合、適切なノウハウもないままに素人が素人として所有、管理していたにすぎないという場合がままあります。
 ここでさらに、遺産分割を巡ってマンション、テナント物件所有を巡る熾烈な紛争があると、既存のテナントが解約して明け渡す際の保証金返還債務を巡ってもまた、訴訟になることもあります。
 そしてこんなことが起こると、次のテナントは入ってきません。
 まさに悪循環です。



 ここで問題となるのが、債務の承継です。
 遺言がなくて遺産分割として協議したとしても、それは第三者である債権者には対抗、主張できません。
 法律上、被相続人の債務はどうなっているか。
 借入の金銭債務である限り、相続発生時に、各相続人に対して、当然に法定相続分で分割されていると解されています。
 つまり、負債1億円、相続人が子A~Dの4人の場合、各自が2500万円宛の負債を当然に負ったことになるのです。
 
 では、この1億円の借入金について、この借入で建設したテナントビルの建物と敷地に抵当権が設定されていた場合、どういう関係になるのか。
 このビルをAとBの二人が共有し、代償金をCとDに支払うといった内容の遺産分割が成立したときにどうなるのか。



 最近、未だにこんな金融機関があるのかと驚愕し、これを他でも行っているとしたら、許されないのではないかと怒りすら覚えるようなことがありました。
 差し障りがあるので、多少デフォルメします。
 
 今回、敢えてここに書いて、言いたいことは、自身がとてつもない負債を負うかもしれないという様な事柄に関しては、近くの弁護士会では日々、法律相談を実施しているので、とにかく一度、弁護士、つまり法律が分かっている実務家に相談してください、ということです。

 例えば、上記のようなケースにおいて、被相続人に対して残高1億円を貸し付けていた金融機関は、抵当物件であるテナントビルを遺産分割によって所有することとなったAとBに対し、「所有者になったんだから」という理由でこの抵当権者である金融機関と「1億円の貸付けに対する連帯保証契約を新たにするように。」と要求していたのです。
 
 ええっ!!!???

 抵当物件を所有することになったことと、連帯保証契約を新たにすることとは何の必然性もありません。
 それをさも当然のように、「じゃあ、連帯保証契約を」と言ってきたのです。
 分からない人は、金融機関から要求されればそういうものかと思って、言われるがままに、何もよく分からないままに、出された契約書に署名押印をしていたことだと思います。
 
 しかし、法律上、AさんとBさんは、あくまで抵当物件を所有したに過ぎず、その限りにおいては、負債についての責任もその物件の限度額までという限界があるのです。物件の価値が8000万円だったとしたら、あくまでその範囲の責任であり、最悪はこの8000万円の土地建物を失えば、それ以上の責任追及を受けることはありません。
 また、相続した債務についても、先述のように、負債1億円なら、AさんとBさんは、各自2500万円宛の債務を負っていたに過ぎないことになるのです。
 それ以上のものでも、それ以下のものでもありません。

 ところがなんと。金融機関は、1億円の連帯保証契約を求めました。
 どういうことか。
 最悪、自己の財産を差し出して1億円の負債について責任を負うことになるのです。
 
 相続で、遺産分割で抵当物件を取得したからといって、そのような必要以上の責めを負う理由、必要性は一切ありません。
 
 これはひとえに、まったく金融機関のリスク管理の必要性だけなのです。
 相続人には何の対価もありません。
 
 平成21年、未だに金融機関はこんなことをしているのかと思うと、久々に怒りで体がカッとなる出来事でした。

 担当者は、絶対に、相続周り、さらには担保周りの法律を理解していません。
 「顧問弁護士にも相談したうえでのことか。そちらが何をやっているのか分かっていますか。」との問いに対しては、「支店長決裁です。」との返事。
 支店長も分かっていないのだと驚愕の事態でした。
 
 誰も、勉強していない。。。自分のやっていることの意味を分かっていない。。。だから、平然とやりたい放題のことが出来るのかと腑に落ちた思いもあります。
 金融機関における担当者の無知は、本当に罪だと思います。



 相続で多額の負債があり、金融機関と交渉するような事態となったときは、ぜひ一度、お近くの弁護士に相談してください。
 金融機関が自分に対しそれほど悪いことをするわけがないなんていうのは、いったい何の根拠に基づくのか、もう一度考えてみてください。
 そして、悩むような事態になったのであれば、弁護士に相談を。
 
 書類に署名押印してからでは、残念ながら手遅れのことが多いですから。

(おわり)


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撮影 yuko.k


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August 19, 2009

入口を考えるなら、出口も考える  〜マンション電気高圧受電契約と友情婚〜【松井】

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 ある契約をしようかどうしようかというとき、通常、やはりその「効果」に目を奪われがちです。

 婚姻なら、婚姻したことによりどのような効果が生じるのか。
 法律上互いに「配偶者」という立場になり、法定の権利義務が生じます。
 そのことを望み、当事者は、一つの法律行為として「婚姻」届を提出し、婚姻します。

 また、マンション管理組合であるなら、この「契約」をしたら電気代がこれまで関電に支払っていたよりも毎月数パーセント安くなる、というのであればその「効果」を望み、「契約」します。
 
 もちろん、法律行為をするからには、法律効果を狙うものであり、こういった「効果意思」というものが必須とされています。
 
 この「効果」に対して、どういう「対価」が必要なのか、ということも一般には検討します。

 「婚姻」したことにってどのような「対価」が必要なのか。法律上、配偶者に対していろいろな義務が生じます。
 マンション管理組合でいうなら、各住戸が支払う毎月の電気代が安くなることに対して、いくらその会社に支払うことになるのか。結局、その会社は、高圧電力契約によって関西電力に支払う単価が安くなる電気代と住人からの支払いを受ける「電気代」の差額で儲けになって、それが管理組合がその会社に支払う「対価」となります。

 自分が得られる「効果」と自分が支払うその「効果」に対する「対価」「義務」については、検討します。


 しかし、契約を締結するかどうかというときに、もう一つ、さらに大事なことがあります。
 契約を解消するときに、どのような負担が、手続きが必要となるかの確認です。

 これの検討が本当は一番大事なのではないかと思います。
 なぜって、皆、忘れがちだから。

 しかし、業者は考えています。がっちりと一度その手を握ったら離さない、契約を解消されても自分の方だけは損しないようにうまく契約書に条項をもぐりこませています。
 
 また、「婚姻」についていえば、「婚姻」をするときに二人が別れる日がくるなんてことを想定してその際にどうするかというシミュレーションをする人は、ことの性質上、まず多くはいません。
 なので、「解消」するとき、「離婚」するときのこと、そのときにどういうことが問題となるか、手続きはどのようなものなのかということまで考えて「婚姻」することは少ないと思います。

 でも、入口を見て、入ろうかどうしようか悩むときは、出口も考えておいてください。
 出口からの脱出が困難なことが分かれば、それでもあなたはその「効果」「対価」だけを考えて、契約しますか?ということです。


 マンション管理組合において、他の「電力」会社と契約して、関電との電気供給契約を変更して各住戸の低圧受電の契約から管理組合として一括で高圧受電の契約とし、各住戸への供給の管理をその「電力」会社に委託することによって、結果、各住戸が支払う電気代を安くするかどうかということが検討されていました。
 同種企業が4社ほどあり、各社の担当者からの説明を受けたり、質問状、要請書を出すなどして、「入口」、契約をするかどうかということを検討してきました。
 結果、見送ることとしました。

 なぜか。
 各社一様に、契約期間が10年間だったからです。
 理由は、高圧受電をするには、現在使われている関電の設備を入れ替えて、その業者が用意した受電設備に入れ替える、その設備費用の消却期間が10年だから10年は契約し続けてくれないと困る、というものでした。
 「知るか、そんなこと」、というのが消費者の声でしょう。
 たとえば、業者の対応が思いのほか悪かったとき、あるいは他に安い電気の契約形態が関電から提供されたとき、「出口」、「解除」「解約」を考えます。 
 このとき、スムースにいくのだろうか。解除、解約したら、その業者は、入れた受電設備を撤去します。その費用負担はどうなるのか。業者に責めのある解除を主張しても、スムースに業者がそれを受入れるのか。
 そんなことを考えたら、初めて取引する相手方の業者と、始めからいきなり、10年の長期契約なんてできません。
 せいぜい2年契約で、更新するかどうかです。
 マンション管理会社との契約でも、2年契約で、自動更新条項はアウトとされています。

 にもかかわらず、各社一様に10年間の契約を主張し、結局、一歩も譲られませんでした。
 消費者がする契約で、10年以上の契約なんて住宅ローンくらいです。それも、最初にお金を借りたら、あとは返すだけという単純な内容。
 それをライフラインに関する電気に関して、どのようなトラブルが発生するか分からない未知の要素が多い中で、いきなり10年。
 
 契約は、無事に見送られました。


 「婚姻」でも、同じです。
 婚姻なんかは、期間の定めがありません。
 そんな契約を、会ってからまだ数か月でよく分からない相手と普通は、しません。
 それを「効果」だけに目を奪われ、「出口」を考えずに「入口」から入ってしまうと、あとで後悔することにもなりかねません。
 こちらが別れたいと思っても、相手が嫌だといったときにどうなるのか、どのような手続きが必要なのか。
 また、お互い、別れようということになっても、相手から法外な財産的要求をされた場合、どのように対応せざるをえないのか、どのような手続きが必要なのか。
 
 便宜上の「婚姻」として、「友情婚」と言われるものがあるようですが、よく「出口」を見据えたうえで、理解して納得して、それでも「入口」をくぐるのか、よくよく考える必要があると思います。

(おわり)
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August 11, 2009

パワハラ【松井】

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*大橋。法律事務所経営者としての苦悩の表情。嘘。単に肉が焼けるのが遅かったこの日。大橋は、労働者側の弁護活動をガッツリとしています。 
 私は、経営者側にシンパシーが。。。それはやはり育った環境が大きいかとつくづく思う、このごろ。


 パワハラ、パワーハラスメントという言葉をよく目にする、耳にするようになりました。
 ここは、大橋の得意分野かもしれませんが、ふと考えたのでメモがてら書いて載せておきます。


 ときどきこのブログでも書いているように、実家は、両親共働きのハンコ屋さんでした。
 おじいちゃんの代から始めた店で、父は二代目でした。
 四日市駅前のアケード通りの商店街の中、店舗兼住居で店をしていました。1階が店舗兼作業所、2階が住居です。 
 しかし、よくある言い回しで、「一代目が築き、二代目が広げ」とあるように、父の代で、昭和50年代、あちこちの郊外で出来たジャスコなどのショッピングセンター内に店を出しました。
 なので、自宅は、「本店」と呼ばれ、あとは「カヨー店」「生桑店」「サンリバー店」などと呼ばれ、両親だけでなく、何人かのパートさんや正社員の方を雇って経営していました。
 
 で、見るともなく、聞くともなく、両親、特に実際に経営をしきっていたのは母の方なので、母の経営上の愚痴のようなものを見て、聞いて育ってしまいました。

 「本店」と呼ばれる店にも、従業員の方が当時は、3、4人働いていて、ほとんどが女性でした。
 そのような中、あるとき、新しい人を雇っても、数か月もせずに辞めていく、おかしい、おかしいと母がぶつぶつ言っていたことがありました。
 で、調べて行くと、昔からいた一人の従業員の人と新しい人が「合わず」に辞めいっていたようだということが分かったようです。
 要は、新人イビリ、イジメ、嫌がらせ行為があったようで、新しく働き出した人も見切りをつけて辞めていっていたようでした。「本店」といっても、店舗兼住宅の1階で、店舗と作業場だけなので、狭い空間です。そんなところで、嫌がらせを受けたら、逃げ場がなくって耐えられなかったと思います。
 
 これではなかなか次の人材の補充ができません。従来からいる人も貴重な戦力ではあっったのでしょうが、その人一人のために、店そのものの作業の効率が落ちるということは許容できることではありませんでした。
 
 なんとかしないといけない。
 
 で、母がとった行動というのは。
 その問題と思われる古株の人と直で話をして、事実関係を確認し、最後通牒を突きつけるというものでした。
 貴方が変わってもらわないと困る、変わらないのなら辞めて欲しい。
  

 解雇するにはそれなりに理由がいるし、イヤだといっているのに退職を強要することは違法だけど、でも、町のせいぜい10人以下の会社って、切羽詰まっています。
 その後、どうなったのかまでは私も記憶がないけど、経営者もいろいろと決断を迫られ大変だという記憶が残っています。

 パワハラといわれるものも、経営者の力量が試されている一つの機会に過ぎないと思います。
 その経営者がパワハラだと指弾されると、もうやりきれない思いがするけど。
 ただ、今時、注意して改善を求めたら、パワハラだと言われたりしかねないかと。

 そういうこと問題にエネルギーを吸い取られないようにするためには、やはり最良の人材を採用することに全力を注ぐことだと思います。
 10人、100人規模の会社になるとそうは言ってられないとも思いますが、そうであるなら、ハラスメントを許さない、無駄なエネルギーを使わなくてすむ職場の雰囲気作りということに力を注ぐしかないかと思います。

 どこで経営者としてのエネルギーを使うか。

 そういう点、実家の母は、零細商店のおばちゃんであり、そんなこと考えることもなく、単刀直入に行動できてまだ幸せだったのかなと思います。

 そんな実家の店舗でも、やる気がない、店を任せられないと辞めてもらったパートの人が労働基準監督局に駆け込んであたふたとしたりしたこともあるようです。
 零細企業では、人材って本当に死活問題です。
 売上にもろに反映するので。
 やる気のない人を店頭で接客あたらせるだけで、店舗の売上げが上がらないだけでなく、むしろ悪評がたって損害を及ぼしたりします。
 ほかにまわす場所がなかったら、もう仕方ない、即刻辞めて欲しいというのが本音であって当然だと思います。
 金融機関でも、銀行、信金など、規模や種類に応じた監督基準があるように、使用者側に対する規制も大企業用、中小企業用、個人企業用の区分があるべきなのではないだろうかと考えたり。大橋に言ったら怒られそうですが。
 

 要するに、考えたことは、「パワハラ」の問題って、中小零細企業では死活問題と捉えた方がいいんだろうなということです。経営者の責任です。
 
 ただ、経営者が自ら本当に、パワハラとして、理不尽な扱いをするようだったら・・・?

 そんな職場で、経営者個人に変革を求めるなんて無駄でしょう。
 それこそさっさと転職するのが現実的かつ最も前向きな問題状況解決策だと思います。法的に許されるかどうかなんて議論はおいておいて。

 うーん。
 いまいち、まとまりにかけるメモだけど、これはこれとして。備忘録的に。ぼんやりといろいろと考えたこととして。

(おわり)  
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August 10, 2009

相続と株式〜理想と現実〜【松井】

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 判例時報平成21年6月11日号(2037号)です。
 自分用にここにメモ。
 相続と株式。
 大阪高裁H20年11月28日判決。上告受理申立てをしたけど、不受理で確定しているようです。
 「共同相続人が相続し、共有状態にある株式に関する権利行使者の定め、株主総会における議決権行使が権利の濫用に当たり、許されないとされた事例」。
 この件については、以前も当ブログで呟きました。
 「株式会社と相続と株式」
 これは結構、手続の適正も絡んで重要な裁判例ではないかと考えています。


 事案としては、交渉協議段階から双方、代理人弁護士が就いていて、そのうえで相続後の会社の経営権を巡る株主としての多数派工作の争いがあったというものです。
 当時の代理人弁護士がそのまま訴訟代理人になっているのですが、一方当事者が行った手続きを問題視されたものであるため、原告被告の当事者名は、株式会社甲野、あるいは乙山春雄などと匿名であっても、訴訟代理人名はそのまま掲載されるところ、「被控訴人ら訴訟代理人弁護士」として「丙山五郎」「丁川六郎」と匿名にされている点がちょっと物悲しい判決です。

 事件名は、「総会決議存否確認請求控訴、同附帯控訴事件」です。
 Y株式会社の創業者Aさんが亡くなり、まもなく配偶者の奥さんBも3人の子どもを残して亡くなりました。ただ、子どものうちの一人Cの配偶者DとこのAさん夫妻は養子縁組みをしており、相続人は4名となりました。
 ただ、この奥さんは、遺言を遺しており、自分の財産は、この実子Cと養子Dの二人には一切相続させず、他の2名の実子X1とX2に全部相続させるという遺言でした。
 Y社の株式は、発行済株式総数3万株、うちAが9700株、妻Bが2500株、実子X1が1250株、X2が1750株等という状況でした。
 結果、Y社の株主の状況は、Aが保有した株式については、X1とX2とで、各3/8、C、Dが各1/8という状況でした。
 珍しくはないケースで、C、D 対 X1、X2とで、紛争が勃発し、Y株式会社の経営支配を巡っても紛争の火種は飛び火したというのが本件のようです。
 訴訟としては、このAが保有した株式の準共有状態と権利行使者の指定、そしてY株式会社の株主総会での議決権行使というカタチで争われました。


 高裁の判断です。
 

「株式会社の株式の所有者が死亡し複数の相続人がこれを承継した場合、その株式は、共同相続人の準共有となる(民法898条)ところ、共同相続人が共有株式権利を行使するについては、共有者の中から権利行使者を指定しその旨会社に通知しなければならない(会社法106条)。この場合、仮に準共有者の全員が一致しなければ権利行使者を指定することができないとすると、準共有者の一人でも反対すれば全員の社員権の行使が不可能になるのみならず、ひいては会社の運営に支障を来すおそれがあるので、こうした事態を避けるために、同株式の権利行使者を指定するに当たっては、準共有持分に従いその過半数を持ってこれを決することが出来るとされている(最高裁平成5年(オ)第1939号同9年1月28日第三小法廷判決・集民181号83頁、最高裁平成10年(オ)第866号同11年12月14日第三小法廷判決・集民195号715頁参照)。」

 
 
「もっとも、一方で、こうした共同相続人による株式の準共有状態は、共同相続人間において遺産分割協議や家庭裁判所での調停が成立するまでの、あるいはこれが成立しない場合でも早晩なされる遺産分割審判が確定するまでの、一時的ないし暫定的状態に過ぎないのであるから、その間における権利行使者の指定及びこれに基づく議決権の行使には、会社の事務処理の便宜を考慮しても受けられた制度の趣旨を濫用あるいは悪用するものであってはならないというべきである。」
 「そうとすれば、共同相続人間の権利行使者の指定は、最終的には準共有持分に従ってその過半数で決するとしても、上記のとおり準共有が暫定的状態であることにかんがみ、またその間における議決権行使の性質上、共同相続人間で事前に議案内容の重要度に応じしかるべき協議をすることが必要であって、この協議を全く行わずに権利行使者を指定するなど、共同相続人が権利行使の手続の過程でその権利を濫用した場合には、当該権利行使者の指定ないし議決権の行使は権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。」


 本件では、結局、この権利行使者の指定の手続きがマズかったとして、それは権利の濫用とされてしまいました。
 曰く、

「被控訴人らにおいてわずか400株の差で過半数を占めることとなることを奇貨とし、控訴人の経営を混乱に陥れることを意図し、本件抗告審決定で問題点を指摘されたにもかかわらず、権利行使者の指定について協同相続人間で真摯に協議する意思をもつことなく、単に形式的に協議をしているかのような体裁を整えただけで、実質的には全く協議をしていないまま、いわば問答無用的に権利行使者を指定したと認めるのが相当である。」

 事案としては、一方的にFAXを送りつけて、一方的な要求を突きつけ、明日の午後5時までにこれを受諾するか否か「のみ」の返事をFAXでしてこいとした方法が評価されてのことのようです。


 数人の弁護士と定期的に行っている勉強会で、この裁判例について話をしました。
 裁判所がいうのはもっともだ、条文の趣旨をよく吟味している立派な判決書だ。
 
 ただ。
 自分が実際、このような当事者間の紛争の代理人となった場合、「真摯に協議」する「場」「手続」をとるというのはちょっと難しいよねということで意見が一致しました。
 法律事務所などで一同に解したら、荒れるのが目に見えています。
 じゃあ、どこかの会議室を借りて一同に集まるのか。
 暴れだされたり、殺傷事件が起こる危険性を裁判官は分かっていないよね、と皆でうなずきあいました。
 方策としては、今回、ダメだったのは、FAX送りつけて翌日5時までにという期間の短さがダメだったのではないか。この点、何も一同に会して協議をとまではいかなくて、余裕のある協議を書面ででも積み重ねたら違ったのではないかということになりました。
 どうなんでしょうか?

