松井

June 11, 2007

異業種の舞台裏~生テレビ番組に出演して~【松井】


 年に1回ほど、何かの拍子で声をかけていただき、テレビ番組に出演することがあります。それもだいたいが生放送の情報番組。
 「弁護士」=専門家ということで、相続や生活に密着した法律情報を語ることが期待されます。
 今年も先日、相続問題についてということで関西ローカルの某番組に出演させていただきました。


 なぜ自分が引き受けるのか。タレント弁護士になりたいから?いやいやもちろん違います。
 打合せ、本番などで、普段接することのない異なる業界、しかもテレビ業界という非常に特殊な業界をかいま見ることが出来て、自身、今後弁護士としてやっていくうえで非常に勉強になることが多いと考えているからです。


 現に、相続問題を多く担当しているということで初めて出演させていただいた日本テレビの「思いッきりテレビ」のときなどは、コーナーの時間も40分近くあったこともあり、担当ディレクターの方と今にしておもえばかなり頻繁に打合せをしました。
 そのとき、自分でも改めて統計を調べたり、どういったら視聴者の方が分かりやすく理解できるのかといったことを集中的に考えました。
 また生放送、しかも司会者はみのもんたさんということで、どんな質問がその場のアドリブで出てきても答えられるよう、知識を総ざらえして行きの新幹線の中でも頭の中で一人リハーサルを繰り返していました。あんなときどうなる、こうなったらどうなる。


 先日、出演させていただいた生放送も久しぶりで非常に勉強になりました。
 放送時間が刻一刻と迫るなか、秒読み状態の中で、ディレクターの方やフロアディレクターの方、制作会社の方はもちろん、司会役の方、質問役の出演者の方も一緒に、リハーサルをしたあと、どこをどうカットするのか、構成をどう変えたらいいのか、私の回答の仕方についても、もっとこういう言い回しをしたら分かり易いのではないかと検討していただきました。

 こんなことは私にとっては非日常なので、秒読みが続く中での検討作業は本当に神経がすり減るような思いであり、出演の度に毎回、直前には吐き気を催すくらいなのですが、こんな仕事を毎日やっているスタッフ、出演者の方はすごいなと改めて尊敬します。
 特に、ゲストの芸人の方。直前に台本をもらって簡単に流れを押さえるだけで、本番では絶妙の間で笑いを呼び込むトークを繰り広げられます。今回は、海原しおり、さおりさんでした。面白かった。
 また司会者の方も、台本の中でこれは視聴者に伝えないといけないという点に話題を流れを阻害することなく場を変調させる。
 私が話しておかないポイントに触れるのを忘れていても、うまくフォローしていただき、その点に流れを持って行っていただく。
 皆、プロの仕事をしているなといつも思います。

 緊張感。

 大変、勉強になりました。
 スタッフ、出演者の方々からの率直で素朴な質問や、その言い回しは分かりにくいといった指摘も非常に勉強になります。

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 でも、生放送番組に出演させていただいた直後、毎回思うのは「もう二度と出ない」ということです。相当な緊張感からの開放故ですが。
 でもしばらくすると、声を掛けていただく限りは出演させていただこうという思いにもなります。
 やはりちょっとでも普通の方が知識を付けていただき、余計な紛争がなくなればいい、自分がお役に立ちたいという思いはもちろんですが、やはり勉強になる、刺激になるというメリットの方が大きいからです。


 先日の番組はどうだったのでしょう。少しはご覧になったかたの役にたったのか。
 相談に来られたかたなら、その表情で、納得されて帰られる、喜んでいただいて帰られるというのが表情を見て分かるのですが、テレビの怖いところは視聴者の顔が見えないということです。
 それは本当に怖いことだと思います。テレビ番組の中で言いっぱなしで、間違ったことを言う「弁護士」は世間にとっても百害あって一理なしのこともあるのではないかと思います。「弁護士」を名乗って仕事をする以上、責任は重大です。その自戒がなくなったら弁護士を名乗って仕事をしてはいけないんじゃないかと考えています。テレビに消費されるようになった終わりかと。
 
 竹内まりあの言葉。
 私は音楽をやりたいのであって、芸能人になりたいわけではないと思い至った。それからは宣伝のためとはいえテレビ番組には出ないようになりました。

 何にしてもそうだけど、自分がやりたいことは何なのかという目標を常に見失わないようにすることは、難しいけど大切なことだ。自分を大切にね。

(おわり)

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June 04, 2007

アップル社、吠える!~ものごとのバランスについて考える~【松井】

林檎の歌 さんのブログから知りました。
アップルが「文化庁は著作権行政から手を引け」と主張

政府が行った、「○「知的財産推進計画2006」の見直しに関する意見募集の結果について」が公表され、
アップル社からの意見が公表されています。
4番目が「アップルジャパン(株)」の意見です。