 裁判所は、権利行使者の指定のための手続きとしては、やはり対立関係にある当事者が、一同に会しての実質的な協議が行われることを求めているのでしょうか。
 それは。。。血の目を見ることもおそれぬ怖さがあります。実際のところ。。。
 それほど、親族間の対立、会社経営を巡るものは深刻なものが少なくはありません。
 集まるにしても、人目のあるところか、万が一の事態にそなえて警備員などの準備ができるところでしょうね。
 
 理想を語る裁判官と、現実を知る弁護士との温度差が分かる裁判例でした。

(おわり)
  
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August 06, 2009

刑事訴訟手続【松井】

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 裁判員裁判の制度が実施されていますが、それについて考えていたときにふと思ったこと。

 最後に刑事事件の弁護人をつとめ、法廷に立ったのはもう2年以上の前のことになります。
 「恐怖心」
 それまでは弁護士1年目のときから当番弁護の登録をし、国選弁護人の登録をし、ほぼ常に刑事事件も担当していました。
 そして当時、刑事事件の法廷に立っていたときに思っていたこと。

 否認事件はともかくとして、認めている事件では、初めて刑事事件の法廷で被告人席に立つ人はもちろん、そうでない人であっても、とにかくもうこの刑事裁判を最後にして欲しい、二度と刑事法廷に来るようなことはないようにという願いは、この有罪無罪、量刑を決める訴訟手続に関わる被告人以外の人、検察官、裁判官、そして弁護人の三者は皆、思いを一緒にしているであろうということでした。

 検察官や裁判官は、被告人に対し厳しい質問などをしたとしても、思いとしては、もう二度とここに戻ってくることのないように、再犯なんてことがないようにという思いは、弁護人と同じはずです。そういう思いなくして、刑事事件に関わることはたぶん出来ないと思います。私刑の場ではないので。

 今回の件で、被告人が刑務所で服役することになったとしても、出所してから、二度と犯罪に関わることなくその人生をまっとうして欲しい。
 そういう思いは三者三様ではあるけど、根底にそういった思いをもちつつ、皆、刑事訴訟手続の役割として、その務めを果たしているんだという思いがありました。
 私は弁護人として全力を尽くし、検察官は検察官として全力を尽くし、そして裁判官は裁判官として全力を尽くす。


 裁判員裁判官はどうなんだろうか、とふと思いました。
 
 今日、西天満界隈にある小さなパン屋さんに入ったところ、パン職人さんを叱責している声が聞こえました。
 「売り物のパンとお前が作りたいパンは違うんだ。作りたいパンは趣味のパンだ。趣味のパンは家で作ってくれ。店では、売り物のパンを作れ。店の材料で、趣味のパンを作るな。」
 たぶん、若い職人さんが研究熱心なあまり、ボスの許可を得ずに店の材料で売り物とは違うパンを作ったところ、ボスに見つかり叱責されていたのだと思います。
 パンを売るオーナー職人として、若い職人さんにプロとしての区別をするように解いていました。
 パンを選びながら、聞くともなくそのやりとりを聞いていました。

 仕事。
 若い職人さんはきっとパンが好きで、新しい美味しいパンを作りたかったのだと思います。
 しかし、そこは職場であり、仕事としてパンをその場で作っているわけです。
 仕事と趣味は違う。
 
 刑事裁判官は刑事の訴訟手続の裁判官を務めることが「仕事」です。
 「仕事」として行う裁判と、そうじゃない裁判。趣味の裁判なんてもちろんありえないけど。
 裁判員の人は、裁判を行うことが「仕事」ではありません。
 訴訟手続の中での自分の役割、務め、つまり「仕事」としての意識をもてるのだろうかとふと疑問に思いました。
 もちろん、「仕事」の世界に、「仕事」とは違う役割をもたせることが裁判員裁判制度の狙いなのでしょうが、そこで意図される、「差異」「違い」は、誰に、どこに、何のためにいいのか。
 「仕事」だけで割り切っちゃだめだということか、「仕事」以外の人を訴訟制度に参加させることによってどういうさらに良い点がありうるのか。
 ぼんやりと考えていました。

 裁判員の人たちは、この被告人が二度とこのような場にくることがないように、という思いを抱いて役割を果たされたのだろうか、どうなんだろうか。

(おわり)

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July 29, 2009

民事再生手続の現状と課題【松井】

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 ひさびさのブログです。やはりtwitterを始めてしまうと、そっちで気づきなどをそのまま吐露して、溜めが減るような気がします。
 この間、「遺言と遺留分」について一度、自分でもまとめておきたいなあということを考えつつも、今日は、近畿弁護士連合会の夏期研修として「民事再生手続の現状と課題〜大阪地方裁判所における実務運用を踏まえて〜」というお題で、今の大阪地方裁判所の破産部、民事6部の部総括判事小久保孝雄さんが講師の研修を受講したので、学んだことをメモっておこうと思います。
 ちなみにこの小久保裁判官は、最高裁判所司法研修所の元民事裁判教官をされていました。ということで、基本、教え好き、話し好き、研究熱心という推定が働きます。以前は、大阪地裁では第10民事部、建築専門部にいらっしゃいました。


 時間は2時間だったのですが、みっちりと中身の濃い研修でした。立って話し始められたのですが「私は喋って話が出来ないのです。教官時代も、修習生の座席の間をうろうろ歩いて話していたくらいなので。」と言って、結局2時間、立ちっぱなしで講師を務められました。
  
 民事再生手続きの現状ですが、大阪では昨年度は90件の申立てだったようです。ちなみに、東京は322件。そういった統計資料も豊富につけてくれています。

 以下、気になったことを自分用にメモしておきます。
 いずれにしても、破産申立もそうですが、民事再生も、債権者がいるなかでの力仕事、まさに申立代理人弁護士の力量が問われるものになると思います。
 
 □ 1条をよく依頼者に理解してもらうこと。
 □ 申立て段階から、出来るなら公認会計士と協同すること。
 □ 監督委員は、法の趣旨としては消極的なものかもしれないが、実務では、事案によっては監督委員の積極的な姿勢が求められる、再生手続きの成功をもたらすことになることも多々ある。
 □ 再生債務者の第三者性の議論については、まだ最高裁判決は出ていない。
 □ 事案によっては、監督委員が、事業譲渡、入札に立ち会うことが効果的なこともある。
 □ とにかく、再生債務者代理人、もっとガンバレ。
 □ 申立て段階では、手続きとして、6か月先まで資金繰りを詰めておくこと。
 □ 法85条後段は、明文上、「少額」というのがやはり大前提だろう。
 □ ファイナンス・リースについては、最判三小平20.12.16判決。しかも、肝は、田原睦夫裁判官の補足意見の2以下のところ。「しかし」以下のところだろう。
 □ 担保権消滅請求はあまり使われていない。数件。
 □ 事業譲渡の場合は。
   透明性に注意。
   スポンサーについては、必要性、選定手続き、適格性、契約内容の相当性。
 □ 計画案提出の伸長については、具体的な説明を。別除権協定に時間を要するなど。
 □ 64条、管理型の運用状況。
   東京地裁はほとんどないが、大阪地裁は必要と判断するなら躊躇なく発令する。
   100件中6件くらいの割合。
   抜かない伝家の宝刀は、伝家の宝刀ではない。
 □ 決議は、集会型が9割。続行期日の指定が可能であり、柔軟性あり。
 □ 書記官とコミュニケーションを。書記官から申立代理人弁護士に対する不満。
   勉強不足。指摘に不対応。


 裁判官が講師の研修は、結局は、裁判所として弁護士に苦言を呈するということになります。
 それはそれで、ああ、裁判所はそのように見ているのかということが分かり、非常に勉強になります。弁護士が皆、裁判官を「お上」的に崇め奉っているわけではなく、「司法制度」という一つの制度の役割を担う各当事者からのそれぞれの視点を知るといった感じではないかと思います。
 協議会というのが行われたりして、弁護士の方から、裁判所に対し、運営をもっとこのようにして欲しい、こうするべきだといった苦言が呈されることもあります。
 
 弁護士、検察庁、裁判所と三者三様ながらも、一つの司法制度というものに携わる者として、それぞれがよりよい仕事をしよう、したいと、協同し、そうであっても馴れ合いにならずに適度な緊張感をもって、刺激し合っているというイメージで理解しています。
 裁判所側から弁護士がどう見えているのか。勉強になります。

 とはいえ、たぶんきっと、「バカっ」、「あほっ」と見えているのだと思うし、弁護士も裁判所を「バカっ」、「あほっ」と見ていることもあります。

 適度な緊張感、といったところでしょうか。

(おわり)
 
*坂東英二さん、69歳。天神橋筋商店街、120歳。
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July 17, 2009

住宅瑕疵担保履行法【松井】

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 住宅瑕疵担保履行法(特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律)によって、「資力確保措置の義務づけ」に関する規定がこの平成21年10月1日から施行されます。
 分かりやすいパンフレットなど
  ↓
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/jutaku-kentiku.files/kashitanpocorner/2-pamphlet.htm


 住宅を建てた、買った、住み始めた、雨漏りが止まらない、地盤が緩くて処置がされておらず家が傾いたなどなど、3000万円以上のお金を長期ローンを組んで借り、一生に一度の買い物の家が実はキズものだった、瑕疵があったという問題が実は珍しくはありません。
 買う側の人は、こんなに高い買い物をするのであり、業者も親切にいろいろとすすめてくれる、手抜き工事といった悪いことをすることはないだろう、大手有名業者だしとか、ものごとをいいように、いいように考え、疑うことなく高っかい買い物をします。しかも建売りであっても、たった2、3回しか現物を見えるところだけ確認してという買い方を意外としたりします。
 建築士の方の言葉で印象深いのは、次のような言葉です。「みな、車や靴を買うとき、何度も迷い、調べ、試したりして、確認してから買うのに、何千万の買い物になったとたんになぜ、同じような買い方をしないんだろうか。」。

 買って住み始めたはいいが、キズものだったとき、売主はそれ相応の責任を取らされるのが法律です。でも、それもこれも売主に力あってこそのものです。
 責任を問おうと思ったら、売主の会社がなくなっていた、倒産していたということも、実は、建築業界、珍しくはありません。
 会社を潰して、新たな会社を起こして、同じ仕事をしていたりすることもないわけではなく。
 売主の会社が倒産していたら、そこはもう自分でなんとかするしかありません。
 破産制度って結局は、債権者に泣いてもらう制度ですから仕方ありません。

 こういう問題は以前からよく指摘されていました。
 めちゃくちゃな家を建てて、売りまくって、売り逃げするというパターンです。


 そこで立法の必要性が叫ばれ、出来たのがこの住宅瑕疵担保履行法です。
 業者が、瑕疵担保責任を果たせるよう、保険に加入したり、保証金の供託をさせておくものです。宅地建物主任業者の場合などは、既に同じような制度がありました。
 倒産し得を許さない制度です。
 
 この制度は、業者にとっては金銭面での負担が大きいものだとは思いますが、業界全体の信用を逆にアップさせる制度ともなるのではないかと思います。
 ついていける業者と、ついていけずに落ちこぼれる業者が出てくるかとは思いますが。
 どの業界も、淘汰の時代です。
 
 消費者の立場からしたら、これから家を買おうとする人は要チェックです。
 すでに家を買ってしまった、その家に問題があったという人は、適用場面に注意が必要です。
 パンフレットにあります。
 「施行日と引渡し時期に注意しましょう。」と。
 法律は、基本、遡って適用されることはないので、泣かないといけない人はいるかと思います。
(おわり)


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July 07, 2009

消費者支援機構関西 【松井】

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 適格消費者団体というものがあります。
 消費者保護法で定められた団体です。
 団体として、業者に対し、差止請求することが認められています。
 この法律の条項がなければ、通常、被告を定めて訴え提起が認められるのは、当事者のみです。

 当事者って?
 当事者じゃないと「訴えの利益」がないとして、請求が認められないという以前の訴えが認められないとして、棄却じゃなくって、却下されてしまいます。

 なぜか?
 判決が出て確定すると、既判力というものが生じて、その紛争はもうそれで争えなくなります。だから、その紛争はなあなあのやらせではできません。一生懸命、その紛争を戦う可能性があるのは、第三者じゃなくって、その紛争の「当事者」です。
 だから、訴え提起は、当事者じゃないと認めてもらえないというのが民事訴訟法です。
 
 あの人が被害に遭っている、可哀想だ、あの人自身は当事者として訴え提起するほどの気力もない、じゃあ、私が代わりにあの人の代わりに原告となって訴えてやろう、といったことは出来ないということです。


 しかし、消費者保護法では例外が認められました。
 なぜか?まさに、消費者となる個人の人は、悪徳業者からの被害を受けていても自ら当事者、原告となってまで争うということが少ないという立法事実が考慮されました。
 でもじゃあ、誰が消費者個人に代わるのか?
 それが、「適格消費者団体」です。
 悪用されることがないよう、内閣府からの認定となっています。また認定後もいろいろと規制を受けます。
 そんな適格消費者団体の一つが、大阪にある、消費者支援機構関西、愛称? KC’Sです。


 KC’S、司法書士さんや、相談員の方々、弁護士などに活動をささえられ、がんばって活躍しているようです。
 http://www.kc-s.or.jp/report/report1/2009/0706.html

 動きがあると、こうしてHPで公表されています。
 
 正義づらして一方的にやりこめるようなのは好きではありませんが、適度な問題提起といったところでしょうか。
 こういった疑問を呈されることによって企業はどのように応えるのか。
 まさに企業の誠実性が問われるいい機会なんだと思います。

(おわり)

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June 27, 2009

ついったー【松井】

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*江戸時代から続くという明石の太陽酒造さん。今も使われている当時からの道具!

 先日、朝日新聞で「ついったー」が紹介されていました。twitterなるサービスがあるのは知ってはいましたが、何が面白いのかいまひとつ分からず、食指も動きませんでした。
 しかし、ホワイトハウスやオバマ大統領のついったーがあるというをその記事で知って、情報ソースとして重要な位置づけなんだろうかとようやく興味を示し、始めてみました、ついったー。


 ついったーは、shiology ブログで有名な成蹊大学の法学部の教授、塩澤一洋さんがそのブログの端に載せていたので知っていたので、まず最初は、shioさんを follow しました。
 そして、shioさんを通じて知り合った若い!とても素敵な写真を撮る友人のerinabonさんをfollow。
 そして、そして。ネット界をフラフラとしていていると、意外と多くの方々がついったーを利用しているのを知りました。
 ホリエモンことライブドア元社長の堀江さんのついったーもありました。
 そして、ホワイトハウスやオバマ大統領があるなら当然あってもよいはず、日本の国会議員のついったーも見つけました。

 そんな時代なんですね。
 情報発信、情報流通。
 憲法21条を思い出します。
 なぜ「表現の自由」の保障が大事なのか。国が情報の検閲をしたり、国家権力が国民の表現の自由を制約することがなぜ基本的に駄目とされているのか。
 受験生チックなキーワードでいくと、自己実現と自己統治のためといわれています。
 自己統治。

3 
 昨日、中華料理屋さん(その名も「双龍居」!「双龍ラーメン」がありました!!)で見かけたテレビニュースでは、中国では、政府が、販売されるPCに情報閲覧規制のソフトを始めからインストールするように言ったとかいうニュースが報道されていました。そこで片言の日本語を話すマスターは熱心にそのテレビニュースをみていました。

 情報の流通が国によって規制されたなら。
 国は、具体的には政府の構成員となっている人たちは、批判の対象となる人たちは、批判を恐れて、都合の悪い情報は流通しないように規制するだろうという歴史的な経験を踏まえて、情報流通の自由が定められています。
 いかなる情報が流通するのか、そこに良い情報、悪い情報の色を付けることを許さないということです。
 それは、その情報を受け取る人が判断することだということです。
 

 イランの選挙後の動きでは、情報流通手段としてtwitter が大活躍したという報道もありました。
 日本でも、国会議員がHPをもち、メールを定期的に送る、ブログを書くといったことは普通になっている面もありますが、ついったーですよ、ついったー。
 速報性がブログとは違います。
 140文字の短文です。
 限られた字数だからこそ伝わる臨場感といったものもあります。

 自分は今、すごい世界に生きているんだと改めて驚きました。
 100年前、200年前、こんな統治スタイルにこんなツールが考えられたのだろうかと。
 でも、なんのための情報流通の保障かといえば、それはよい統治が行われるため。
 じゃあ、よりよい統治って何なのか。

5  
 最近、「幸せのちから」というアメリカ映画のDVDをみました。実話に基づく話。ウィル=スミス親子主演。
 5歳の子どもがいながらにホームレスになってしまった男性がどう生きたかが描かれていました。


(すみません、アマゾンにリンクするよう表紙だけを表示させるにはどうしたらいいのか分からず。わたしは買わずにツタヤディスカスで借りましたので。)
 
 原題は、アメリカ合衆国の独立宣言文の一文から。
 「The pursuit of happyness 」
 「happiness」ではなく、なぜ「happyness」なのかは映画をみてのお楽しみとして。

 映画の始まり、主人公がこんなことを呟きます。
 独立宣言で、幸せについては、なぜ幸せが保障されているわけじゃなくて、幸せを追い求める権利になってんだろ、と。haveじゃなくて、なぜpursuit なんだろうかと。
 よりよい世の中というは、幸せになることを国からじゃまされないということなんだろうと思います。
 日本国憲法では、13条で、幸福追求権といわれています。
 「生命、自由及び幸福追及に対する国民の権利」と。
 
 そのための表現の自由。
 流通する情報をどう生かすか、生かさないか。
 その人次第です。
 それが、個人の尊重であり、自己統治。
 
(おわり)
あ、先週の上野千鶴子教授の講演は面白かったです。髪の毛、赤かった。 
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June 17, 2009

企業倒産【松井】

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 私が司法試験受験生のとき、受験科目は、憲法、民法、刑法、商法が必須で、あとは民事訴訟法選択か、刑事訴訟法選択、そしてもう1科目は、破産法、労働法、刑事政策、国際私法、国際公法などから1科目選択するというものでした。
 私は、民事訴訟法選択の破産法選択でした。
 王道でした。
 しかし、最終合格するまでの過去2年間は、破産法のG評価(AからGで、最低評価。)で足を引っぱり、泣いていました。G評価が一つでもあると絶対に合格はできませんでした。このGのために2年間、最終合格が遅くなりました。

 なぜ破産法が2年連続、G評価だったのか。模試では破産法は得点源でした。しかし、本番では通用していませんでした。いわゆる論点主義だったからです。論点主義で模試では点がとれるけど、本試験では論点主義では足下すくわれていました。それに気づいて、最後の1年は破産法の勉強法を他の科目と同じように、条文から考えられるように訓練しました。破産法だけ、模試で点が取れていただけになめていたのです。


 そんな私の中では、苦い思い出とともにある「破産法」。
 弁護士として働きだしたら、必須の法律でした。破産法を勉強していてよかったと心から思いました。

 借金を返せない、取引先への支払いが出来ない、手形の不渡りをだしてしまう、そういった中小企業の経営者の方からの相談。
 あるいは、取引先からの支払をあてにしていたのに、破産しますすという弁護士からの通知が来た、あそこがもうすぐ不渡りを出すという噂があるけど、なんとか回収できないのか、といった相談。
 平成11年に弁護士登録して以降、今に至るまで、企業倒産に関する相談は常にあります。

 そして経営者の方からの相談はそれぞれ悲痛なものがあります。
 
 ただ、もう会社として金が回らない、事業を継続できる見込みがないというようなときは、倒産する企業側はもちろん、そこを取引先とする企業においても、破産法上は、基本的にはもう何の手出しもできません。ロックがかかっています。

 倒産する方は、粛々と倒産に向けての、裁判所に破産申立をするための資産整理を出来る限りしていくだけで
す。そうして集まったお金は、弁護士への費用や裁判所への予納金として使い、残りは破産管財人に引き継ぎます。管財人において、後日、配当という形で債権の数パーセント程度の金額を全破産債権者に平等に支払います。

 また、取り立てる側においても、相手方の資産の仮差押えだ、訴訟だとしても、破産手続き開始決定が出れば、基本は破産手続きが優先します。
 また、債権回収に熱心なものはそうでないものよりも保護されるのは当然だとしても、いわゆる危機時期に至っては、「債権者平等の原則」というものが威力を発揮し、抜け駆け的な取立てをしても、後日、破産管財人からは「弁済の否認」を受けて取り戻されることもあります。
 なので、多くは、なす術がありません。

 債権回収をというのなら、早め早めに担保をとっておくというのが最も効果的だと思います。抵当権者は、破産手続きにおいても別扱いをされますので。本当に倒産かもとなってから担保をとっても、これもまた管財人から否認されることがあります。


 企業倒産に関しては、申立人代理人をすることもあれば、裁判所に選任されて破産管財人をすることもあります。
 どちらにしても、正直なところ、せつない気持ちになります。
 企業経営者の方、経営と法律の知識をもって、足下をすくわれることなく事業を継続して行って欲しいと思います。そこには、顧客はもちろん従業員の方々の生活がかかっています。
 そして。
 経営に失敗して、多くの方々に迷惑をかけたとしても、個人については経済的再起更正が破産法の「免責」の趣旨です。
 倒産したからといって人生が終わりになるわけではありません。
 たくましい経営者の方は、破産手続き中であるにも関わらず、また新たな事業を始めようとしたりしています。
 やる事業、やる事業、ことごとく失敗しつづけて、それでも挑戦しつづけて、50代になってから始めた事業が大当たり。
 確か、マクドナルドの創業者だったか、ケンタッキーの創業者だったかの話です。
 気持ちを鼓舞して、また前を見て次へと向って歩んでいって欲しいと思います。
 こんな私がいうのも何ですが。
 
 ただ、まあ、私も、依頼事件が無事に成功して終了し依頼者の経済的利益が確保され、成功報酬を請求したら、依頼者の方から踏み倒された、あるいは値切られたというようなことがあったらと想像すると、怒り心頭にはなります。
 それでも、破産しますと言われたら手も足もでませんので。諦めるしか仕方ありません・・・。ただ、そのときでも確かに、「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」という一言があるかないかは大事なんでしょうね。

(おわり) 
  
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June 11, 2009

裁判員裁判の法廷【松井】

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 ついに裁判員裁判として刑事手続が行われて行きます。
 数年前から、検察庁、裁判所、弁護士会の三団体が協同して、模擬裁判というのが実行されてきました。
 一定のシナリオに基づいて、実際の裁判員裁判のように手続きをすすめて判決に至るというものです。
 裁判員役は一般公募だったり、検察官、裁判官、弁護士、あるいは新聞記者の人が務めたりなどなど。
 法律が施行されたいまもなお、模擬裁判が実施されています。


 大橋は自ら名乗りを上げて、先日、模擬裁判の弁護人役をつとめてきました。
 公判前整理手続から実際にやっていきます。
 そして先日、法廷での場面となりました。
 使われた法廷は、大阪地方裁判所内にある実際に裁判員裁判で使われる法廷でした。
 1階にあります。
 弁護士は傍聴ができるというので、ほんの30分ほどでしたが傍聴をしてきました。


 初めて見た、裁判員裁判で使われる本当の法廷。
 裁判官席には3名の黒い法服の裁判官だけではないというのが新鮮でした。
 また、各テーブルにはモニターが備え付けです。
 ずらっと並んだ裁判員役の人々。
 
 私が傍聴したのは、検察官からの冒頭陳述からでした。
 検察官は本当の検察官で、男女ペアです。
 しかもさわやか系美男美女。
 女性の検事が立ち上がります。
 最初の一言に、ひえーっ!となりました。

 「皆さん、おはようございます。」

 検察官が、朝の挨拶をしています。普通のことなんだけど、愛想のいい検察官なんてそうそういないので、この挨拶に驚き!
 
 そして始まった冒頭陳述。
 難しい言葉を普通の分かりやすい言葉に言い換えていきます。
 なるほど〜と思いました。
 気配りを感じます。


 一方、弁護人側。
 これも張りのある声で明瞭に、伝えたいポイントだけを聞いて分かるように伝えています。
 ぼそぼそと何をしゃべっているのか分からない、書面にかいてあることを声に出してぼそぼそ言っているだけのものとは違いました。
 このとき対する弁護人側の主任弁護人役の方は、年配のどっしりした感じのベテラン男性弁護士。
 若い女性検察官というのとは対極にあって、なかなか面白い印象をうけました。
 対応して見た目を見ると、どっしりした感じの方が安心感を与えるように思えます。
 若ければいいというものではないなと。あくまで与える印象についてのものですが。


 で、裁判長。
 あっ! 以前、私が私選で刑事弁護を担当したときの3人の裁判官の部長だ!という方でした。
 あのとき、最初、冴えない感じだなと思っていたのですが、結果オーライで、事実認定を争った事件でこちらの主張を認め、強盗殺人未遂から傷害と窃盗に認定落ちを認めてくれた裁判官です。
 あのときも被告人は、自白調書を検察官にしっかりととられていましたが、法廷での供述を認めてくれました。
 で
 、あのときの裁判長はどんな風に振る舞うのかと傍聴していると、「あまり変わってないじゃん」というものでした。
 分かりやすく説明しようと言葉をいっぱい使っているのですが、言葉多すぎて、だんだん眠気を催しました。
 

 ここで休憩になったので事務所に戻りました。
 傍聴しながら思ったこと。

 弁護人の立場からすれば、判断する人が3人じゃない安心感、裁判官だけじゃないという安心感がありました。
 もし事実を争うような場合、これだけの人数がいたら、以前の3人の裁判官だけのときよりは弁護人の主張に耳を傾けてくれる可能性が高くなるのではないだろうかということでした。
 以前、検察官の方と話をしていたとき、裁判員裁判になったら量刑は軽くなっていくだろうといったことを仰るのを聞き、そういうもんかなとしか思っていなかったのですが、今回、模擬裁判ですが、法廷の空気を感じてみると、確かに、刑事手続において、検察官 VS. 弁護人/被告人 という対立関係からしたら、今まで、裁判官はどちらかというと弁護人/被告人に対して厳し目であったのではないかと思えるところ、裁判官以外の人が裁判に加わるということは、どちらかというと弁護人/被告人にとってメリットかなという風に感じました。
 裁判員裁判、たぶん一番、激変を強いられるのは裁判官だと思います。
 そういう点では、これは期待のもてる制度かなとは思います。

 ただ、いずれにしても裁判の目的は何なのか、刑罰は劇薬であるという認識が不可欠だとは思います。
 冤罪が許されないのはなぜなのか、窃盗事件の被告人に死刑が科せられないのはなぜなのか。 
 刑事裁判は劇薬処方のための手続きです。誤審は許されないという価値観が大前提です。
 そのために「刑事訴訟法」という厳格な手続きが要請されています。人類の歴史上の一つの知恵の所産です。
 そこに一石を投じる裁判員裁判制度。制度は目的のための手段です。刑事裁判の目的は何なのか。

(おわり)
 
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June 06, 2009

準備書面 【松井】

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石屋川にある「高麗」。ネギ塩タン!!

1 
 訴訟になったら、原告にしても、被告にしても、「準備書面」という書面を書いて、主張のやりとりをします。
 これって、訴訟代理人をつとめる弁護士にしたら、これが「勝負球」というもの。この文章がどういうものかで、弁護士の能力、品格?がわかるというものです。
 
 そこで、今回は、準備書面の位置づけをちょっと説明してみたいと思います。
 弁護士にしたら日常茶飯事で空気のような言葉「準備書面」であっても、訴訟の当事者の方にしてみたら、弁護士から一応、説明は聞いていても、今ひとつピンとこないこともあるかもしれないので。



 訴訟手続については、きっちりと民事訴訟法という法律や規則で定められています。

 ちなみに刑事手続きに関する刑事訴訟法、規則はもっと厳しいです。「法廷における裁判官の行動はすべて、なんらかの規定に基づいているから、どの規定に基づくか考えて毎日の法廷を傍聴したらいいよ。」と司法修習時代、知り合いの裁判官の方に言われ、そういう視点で刑事裁判官を見ていたら、確かにそのとおりでした。
 またちなみに、検察修習でいうなら、検察官がどういう点に配慮して、あるいはテクニックを凝らして、調書をとっているか、裁判で使える調書にしているかを注意して見てみると、弁護士になってから非常に役立つと思います。これが検察官の調書の任意性、信用性のとりかただ!というテクニックがありました。弁護士になってから、当時の指導検察官に、「こんなテクニック使ってましたよね。」と言ったら、「そんなこと教えたか!?」とちょっと慌てていました。修習生に対しても秘密だったのでしょうか・・・。


 で、話し戻って、民事訴訟法。


 87条1項 

当事者は、訴訟について、裁判所において口頭弁論をしなければならない。

 ちなみに、憲法82条1項では、

「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」
とあります。
 裁判の公開です。もしこの条項がなかったら・・・。暗黒裁判!?


 民事訴訟法、民訴法に戻って。

 148条 

口頭弁論は、裁判長が指揮する。

 
 そして、161条。
 
1項 口頭弁論は、書面で準備しなければならない。
 2項 準備書面には、次に掲げる事項を記載する。
   一 攻撃又は防御の方法
   二 相手方の請求及び攻撃又は防御の方法に対する陳述
 3項 相手方が在廷していない口頭弁論においては、準備書面に記載した事実でなければ、主張することができない。

 
 ここで、「準備書面」が出てきますね。

 
 口頭主義という原則がありますが、実際の日本の裁判では、書面主義です。いくらその場でいろいろと言ってやりこめることがあっても、書面に書いてあってなんぼの世界です。
 口で言ったことは残りません。その場に複数のものがいたら、その記憶は人それぞれ。まさに藪の中。
 それに対して、書面はそのまま残ります。そのまま、複数のものの間でそのものが情報として残ります。変容しません。
 書いたことは、残ります。
 それが、準備書面です。



 訴訟当事者の依頼者の方にしてみれば、弁論準備手続など、あるいは口頭弁論などにおいて、公開の法廷であるからこそ、主張を口頭ではっきりと主張し、相手方にぶつけ、「ぎゃふん」と言わせて欲しいと思ったりするのでしょうが、訴訟代理人である弁護士にしたら、「勝訴判決」「勝訴的和解」という最終目標を達成するための手段としては、あまり意味のないことと考えることもないわけではなく、ここで訴訟代理人と当事者依頼者との間に、余計な「溝」が生まれてしまったりするんでしょうね。
 ただサービス精神旺盛な弁護士だと、依頼者サービスとして「ぎゃふん」と言わせる姿を演じたりすることもあるようですが。
 でも、和解を狙っているときだったら、感情的なしこりを新たに有無だけで、和解が遠ざかりかねない、百害あって一利なしの行為のこともないわけではなく。


 と、まあ、依頼者の方に訴訟手続を説明をしようと思ったら、理解を共通にしようと思ったら、民事訴訟法から説明して理解してもらわないといけません。
 難しいことを簡単に分かりやすく説明する能力が、弁護士のコミュニケーション能力として必要です。



 うちの事務所では、大橋も私も、「ホワイトボード大好き」です。

 民事訴訟法に基づく「訴訟」ってどんなもんなのか、ホワイトボードに図を描いて説明しています。
 皆さん、そうか、訴訟ってそんなに大変な、めんどいものなのかと分かって頂いているように思うのですが、もしかしたら本当は分かっていないのに分かったふりをされている方もいらっしゃるかもしれません。
 そのあたりも確認しつつ、ことを進めないと後で大きな溝となって依頼者の方を悩ませることになります。
 密なやりとりを心がけたいと思います。
 
 うちの「ホワイトボード」は描いたものをコピー機のようにプリントアウトして紙になって出してくれます。
 これを依頼者の方におみやげメモとしてお渡ししています。
 ときには、「おお!紙になるんですか!?」と驚いてくれる依頼者もいらっしゃいます。ちょっと、嬉しい瞬間。手品でしてやったりといった気分を味わえる一瞬です。
 喜んでもらえるのは、エンターテイナーとしたら、嬉しい瞬間です。

(おわり)

*話題のOisixの牛乳。確かに、「感動食品スーパー」。美味しい! 
*裁判官、依頼者、相手方が感動するような「準備書面」を書いてみたいものです。
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May 29, 2009

「戦わない」 【松井】

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 戦わない。これが最強だと思います。
 「がんばらない」という、医師が書いた本があったかと思いますが。
 「戦わない」。


 合気道も、戦いません。試合、ないです。でも、強いかどうかは分かります。

 合気道は、自分からはしかけません。
 というか、本当はわざと隙をみせて相手をそこに呼び込み、相手に仕掛けるといえば仕掛けるんだけど。自分からあからさまに打ちにいくということはありません。
 隙をみせ、そこにくいかかってきたところを相手のその動の動きに、別の角度から違う動きを付け加えて、相手のバランスを崩し、倒します。
 倒して、とどめをさすやり方もあるのですが、皆から一目おかれる有段者の方が仰っていたことがずっと頭に残っています。

 体格がまったく違う相手だと、合気道は力ではないとはいうけど、まともにぶつかることなんて出来ない。
 相手の攻撃をかわし、いったん倒したら、相手が復活する前に逃げるのが一番だ、と。
 
 聞きようによっては、相手を必要以上に攻撃しない、とどめを刺さない、逃げ道をつくってあげるということが大事ということかもしれません。


 ま、結局、感情のままに必要以上に戦ったりしない、ぶつかったりしないということだと思います。
 ケンカ、売らない。
 ケンカ、買わない。
 戦わない。

 弁護士としては、それが依頼者の利益にもっとも適う。
 依頼者の人は、代理戦争じゃないけど、相手方に対してもっと弁護士の方からギャンギャン言ってくれと思っていたりするかもしれない、戦ってくれと思っているかもしれないけど、必要以上にやりこめたりなんてしません。結局、依頼者に不利益をもたらすだけのことの方が多いから。
 
 「戦わない」というのは最強の戦術だし、やたらめったら「戦う」人よりもよっぽど格好いいと思うのですが。
 直球一本勝負、豪速球しか投げられませんというピッチャーよりは、コントロールに優れた老獪とぐらいに評されるピッチャーの方が格好いいと思います。チームに勝利をもたらします。
 緩急自在。
 「戦う弁護士」って、弁護士としては最悪ではないかと思うのですが、どうなんでしょ。
 私が依頼者なら、「あの人は狸よ」と言われるくらいの弁護士に頼みたいです。「あの弁護士さんは戦ってくれるわよ」という弁護士じゃなくって。 
 相手方に対していつも愛想よくにこにこしているけど、腹の中では何考えているか分からないくらいの弁護士に憧れます。
 

 とはいえ、事務所設立時、事務所名は、武闘派っぽい「双龍法律事務所」が良かったなとときどき思い出します。大橋に即、却下されました名前です。今も、未練があります。
 法人化したら、「弁護士法人 双龍」。
 英語名、「Twin Dragon Law Office ツイン・ドラゴン・ロー・オフィス」。

 事務所の雰囲気やブログのデザイン、そしてホームページのデザインから、たまに「可愛らしい法律事務所ですね。」と言われるのですが、野望としては実はこの対極の「強さ」を表現したい欲望もあります(わたしだけかもしれないけど)。
 「戦わない」、「戦わない」ことによって「戦い」を極度に意識し、そしてその「戦い」に勝つ「強さ」。
 以前、ブログのテンプレートも、「竹と虎」のものを見つけ、変えたのですが、即、大橋に変更されてしまいました。
 わたしのこうありたいという姿としては、「竹と虎」なんです。実は。
 戦わない強さって格好いいと思います。 
 
 ・
 ・
 ・
 東京のとある法律事務所の名前をみて、ああ、いいな、好き勝手やってるなあとちょっと羨ましく思いつつ、ぼんやりと考えました。

 ただ自分でも迷走しているのは、こんなことを書き連ねつつも、弁護士ブログとしては方向性を誤っているのではなか!?他の弁護士ブログを見てごらん、女性の弁護士のブログを見てごらん、全然違うよ、変な方向にいっているんじゃないの?!という頭の中のこびと9の声も聞こえたりして。
 
 あこがれるのは、DNaの南場智子社長のブログです。
 会社の社長のブログであれだけ笑いがとれるのはすごいです。
 笑いをとるには、自分で自分を笑えないといかんしなあ。「紳竜の研究」のDVDを観直そうかな。
 
(おわり)

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May 26, 2009

リラックス 〜戦いの極意?〜【松井】

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 80年代、イギリス出身のフランキー・ゴーズ・トゥー・ハリウッドという大所帯のバンドがデビューしました。
 大ヒットした曲のタイトルは、「リラックス」!。
 でも歌詞の内容はちょっと卑猥すぎるということで当時、イギリスでは確か、ラジオなどでは放送禁止になっていたはず。
 リラックス、リラックス、リラックスが大事だよ〜 という歌だったと思います。

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 で、ちょっと違うけど。
 裁判所での弁論準備手続きや法廷での尋問、さらには交渉の相手方と対面するときでも、余裕をみせる、リラックスが大事だなと今更ながらにつくづく思う最近です。

 激しく主張は対立しながらも、双方、代理人や当事者がリラックスしていると、上から大局的に物事を見渡せ、お互いの妥協点などが明確となり、どうでもいいような些細なことにいちいち反応して、事件が迷走するということもなく、解決が早いような気がします。またその解決も双方が納得のいく妥当な案です。
 皆がハッピーな落ち着きどころです。
 リラックスしていると、全体がよく見えるからだと思います。

 分かりやすいリラックスの態度としては、挨拶です。目を合わせて、しっかりと挨拶すること。さらには出来ることなら笑顔、スマイル!
 そして穏やかな声。言っている中身はエゲツなくても。
 
 ということは逆に、リラックスしていないということは、体がガチガチで怒り肩で、顔を合わせない、目を合わせないということです。
 これでは目の前のことしか見えません。全体がよく見えません。
 相手の行動に一喜一憂させられてしまいます。
 
 リラックス。
 自分が今いる状況に対して、適度な距離感をもって受入れることができるということです。


 抽象的な話が続きますが。

 中学生のときは剣道部で3年間ですが剣道をし、大学時代は淀川区の十三にある、町の合気道道場に通い、5年ほど前まで合気道を続けていました。
 武道ということでいえば、剣道も合気道も、で、おそらく他のスポーツでも、共通点があると思います。
 特に、剣道と合気道の共通点、武道の共通点は、基本、1対1ということです。もっとも合気道には、昇級・昇段試験はありますが、試合がありません。

 相手と対峙して、やるかやられるかという状況になったときに大事なこと。
 リラックス、です。リラックスが大事ということは、真理だと思います。

 余計な力をとにかく抜く。それが一番、強いということです。
 膝は、まっすぐピンとつっぱっていると瞬時に動くことができません。
 膝の力を適度に抜きます。
 上半身も同じです。

 そして、視線はというと、一点を見つめたりなんてしません。相手の目をにらみつけたりなんてしません。
 ぼんやりと、全体を見ます。
 そうしないと相手の全体の動きが見えません。
 相手の目の動き、足の動き、手の動き。
 全体を五感で感じます。

 そしてそのような稽古を積み重ねることによって、頭で考えるよりも先に、自分の体が反応して、体が先に動くようになっていきます。
 後から、自分でも驚くことがたまにあります。
 自分の体が勝手に動いたことに対する驚きです。
 剣道でも、合気道でも、同じでした。
 剣道。つばぜり合いをしていて、ハッと気づいたら、小手引き面を決めていました。体が勝手に動いていました。
 合気道。わざを受けたとき、体が勝手に受け身をとっていました。


 リラックスしていると、頭で余計なことを考えることなく、いち早く本質を理解して、瞬時に目的のための適確な行動に移ることができます。

 相手に怒りを感じない。ということは、相手に振りまわされない。一喜一憂しない。

 ただ目の前の相手をそのままに受け入れ、ただ観察する。そして、究極の目的を達成する。

 そのためには。
 リラックス、です。
 口角上げて、元気よく挨拶して、スマイル!