総括として、

「文化庁著作権課に依る一方的な行政運営には理解不能である。徒に著作権者団体
の意見のみを汲取り消費者、機器メーカーの立場は無視し続けている。」
と記されています。

ちょっと感情的な表現にすぎる気もしますが、著作権の世界において「消費者」の声ってどれほど代弁されているのでしょうか。
消費者は、消費する人にすぎないのだから、黙って口を開けて落ちてくるものだけを口に入れておけばいいという発想でしょうか。
文化も消費者があって初めて成り立つ世界なのは当然であって、そうでないなら、人知れず山奥で一人、絵を描いたり、小説を書いたり、音楽を作って演奏していればいいということ。
認めてくれる「消費者」がいて初めて、職業としては成り立つわけで。

今の状況は、アップル社が指摘するように、バランスが悪いのは事実ではないかと思います。

じゃあ、どうしたらいいのか?いろいろと方策はあるかと。
坂本龍一も確かがんばっていたし。声高に自らの権利主張だけをするのではなく、顧客の利益とのバランスを考える。

それにしても、昔、新書で「著作権の考え方」という元文化庁の職員が書いた本を読んだことがあるのですが、
「それはあなた、著作権の考え方じゃなくて、あなたの考え方ではないの?」という読後感を持ったことを思い出しました。
傲慢さが鼻についたということでしょうか。日本の著作権行政を自画自賛していました。

著作権法の学者の先生方にもがんばってもらいたいと思います。
どこへ行く、著作権法。

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May 17, 2007

「中小企業に配慮」~外国人研修・実習制度~【松井】

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*5/18追記 やっぱり買ってきてくれました!!ありがとう、大橋先生!
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 今日は、大橋は日本弁護士連合会関連の仕事で東京出張です。東京出張だと大橋はいつも事務所に「舟和」の芋ようかんをお土産で買ってきてくれます。楽しみです。


 それはさておき。外国人研修・技能実習制度の見直し論が熱を帯びてきました。動きとしては、経済産業省、厚生労働省、入国管理を所轄する法務省、そして長勢法相の私案と三つ巴のような状況のようです。
 朝日新聞の記事(5月16日朝刊)の見出しによれば、
 

「法相、『単純労働者』の容認案」
  厚労省『研修廃止』不当な労働解消
  経産省『制度拡充』中小企業に配慮」
 という状況のようです。

 お!と思うのが、「中小企業に配慮」です。本音のところなんだろうと思います。研修・技能実習制度は、「日本の高度技能を外国人に教えることが」が目的のはずです。なのになぜ、教える側のはずの企業、しかも中小企業への配慮が必要なのか。
 制度の実態は、低賃金の単純労働者を中小企業に供給するという、メリットは中小企業にある、中小企業のための制度だということになります。

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 ものごとの解決の方向性は、何事も「三方よし」にあると考えています。
 近江商人の商売哲学、「売り手よし、買い手よし、世間良し」。
 
 これになぞらえれば、「中小企業よし、外国人労働者よし、世間よし」になるかと。
 
 まず第一の価値観は、同じ仕事をしても外国人と日本人の給与に差があるという事実はどう考えても不合理であり、不正義だということです。労働基準法の遵守は、絶対だと思います。
 それを踏まえて、現実として、中小企業は、日本人相手に求人をかけても、相対的に賃金が低い等の理由から、労働者が集まらない、賃金が高くはない単純労働には人は集まらないという実態があります。
 中小企業の人手不足です。
 
 そこでどういう案が合理的なのか。

 現在、日本は政策としては外国人の単純労働者の受入れを認めていません。入国管理局はこの方針のもとVISAの審査などをし、取締りを行っています。
 この政策の転換です。
 「法相、『単純労働者』の容認案」に繋がります。

 では、なぜ今まで、外国人の単純労働者を受け入れて来なかったのか。
 日本の国益を害するから。
 どのような国益なのか。
 日本人労働者の仕事を奪う、という点にあったのだと思います。また、事実の裏付けはないんではないかと思うのですが、外国人の増加による治安の悪化なども挙げているのかもしれません。
 先日、新たにフランスの大統領となった人は、フランスへの移民に対して厳しい非難を繰り返していたようです。
 
 こういった政策を転換し、思い切って外国人の単純労働者を受け入れる。

 外国人もまた、なぜわざわざ日本で働くのか。本国で働くよりは基本的に高賃金を稼げるからという理由がおそらくもっとも多いのかと思います。現状は。
 外国人労働者を保護というのであれば、日本では働けないようにするのが一番です。日本にいなければ搾取されることもない。
 でも、働きたいから日本に来る。