 がんばれっ、わたし!
 ああ、中島みゆきの「ファイト」が聞こえるよ〜♪ 

(おわり)

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May 19, 2009

契約の相手方【松井】

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 契約書のチェックをしました。
 まだ契約締結交渉段階で、契約するかどうかも未定の契約について、相手方が既に用意して、他の契約で使っている契約書を見せてくれと言いました。用意されているものを見せてもらいました。
 自分の弁護士としての業務上のことではなく、まったくプライベートに関する事柄に関してのものでしたが。


 ゲっ!
 という条項がいっぱい見つかりました。
 他の契約当事者の方々は、この契約書でそのまんまハンコを押しているのだろうと思うと、やっぱり業者対消費者ってなんだかなあと思います。
 業者の権利保証や損害賠償の予約についてはしっかり書いてあるのに対し、消費者側のそれは何も記載されておらず、むしろ権利としてあるものが制限されているのではないかと読める文言もあります。
 たとえば、業者が「契約上の地位」を譲渡するときは、原則、承諾するとか。
 えっ!?という感じです。契約の相手方を選べられへんやん!この会社だからと信頼して契約したのだとしても。なんじゃ、こりゃ?!という感じです。
 
 それなりの規模の会社なので、一応、顧問弁護士さんがいて、契約書のチェックをしているのだろうとは思いますが、顧問弁護士がいる会社であっても、こまめに契約書のチェックまではしてもらっていない会社もあります。また、下手したら、名前だけの「法務部」が法的にはまったく意味不明の文言で契約書を作っていたりします。


 プライベートな事柄で、お仕事モードで弁護士スイッチがオンになるのはなんだか気が引けるけど、住まいに関する事柄であり、金額も大きいので、見過ごすわけにはいきません。
 全部突っ込みを入れて、文言の変更等に応じないようだったら、その時点で私はその会社との契約については反対せざるをえません。
 会社の営業も、何事もよくを出しすぎると、80%の得られたものも0%となり失います。
 このへんの事柄が分かっている事業者かどうか。
 そもそもこっちは何もこの新しい契約を締結しなくっても特に大損するわけでもなく、困りもしないという立場であるということを考慮してもらわないと、いい加減バカにしないでよね、消費者を、という気分になります。


 大きな取引、金額や影響が大きなこと、さらには事業上の事柄についてはなおさら、ちょっとしたことでもこまめに弁護士に相談できるなら相談するようにされた方がいいかと思います。
 用意された契約書を弁護士に見てもらって、リスクを教えてもらう、ということです。
 それが「顧問弁護士」契約。
 あ、宣伝っぽくてなんだかイヤらしいですね。

 でも、本当にそう思います。
 なんでこんな契約書を作成したの?という契約書をもってこられて、トラブルが起こってから相談されると後の祭りに近いこともあります。

 民法の基本姿勢は、契約上の当事者は対等、という大前提があります。それが空想であっても。私人と私人は対等。そんななか、ずる賢い私人のカモにならないよう気をつけてください。
 こういう、相手の無知などに乗じるやり方が好きじゃないので、消費者保護委員会に入っています。
 欲をかいてだませられる方が悪い、とは言い切れないという思いがあるので。

(おわり)
*選ぶ方にも責任がもちろんありますけどね。目の前のものに対し、どれを選ぶのか、選ばないのか。 
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May 12, 2009

欠陥住宅訴訟の被告〜訴訟戦略〜【松井】

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 消費者法ニュースNO.79 2009年4月号で紹介されていたのでここにメモ代わりに。
 和歌山地裁平成20年6月11日判決です。
 「欠陥住宅の建替費用損害」とあります。
 「海岸寄りの埋立て造成地に建てられた木造軸組み住宅が、地盤の状況を調査することなく漫然と支持地盤に立脚しない不相当基礎をつくられたために不等沈下したもので、取り壊し建替えるほか相当補修方法がないとして、・・・新築代金3000万円を大幅に上回る損害賠償が認められた事例」とあります。
 大阪高裁に控訴されているのかどうかは不明です。
 原告の訴訟代理人は、欠陥住宅訴訟で著名な澤田和也弁護士です。
 で、ふーんと思ったのは、被告が3名だということ。
 どういった3名なのか。


 主文は、被告らは、原告に対し、連帯して3828万1000円を平成7年5月8日から支払済みまで年5分の利息もつけて支払えというものでした。 
 判決が20年6月なので、13年間分の利息だけでも、2500万円ほど発生しています!
 
 で、こんな法的債務が認められた被告は誰なのか。
 設計施工請負会社、担当建築士、そして請負会社の代表取締役個人でした。
 注文住宅において、請負会社や設計施工管理を頼んだ設計士を被告として責任を問うことはよくあります。
 本件では、請負会社の代表取締役個人の責任追及もしていたわけです。


 なぜか。
 だいたいにおいて、責任追及するといっても会社には資産がない、でも社長個人には資産がある、あるいは会社だけだと破産して逃げられてしまうといったことが往々にしてあるからです。
 
 で、理屈はどうか。
 

「被告Cは、被告会社の代表取締役として、欠陥のない建物を建築して損害賠償義務等を負うことのないようにすべき忠実義務を負っているというべきである。
 しかるに、被告会社は、建築基準法令に適合しない本件建物を施工したものであり、建設業者にとって、建築物の設計、施工にあたり、建築基準法令を遵守することは、基本的な義務であるから、被告会社がかかる義務に違反したことについては、被告Cに重大な任務懈怠があったと認めるのが相当である。
 したがって、被告Cは、原告に対し、旧商法266条の3第1項に基づく損害賠償責任を負うというべきである。
 
 また、被告Cは、被告会社の代表取締役として、建築基準法令に適合する建物を建築し、顧客に提供すべき義務を負っているにもかかわらず、これを怠った過失があるから、民法709条の不法行為責任も負うというべきである。」

 そうです。契約上の責任だけでなく、契約がない場合についての規定である不法行為責任も問うていたのです。そして裁判所はこの原告の主張を認めて、上記のように判示しています。


 法的な責任を追及するといっても、実質論、現実論として誰を被告とするのか、またその際、法律論として、時効や除斥期間等との関係でどういった法律構成を立てるのか。
 大事な訴訟戦略となります。
 たぶん弁護士によっては、上記の場合、代表者個人までは訴えない人もいるのではないかと思います。
 法人と個人の概念にとらわれて。
 でも、実質論、現実論からすれば、会社だけ訴えてももぬけの殻で、勝訴判決をもらってもそんな判決書はただの紙っきれで、実質的な被害回復、損害の金銭賠償はまったく得られないということもありうる以上、誰を被告とすべきか、そして誰を被告と出来るのかというのは大事な事柄であって、ここが弁護士の頭の使いどころだと思います。

(おわり)
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 当ブログの記事等を読まれ、ご自宅建物等のことでご相談をご希望される方は、私も参加しています非営利法人建築問題研究会(NPO ASJ)の相談をまずはご利用されることをおすすめします。
 http://npo-asj.com/consul/index.html
 次回相談会は6月6日土曜日です。

 経験豊富な、一級建築士と弁護士がペアになって相談対応させていただきます。しかも、NPOなので相談料は1回90分程度で3000円という破格!の金額です(弁護士事務所に相談にこられたら60分1万円(税別)は相談料を要しますので・・・)。
 相談会の開催日が月1回というのがネックではあるのですが。しかも相談担当員は少数先鋭ということで、毎回6組ほどの相談しかお受け出来ないというのがネックなのですが。
  
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May 08, 2009

忌野清志郎さん、亡くなる【松井】

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★5/11追記 
 高校のとき、清志郎さんのコンサートに一緒に行ったその友人からメールが!
 葬儀のときの写真も送ってもらいました。。清志郎ウサギ。涙が出てきます。
 順ちゃん、ありがとう。エルビス=コステロはまだまだ元気だよね!
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 「OK」。

 「ドカドカうるさいR&Rバンド」を何度も何度も聞いていました。中学生のころ。
 貸しレコード屋なるものが出来はじめたころで、いろいろなレコードを借りてはカセットテープに録って、なんどもなんども聞いていました。そんなうちの一つに、RCサクセション。
 

 高校生になると、友人と名古屋にRCサクセションのコンサートにも行きました。そのときのコンサートのポスターを部屋に何か月か貼っていました。
 当時、仲井戸麗市さんも確かソロ活動を始め、ストリートスライダースの蘭丸さんと麗蘭を組んだりと大活躍だったRCサクセション。
 

 5月、忌野清志郎さんが亡くなりました。
 58歳。
 一つのことを何年も何十年も変わりながら、変わり続けずにやり続ける。本物だったと思います。
 
 60歳を前にして、あの格好にあの歌。10代のときと同じ、ステージに立って歌う。
 Stay foolish  という、スタンフォード大学の卒業式でのスティーブ=ジョブスの言葉が頭に浮かびます。


 最近、ジャニーズ事務所の「嵐」のドームコンサートのDVDやパフュームの武道館公演のDVDを観る機会がありました。

 映像が始まった数秒で、観ていたパソコンの画面から大きな波動を受けたような衝撃でした。
 音と光とその動き。演出。
 嵐もパフュームも、尊敬してしまいます。

 これだけの人数を前にしてステージに立って、スポットライトを浴びて、マイクを握って、歌って、振り付けをうけて踊る。それも5人、3人が動きをあわせて。
 脅威的です。
 なぜって、自分は絶対に出来ないからです。
 単純に格好いい!
 若さって美しい!
 
 ただ、今になるとふと思います。
 60歳を前にしても、パフュームはパフュームであり続けるのか、嵐は嵐であり続けるのか。ステージに立って、歌って踊るのか。
 Stay foolish ?
 
 自分はどうだろうか? 14歳、17歳、そのままのバカでいてられるのか? 「バカな行動」は難しくっても、少なくとも、単純に感動できるバカではありたい。10代のときのように何かに熱狂的になることはもう少なくなっていても。

 14歳、挫折したベースギターでももう一度、手にしてみようかしら。

(おわり)

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May 01, 2009

人のせいにしない逞しさ〜西原さんブログ〜【松井】

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 漫画家西原理恵子さんのアメーバブログの存在をつい最近知りました。
 http://ameblo.jp/saibararieko/
 安らぎます。
 以前からあったHPの鳥頭はあまり更新されていなかったのですが、このブログはほぼ毎日更新、しかも写真入り。西原さんもがんばっています。


 いいことが書いてありました。
 負の思い出に対する対処法、呪文の言葉。

 「許す。ゆるして、ゆるして、ゆるして、ゆるしまくる。これ楽。」


 事件解決の極意ってこれだと思います。
 難しいことですけど。
 遺産分割でいえば、問題は、単純に考えれば、親などが遺してくれたホールケーキの分配方法です。切り分け方の問題です。
 それが紛糾するのは、相続人らの間で、平等に分けるのは不平等だという主張が出てきたときです。

 で、なぜ不平等だというのかというと。
 それは結局、過去のあのとき、このときがどうだったという話が出てきたときです。

 心当たりがあるときはその指摘を受入れればいいし、心当たりがないときは受入れない。
 また、指摘する方も、言いがかりなのかどうか、それに対して自分はどうなのか、自分の胸に手をあてて考えてみる。
 それが出来ない人、頑な人が登場すると、解決しません。
 

 西原理恵子さん、「エチカの鏡」というテレビ番組にも先日、登場していました。
 最後の方しか観れなかったのですが。
 「あなたにとって漫画とは?」と訊かれて、「私のお店です。」と言い切っていた姿が格好よかったです。

 商店街のお店のおばちゃん、おじちゃんは、客が来ようが来まいが店は閉めない、まず店を開ける。これが基本。といったことを言っていました。たぶん、続けるということ、描き続けるということなんだろうと思います。


 我が実家を省みてもそのとおりです。
 シャッター商店街になった四日市駅前の諏訪ライオン通り商店街。通行人、お客がなくても、父や母は今もシャッターを開けて、店を開けています。
 ゴールデンウィークに土曜日、日曜日。わたしも法律事務所を毎日、開けていられるなら開けていたいのですが、種々の問題がありそれはできません。
 ただ、気持ちはそういう心構えです。


 以前、大問題になりましたが、とある上場企業の社長が、「休みが欲しい、休みが欲しいというのなら、会社を辞めたらいいんだ。」といった発言には、当時、実は共感する面がありました。
 労働基準法は当然、守るべき法律ですが、自分が自営業者という意識があったら、休みたい=存在の否定になります。当時のあの社長は、働くときの心構えを言ったのだと思います。それが言葉の表面だけが一人歩きしてしまった。

 以前、大橋に、あの社長に共感するといった話をしたら、それが自営業者、雇用主と雇われる側、労働者の違いなんだよ、と言われました。
 ただ、思うに、雇われる側であっても雇う側と同じ意識で働くことが出来たなら、またきっと違うと思うのですが、それが一番難しいことなんでしょうね。
 わたし自身も、勤務弁護士のときの気持ちと、経営弁護士になってからとではやはり違いますから。一応、1年目でも自分の名前を出して仕事をしている弁護士でもそう。
 経営者になると、やはり経費が気になるようになしました(苦笑)。経営者になって見えてくるもの、経営者じゃないとどうしても見えないものってあるんだと思います。


 西原理恵子さんブログがどうして安らぐんだろうと考えるに、自分で稼いで食っていくんだ!という気概が感じられるので、ああ、自分はまだまだ生っちょろいと反省し、ふっと肩の力が抜けるからかと。
 西原さんは、なにものにも甘えず、自立しています。何が悪い、あいつが悪いといった、自分の不幸を人のせいにしたりしていない。そういう姿に心安らぐんだと思います。
 一言でいうと、逞しさ!
 会社が悪い、経営者が悪い、相手方が悪い、裁判官が悪い、弁護士が悪い、依頼者が悪い。
 人のせいにしても物事、何も解決しません。
 受け入れ、自分で出来ることを自分で実行し、前に進んで自分の人生は自分で切り開いていく、逞しさ。
 誰も憎まない、誰も恨まない。

 りえぞお、格好いいです。やはり。

(おわり)
 
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April 30, 2009

遺産分割事件の長期化を回避するには〜「審判事項」と「訴訟事項」〜【松井】

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 足掛け10年近く争ってきた遺産分割調停事件がついに調停成立で終わりました。
 この事件を振り返って、遺産分割事件の長期化を回避するための要因がいくつか浮かび上がります。
 

 まず長期化の要因になりがちなこととして挙げられることは。
 ・遺産の範囲についての争いの有無。
 ・裏表的な面がありますが、特別受益の主張の有無。
 ・収益物件の存否。
 ・相続債務の存否。
 ・相続人が多数か否か。
 ・ゴネ得を狙う相続人がいるか否か。
 ・就いた代理人弁護士が依頼者に法的にあるべき債権債務を説明、説得できるか否か。
 だと思います。


 長期化の一因として、わたしの能力不足があったのかどうかということも考えました。
 ただ、この件は、相手方がああだった以上、どんな弁護士が就いても同じ経過を辿らざるを得なかっただろうと考えます。担当している他の事件でこんなに解決まで長期化した事件はまったくないので。

 金額的に看過しえない特別受益を否定し、遺産の範囲を巡って訴訟をせざるを得なかった。
 そのために、最高裁判所まで争い、2年を費やした。
 また、特有財産についても所有権の帰属を巡って話し合いでの合意ができず、やむをえず別途裁判をせざるをえなかった。
 遺産分割調停申立てについて、申立て、取下げ、訴訟、申立て、取下げ、訴訟。そして3度目の調停申立て。
 本来なら最初の訴訟の際、一挙的解決を図るべきところ、当事者の楽観的なものの見方とまだ他の相続人に対する信頼を持っていたこと、何よりも訴訟に要する費用増加の問題から、二度に渡る訴訟になってしまいました。
 

 訴訟事件の長期化の構造的な一番の要因は、「訴訟事項」と「審判事項」の乖離だと思います。
 
 当初、調停では、ここで種々の事柄、相続債務の弁済方法や賃料の収受、テナント物件の管理などについても一挙的に解決しようとします。本来、相続発生後の事柄であり、遺産分割の審判となった場合は、審判事項ではありません。つまり家庭裁判所は判断してくれません。訴訟で争ったらと放り出されます。
 ただ、審判手続き前の調停手続きにおいては、だいたい皆、当初、言いたいことを言います。
 そこで、皆がいい人だったらきちんと合意に達し、無事に調停成立となります。
 しかし、そうでない場合、紛糾するだけです。

 調停不成立、審判手続きに移行したとしても、審判では解決されません。
 そこで、別に訴訟が起こります。さらに争いとなっている事柄が、遺産の範囲を巡る争いであったり、相続人を巡る争いであった場合は、調停申立ての取下げを促されます。
 そのまま審判手続きに移って家庭裁判所の審判官が審判を出しても、「既判力」というものが上記の事柄についてはないので、別途、訴訟で争おうと思えば争えるからです。だったら、審判をしても無駄じゃん、ということで、地方裁判所で裁判して解決してきてから、家庭裁判所にまた来てね、ということになります。
 こうして、第一次調停申立て、第二次調停申立てという事態が起こってきます。


 前にもこのブログで書いていたと思いますが、相続問題といっても結局は、財産の帰属を巡る争いであって、婚姻だ、離婚だ、養子だといった本当にその意思が問題となる「親族」問題とは異なります。
 だったら、いったん地方裁判所にいった事件については、特に、遺産の範囲を巡る争いや相続人の範囲を巡る争いについては、そのまま、他の遺産も確定させて、地方裁判所の裁判官が遺産分割もしてしまえばいいのにと思います。
 和解期日を3回までは入れることにして、それでだめなら、審判ならぬ判決で遺産の帰属を決めてしまえばいいのにと。
 こういった事柄で裁判をしているような相続人の関係で、また家庭裁判所にもどっても調停で話がつく確率の方が低いわけで、審判になるのであれば審判を出すものとして、判決で帰属をきめちゃえばいいのにと思います。審判と同じように判決することなら可能なはずです。
 
 そうすればこの10年かかった遺産分割事件も5年で解決できたと思います。
 相続事件の解決が長引いて得する相続人って、本当はいません。相続人皆が一様に損をするだけです。早く解決できていたときに比べて。

 代理人に就く弁護士にも、迅速に解決しようという意気込みが必要です。それがないと、いくらでも長期化させて皆を損させることが可能です。
 いっさい妥協しなければいいだけですから。
 どんな提案があっても答えは「NO」。あるいは、合意する意思があるふりをして協議に応じつつ、まとまりそうになると、やはり「NO」。これで他の相続人を振り回せば、長期化は簡単です。
 
 グーグルの広告で、「相続事件は弁護士で変わる!」という広告が出ています。
 そのとおりだと思います。どんな代理人弁護士が就くかも大きいです。早期解決できるか否かは。


 相続事件の長期化の要因は、複合的です。
 そういう意味では、10年以上争われているケースって実は少なくはないとは思いますが、皆が本当に不幸だと思います。これを法的になんとか出来ないのか。いつも思います。
 
 紛争の長期化を避け、問題を解決するのに一番重要なこと。 「解決する意思」だと思います。ここに温度差があるとまず間違いなく長期化します。
(おわり)

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April 26, 2009

サントリー黒烏龍茶の「周知性」と「著名性」【松井】

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 判例時報09/4/21号で紹介されていた東京地裁の裁判例です。
 サントリーが、「黒烏龍茶」の真似をしたな等ということで「黒濃烏龍茶」等といったパッケージ商品を製造、販売等した業者を相手におこした裁判です。


 昔、関西の小さな小さな事業者のもとに東京の弁護士名義である日、内容証明郵便がとどきました。 お宅が使っている店名は不正競争防止法に反する、その店名を使うな、と。会社は神戸の会社でした。
 びっくりした経営者の方は、法律事務所に相談に来られ、わたしが担当になりました。
 曰く、この店名は真似をしたものではない、神戸のそんな会社は名前もしらない、これこれこういう思いでこの店名にしたんです、と。
 当時から数年後の今では、宣伝広告にも力をいれたようでその神戸の会社の会社名も知る人は知るといった感じになっていますが、当時、わたしが確認したところでもあまり知られたものとはいえない状況でした。店名の選び方、その店名の意味の経緯からしても、「不正競争」だとは認め難い要素がいくつかありました。
 そこで、対決姿勢を全面的に打ち出した内容証明郵便で反論を行いました。

 一つ簡単にいうと、「あなたの会社名って、あなたが思っているほど知られてはいませんよ。特に、この地域やこの職種においてはなおさらね。」といった内容です。
 刑事事件で、検察官が、公判を維持できない、有罪判決はとれないかもしれないというときは、嫌疑不十分を理由として不起訴処分とし、逮捕をしても、裁判をしないことがあります。
 このとき、相手方は、結局、訴えを起こしてくることもなく、また再度、なんらかの通知も送ってくることもなく、そのままこの件は終息を迎えました。裁判をしても勝てない、つまりこちらの反論をそれなりに受入れたということです。

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 で、サントリーの「黒烏龍茶」。
 やはり損害賠償請求等をするにしても複数の法律上の根拠をたて、結果的にいくつかは否定され、いくつかは認められて、数百万円の損害賠償責任が認められています。
 ただ、その裁判所の判断過程において、不正競争防止法上の「周知性」と「著名性」の有無が検討され、黒烏龍茶の商品表示について、平成18年5月売り出し、同年7月の時点で、「周知性」はあるけど、「著名性」はなかったと判断しています。
 「著名性」が認められるかどうかで、不正競争防止法2条1項1号の「不正競争」の定義で必要とされる「他人の商品又は営業と混同を生じさせる」という要件が不要になるかどうかという違いが出てきます。
 次のように判示されています。

 

ある商品の表示が取引者又は需要者の間に浸透し、混同の要件(不正競争防止法2条1項1号)を充足することなくして法的保護を受け得る、著名の程度に到達するためには、特段の事情が損する場合を覗き、一定程度の時間の経過を要すると解すべきである。
 

 結局、サントリー黒烏龍茶は、新聞広告、テレビ広告などで、販売後2か月げ周知性は有しているが、短期間で著名性も獲得しているとの特段の事情も認められないので、当時まだ著名性はなかったと判示しました。


 法律って、厳密で、面白いなとも思うのですが、ときどきなんだか重箱の角をつついているだけでばからしいなという気がすることがないでもなく。
 ただ、一方当事者の訴えを認めるか否かということは、他方当事者の権利等を制限するかどうかということにもつながるわけだし、条文もそのように丁寧に利益衡量を図って要件を定めているわけだから、これくらいが丁度いいんでしょうね。

 でも実際、使う側となると、著作物性もそうだけど、紛争当事者としては、裁判になって裁判官に判断してもらうまでは、「周知性」があるのか、「著名性」があるのか、よく判断できないというのもなんだか法律っぽいなと思います。

 数量で、Xが10を超えたら「著名性」あり、5までだったら「周知性」、5もないようなら「周知性」もない、といった風に法律の要件て定義できないところが面白いところでもあり。

 ただ、訴えられた方はたまったもんじゃないなということもあると思います。
 そんなとき、双方に弁護士がついて、共通言語で検討し、裁判の見通しについて見解が一致するというのが提訴前の解決として社会経済的にも最善なんだろうなと思います。
 わたしが以前担当させてもらった上記のケースのように。事業者も、注意しながらも安心して本来の業務に専念できます。無駄な訴訟が一つ回避される。
 東京の弁護士さんと共通言語でコミュニケーションがとれてよかったです。内容証明郵便1通ずつのやりとりでしたけど。

(おわり)
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April 25, 2009

自分に「てこ入れ」【松井】

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 小山薫堂さんの特集がテレビ番組でやっていました。見るともなく見ていると。
 「勝手にてこ入れ」という言葉を仰っていました。
 世の中、いろいろなことに出会ったとき、自分ならこうするという発想を常に持っている、自分で勝手にてこ入れをしちゃうという話です。
 また、カメラを持ち歩いているということで、ホテルなどに泊まったときは朝、カメラをもって近所を散歩する、と。
 「カメラ」という道具をもつことによって、探し出そうという意識が強まり、行動が変わるといったことも口にされていました。
 「カメラ」という「道具」を持つことによって、撮るという行為に前のめりになり、空白を埋めようとする「てこ」が入るのだと思います。


 最近、自分にいくつか「てこ入れ」しました。
 思考パターンを変えることが出来れば、行動パターンも変わり、劇的に変わることが出来るのでしょうが、なかなかそうはうまくいかないので、「道具」を使って自分に「てこ入れ」です。


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 1つ目
 パソコンのキーボード です。
 成蹊大学の教授、人気ブログshiologyで著名なshioさんおすすめのキーボードです。
 前からshiologyでは絶賛されていたのですが、見た目もなんだかピンと来ず、これにはなかなか感性がひっかかりませんでした、正直なところ。
 しかし先日、吉祥寺にあるshioさん研究室を訪問させていただく機会があり、その際、実物を触らせてもらいました。
 違う!
 キーボードでこんなにパソコンに文字を打ち込む感情が違ってくるのかと驚きでした。
 なんだか楽しいのです!
 思うに、靴のMBTシューズを履くとなんだか楽しくなってやたら歩きたくなるのですが、それと同じ回路です!つまり、ドクター中松のジャンピングシューズなのです。
 キーボードをパチパチ打っていて、楽しい、つまり、「打ちたくなるキーボード」だったのです。
 皆さん、これはぜひお近くのお店で実物を打って試してみてください。
 キーボードってよく考えたら、この仕事をしている限り、ペンのようなものです。2万円だす価値がありますので。


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 2つ目
 万年筆 です。
 そうです。まさにペンです。これもshioさんが持っていたセーラーの万年筆、長刀研ぎです。
 書きやすさ、そのすべらかさに、私のこれまでの万年筆に対する偏見(一部を除く。もちろん、いいものも使わさせてもらってはいましたが!)が吹っ飛びました。
 実際、お店に足を運び、さらに試し書きをすると。
 本当は、お店にはついでだったので見るだけ見てよく検討しようと思っていたのですが、試し書きすると、自分の手から、「わたし、この万年筆がいい!」という声が聞こえてきました。不思議な感覚です。
 これは買わないときっと後悔すると思い、「これください。」と言って、買ってしまっていました。
 で、セーラー万年筆、長刀研ぎ。
 
 これがまたやはり、書きたくなるペン、なのです。
 打ちたくなるキーボードに、書きたくなるペン。


 道具によって自分に「てこ入れ」です。
 仕事をしながら、楽しい、幸せな気分に浸れます。
 
 モノ好きの方なら、この気持ち、分かってくれるはず。
 
(おわり)
 


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April 22, 2009

うわあ!上野千鶴子教授がやってくる!【松井】

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 つい最近、遥洋子さんのベストセラー「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」の文庫本を読んでいました。
 実は、発売された当初、通勤途中の梅田のブックファーストにならんでいるのを見かけ、表紙につられて当時、読んでいました。でも中身で覚えていたのは、ハーブティーがリラックスとしていいこと、くらいしかありませんでした。

 それが先日、宇都宮に出張に行った際、地元で開業している同期の弁護士に遊んでもらったところ、その同期は、大学の博士課程に入っていて、今、論文で泣いているという話を聞いたところでした。それだけじゃなくって、その指導教官である大学教授がいかに頭が切れるかといった話も聞いて、刺激を受けていました。触れば切れるような優秀な人に触れる、接するというのは、すごくいい刺激になります!
 それで、遥洋子さんが上野千鶴子教授に鍛え上げられた話である「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」を思い出し、でも初版で買ったものは既にブックオフだかに売り飛ばしていて手元になかったので、改めて文庫版を買って読み直したところでした。


 で、読み直したところ。ああ、言葉ってこんなに刺激的だったんだと改めて思っていたところでした。

 それが、なんと!
 大阪の全弁護士に配られたチラシが私の机の上に。
 
  

講演会開催のご案内 「ジェンダー概念と法」
  〜目からウロコのジェンダー論〜 
  話題の社会学者 上野千鶴子氏が縦横無尽に弁護士の「仕事」を斬る!!

 ああ、これは絶対に行かねば!
 すぐに参加申込をFAXしました。

 今、上野千鶴子さんと言えば、「おひとりさまの老後」の方が有名かもしれないけど、90年代以前、もっと有名な本がいくつかあります。それ以降でも、やはり第三者の視点で上野千鶴子さんの鋭さを描いた遥洋子さんの本は秀逸だと今回、読み直して改めて思いました。

 その上野千鶴子さんを生で見られる!
 もう気分はミーハーです。
 ああ、本にサインが欲しい。差し出したら怒られるかな。
  
 このミーハー気分。ワクワクします。
 「弁護士の『仕事』を斬る!!」いったいどんな風に斬ってくれるのでしょうか。楽しみです。
 大阪弁護士会に入っていて良かったと心底、思えました。
 企画されたかた、GREAT JOB !

(おわり)  
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April 21, 2009

いま相続事件を担当するなら【松井】

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 いま、弁護士であれ、そうでない人であれ、相談者の相続に関する問題を担当するのであるなら、この2冊は必読文献だと思います。


 「遺産分割の手順と方法」はもう10年以上前の本ですが、実際に家庭裁判所で審判官を担当された裁判官が、当時の遺産分割事件の現状、問題点を分析したものです。
 超実務的です。
 「相続にの一人が『ゴネ得』を狙っていた事例」といった小見出しが並びます。

 そしてこの3月出版されたのが「判例民法10」です。相続の条文の逐条解説ですが、この10年ほどの間の最新の最高裁判例がフォローされており、裁判例中心の条文解釈書です。
 この本の名宛人は実務家弁護士、とあの超有名な元司法研修所長官加藤新太郎裁判官が記しています。


 逆にいうなら、この2冊を読まずして、遺産分割に関わるのははた迷惑なのではないかと思います。高速道路を使って最速で相談者を目的地に案内できるところ、時速30キロのスクーターに乗せて連れて行こうとするようなものだと思います。遅いし、危ないし、何よりもはた迷惑です。
 自分でも、いまいちど精読したいと思います。周りに迷惑をかけないように。
 自分がスクーターに乗っているときに限って、周りが逆に気を遣ってくれているから、自分が周りに迷惑をかけていることに気づかないものなので。気をつけないと。周りがイライラしていることに気づかずにのんびり機嫌良く走っちゃったりして。

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April 19, 2009

映画「MILK」を観ていろいろ考えた【松井】

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*「七夜待」のチケットが上着のポケットから出てきました。梅田の「ブルク7」、好きです。長谷川京子、演れば出来る。


 先日、封切りされた映画「MILK」を観てきました。レイトショー。「スラムドック・ミリオネア」とどっちを観るか悩み、「MILK」を採りました。
 で、観ながら、またとりとめもないことをいろいろと考えました。
 以下、メモ代わりにここに。

・アメリカの選挙の制度、政治の制度、条例・法律の制度が分からないと楽しめない。
・選挙、投票って、やっぱり戦いであり、それはお祭り。
・優秀な参謀が必要。
・演説が出来れば、それでOKか?
・お笑いが大切。
・攻撃されたら、かわす。
・敵を作らないように、恨みをかってはいけない。
・つき合う相手を選ぶ。
・アメリカって、やはり独立宣言の国か。
・日本はどうだ、憲法か。
・表現の自由ってやっぱり大事。
・脚本がいまいちだよ。
・アン?だったかは、なぜ優秀な参謀たり得たのか。
・なぜ皆ハーヴェイのもとに集まっていったのか。
・ショーン=ペンは素晴らしい俳優。
・ガス=ヴァン=サントは何を言いたかったのか。
・なぜ殺害を決意したのか。
・ハーヴェイは本当に誠実な人物だったのか。
・嫌悪感の根拠って、本当に合理的なのかを突き詰めないと。
・考えないって、怖い。
・群衆って、すごいパワー。
・ゲイであることのカミング・アウトって人に唆されるものなのか。
・憲法21条を読み返したい。
・アピールって大事。
・叩きのめすだけじゃなくって、希望を。
・カリフォルニア州の同性婚OKってどうなったんだろう。
・希望を与えるということ。
・弁護士って人に希望を与えられる?空手形?
・選挙って、人間の本質をうまく突いた制度かもしれない。
・演説できる人とそうでない人との違いは。
・オペラっていいのか。
・身近な人を大事にしないと。
・ジャックって何だったの?
・40歳からでも人生って変わる。
・銃規制ってどうなってる。
・「ありがとう」の電話っていいな。
・「邪悪」って言葉は、曖昧。
・攻撃性。何が人を突き動かすのか。
・78年の出来事。なぜ、今なのか。なぜもっと前じゃなかったのか。
・ほんの20年前30年前。日本はどうだ。

(おわり)

追記 そういえばと思い出したこと。
 昔、司法修習生のとき、今はなき「黒田ジャーナル」での勉強会だったかに参加したとき(友人が勤務していて誘われました。)、そのときの勉強会のゲストが、当時、レズビアンであることをカミングアウトしたという大阪の高校の先生だったことがありました。で、確か、このときMBSの記者の方も参加していて、後日、その人を特集した深夜のドキュメンタリー番組も作成されていたはず。 
 そのときの話で、なぜわざわざ自分のセクシャリティを公表しようと思ったかという話を思い出しました。 
 ある日、いつも配達担当をしていた郵便局員さんの名札の名前が変わっていた。それまで日本名を名乗っていた人が、韓国名の本名を名乗り始めた。曰く、ここにこういう自分がいることを知ってもらうことが、自分で自分が生きる世の中を生き易くする手段になると考えたと晴れ晴れとした表情で語った。そのことがきっかけで、自分も、こういう自分がいることを職場といったまずは身近なところで公表しようと思った、ということで、まずは職場だったかで公表した、ということを語っていたように思います。
 また、違う話ではあるけど、弁護士の方で、夜、ご飯を食べに行く時も、飲みに行く時も、常に上着に弁護士バッチを付けている方がいらっしゃって、なぜ外さないんですか?因縁を付けられたりするだけじゃないですか?と心配で尋ねたことがありました。
 曰く、世の中、弁護士にちょっと相談してみたいことがあるけど、周りに弁護士がいない人がいっぱいいる、そんな人に対して、夜の飲み屋であっても、弁護士バッチをつけて、ここに弁護士がいる、お役に立てるよ、ということがアピールできたら、それは世の中の役に立つことではないか、ここに弁護士がいるということを知ってもらうために常に弁護士バッチをしているのだ、ということを仰っていました。
 弁護士にしても、何にしても、「身近な存在」でいるかいないかということは、大きな問題だと思います。まあ、このブログも、ここにこんな弁護士がいます、何かお役に立てるかもしれません、という「弁護士バッチ」の一つなんだと思っています。

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April 17, 2009

法人と個人〜取締役の責任〜 【松井】

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 法人と個人って、法律上は「別人格」という言い方をされます。
 これを利用して、会社をつくって、個人が責任を負わないようにする。この点、このように責任を分離することを認めることには積極的な意味があったりします。
 なんの為に法人制度が作られているのか。
 株式会社なら簡単です。株式という形でひろく出資を募り、お金を集めて、それを元手に商売をし、利益を生み出し、株主には配当をして利益を還元する。取引行為はあくまで会社が、法人格をもって取引の主体となり得るようにする。
 そうすることによって個人のお金と会社のお金を分離する。
 そうすることによって、万が一、会社が背負ったその負債を返済できない状態になったときでも、個人の方、出資した人、運営していた人には原則、とばっちりがいかないようにする。それが、法人と個人は別人格、ということです。
 会社を潰せばそれで、おわり、です。法律上は。ただ、実際は、経営者が会社の借入金の連帯保証人にならざるをえず、なっていたりするから社長も破産、というケースがほとんどなだけで。
 会社にお金を貸していた人、売掛金のある取引先、その会社に出資していた人、みんなの債権は全額戻ってくることはありません。破産手続きにおいて配当が数パーセント出ればましなほう。


 こういった法人の人格の制度は、これを悪用するという人も当然、出てきます。
 たとえば、いまのは、個人/法人というものですが、法人/法人というパターンも出てきます。すなわち、会社運営をしながら、自分の会社にとばっちりがこないように別法人を作る、あるいは事実上、支配して、汚いことは別法人にやらせるというやり方です。
 そして何かトラブルがあったとき、自分や自分の法人Aは何も関わっていません、悪いことをしていたのは別法人のBなんです!というやり方、逃げ方です。


 裁判所がこんなの認めるわけがありません。
 ただ、こういうことを考える人は頭のいい人で、しっぽをつかませないようにいろいろと工夫しています。親族でも何でもない人をB会社の代表取締役に据えたりして、事実上のB会社としての活動の痕跡を残します。
 何かあっても、B会社がやったことだ、悪いのはB会社の代表取締役だ、と逃げます。
 
 が、しかし。
 司法修習中、東京地検の特捜部で脱税事件などを担当されていた検察教官が仰っていました。
 「脱税には『たまり』が必ずある。」
 ごまかすようなことをしても、それはあくまで「ごまかし」なので、必ずどこかにその「ごまかし」の痕跡としての「たまり」が出てくるという話です。
 書類でも、人の証言でも。その人の行動の結果がどこかに現れて、「たまり」として形になります。

 これを探し出し、収集し、証拠として法廷に出す。
 証拠から見えてくる実態は、法人格の濫用の実態。
 法人/法人 だからといって杓子定規な判断を裁判所はしていません。


 法人/個人 でも同じです。
 個人の人が、それは法人の行為だから、取引相手はあくまで法人だから、といって逃げ切れるとは限りません。
 旧商法は266条の3という条文をもうけていました。
 会社法は、429条として、役員等の第三者に対する損害賠法責任を定めています。
 