 そこで、実態が労働であるのなら、日本人労働者と同じように法制度上、労働者としての権利を手に入れられるようにするのが外国人にとってもメリットが大きいのではないでしょうか。
 
 どういった職に就くのかは自由です。
 
 自由の状況において、自ら、国内では相対的に低賃金の職に就くというもの自由と選択の結果です。そこにおいて、労働者としての権利を保障されればいいのではないでしょうか。
 
 「研修制度」の仕組みは、「JITCO」という団体が総元締めとしてしきっています。
 「中小企業に配慮」という経産省の本音は、「JITCO」の権益確保でしょう。
 なぜ朝日新聞はそういったつっこんだところまで報道しないのか。分かっているけど書かない、分かっていないから書けない。どちらかは分かりません。
 中小企業の保護っていったって、労働基準法に反した低賃金で「労働させること」は駄目でしょう。やっぱり。不正義。研修生受入企業の全部が全部とはいえませんが、実態は「労働」、しかも搾取といった状況で、「研修」という名でやり過ごしていただけのことなんでしょうから。ずるい、やはり。「偽装請負」とどう違うんだ。実態でなく、名称の問題としてすり替えるところがいやらしい。

(おわり)

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May 11, 2007

ブログ 【松井】

もう5月も10日をすぎて、あっと思ったら今月、大橋も松井もまったくブログ記事をエントリーしていませんでした。

これではいけないと思い、書こうと思うのですが、そんなときに限ってうまく文章がまとまりません。
そうでないときは、お!この問題意識はまとめてブログにアップしておこう、こんな問題提起を書き記しておこう、この写真を載せてみようなどと思うのですが。

相続を巡る問題をもう少し体系的にまとめていく作業をしようと思いつつ、今日はいつも以上に雑文を。


自身はよく人のブログをチェックしています。
お、これは面白いというものを目にしたら「お気に入り」に入れてしまい、何回か見ます。そして、そのまま日々、チェックし続けるものもあれば、いつのまにかチェックしなくなっていくものもあります。

そこで、立花隆の私はこんな本を読んできたではありませんが、こんなブログ、HPがお気に入りに入っているということでここに記してみます。
何の意味があるのか。まあ、人の本棚を覗くような気持ちで。

■ Europe Watch
http://europewatch.blog56.fc2.com/

海外在住の大阪出身の会社員の方のブログ。
海外、特にヨーロッパでの生活事情、仕事事情、時には社会情勢などについて、生の資料を基に触れられていて興味深い。

■ 不肖宮嶋茂樹 儂サイト
http://www.fushou-miyajima.com/

カメラマン、不肖宮嶋さんのサイト。破綻した夕張市の写真がもの悲しい。

■ 悠法律事務所
http://yuu-kamikawa.cocolog-nifty.com/law/

毎日更新!すごい。切り口も鮮やか。

■ 弁護士独立開業マーケティング
http://bengoshidokuritsu.sblo.jp/

自らを実験台にして、赤裸々に若手弁護士の経営実態と経営戦略を公開されています。

■ shiolgy
http://shiology.com/shiology/

著作権専門の塩澤一洋教授のブログです。写真が素晴らしい。文章も暖かい。影響を受けて、デジカメ  RICOH DIGITAL を購入してしまいました。

■ New York Today
http://nylawyer.exblog.jp/

ニューヨークに留学し、現地の法律事務所で働いている弁護士さんのブログ。写真もきれい。中身も、現地情報が多く、興味深い。

■ 岡口裁判官のサイト
http://okaguchi.at.infoseek.co.jp/top.htm

裁判官としてバリバリ働きながら、このサイトの充実ぶりはすごいです。裁判官には確かに時々超人的な人がいますが、まさにその方か。情報感度がすごいです。

■ 私的な事柄を記録しよう 勝間和代さんのブログ
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/

朝日新聞のBEで藤巻兄弟・弟に変わって登場された勝間さんのブログ。
現在、注目中。

■ ネット生命保険立ちあげ日記
http://totodaisuke.weblogs.jp/

東大在学中に司法試験に合格し、その後修習に行かずに外資系コンサルティング会社に就職、ハーバード大学のMBAを上位10%という成績で卒業されたという目も眩むような経歴の岩瀬さんのブログ。示唆に富みます。生命保険の世界は確かに従前、まか不思議。

と、まあ、こんなところです。


ところで、最近、新しい事件で相手方の弁護士と二人、交渉の場に立ちました。腹のさぐりあいのような会話、かけひき、情報の取り合いと掴ませあい。しかし表面上はまったく穏やかに笑顔での会話。ストレートや変化球の投げ合い、打ち合い。
久しぶりに緊張感を感じ、ゾクゾクして楽しい!と思ってしまいました。やっぱり交渉はこうでないと。
表面上は笑顔で、しかしテーブルの下は大乱闘。
紛争解決に向けて、人と交渉~コミュニケーション できる弁護士さんが好きです。理想。

(おわり)

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April 20, 2007

遺産の評価~会計学の役割とその適用範囲~【松井】

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 相続の事件では、遺産となる財産の評価をどう算定するかが問題となることがよくあります。
 例えば、建物、土地の不動産の評価をどうするか。
 どうするか、というのはどのような方法で評価するかということです。


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 一物三価という言葉があったように思いますが、一つの不動産でも3つの評価の仕方があります。
 ただ相続では、基本はそのときそのときの時価評価が原則です。「時価」を算定するときに各種評価方法、評価額が参考にはなります。

 また算定時期も大切な要素です。遺産分割で大事なのは、①相続発生時の評価、そして②遺産分割成立時の評価となります。
 もめる事件ですとこの①と②の間が10年ということも珍しくはありません。
 ①相続時3億円の評価がついていた土地が、バブル崩壊期をはさんで、②遺産分割成立時には1億円くらいになっていたということもあります。
 早くに遺産分割協議を成立させるなり、売却予定だったら取り合えず合意して売却して現金化しておくなどしておけば、皆が損せずに済んだのにというケースです。



 そして建物の場合は、市役所が固定資産税を課税する際に算出する「固定資産税評価額」というものが結構、参考にされます。
 でも、基本は「時価」のはずです。

 こういった話で、去年、担当裁判官の発言に思わず、えぇぇ!?とその発言に驚きながらも、そのときその場では自分の違和感をうまく表せないことがあり、口惜しい思いをしたことがありました。

 登記されていない構築物の時価、評価法を巡って議論となった際、裁判官はこういいました。
 「平成3年の築ですよね。建設費用が数千万円でも 減価償却期間、減価償却費用を考慮したら、価値はゼロでしょう」

 えぇぇぇ???
 その物件は毎月100万円近い利益を生み出しつづけている立体駐車場です。
 裁判官の言葉を借りれば、時価ゼロ円ということになります。



 訴訟・調停・審判といった裁判所において、評価が問題となったとき、分かったような用語の使用例として、「減価償却」という言葉が使われることは珍しくありません。

 ただ、上記の時価ゼロ円という結論は、おかしいということは直感的に分かります。だって、時価ゼロ円ということは、1円でも買い手がつかないとうことです。
 一方で、購入額・投資額と賃料での利回りを計算したら、3000万円の値はつく物件です。いわゆる収益還元法です。
 遺産の「時価」の算出方法としては、減価償却なんて発想はそもそもおかしいはずです。売りに出して、いくらで買い手がつくかというのがまさに「時価」のはずです。
 この物件、2000万円で買えるなら私が買ってます。

 裁判官の発言のどこがおかしいのか。
 「減価償却」という会計用語の適用場面を間違っているということになるんだと思います。
 会計は、企業の利益獲得の状況、資産状況を正確に現すというのが役割です。
 そこにおいて、資産と費用の計上のあり方として、取得した資産について、費用収益の関係を考慮して、資産を「減価償却」として費用に落としていくものです。
 そして今、国際会計上、問題とされているようですが、資産評価方法として、取得原価を基準としてこれを出発点として費用に落としているにすぎません。
 
 しかし相続、遺産分割において問題となっている「資産」は会計上の「資産」ではありません。
 相続人らの遺産分割の対象たる財産をどう評価するかの問題です。
 この「資産」は時価評価が原則です。

 こういった適用場面において、取得原価をベースにした減価償却という発想を取り入れて、遺産たる「資産」を評価しようとすること自体に無理があるのだと思います。

 

 と、最近つらつらと考えていたのですが、どうでしょう。
 ちょこっとかじり始めた財務会計の本を読み、話を聞いていて思ったことです。

 会計学の発想というのは、弁護士実務でいろいろと使えることは多いと思っているのですが、中途半端に使うと火傷するよということかと。

(おわり) 
*会計学の理解、間違っていたらご指摘ください_(_^_)_
*写真は、ビルの窓に映るあんパンマン。

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April 06, 2007

「無効」~特定商取引法~【松井】

1 
 19年4月3日、最高裁判所の判断が明示されました。
 NOVAという英会話学校が定める、途中解約の場合の清算規定の合法性に対してです。
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070403112951.pdf