429条1項 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

 「取引の当事者は法人だから、代表取締役個人の責任の追及はできないよ」という回答は、不正確です。

 例外的な場合を想定し、その要件を満たす事実の有無を精査すること。弁護士としては当たり前のことがらだと思います。
 その代表者の責任追及が出来ないという結論に何か違和感を感じるというとき、その「違和感」の理屈を突き詰めるのが弁護士の仕事だと思います。
 「違和感」が大事だと思います。
 「できませんよ、あきませんよ」というのは、簡単。場合によっては、自分の無知の吐露、技術力がないことの自白を意味します。
 頭を常にフル回転させていないと!違和感センサーが鈍ります。
 そのためには、リラックスが大事。
 ニコちゃんマークでリラックス。
(おわり)

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April 15, 2009

全体を見る、ということ〜弁護士の「仕事」〜【松井】

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 先日、平成9年、司法修習生の時代にお世話になった指導教官と久しぶりにお会いしました。
 当然、修習時代の話になり。
 今だから分かるけど、当時は、必死に頑張りながらも仕事としては全然、ダメダメでしたという話をしました。
 右も左も分からない、要は全体が分からないから、だからこそ無駄な動きをいっぱいしてしまう。
 それが実務を何年か経験すると、大橋のブログ日記ではありませんが、事件、紛争のだいたいの解決のしどころ、落としどころのようなものが見えてきます。頑張るべきところ、敢えて頑張らないでおく方がいいところ。
 そういったことが、経験がないと、全体が見えないため、そこを頑張ったらかえって事件の解決が遅くなるというところに必死に時間をかけたり、不必要に肩の力の入った処理、動きをしてしまうのです。
 それが、働きだして何年かすると、ものごとの緩急がなんとなく分かってきます。働きだしても、今思うと、5年目くらいまではただ単にがむしゃらで青かったなと思います。勤務弁護士であり、ボスがいたからこそ何とか仕事が出来ていたんだと思います。


 司法修習生のとき、それなりに必死で、修習生って大変だと思っていたとき、そんなことを指導担当だった方にエレベーターでの移動中、ぼやいたことがありました。
 すると、「いいわよ、修習生は。仕事じゃないんだから。」と言われました。この言葉が司法修習中、ずっと耳を離れませんでした。「仕事」って何だろう。
 そう。司法修習それ自体は、研修であって本当の「仕事」ではありません。
 「仕事」というのは、自分の全責任をかけて第三者と向き合うことです。
 弁護士でも、裁判官でも、検察官でも。法曹三者は、皆、自分の名前を出してその仕事をします。組織に所属しようが、勤務弁護士であろうが。

 裁判官 ●●●●、 検察官 ●●●●、そして 「弁護士 ●●●●」。わたしなら、「弁護士 松井淑子」です。


 仕事である以上、単なる自分の自己満足ではなく、依頼者の満足を獲得しなければなりません。結果が全て。そうすると。自ずと、全体像を把握して、今、これをすることに一体何の意味があるのか、どこにどうつながるのかということを常に考える必要が出てきます。
 自分の自己満足のために、依頼者の利益にならないことをしても、それは仕事ではない。

 裁判って、正直なところ、これは戦ってみたい、訴訟活動をして勝訴判決を勝ち取りにいってみたいと思うものがあったとしても、そのことで、100を取りに行って0になる確率が低くはないのであるなら、60で収めるというのも依頼者の利益を考えたらあり得ることです。
 なんでもかんでもイケイケドンドンで裁判をするのって、弁護士の仕事としてはあり得ないと思います。
 結局、それは、そういったリスクを説明したうえで、それでもということになるのかどうか。これは、当事者の方の判断、決断になります。
 弁護士が、「訴訟にしましょう。」「訴訟にしたらどうですか。」ということはまずないと思います。

 どうしてもそうせざるを得ないとき、解決のためにはそれしか選択肢がないときだと思います、訴訟になるのは。交渉を蹴って、訴訟を受けてたつときも。
 とりつくしまのない態度って、損です。まずは交渉のテーブルにつかないと。逃げても物事の解決って、あり得ないです。
 訴訟になったらどうなるのか。全体を見て、先の先の先を見て、判断して欲しいと思います。その方の利益のために。
 まったく不合理な要求であれば、放っておいて、訴訟してもらってそこで片をつけるという選択肢ももちろん、ありますが。


 まあ、どういうことかというと。相手に弁護士さんが就いているときは、就いているときこそ、ぜひ弁護士さんにご相談を、ということ。
 自分のことに関して、自分は弁護士ではない以上、訴訟で代理人活動を経験したことがない以上、それを「仕事」にしている弁護士に比べたら、「先の先の先」が見えた判断はなかなか出来ないですよ、ということです。
 結局、損する可能性が大です。結論が出てから弁護士に依頼しても後の祭りです。
 相手方の方であっても、最後、その結論が見るにしのびないときがないわけではなく。調停のとき、こちらが提案した案にのっていればもっとましだったのに、と。

 遺産分割の審判決定が出てから、即時抗告審で弁護士に依頼しても、ひっくりかえることはそうそうないですよ。
 交渉段階、調停段階で弁護士さんに相談、依頼されていれば、もっと利益になる合意が得られたのに、ということが多々あります。
 その提案がどういう意味をもつかということが、全体が分からないので、適切と思われる判断できないのだと思います。
 感情、意地だけで動いたりということがよくあります・・・。

(おわり)

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April 12, 2009

比べるからよく分かる 【松井】

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*中之島のバラ園。いったいいつ工事が終わるのでしょうか・・・。


 分譲マンションの理事長をしていますが、以前、述べたように、管理会社のよしあし、業者のよしあしについては、比較の視点があるかないかが重要だと思います。
 仕事柄、過去、分譲マンションの管理会社、あるいは理事会、住人などに関する事件を何件か担当させてもらったことがあったので、ひどい管理会社なども見ていますし、もちろん良心的な住人に親身な管理会社というのも見ています。
 ただ、わたしのマンションの他の理事の方などはもしかしたら、比較の視点がなくて、今のレベルがどうというのがよくわからないかもしれません。
 つまりは、比べて、初めて自分が相対するその対象の位置づけ、評価が出来るということです。


 工事、業者などについては、相見積が大事だ、相見積をとるのは当たり前だとはよく言われることです。
 相場、標準といったものが、単独ではよく分かりません。それが、比べることによって奥行きが見えてくるのです。
 で。
 たぶん、弁護士や医師もそうなのだと思います。
 
 最初に会ったその人がベストなのかどうか。
 分かりません。
 なかなか比べられないからです。初めて弁護士に相談するとなったらなおさらです。
 最初、紹介を受け、相談し、依頼したらその人に頼むのが当たり前、他の人に改めて相談すると申し訳ない、悪いという感情が働くのだと思います。
 でも、医師の世界では、セカンド・オピニオンというものが取り入れられる、受入れられるようになってきました。
 実は、弁護士の世界も実はそうなってきているのを実感します。
 初めて相談するかのように相談に訪れられた方が、実は弁護士への相談は3人目だったということがありました。
 やたらと関心し、よく分かったと感動した素振りであり、おかしいなと感じていました。中身ではなく、ホワイトボードを使って手続きについて説明をしたり、先の先の先まで説明したり、証拠の評価について説明したり、説明を受けるというそのことそのものに感動している様子だったからです。
 別れしなに訊きました。
 苦笑いをしながらおっしゃいました。実は、弁護士3人目の相談だったと。他の前の二人の弁護士と、私の説明の仕方、内容などについて比較されていたのです。

 これを不愉快に思う弁護士さんもいるかもしれませんが、わたしは別に構わないと思っています。
 なぜか?
 私が相談者であれば、たぶん同じだからです。相談者が弁護士を試すこともあると思います。
 知人から紹介を受けた弁護士さんでも、不審に思う、いまひとつ信頼できないと思ったら、別の弁護士さんにあたってみます。
 それが、当たり前だと思います。選べばいいのだと思います。自分が信頼できると思える弁護士を。あわないと思えば、無理にそこで依頼することもありません。
 弁護士も、その能力、人柄が比べられる時代なのです。
 そのことを肝に銘じておかないと。
 弁護士が相談者、依頼者を選ぶのと同じように、相談者、依頼者も弁護士を選ぶのです。
 「羊たちの沈黙」という映画であったような。「闇を覗くものは、闇からも覗かれているのだ」、と(ちょっと違う?)。

3 
 弁護士3年目くらいのとき、勤務事務所で既に担当させていただいていた事件の依頼者の方が顔をあわせるなり言ってきました。
 「先生が言ってたとおりでしたわ! 市役所の無料法律相談の弁護士さんも同じことを言ってましたわ!」
 無邪気に言われ、「ああ、そうですか。そうでしょ。言ったとおりでしたでしょ。」と言って、苦笑いをするしかありませんでした。
 言った説明を信用されてもらっていなかったんだとがっくりしましたが、でも、そのことをさらっと言ってくれるだけまだ信頼関係はあるんだと思いました。大阪、大好きです。率直です。豪速球です。
 
 弁護士の使い方なんで、それくらいでいいんだと思います。
 依頼者が、弁護士の機嫌、顔色を見て、言いたい事もいえない、気を遣って訊きたいことも訊けないなんて本末転倒だと思います。
 ただ、まあ、人間なんで、不躾な言動をとられると普通に頭にくることはあります。それが、依頼者であれ、相手方であれ、弁護士であれ、裁判官であれ。ただ、まあその感情をどうコントロールし、行動にどう反映させるかはまた別の問題。
 自分が相談、依頼をする場合でも、耳に心地いい話だけをして、リスクの面を説明してくれないのはそれはそれでまた疑問が沸き起こります。
 有利な点、不利な点、証拠の状況、これから取り得る方策、手段、相手方の行動パターンを見据えての今後の見通し、特に、最悪の事態はどのような事態か。
 やっぱり説明ですね。
 で。
 判断、選択をするのは、自分。弁護士は所詮、代理人です。
 結果を背負うのは自分です。

(おわり)
*お好み焼き、うどん、粉もの、大好きです。LOVE 大阪。
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April 11, 2009

ブログの効用〜出会いに感謝〜【松井】

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*K様からいただいた綺麗なお花です。なんと!手作り!!ありがとうございました。気持ちが和らぎます。美しいものを目にすると。やはり、美って潤いです。 裁判所に爆弾を投げ込もうかと思ったこともありますが(思うのは自由?!)、それよりも花束を投げ込んだ方が効果があるかも。

 弁護士がブログを書くことの意味合いはいろいろだとは思いますが、私がはっきりと実感するブログの効用が一つあります。
 それは、良い人が相談に来られて、良い人が依頼されていくということです。
 私自身が「この方は??」と思うような人は相談にも来られません。


 知人などからのご紹介であっても今時、まずはその弁護士がどういう人物なのだろうかとたいていの方は事前にネット検索して情報収集をされています。
 その際、うちの事務所のこのブログを読み、合わない、この松井弁護士はいけすかない、と思われる方はその時点で相談には来られないのだと思います。
 逆に、それでも相談に来られる方、来ていただける方というのは、ある程度、良い印象をもって来ていただいているのではないかと思います。
 
 引寄せの法則、と言われるものがあります。人は自分に似た人が好き、というもの。
 類は友を呼ぶ、というのも同じだと思います。
 
 おかげさまで、よい相談者の方、よい依頼者の方と出会わさせていただいていると思います。
 感謝です。

3 
 事件が終わるとき、それは依頼者の方にとって喜ばしいことではあるのだけど、もうこれでお会いする機会はないのかと思うと、ちょっと寂しくなるときも正直なところあります。
 訴訟代理人の依頼を受けている場合などは、1年、2年のおつきあいとなります。交渉ごとの依頼であれば、早ければ2、3か月です。
 出会いがあれば、別れもある。
 春ですね。

 まあ、普通に考えたら、世の中、弁護士などとつき合う機会はなければないほうが幸せということなんだろうとは思いますが。コントロールすべきやっかいごともない、ということで。
 便りがないのがよい知らせ、とはいうものの、以前のあの方はお元気だろうかとか、あの会社は今、順調なんだろうかなど、ときどき昔の依頼者、担当者の方々の顔を思い浮かべています。
 
 そしてまた不思議なことに。そのように思い返していると、その方から、新たなご相談ごとの電話がかかってきたりします。そして数年ぶりに再開を果たしたり。
 ご縁って、不思議です。
 2002年9月に独立してこの数年あまり、本当に嫌な相談者、依頼者の方というのはいらっしゃらず、わたしは恵まれていると感謝しています。
 邪悪なものを寄せ付けない力を持ち続けないと。日々、精進です。正直なところ、途中、辞任させていただかざるをえなかった件もありましたが、それは私がまだまだ至らなかったのだろうと思います。
 この数年、そういうこともなく、ご相談者、依頼者の方々との出会いは本当に恵まれています。日々、是感謝です。
 ご縁のあった方々が、その後、より一層ご活躍し、ますます幸せになれたらいいなと祈っています。
 そして事件の相手方であった方も、より幸せに。
 関わった方、皆が、前よりも一層ハッピーになればいいなと思っています。
(おわり) 
*今日のお昼の公園は、皆、幸せそうでした。桜の力って凄い!
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April 10, 2009

自分で自分を不幸にする人 【松井】

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 弁護士、裁判官はもちろんだけど、裁判所の書記官さん、あるいは弁護士事務所の事務員さんなどでも、世の中で働く人として、損するタイプ、自分で自分を不幸にしているのではないかと思う人はたまにいます。
 それはどういうタイプか。

 自分の悪感情を露骨に出す人です。
 つっけんどんな電話での対応、いらだちを隠さない話し方。
 防御の姿勢で固くなっている対応。

 そういう人と接すると、結局、その人自身が損するだけで、可哀想だなと思います。
 そういうタイプの人が、自分が正しいという振る舞い方をして攻撃的な態度に出ながら、結局、自分の方が間違っていたというとき、態度が豹変したりして、そんな様子を目にするとこれまたなんだか物悲しくなります。


 人間、よく出来た人は、ムカっときたり、イラっと来たりするときこそ、穏やかにリラックスして丁寧に人に接します。
 また、基本的にはいつも愛想よく、笑顔で、接する人を安心させる雰囲気を醸し出します。
 人間なので、激するときはあるけど、それをそのままに他人にぶつけるかどうかはまた別の問題。自分を律することができるかどうか、人間の器が問われているのだと思います。

 世の中、いろいろな人がいます。
 それをまた楽しもう。
 この仕事、ワイドーショー好きが向いているのかもしれません。距離をおいて人を見れないと、身がもちません。
 
(おわり)
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April 09, 2009

判断ミス 【松井】

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 今年のある医学部の卒業式、演台に立った方が卒業生となる若い医師の方々に仰ったそうです。
 「大事なのは、逃げないこと。」
 医療ミスをしたかもしれないというとき、患者やその家族から、逃げないこと、これが一番大事だという話をされたそうです。逃げるから、なんでもなかったことでも医療過誤訴訟にまで発展したりしてしまう。


 弁護士も、同じだと思います。
 なぜあんな判断をしてしまったんだろう、なぜ間違ったことを言ってしまったんだろう、なぜこの間違いに気づかなかったんだろうということが、あります。
 そういうとき、主張すべきことは主張しつつも、間違っていたということは間違っていたとして謝るしかありません。逃げても事態がよくなることはない。
 怖いけど、直面して、もしそれがミスであるならばミスと認めるしかない。

 そんなとき思うのは。人生、生きている限り、取り返しのつかないことはないということです。
 この点、医師は弁護士などよりも数倍も百倍も過酷だと思います。医療過誤での死亡事故を思うと。
 
 以前、ある検査結果を見落としたため、患者の方が亡くなられてしまった事件を担当したことがありました。主治医はとっても若い医師でした。和解の席に同席し、ずっと俯いたままでした。ご遺族に対し、最後に謝罪の言葉を述べました。
 でも亡くなられた方はもどってはきません。
 遺族の方々が辛いのはもちろんですが、医師も一生、背負っていかねばなりません。
 

 専門家としての判断ミスで多くの人々に迷惑をかけてしまいます。余計な紛争が一つ、増えてしまいます。
 「弁護士」という肩書きの社会的な信用性の重みを今一度、よく確かめ、弁護士の不注意、判断ミスによって、依頼者はもちろん、関わる人々に余計な迷惑をかけることのないよう精進したいと思います。
 相談案件の一つ一つの重みをよく噛み締め、最後の最後まで気を緩めずに。

 本当に、交渉ごと、訴訟、和解は、最後の最後までに何があるか分かりません。依頼者に対する責任はもちろんですが、そうでない相手方や関係者に対しても、法的な責任はなかったとしても社会的な責任は、あります。
 弁護士として11年目、慎重に慎重に慎重に、行動したいと思います。
 
 「命を削って 命をつなぐ」の医師ではありませんが、6時間寝てますが、我が身が細る思いです。この10年で最大5キロ増、今で2キロ増程度ですがストレス太りで、まったく細くなっていません。今年、本当に激痩せするかも。
 判断ミスって、怖いです。今まで、文字通り怖いもの知らずだったかも。
 そうです。あっちも悪いんじゃないの?!という思いはありながらも、でもやはり私のミスだろうという事柄があり、即、報告し、頭を下げ、関係先に走り回り、何よりも他の関係者の方々のご協力もあり、なんとか事なきを得るケースがありました。
 でも。安堵もつかの間。一難去ってまた一難。泣きたくなりますが、最後までちゃんと責任を負って、逃げずに向き合います。胃をギュウウうっと鷲掴みにされたようで、吐き気がしますが。
 お祓いに行こうかな・・・。

 昔、知り合いの年上の方に言われたこと。「ゴルフのスコアをごまかすような人間は、仕事のことでも他の些細なことでも何でもごまかすよ。」。その当時、まだ司法修習生で本当の社会人経験ゼロだった私は、そうか、そんなものかと思って右から左へと聞き流していたのですが、働き出してみると、これが社会の真実だろうということを実感するようになりました。
 1つ嘘をついてごまかすと、他のこともまたごまかして嘘をつく。そして、何が真実だか分からなくなる。
 怖いです。

(おわり)
 
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April 04, 2009

足掛け10年 ~わたしがバカでした~【松井】

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 平成8年9年の司法修習時代、検察教官から言われました。
 「簿記の勉強はしておいた方がいいよ。でも、3級程度で十分。」
 東京地検の特捜部で脱税の事件なども担当された教官でした。
 その方が、簿記を勉強したほうがいい、でも3級でいい、という。だったらそうなんだろうと、当時、馬鹿な私は言葉をまにうけ、平成9年10年に簿記3級だけ受験し、合格しました。
 大阪での実務修習中、その日の修習先をあとにすると、いそいそと専門学校に向かいました。で、3級合格10日間コースを受講し、修習の合間にせっせと問題集を解いて、3級は難なく合格できました。
 で、そのまま一気に1級くらいまでを勉強すればよかったのにと今なら思うのですが、馬鹿な私は言葉を間にうけ、そのまま3級でストップして簿記の勉強を止めてしまいました。


 平成11年、弁護士登録して働きはじめると、すぐに気づきました。会社の社長さんと会話ができない!簿記、会計、税務の知識が全然違ったのです。
 これはまずいと思い、また同期の皆も多くがそう思ったようで、税務の勉強会などを開いたりはしました。
 しかしインプットの勉強なんてまずは一人でやるもの。なかなかうまく掴めませんでした。
 しかしまずは簿記の2級をと考え、受験申込はするものの、勉強せずじまいで受験日に欠席といことが2回ほど続き、そうこうするうちに日々の業務をこなすのに精一杯となって、いつの間にか簿記会計税務の体系的な勉強からは離れていきました。


 そうこうするうちに平成14年9月、思うところがあり独立して大橋と二人、今の「大阪ふたば法律事務所」を設立しました。充実していはいましたが、焦りがありました。
 簿記会計税務をやり残している。