 結果は、「無効」。


「上告人は、本件使用済ポイントの対価額について、本件清算規定に従って算定すべきであると主張する。しかし、本件清算規定に従って算定される使用済みポイントの対価額は、契約時単価によって算定される使用済みポイントの対価額よりも常に高額となる。本件料金規定は、契約締結時において、将来提供される各役務について一律の対価額を定めているのであるから、それとは別に、解除があった場合にのみ適用される高額の対価額を定める本件清算規定は、実質的には、損害賠償額の予定又は違約金の定めとして機能するもので、上記各規定の趣旨に反して受講者による自由な解除権の行使を誓約するものといわざるをえない。
 そうすると、本件清算規定は、役務提供事業者が役務受領者に対して法49条2項1号に定める法廷限度額を超える額の金銭の支払いを求めるものとして無効というべきであり、本件解除の際の提供済役務対価相当額は、契約時単価によって算定された本件使用済みポイントの対価額とみとめるのが相当である。」

 特定商取引法という法律の49条1項、途中解約権の保障、同条2項1号、解約清算金について法定限度額を定めた規定、これらの趣旨について、最高裁はこう示しました。 

「特定継続的役務提供契約は、契約期間が長期にわたることが少なくない上、契約に基づいて提供される役務の内容が客観的明確性を有するものではなく、役務の受領による効果も確実とはいえないことなどにかんがみ、役務受領者が不足の不利益を被ることがないように、役務受領者は、自由に契約を将来に向かって解除することが出来ることとし、この自由な解除権の行使を保障するために、契約が解除された場合、役務提供事業者は役務受領者に対して法定限度額しか請求できないことにしたものと解される。」
 全く素直な条文解釈だと思います。

 なのに、なぜ、NOVAは途中解約の場合の清算方法について数々の訴訟を提起されながら、強行に自身の清算規定の正当性を主張し続けたのか。
 消費者が絶対に正しいものとは当然、思わないけど、多くの法律家が妥当性を考えればその結論はほぼ明かという条項について、なぜ、すぐに問題を収束させる方向で行動を変えないのか。
 硬直性に陥った企業の強弁に対する最高裁の判断。
 「あなたの言っていることは通らないよ。」

 間違うことは仕方ない。
 自分で判断し、是正していく力が企業を、人を強くする。
 

(おわり)

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March 31, 2007

仕事とは~佐藤可士和さん~【松井】

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 今朝の朝日新聞土曜版では、アートディレクターの佐藤可士和さんが取り上げられていました。
 私の印象では、昨年あたりから、その仕事の結果だけでなく、ご本人がいろいろな媒体に取り上げられ、その職場や仕事のやり方、思いなどが露出するようになっていました。

 今日の記事を読むと、ますます興味を持つとういか、佐藤可士和さんに対する関心が高まりました。
 正直なところ、一分の隙もなく何かにこだわるということはあまりない、むしろ好きではないのですが、矛盾かもしれないけど、些細なことに妙に心惹かれて愛着するということがあります。モノに対して。

 写真は、愛用しているモノたちです。フランスのロディア社のノートパッドに、コンピュノート社のコンピューターの本物の基盤で創られたノートフォルダ、アマダナ社の計算機に、ゲンテン社の筆箱。
 なぜ気に入っているかというと、もちろんブランド名などではなくデザインやそのモノから感じられるセンスに心惹かれるからです。


 心がウキウキさせられるのは、創った人の遊び心、軽やかな感じのなかに思い入れ、細心の心遣いを感じられるモノです。
 写真にうつっているモノたちからは、私はそういった「弾み」を感じます。
 逆にいえば、「考えなし」のモノたちからはマイナスの波長を感じて、嫌な気分になってしまいます。「考えなし」の対極が、私の心を弾ませる「考えあり」のデザインのモノたちになるのだと思います。
 

 佐藤可士和さんが創り出すモノたちからは当然ですが、「考えあり」のまさにとぎすまされた意識を感じます。そしてのその仕事に対する姿勢を語る、掲載されている佐藤さん自身の言葉にはいろいろと印象深いものがあります。

 以下、3月31日付け朝日新聞「be」からの引用です。

 

「僕が『広告は、見てもらえないものだ』と思って、作っているからでしょう。」
  
 「多くの広告は、見てもらえるという前提で作られている。だからどうしても、あれも言いたい、これも入れたいと欲が出る。でもそれ以前に、とにかく目や足を止めてもらわなきゃならないのに。それには広告に、価値を与えなきゃだめです。」

 「突破口は、とことん本質に向き合うことだと思う。そして本質をつかんだら、余計なものは徹底してそぎ落とす。難しいですけどね。」

 「単なる提案にとどまらず、最後に具体的な形、モノまでつくるところは普通のコンサルタントとは違います。そしてそれは、デザイナーにしかできないと思いますから。」

 「僕の仕事は、相手から答えを引き出すことだから。」
 「だから僕は、たくさん質問をして『本当はあなた、こうしたいんじゃないの?』ということをズバッとつかんで、鮮やかに解決したいんです。」