 そしてある日。
 「ついに、そんなものが出来たのか!」と町で看板を見かけたとたん、入学願書を入手しようとしていました。平成18年8月。関西学院大学大学院会計専門職大学院。こうなったら思い切って時間とカネをかけて自分を追い込むしかない。取り憑かれたように、願書、面接を受け、入学を決めました。
 そして平成19年4月、10年近く前の簿記3級の知識のままに入学してしまいました。

 まわりは、上場会社で経理を担当されている方や、バリバリの現役税理士の方、あるいは23歳の商学部を卒業した公認会計士試験の受験生ばかり。
 皆さん優しかったです。アホなわたしが分からないところを教えてもらうのはもちろん、文献を探してもらったり、レポートを見せてもらったり、ときには家庭教師のように個別に問題の解き方などを教えてもらいました。
 法人税、地方税の計算の仕方、原価計算の手法、連結会計、国際会計基準などなど。そして監査のための監査基準論や公認会計士倫理なんてものも。簿記試験の受験にさく時間もなく、目の前の課題を必死でこなしました。
 平成20年9月、なんとか単位を取得し、卒業できました。

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 そして。
 この2月。
 ようやく簿記2級を受験し、10年かけてようやく合格。
 アホみたいですが、感慨深いです。
 会計専門職大学院を卒業して、簿記2級ってどうよ!?というのもあるので、次は1級を目指したいと思います。
 そう。そもそも簿記2級は、入学要件だったんです・・・。入学面接の際、試験管の公認会計士の先生から言われていました。簿記2級はとっておいてね。
 わたくし。本末転倒に近いものがあります。
 10年前、わたしが馬鹿でした。
 せっかく勉強するのに、この程度いい、なんてものはこの世の中にないと思わねばならなかったのです。3級でいいと思ってしまったために、それが呪いの言葉のようになってしまった。
 馬鹿でした。

 もうすぐ5月、今年の公認会計士試験の短答式試験ですね。皆さん、がんばってください!!
(おわり) 
 
*大学院を卒業できたことより、2級に合格したことの方が嬉しいです。10年前に積み残してきた荷物をやって回収できたような思い。人生であとやり残していることは・・・?
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April 03, 2009

めまい〜まだ10年〜 【松井】

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 大阪弁護士会には7つの「会派」というものがあります。「親睦団体」と以前、新聞では表現されていました。そうなのか?
 大阪だけで登録弁護士数千人。この会員の意思をまとめていくには大きすぎます。そこで会派。一番大きい「春秋会」という会派で現在、確か500人台です。

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 こうした各会派で会報というものが定期的に発行され、全会員に配布されています。一応、全てにパラパラと目を通すのが習慣になっています。
 この春。わたしや大橋といった司法修習51期は、登録後満10年を迎えます。期というのは、司法試験に合格し、司法研修所に入所する年度で区切られます。51期は平成9年入所、平成11年3月卒業です。
 確かこの51期は750名ほどいて、100人程度が裁判官、100人程度が検察官、その他は弁護士登録をしているものがほとんどです。
 この51期が、「弁護士満10年」ということで、ある会派の会報で何人かの同期がこの10年を振り返ってのエッセイのようなものを載せているのを見かけました。


 同期、10年といっても、当然、みな思う事は人それぞれだな、ふーんと思って読んでいました。
 パラパラと頁をくっていくと、「20年を振り返って」「30年を振り返って」というコーナーの表題が目に入ってきました。
 同期のエッセイを読みながら、10年を振り返り、なんとなく重いものがどっと乗かっているような気がしながら、でもこの10年、無事に今に至っているという安堵感も感じていたところ、さらにまだ10年、さらには20年があるとは!
 この先の遠路を思うと、つい、めまい、がしました。

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 ときどき、精神的にも肉体的にもあと何年この仕事を続けられるのだろうか、果たして気力、体力を維持できるのだろうかと考えるようになっていました。
 アラウンド・フォーティーです(笑)。
 
 ただ、先日、医師として働き続けながら3人のお子さんを育てられた50代の素敵な格好いい人生の先輩とお話しをしていて、わたしが「あと何年、今の調子で働けるのか」といった話をしたところ、「そうそう、わたしも40代のころはそう思ってたわよ。」「ヨシコちゃん、今度、こういう番組があるからこれを見たら。」と笑いながら言われました。

 「命を削って 命を助ける」

 NHKの「プロフェッショナル」での今度の特集のタイトルだそうです。40代の男性医師の方を取り上げるようで、その方の働きっぷりを紹介しているようです。つい先日、たまたまこの男性医師の方とお会いして話をする機会があり、今度のこの番組のことを知ったとのこと。
 実際、現場では、この医師の方は、睡眠3時間で、患者のためにと働いているということです。
 文字どおり、自分の命を削って、人の命を助ける。

 アラフォー女性弁護士、まだまだ甘いですね。知人の医師の方もそれを言いたかったのだと思います。
 睡眠7時間、ときに8時間。まだ、自分の命を削ってというほどではありません。

 でもなんとなく、野垂れ死にするような思いがしたり、ジャングルの中のゲリラ戦でどろどろの地面をいつ敵に襲われるかという恐怖の中、真っ暗闇をどろまみれになって恐怖心と戦かい匍匐(ほふく)前進しているような気分がしたり。

 でも。
 こんな気分は、きっと「甘え」に違いないと思います。「プロフェッショナル」じゃないですね。
 がんばろっと。
  
(おわり)
*会派。ちなみに私は、春秋会に所属。一昨年、7人の常任幹事の一人をさせていただき、さらにはその中で庶務会計を担当させていただきました。会派、大阪弁護士会、日本弁護士連合会という各組織についていろいろと考えることができました。外から考えるだけじゃなくって、中に入って見て考えるというのも大事ですね。見えていないことがいっぱいありました。まだあると思うけど。
 自分の属する業界も、そこだけ見ていたら大変なようでも、広く社会の中のでみたらもっと本当に大変なことはいっぱいあって、まだまだ恵まれているんだと思います。
 日々、感謝!

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April 01, 2009

4月1日、新年度【松井】

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 今年ももう4月。四半期が過ぎました。
 4月といえば、日本では年度始まりですよね。
 年度始めといえば、裁判所などでは人事移動で、係属している裁判の担当裁判官が代わったりします。なので、3月の期日のときは、たいてい裁判官に対し、「異動しますか?」と一応確認しています。
 なかには自ら、「次回期日では担当裁判官は代わっていますので。この経緯の引継ぎメモはちゃんとしますから。」と仰ってくれる裁判官もいます。
 担当裁判官が「代わってラッキー」と思うこともあれば、「ち、残念。代わらないのか。」と思う事もあります。いろいろ。


 「月刊大阪弁護士会」という会報では「司法記者クラブの窓から」という新聞記者らによるもちまわりの連載記事があります。
 3月号。
 「ある刑事裁判の弁護士に無罪判決を得る条件を尋ねたところ『優秀な弁護人は当然だが、加えて裁判官、検察官、被告人、証拠、そして運、この全てに恵まれていることが条件』と返ってきた。」
 として、今後の裁判員裁判制度について毎日新聞の記者の方が語っています。

 優秀な裁判官と優秀ではない裁判官。
 優秀な弁護人と優秀ではない弁護人。
 優秀な検察官と優秀ではない検察官。
 皆、それぞれ、裁判官であり、弁護士であり、検察官です。

 これが現実です。
 

 優秀か否かって、自分が決めることじゃなくてまわりが決めることです。
 だから、その「まわり」の者として裁判官を見ます。
 
 今度の担当裁判官は優秀だろうか、どうなんだろうか。
 
 このサイトで担当裁判官の氏名は確認できます。
 1
 http://www.courts.go.jp/osaka/saiban/tanto/minji_tanto.html
 事件が裁判所に係属すると、ここを必ずチェックしてい、担当裁判の名前を確認し、情報を集めます。
 優秀な方の場合、優秀だと言う噂があり、そうでない場合は特にどうという噂もなく、酷い場合は酷いという噂が流れます。
 
 でも裁判官がどうあろうが、訴えがあれば、和解じゃない限り、普通は、「認容」か「棄却」となります。
 勝者がいて、敗者がいる。
 勝てば「弁護士が優秀だったんだ」、負けたら「裁判官が酷かった」、なんていう訴訟代理人弁護士はさすがにいないとは思いますが。もし負けたとき、自分は優秀な弁護士じゃなかったんだと思うしかないかと思います。何が欠けているのか。夜も眠れません。
 
(おわり)

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March 28, 2009

裁判と執行〜一の矢、二の矢、三の矢〜【松井】

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*上海に行きました。嘘です。神戸三宮の中華街です。


 裁判制度を利用して訴えを提起する場合でも、提起された場合でも、判決が出てそれで終わりではありません。
 途中、和解で訴訟が終了ということもありますが、その合意内容として、当事者間でのお金のやりとりがあるときは、和解の席で現金のやり取りがされたりということがあります。また分割や、和解後の後日の支払であっても、第1回目の支払から履行されないということはめったにありません(たまにあるようですが・・・。それだと代理人弁護士の信用が傷つきます。曰く、あの代理人との間では和解をしても履行してもらえないかもしれない、信用できない、と。)。
 つまり和解だと、裁判所で和解調書を作成し、その後、その中身が履行される確率が一般的には高いのです。
 なぜか?
 和解って、合意です。双方が妥協しあってのうえでの紛争解決です。裁判所のテーブルは借りたけど、自分たちで合意点を見いだしてこんな紛争、とっとと解決しちゃいましょ、というものです。
 屈辱的な和解、全面勝訴的な和解といろいろな和解の位置づけがありますが、基本は「合意」です。当事者の「納得」です。
 だから。
 始めから約束を守る気がないままに合意するというのはまさに詐欺ですが、そうでなければたいていの一般的な良心的な人、会社は、約束を守り、履行してくれます。


 ところが、判決だとどうか。
 裁判官が決めたものです。
 さんざん、自身の言い分を主張したが裁判所が認めてくれなかった、あるいは認めてくれた、いずれにしろ、原告 VS. 被告の構造のなかで、くっきりと勝者と敗者が現れます。
 敗者はなっとくするのか。
 裁判所の判断だから仕方がない、戦って言い分を主張立証しつくしたけど認めてもらえなかった。
 結果、1000万円を原告に支払えとの判決が出された。
 原告の代理人に振込先を教えてもらって早速、1000万円を振り込んでしまおう、と行動する人は多いでしょうか、少ないでしょうか?
 
 そもそもそんなお金はないよ、裁判所が払えと言ってもないそでは振れません、と開き直られたらおしまいです。
 地獄の果てまで追いかけるのか否か。
 

 判決を得ても紛争は終わりではない。そんなときもある。
 だからこそ。
 訴訟を提起する、宣戦布告するという場合、判決後のことまで考える必要があります。
 今は財産ありそうだけど、訴訟をして確定までに2年かかってその間、相手の財産が散逸、費消され、とるものも取れないという状況に陥ったりはしないだろうか。
 あるいは、内容証明を送る、提訴をするにしても、相手に紛争状態を知らせた時点で相手が財産を隠すのではないか。
 勝訴判決をとっても文字通り、「絵に描いた餅」です。判決書きなんて紙っきれです。
 
 裁判にしても、内容証明の送りつけにしても、宣戦布告をする前に、相手の資産状況、相手の行動パターンなどをよく検討し、押さえておくものを押さえておく。
 それが、「仮差押え」「仮処分」といった保全手続です。
 訴え提起の前に、相手方のめぼしい財産に対し保全処分の申立てを行い、裁判所が理由あり、必要性ありと認めてくれれば、1週間もせずして裁判所の命令により、相手方の財産に対し、法律上、動かせないような措置がとれます。
 これで安心して、1年、2年と裁判できるってものです。
 ただ、これは相手方にも相当の不利益を与えかねないので、担保をつまねばなりません。
 
 とりっぱぐれてただの紙切れ判決を得ることを極力さけるためには、担保をつむ余裕がある限り、またこの手続きを別途弁護士費用を払って行う余裕がある限り、相手方にめぼしい資産があってそれが散逸するおそれがある場合は行うのがベターです。
 判決確定に1年、2年とかかろうが、これで安心して訴訟を行うことが出来ます。
 相手は、ないそでは振れないなどと開き直ることができなくなります。
 また、うまくいけば、保全処分を受けた相手は、その財産が痛いところをつかれたような場合、早期解放のため、合意での解決を求めてきて、裁判にいたらずに合意で解決することもあります。


 相手に、最初の「一の矢」を放つときは、次の「二の矢」、「三の矢」を考え、依頼者に説明・提案するのが弁護士の仕事だと思います。
 担保をつむ金銭的余裕がないというようなときは、判決が紙っきれになるリスクを十分理解してもらうことになります。
 また、相手が財産の名義を親族名義にしていたり、法人名義と代表者名義と異なることはありますが、そこで形式論でへこたれていては弁護士の名がすたります。
 「どうしたら認められるか」「なんとかできないか」とひねり出すのが人間弁護士の腕の見せ所だと思います。
 形式的に法律の要件にあてはめて、「出来ません」というだけならわたしが司法試験受験生のときでも弁護士業は出来ると思う。

 そうそう。「勝訴率100%の弁護士」になるのは簡単。負ける可能性がある事件は全て断って、受任しなければいいだけです。
 依頼者の方が戦いたいというのなら、やるだけやってみたいというのなら、「駄目かもしれないけど、認められる可能性が皆無ではないなら、こちらに正義があると思えるのであれば、力の限りやれるだけ一緒にやってみよう。」。
 自分が相談者だったらこういう弁護士に事件を依頼したいです。
 こちらの話を聞かず、はなっから駄目、無理といった言葉を簡単に使うような弁護士には頼みたくない。
 自分が相談者なら、「逃げたな。」と思います。
 だから。
 いつも、いつまでたっても、弁護士業をやればやるほど常に怖いけど、逃げないようにしたいと思います。

(おわり)
*事務所スタッフ川上さんのお誕生日でした。いつもありがとうございます!川上さん、美濃さんといったスタッフの支えなしでは事務所はまわりません!
淀屋橋ティカールのチョコケーキです。美味しい!幸せでした。
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 つぶやき。
 ケーキ職人は美味しいケーキを作る事で人に幸せを感じてもらう事が出来て、たぶんそれがきっと自分の喜びにもなるんだろうけど、弁護士ってどうなんだろう。うまくいったときは依頼者の方と一緒に喜べるけど、うまくいかなかったときが辛すぎる。力及ばず申し訳ありませんでしたと言うことしか出来ない。そして、傷口がそれ以上大きくなることがないよう、ダメージを最小限にできる方策を一緒に考えるだけ。例えば、支払方法の交渉など。辛い。所詮「代理人」であって、無力といえば無力。というか、無能。

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March 24, 2009

取材記者の人【松井】

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 まわりには取材記者、取材を仕事とした友人、知人が何人かいます。
 皆、わたしにはないものを持っており、そばにいるといつもいろいろと刺激を受けます。


 先日は、宇都宮に出張に行った際、A新聞で取材記者をしていた同期の弁護士に宇都宮で遊んでもらいました。
 話しかける、話しかける。
 餃子屋のおばちゃん、バーのお兄ちゃん。
 気さくに、気軽に話しかけます。
 さすがです。尊敬します。
 
 また翌日は、超有名新聞記者・黒田清さんのもとで記者生活を始め、現在は四国の新聞社で取材記者をしている友人と某イベントに出かける機会があり、数か月ぶりにいっしょにご飯を食べました。
 話しかける、話しかける。
 道行くおばちゃんが片手に、インコを入れた鳥かごを持って割烹着姿で歩いているのを見かけると、「おもしろい!」と思ったようで、「鳥のお散歩ですか?」と見ず知らずの人に突然、話しかける。
 さすがです。尊敬します。取材モードです。

 そういえば。テレビ局の制作部で働く友人も、常に取材モードです。


 仕事モードで必要があれば、知らないお店に飛びこんで聞き込みのようなことでも何でもしますが、普段、仕事モードじゃないときは、基本、私は自分から知らない人に話しかけるということもなくじっと静物として過ごしています。
 しかし、取材記者の血が流れている人は、いつでも、どこでも、取材モード。
 端でみているとなんてエネルギッシュなんだと尊敬します。
 
 なんのオチもない記事ですみません。
 たまにはこんな私生活、友人・知人の話もいいかと思って。


 弁護士が弁護士の仕事モードで普段の日常を生活を過ごしたとしたら、たぶんきっと、「悪しき隣人」です。
 無理も理屈で押し通そうとしてしまいます。で、はっと我に返ってそんな自分がイヤになったり。
 例えば。
 アフォガードがメニューになくっても。エスプレッソとバニラアイスがメニューに載っていたら、出来るはず!と勝手に考え、店員さんに、暗に「出来るはずでしょ。」と有無を言わさず話しかけ、押し通そうとします。
 以前、そうやって何度かお店でメニューにないものを頼んだことがあり、これではいけないとその場その場の掟に従うように心がけています。ついつい理屈で、こうあるべきだ、こうあるはずだ、と考え、現実を変えてしまおうとしてしまいます。日常生活でこれをやると「悪しき隣人」。わたしだけ?反省。
 もっと単純に、明るく好奇心旺盛に!
(おわり)

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March 19, 2009

理事会の苦悩〜マンション住人〜【松井】

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 暮らしているマンションの理事長になって早2年目。
 持ち回り当番で理事になり、あみだくじで理事長になってしまいました。
 
2 
 毎月1回、理事会を開いています。
 マンション管理会社のフロントの方もきて、依頼している業務の月々のお金の入りと出の報告などをしてもらっています。
 で、思うこと。
 毎月、定期的に管理組合のお金から出て行くお金があります。
 それが、1万円程度だったり、6万円だったり。もちろん管理会社へのお金も毎月数十万円。
 で、思うこと。
 これって、果たして適正価格なんだろうか?!ということ。

3 
 マンションがらみの問題でよくあるのは、大規模修繕のときのお金です。
 マンション管理会社ってそもそもの建設販売業者の子会社のことが多いです。
 そこで大規模修繕を担当する会社も当初の建設会社になることも多く、ただその場合の修繕工事費用!、これが、マンション管理組合の修繕積立金の残高とほぼ同じ金額だったりすることがあるとか、ないとか。
 つまり、財布の中を覗き込まれ、じゃあ、その有金(ありがね)全部で工事しましょう、というのと同じ状態になったり。
 工事の適正価格が基準ではなくて、管理組合の有金が工事代金とされたり。
 もっとひどいのだと、足りないから、各戸、30万円宛臨時に負担しないと足りないという話が管理会社から出されたり。


 これほどまでにマンション管理組合のお金って、食い物にされがちなんだと思います。
 食い物にされていても分からないのはなぜか。
 皆、自分たちのお金という意識が薄いことが原因だと思います。
 
 無駄なお金は一切はらわない、ぼったくりの目に遭わない。
 マンション管理組合の理事会って、苦悩しています。
 苦悩しながらも、それでも。
 私が理事をしながらなんですが、やはり仕事ではないので、どこか他人事的な感じがあってなかなかきっちりと金額の適正を根気強く確認する、業者をふるいにかけるということまで出来ません。
 一戸あたりで割ってしまうと大した金額じゃないということも大きいのだと思います。
 でも、「管理組合」から出て行くお金は小さくはありません。ここがミソかと思います。


 実際のところ、やはり何事も徹底的に「相見積」をとるのが一番なんだと思います。
 業者数者にプレゼンをしてもらったり。
 比較で決めるしかありません。
 
 ただ、これも。
 比較の対象があればいいんだけど、独占業者、他に代わる業者がいないとその業者のいいなりの値段になってしまいます。これってどうよ?と思いながら。たとえば、宅配用のボックスの保守管理費用。年間10万円以上を支払い、いったい何をしてもらっているのか。故障時の保険代というのには高すぎないか!?