 「僕はむしろ、いろんな人と仕事をすればするほど、どんどん自分の中に知恵が入ってくる。そしてそれが別の仕事で役立つんです。



 仕事とはこういうものかもしれないと思いました。
 裁判官に読んでもらえると思って、本質に欠けたダラダラとした書面を作ってちゃダメだし、相談者、依頼者の方に分かってもらえる、聞いてもらえると思って、分かりににくい言葉で話したらダメだし。

 「突破口は、とことん本質に向き合うこと」

(おわり)

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March 23, 2007

相続税の脱税事件~刑事判決の読み方~ 【松井】


相続税を脱税したということで逮捕された大阪のトモエタクシーの元社長に対する大阪地裁の判決が3月22日、出たようです。

日経ネットの記事から。
http://www.nikkei.co.jp/kansai/news/39018.html

【2007年3月22日】 相続税巨額脱税でトモエタクシー元社長に懲役4年・罰金7億円──地裁判決(3月22日)  実父の遺産を海外口座に隠し相続税約24億9000万円を免れたとして相続税法違反(脱税)罪に問われたタクシー会社「トモエタクシー」(大阪府守口市)元社長、西井良夫被告(62)の判決で、大阪地裁の川合昌幸裁判長は22日、懲役4年、罰金7億円(求刑懲役5年、罰金10億円)の実刑を言い渡した。相続税の脱税事件の罰金としては過去最高とみられる。

 川合裁判長は「極めて巧妙、計画的犯行で反省もしていない」と指摘した。西井被告側は即日控訴した。西井被告側は公判で「海外送金は父の指示で、脱税の意図はなかった」と無罪を主張していた。川合裁判長は、海外送金は西井被告が主導して行ったと認定。他の相続人にも海外口座の存在を隠していたことなどから「脱税目的の財産隠しだった」と述べた。


 相続税法68条によれば、「偽りその他不正の行為により相続税又は贈与税を免れた者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」とあります。そして同条2項によれば、「前項の免れた相続税額又は贈与税額が五百万円を超えるときは、情状により、同項の罰金は、五百万円を超えてその免れた相続税額又は贈与税額に相当する金額以下とすることができる。」とあります。

 この法定刑にてらしてみれば、懲役4年の実刑判決は法定刑の5年に近い量刑であり、相当重いといえます。
 ただ、罰金刑については、相続税法によれば「免れた相続税額・・・に相当する金額以下とすることができる」とあるので、裁判所はしようと思えば、免れたといわれる「相続税約24億9000万円」に近い金額を罰金と課すことも出来たはずです。
 なぜ、免れた相続税額の約3割強の罰金刑なのか。

 公訴事実に対して否認して争っていたようですが、有罪判決でした。
 報道を見る限りでは、亡父に言われるがままの海外送金であって脱税の認識、故意にかけるので無罪という主張を行っていたのではないでしょうか。
 ただ、間接事実としては、亡父が意識を喪失した後も新たに送金を行っていること、他の相続人にも海外口座の存在を秘していたこと、申告にあたり税理士からの助言にもかかわらず海外口座を申告しなかったことといった事実から、故意、違法性を意識しうる事実の認識はあったと認定されたようです。


 刑事弁護人は、どのように争ったのでしょうか。客観的証拠を十分に検討できていたのでしょうか。客観的証拠からすれば有罪の事実認定は無理だといえる場合はともかく、証拠は十分だと思える場合、依頼者である刑事被告人にはその旨の危険性を当然、説明します。ただ、そうであっても本人が故意の不存在、無罪を主張する場合は、最大限の力を振り絞って戦います。
 控訴審でいったいどのように争うのか。おそらく親族の証言、税理士の証言などが証拠としてもあったことでしょう。おそらくこの点の事実認定を争っていたのだと思います。
 
 報道で注意しないといけないのは、有罪の場合、もっともらしく、「●●といった事実から有罪が認定された」と報道され、この事実認定の●●には疑問の余地はない当然のことだと思いがちです。しかし、刑事事件で争う場合、まさに●●の事実認定が証拠でどのようになされるのか、証人の証言は信用性があるのか否か、物証に検察官が主張するような信用性があるのかといったところが争われるのです。
 トモエタクシーの元社長の相続税脱税事件についても控訴審でひっくりかえるかもしれません。
 有罪判決は、確定するまで有罪ではありません。
 一審判決の当不当は判決全文を読まない限り、分かりません。
 ライブドアの堀江社長らに対する判決も、同じでしょう。
 判決文の全文を読まずに、判決の中身、事実認定について当不当の意見を述べることは、弁護士ならしないと思います。

(おわり)

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March 22, 2007

鴨志田穣さん、亡くなる【松井】

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 カメラマンでエッセイスト、そして本人は不本意だったであろうけど、何よりも漫画家・西原理恵子さんの夫として有名だった鴨志田穣さんが亡くなったという新聞記事を昨日、見る。42歳、腎臓ガンということだった。


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 新聞記事を見て、一人ショックを受けていたところ、携帯電話に友人から電話が入る。「見た?」ということで、毎日新聞を定期購読していた友人から、西原理恵子さんの毎日新聞での連載漫画「毎日かあさん」からの最新情報を教えてもらう。

 訃報を見て、あれっと思ったのは、喪主が元妻・西原理恵子さんと書かれていたことだった。
 それも、友人曰く、鴨志田さんは、アルコール中毒を克服し、最近は、また西原さんとその子ども達と一緒に暮らし始めていたんだといこと。

 確か去年、本屋で、「酔いがさめたら、うちにかえろう」という鴨志田さんの本が平積みとなっているのを見て、あぁ、アルコール中毒を治したんだと思いつつ、「うちにかえろう」という部分で、別れた西原さんや子ども達、「うち」への未練があるんだなあとしみじみとした思いになり、印象に残っていた。
 そもそも離婚の原因も、「毎日かあさん」などを読む限りでは、お酒と暴力、そして潜在的な嫉妬心だったようなので、一緒に暮らし始めていたということについても妙な印象を受ける。ただ、それで最後、「喪主」を努めるというところに西原理恵子さんの情の深さを見た思いがする。



 それにしても、42歳。
 アルコール中毒を入院で克服し、酔いをさまして「うちにかえった」数か月間は幸せだったのだろうか。たぶん幸せにすごしたんだろう。
 「鳥頭紀行~3歩で忘れる」で描かれている「鴨ちゃん」の漫画、写真を見て、知らない人なんだけど、悲しい複雑な思いがこみ上げる。
 でもきっと西原さんは、このこともまたきっと何らかの形で漫画にするんだろうと思う。たぶん性(さが)だから。漫画家の仕事も辛いだろうな。

鳥頭の城


(おわり)

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March 03, 2007

専門性について その2 【松井】

Rikon

 前記事においてもちょっと触れたように、離婚事件というのは弁護士であれば誰でもできそうな分野といった位置づけがされがちです。
 しかし、実は、違います。

 写真は、司法修習同期の一澤昌子弁護士(大阪)が昨年出版した本です。
 テーマはまさに、離婚。しかも「熟年離婚」です。
 
 出版時に一冊贈呈をうけ、早速読みました。
 
 私自身も確かに、弁護士1年目のときから離婚事件を担当させていただいたりしており、一応の知識、技術は知っているつもりでした(現在は離婚事件については新規受任いたしておりません。)。
 しかし、この一澤弁護士の本を読み、「一澤さんはいつもここまでしていたのか!!」と愕然としました。
 (もちろん、事務所パートナーの大橋も離婚事件の「経験値」は高く、端で見ていて、粘り強くよくやるな!!といつも驚いています。)
 

 弁護士にしてみればおそらく一件何気ない事件、離婚事件においてすら、弁護士の経験値(単なる経験数ではなく、どこまで徹底して調査し、やり込んでいるかということです。)に差がでるのです。
 こういった事実は実は利用する側にはあまり分かりません。

 以前、依頼者の方と雑談していたときにこういう話になり、そのとき依頼者の方が仰ったのは、「他の弁護士さんのことがあまり分からないから、一度頼んだ弁護士との仕事のやり方についてはこういうものなんだと思ってしまうんです。なのでその弁護士の仕事のやり方がどうということは分かりません。」ということでした。
 企業であれば、確かに依頼する件数、相談案件も多いので、弁護士を比べてみることはできるかもしれません。
  
 しかし、離婚や相続といった問題は、人生でそう何度もある問題ではありません。
 だから、他の弁護士ならどうか、依頼した弁護士のやり方が最善なのかどうか、比べようがない、分からないということでした。

 ただ、これからの時代は、個人の方であっても、最初に依頼する弁護士を選別する、つまり相談者・依頼者が弁護士を比較検討する時代は訪れると思います。また、そうでないといけないと思います。
 
 そのためには弁護士の方も自らの情報を公開していくことが求められざるを得ないと思います。
 病院のあり方が変わっていったように、法律事務所のあり方も変わっていきます。

(おわり) 

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NPO建築問題研究会~専門性~【松井】

 今日土曜日は、所属する団体、NPO建築問題研究会の月に一度の相談会開催の日でした。

 この相談会では、欠陥建築問題に詳しい一級建築士の先生と弁護士が数名ペア、チームとなって、相談者からの相談を聴きます。
 
 弁護士が法的な視点でアドバイスさせていただくのはもちろんなのですが、建築問題、建物工事にまつわる問題については、やはり一級建築士の先生のものの見方、切り口が加わることにより、よりいっそう具体的かつ実効的なアドバイスがなされるということをいつも痛感します。
 