 それに。
 日々の仕事をしながら、マンションのことのために業者に連絡したり、相見積をとるのというはなかなか時間的にも労力的にもしんどいものがあります。
 そのためにマンション管理会社があり、フロント担当者がいるんですけど、過去、マンションがらみの紛争を何件か経験するなかで、マンション管理会社も、いい会社もあれば、ゲっ!思いっきり食い物にしてるやん!というところもあるのを知っているので、いまひとつ信を置ききれていません。


 ただ、この考えでいったら、当然、弁護士に依頼、相談する人々も同じですよね。
 弁護士を比較検討。
 人柄、着手金・報酬金の金額、能力などなどなどなど。不快感を感じるか、好意をもてるか。
 相性ってものも当然あります。

 業者のプレゼンを経験したとき、中身もさることながら、担当者の方が与える個人的印象というものもやはり大きかったです。あ、ここはイヤだなと、しゃべる担当者を見て思ったり。なんなんでしょ。傲岸不遜な態度という印象を受けてしまったりすることもあります。本当は違うかもれいないのに。
 担当者が爽やかさんだからといって、仕事が出来るとは限らないことはもちろんなことも知っているけど。
 善だからといって、信はおけない。
 やはりどうしても、その人の顔、姿、服、声、話す内容、身振り手振り、すべてがその人を表すんでしょうね。
 それで、人はその人を判断する。

 でも。お金の話はシビアですから。
 理事会の苦悩は続きます。
 これを仕事とする本当に信頼できる人に委ねたいというのが本音です。そのための適正なお金なら払った方が、結局はかえって安いんじゃないかと。
 でも。独立系で管理組合の顧問なんかをやって食べているマンション管理士さんっているんだろうか。
 わたしはまだ過去、仕事上、いくつか管理組合や管理会社と関わっているので、そのときの経験で自分のマンションがどうかというのは比較できるけど、普通は、他の理事の方々は自分のマンションのことしか知らないだろうから、今の管理会社がどうなのか、種々の支払金額がどうなのかって比較できないだろう。
 そんなことからも、独立系で複数の管理組合の顧問、アドバイザーなどを努めるマンション管理士さんなどがいたら、非常に強みなんじゃないかと思うんだけど。

 あ、自分がやればいいのか。

 でも。アドバイスにお金を払うという考えがない人々がたぶん多数派なんだろうと思う。
 だから、マンション管理士の資格って、マンション管理会社の担当者の資格のようになってしまっているんだろう。それだけでは食べていけないんだろうから。
 でも。ああ、代理人に委ねたい、マンションの理事の仕事。
(おわり)
 
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March 12, 2009

「天国へ行くのに最も有効な方法」【松井】

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1 
 塩野七生さんの「マキャベリ語録」(新潮文庫、平成4年)を読みました。
 16世紀を生きたマキャベリの語録です。
 
 最後の一文。

 「天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである。」
 ー『手紙』ー


 紛争状態ってたぶんきっとある意味「地獄」です。
 紛争状態の進化系の裁判なんて、ある意味「ギャンブル」です。0か100か。100であっても場合によっては絵に描いた餅。2億円払えという判決が確定しても、ただの紙切れ以上の価値がなかったり。
 1審で勝って、2審で勝って、最高裁でひっくりかえったり。尋問後の和解勧試において敗訴の心証を裁判官から語られ、依頼者を説得したけど依頼者は敗訴覚悟で和解を蹴り、弁護士は横でうなだれていたら、結果、勝訴判決だったり。
 裁判手続きなんて「激流」に身を任せるに等しいという思いが頭を駆け巡ります。訴訟代理人は、激流下りの船頭さんです。
 
 そういう意味で、弁護士は、「地獄」の案内人ではないかと。地獄の住人ともいえるのではないかと。
 仕事場は「地獄」。地獄の中で弁護士ものたうちまわって、依頼者を安全な場所へと連れ出す役目。地獄の閻魔様、裁判官との駆け引き、勝負。
 弁護士はきっと、地獄を知っています。
 地獄へ行く道を熟知しています。
 
 だから。
 相談者、依頼者の方が、目の前でみすみす地獄に足を踏み入れることがないよう、なんとかくいとめようと、ことが起こるまえの事前のアドバイスをしたいと思うし、紛争状態となってからなら訴訟にいかずにすむようにと、交渉、調停での解決をと思います。
 交渉のときに大事なこと。
 想像力。大成しようが、しまいが。

 「軍の指揮官にとって、最も重要な資質はなにかと問われれば、想像力である、と答えよう。
  この資質の重要性は、なにも軍の指揮官にかぎらない。
  いかなる職業でも、想像力なしにその道で大成することは不可能だからである。」
 ー『戦略論』ー



 「天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである。」
 ー『手紙』ー

 天国へ行くのに最も有効な方法は、早めに弁護士に相談することである、と言い換えられるのではないかと思います。
 
 話し合いが決裂してからではなく、訴訟で訴えられてからではなく、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
 大阪弁護士会では、30分5250円での有料ですが、毎日、相談受付をしています(予約電話あり)。
 また弁護士も、「行列のできる法律相談所」がそうであるように、4人よったら二通り、三通りの回答があって、回答が皆一緒ではない場合もあります。人間なので、合う合わないの相性もあるかと思います。安くはないお金を払うわけですから、この人ならと思える弁護士にお金を払い、道案内を頼まれることがかえって安くつくということもありえます。
 
 弁護士がもっと上手に世の中で活躍すれば、世の中から裁判なんてもっと減るはずだと思います。弁護士は地獄への道を知っているので、地獄に行かずに済む道も知っているから。
 だけど裁判、増えている気がする。
 え?!これで裁判?! 話し合いで解決しえたことなんじゃないの!?なんてね。
 
 下手な遺言書や、遺産分割協議書って紛争のタネです。
 ため息が出ます。
 どこでもいいので、一度、弁護士に相談を。その弁護士をいまいち信用できなかったら、また別の弁護士に相談を。
 それでも、まったく弁護士に相談しなかった場合よりは、きっと益があるはずです。

(おわり)

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March 07, 2009

選択と決断【松井】

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 人の人生、会社の運命。
 全て選択、決断の連続だと思います。
 今日のランチ。うどんにするか、スパゲッティーにするか。
 京都への行き道。阪急にするか、京阪にするか、JRにするか。
 自分で選んだことだから、迷ったすえに京阪にしたら途中、人身事故があって40分遅れで、相手方のところに遅刻し、いきなり頭を下げなければならなかったとしても、自分で納得がいきます。
 自分で選ぶしかありません。
 自分の身に降り掛かったことは自分で受け止めるしかない。電車の中にとじこめられて、誰かが代わりに時間どおりに相手方のところに行ってやるべき仕事をやってくれるわけではない。頭を下げるのは自分しかいない。


 交渉合意か、訴訟か。
 判決か、和解か。
 控訴か、確定か。
 
 今の選択と決断が、未来において絶対的にOKなんて保証はまったくありません。
 訴訟にしたらもっといい条件がでるのか、もっといい判決が出るのか。
 弁護士は、答えられません。
 弁護士が判決を出すなら答えられます。
 しかし。法廷で判決を出すのは裁判官です。

3 
 こいうことを考えていると、いつも、ビル=クリントン大統領時代の財務長官、ロバート=ルービンの本のタイトルの原題を思い出します。

 「In an Uncertain World 」 確実なものはなにもない

 

 確実なものは何もない。
 その中で常に選択と決断を迫られます。

 依頼者の方に伝えられることは。
 あとで後悔しない選択を、ということだけです。
 ただ、そのためには、ありとあらゆる場面を想定し予測することが不可欠です。その場合の一番のポイントは。常に最悪の事態を想定するということです。
 その時、自分が後悔しないかどうかということです。
 
 ルービンさんもメモをいじくって書いて考えていたそうです。
 頭の中でもやもや考えて悩みつづけるより、紙に書き出すことをいつもおすすめしています。そうすれば多少は見えなかったものが見えてきます。
 
 私も、自分の人生、右に進むか左に進むかの大きな分かれ道だったとき、右に行ったらそのあとどうか、左に行ったらそのあとどうかと紙に書き出したものを眺めて決断しました。企業内弁護士になるかどうか。断りました(ご迷惑をおかけした皆様、申し訳ありません。)。
 そして。今があります。
 ときどき、1年に1回ほど、企業内弁護士として東京に行っていたらどうなっていただろうかと想像することがないわけではないけど、大橋と一緒に自分らの事務所を開いている今で良かったと思っています。本当にやりたいことしかやっていないので。
 
(おわり)
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March 06, 2009

独占禁止法と公正取引委員会【松井】

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 先日、大阪弁護士会の方で「公正取引委員会と大阪弁護士会との協議会」というものが開催され、出席する機会がありました。
 ここ数年、平成17年の独占禁止法の改正もあり、公正取引委員会の活躍が新聞の紙面を賑わすことが多いように思います。
 

 平成18年1月、「競争政策のグランド・デザイン」というものが発表されています。公取委の「今後の競争政策の運営方針」。
 その中では、「新規参入訴外行為への厳正な対処」というものが項目として上げられています。
 「IT・公益事業分野の競争制限行為及び知的財産権の濫用行為に迅速かつ厳正に対応し、市場機能の十全な発揮を図る」とあります。
 最近でいうと、あのJASRACに対する排除措置命令が頭に浮かびます。
 (JASRACといえば・・・⇒ブログ記事


 著作権の目的の話で、以前、当ブログでも触れた塩澤一洋教授の考えと、独占禁止法の考えって、どこかでリンクしているような、パラレルなような、頭の中がむず痒い(中島らも)思いがします。
 場の提供、ルールの提供。フェア。公正。そういったものの存在、価値を信頼するということ。
 うーむ。
 考え中です。
 にしても。独占禁止法が定める、優越的地位の濫用ってもっと使えそうです。
 何が嫌って、やっぱりフェアじゃないのが嫌な感じがする。


 弁護士業として個人的にやりにくいのは、相手に弁護士が就いていないときです。
 私は相手の弁護士ではないので相手の利益に注意する義務ってないんだけど、自分が赤子の手をひねっているような思い(弱いものイジメ)をするのは嫌なので、相手の人には弁護士に相談し、出来れば依頼するようにおすすめしています。
 仕事としても、多くの場合は弁護士同士の方がはなしが早いです。共通言語ではなしをすることができます(そうじゃないときもあるけど(怒))。

 こちらと対立しながら、でも敢えて弁護士に相談しない、依頼しない相手の方っています。費用の事情なんだとは思いますが、会社でも、個人でも。そんなときは、必要以上に注意します。やりすぎることがないようにと。あとで恨みをかっては紛争解決のもともこもありません。
 でも、そんな人に限って、うちは●●弁護士が顧問だとか、△△弁護士に相談しているなどと無意味に弁護士名を口にされたりします。でも、依頼していません。なんでなんだろ。
 そんなことで弁護士がビビると思っているんだろうか。かえって可哀想な気すらします。日本弁護士連合会の会長の名前を出されたとしても、「それが何か?」というのが「弁護士」です。相手方の代理人が元最高裁判事や大阪弁護士会の会長だったとしても、別にだからどうということはありません。刑事法廷に行ったら、相手方の検事や裁判官が修習時代の教官ということもあるし、民事事件でも相手方の代理人が修習時代お世話になった弁護士ということももちろんあります。でも、弁護士・検察官・裁判官は、たぶん皆、「それはそれ、これはこれ」として自分が果たすべき役割を果たそうとします。弁護士は依頼者の利益擁護のために活動します。
 じゃないとこんな仕事、そもそも出来ません。でも、世の中、そんな価値観がない人っているからこそ、上記のようなことを口にする人がいるんだろうと思います。へ?という感じです。

 弁護士が就いていなくっても、やるべきことをしない、法律上とおらない話をしてくるときは、やむを得ずですが徹底的にやらざるをえません。自分の適正な利益を守るために早く良い弁護士に依頼したらいいのにと思いながら。
 自分で崖から飛び降り濁流に流される人を助けてあげることは出来ません。一緒に飛び降りても、こっちは濁流下りを仕事にしているので平気です。
 あなたはプロじゃないんだから崖から飛び降りず、強がりはやめてそこから引き返したほうがいいですよと一応アドバイスしているのに、自分で走って飛び降りちゃう人は止められません。
 仕方ないなあと、紛争解決は相手があることなので一緒に崖から飛び降ります。
 で、濁流の中で助かるのはどっちか。それが、訴訟です。こっちは濁流下りを仕事にしているんです。
 濁流に飲み込まれたら、さすがに弁護士に依頼せざるをえない。

 もちろん、交渉段階で自分や担当者レベルできちんと交渉をされて、妥当な解決策をみつけ、合意し、紛争解決にいたることもあります。濁流に飛び込むことなく、自ら、崖の上から帰る道を見つけられる方です。こちらもほっと安堵のため息をつきます。お互いに良かった、と。濁流=訴訟って、弁護士は仕事だから平気だけど、依頼者の方もいっしょに濁流の波に巻き込まれるので余計な時間も労力も使うから。避けられるなら避けるに越したことはないと考えています。依頼者の方の利益のために。

(おわり)

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March 04, 2009

研修の講師〜消費者契約法ってマイナーかしら〜【松井】

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 先日、所属する大阪弁護士会消費者保護委員会の関係で、登録1年目の弁護士向けの研修の講師を担当しました。
 2時間で消費者契約法について説明するという趣旨のものだったのですが、まったく冷や汗ものになってしまいました。雨の中、わざわざ参加していただいた皆様、もっとよいものが提供できればよかったのですが、ごめんなさい。


 Apple社のプレゼンソフト、Keynote’09を初めて使いました。これがかなり楽しく、紙芝居を作成するかのようでした。これで当日、余裕のある解説ができると思いきや。
 会場でのデュアルディスプレイの設定が思うようにいかず、開始10分前の出来事で目の前が一瞬まっくらになりました。念のためにと用意していた、発表者ノートのプリントアウトシート。これで何とかことなきを得ました。
 一般の方向けに、分かりやすく講演や発表をするという機会は何度かあるのですが、同業者が聴衆というのは初めてで、しかも場所は弁護士会館。さすがにかなり緊張しました。
 無味乾燥に、要件、効果、裁判例の紹介、解説だけではなく、「おおっ!そうだったのか!」と思えるような事柄を二つや三つはお土産にもって帰ってもらえるように、また興味深く経験に即した事柄を散りばめようと思っていたのですが、いかんせん緊張。話そうと思いながら端折った事柄も多く。笑いをとるなんてことは夢のまた夢。


 ただ、いろいろな意味で良い勉強にはなりました。万が一にもここで自己満足に陥ると今後の発展がないので、全く駄目だったと考え、次に生かしたいと思います。ああすればよかった、こうすればよかったということが後からいろいろと出てきます。
 事前にいろいろとアドバイスをいただきました、S樣、K様、リハーサルにつきあっていただいたA様、ありがとうございました。

 「消費者契約法」。
 皆様、ご存知ですか?


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 一般向けに改訂したKeynoteのスライドを引っさげて、90分ほどで「0から分かる消費者契約法」というタイトルで講演します。ぜひお声を(笑)。
 尋問と同じで、やはり何事も場数を踏まないと!
 研修義務化の単位取得の関係で、この年度末、知り合いのベテランの弁護士が単位取得のために出席されていて、終わったとき、ニコニコと「分かりやすかったよ」と声をかけていただいたのが救いでした。ありがとうございました、K先生。
(おわり)

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February 23, 2009

楽しみ〜i mindmap for mac 【松井】

マインドマップの本家本元、ブザンさんの会社から、マインドマップ作成用のソフトの新しいバージョン、しかもMac用が発売されているようです。

さっそくアマゾンで注文しました。

楽しみです。

ささやかな楽しみを日常から見つけ出して生きていきます!

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「私の履歴書」〜Mの腹黒日記〜【松井】

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*昔、つかこうへいの「腹黒日記」という本があり、中学生のころ愛読し、多大な影響をうけたことを思い出して敢えて「腹黒」と言ってみました。アマゾンで見てみたら、もう売られていないんですね。持っていたあの本はどこにいったんだろう。実家からは知らない間にいろいろなものが消えています。たぶんきっと親が処分したのだろうけど。


 なかなかタイムリーで面白いです。
 今の日経の「私の履歴書」。ドトールコーヒー名誉会長の鳥羽博道さんの「履歴書」。


 2月23日付けのものではこんな一文が。
 
 「契約書は当然取り交わすが、それを盾に争った事はない。問題が起きた時は、損得や契約書の文言ではなく、何が正しいかを考える。こちらに非があれば改め、相手に非があれば改めてもらう。その後に初めて利害を考え『どうすれば相手が成功するか』という観点から、最小の費用で解決する方法を一緒に探る。」

 皆が、これを出来れば、契約を巡っての裁判なんてきっと無用の長物。
 それが出来ない会社が多いので、最高裁まで、弁護士費用云百万、云千万円、年数3年なんてかけて紛争解決をする。笑うのは弁護士か。


 またこんな一文が。
 「ある時、日経新聞と日経ビジネスが『フランチャイズチェーンなのにトラブルが起きたとの話を聞いた事がな無いのは何故か』と取材に来た。トラブルはなくて当たり前と思っていたので、一瞬何を聞かれているか分からなかった。」
 
 「なのに」というのがポイントだと思います。
 「フランチャイズチェーン」「だから」、トラブルがおき、「契約書」「を盾に争」う。

 この一文は鳥羽さん流の嫌みなのでしょうか。なかなかしゃれています。


 「『人の不幸を作らない』という思い」「オーナーの喜びが私の喜び」。
 「『相手の成功』考え解決策探る」。
 交渉ごと、紛争ごとの解決の基本だと思います。

 それを分かっていないと、いきなり頭ごなしの高飛車な、脅し文句を連ねた内容証明郵便を送りつける。ひどいのだと、刑事告訴する、なんて言葉も入れたりして。
 それで余計な紛争が一つあぶくのように沸き上がり、世の中のお金と時間と労力が費消されます。
 戦わないといけないこともあるけど、うまくやれば訴訟は回避できたのにということがほとんどなんだろうと思います。

(おわり)

*「swich」と「法学教室」。たくさん雑誌を定期購読していますがその一つ。同時に届くと微妙な気分です。
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February 21, 2009

商売はやっぱり、共存共栄/三方よし【松井】

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 ここ数日、セブンイレブンに公正取引委員会が立ち入り調査したという報道が新聞紙面を賑わしています。
 
 以前にも二度ほど、セブンイレブンが被告となった訴訟について、興味があり触れていました。
 http://osaka-futaba.cocolog-nifty.com/futaba/2008/07/post_79e3.html

 ついに、「窮鼠猫を噛む」という状態が現実化したということでしょうか。
 訴訟で戦いを挑んでも相手は徹底抗戦。それならば、他に使える手段は!?と。
 今回使われたのは、独占禁止法違反です。


 ここにいたる前に、なぜセブンイレブンは不満に対する火消しをしなかったのか。

 日経新聞の「わたしの履歴書」では、今、フランチャイズ展開をしているドトールの会長さんの連載となっています。
 数日前の記事。
 コーヒーショップ経営の「コンサルタント」をしていた人が、相談者が経営に失敗しても知らん顔で高級車を乗り回している姿を見て、人を泣かすような商売をしては駄目だと思ったといったことが書かれていました。
 ドトールは、フランチャイズ展開をしており、そこで、フランチャイズでコーヒーショップを経営する経営者の人、その人も幸せになってもらいたいといった思いでやっているといったことが書かれていました。
 「会社」といっても、その中身は人です。「会社」が「会社」として頭をもって考え、動くわけではありません、もちろん。会社も人が動かします。
 結局、経営者トップ、経営者の資質の問題なのだろうと思います。


 誰かを泣かせて利益を得ても、いつかどこかでし