 弁護士では思いつきにくい切り口が加わり、相談者の方も次にとるべき具体的な行動が見えてきます。


 ところで、じゃあ一級建築士の先生であれば誰でもそういった鋭い切り口を持ちうるかというと、どうもそうではなさそうです。
 欠陥住宅という問題について数多くの事例に当たられている建築士の先生だからこそ見える切り口というのがあるということです。

 一級建築士と弁護士は、仕事としてはそれだけで専門家の仕事になりますが、その中でもさらに専門性というものが生じてくるのは当然だと思います。
 
 一級建築士だから建物のどんな問題にも対応できるわけではない。構造計算の問題、瑕疵の問題、住宅、ビルなど得意分野は区分されるようです。

 弁護士も同じです。特許事件、医療過誤事件、欠陥住宅・建築瑕疵といった分野があります。さらには、弁護士ならその多くは誰でも一度は経験しているであろう離婚事件や相続事件、交通事故といった事件であっても、その事件の数をこなしているか否か、「経験値」の差がものをいいます。
 
 ただこういったことは専門家に相談をする相談者、依頼者の方には分かりにくいことです。建築士、弁護士というだけで「専門家」となりがちなために、その専門の中でも専門は何かといったことまでなかなか分かりません。
 弁護士の方でも、特定の分野が「専門」であると名乗りすぎると、逆にそれ以外の分野の事件に門を閉ざすこととなるのであまり好まない傾向があるように思います。そこで、「得意分野」という言い方が登場します。
 ただ、病院が手術数などを公表したりするように、利用する側に対してもっと弁護士の情報提供をという流れになるのは確実であり、弁護士の事件の具体的な「経験値」が数値化されていくのでしょうね。
 利用する側にとってはいいことだと思います。
 ただ、そうなると事務所、弁護士の個性、特性というものがない、見えにくい事務所は経営難になっていくんでしょうね。ただ単に弁護士の人柄、相談者との相性といったものではなく、まさに弁護士の能力が問われる、プロ中のプロか否かの能力の有無が問われる時代がすぐそこに来ているのだと思います。
 
(おわり)

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March 01, 2007

人を大切にしない経営者~信用できる?~【松井】

 いつも行く施設の職員の方が、「今日で終わりなんです。」と気のせいか涙ぐみなが言った。
 聞くと、あなたが担当する仕事はなくなったということだった。もう1年は働きたかったけど退職を促されたということだった。聞いている方が涙しそうになった。



 
 一時的に仕事はなくなったかもしれないけど、大変なときに職場に来て支えてくれた人を「もう要らない」と本人の働き続けたいという希望に反して、そう簡単に切り捨てていいのか。

 確かに、経営として赤字のまま何年も走り続けるというのもナンセンスだと思う(日本という国は赤字のまま走り続けているけど・・・。上海、大丈夫か?という不安が不安を読んで市場が簡単に暴落するんだろうな、97年のアジアの通貨危機のように。)。企業が永続性を保つためには、どこかで黒字にしないといけない。でないと市場からの撤退になる。赤字を黒字にするには、収入を上げるか、支出を絞るかしかないので、支出を絞る方策として、やむを得ずにいわゆる「リストラ」(この言葉は好きではない。意味する内容に比して軽い感じがするから。)を行い、「過剰な人員を整理」するというのは避けられないこともあると思う。
 
 だけど、能力もあって周りからの信頼も得ていた職員、貴重な人を辞めさせるというのは最後の手段だろう。最後の手段という意味は、雇い続ける方向でいろいろと模索したうえでの最後の方策ということだ。
 
 どうも、この施設ではそういう模索をした様子がうかがえない。
 というのも、人の出入りが激しいところだなという印象を前から抱いていたこともあるのかもしれない。
 何よりも、以前出されていた広報誌に心底、驚いたことが記憶に残っていた。その年、新規事業を立ち上げたことが誇らしげに書かれていたが、その理由の一つとして、「職員の高齢化による収益の圧迫」のため新規事業に踏み切ったといったようなことががどうどうと書かれていた。
 勤続年数が長い職員の給料が高くなり、その人を遠方の施設においやって暗に退職を促しつつ、従前の職場には給料の安い若い人に置き換えていくということだ。
 当の「勤続年数の長い職員」がこの広報誌を読んだらどう思うのだろう。

 結局、働く者に対する感謝の気持ちが見えないことに不快感を感じるのだと思う。
 経営者としてどうよ。
 そんな経営者の下で働きたいなんて思わないし、人に感謝することを知らない人がいったいどんな素晴らしい事業が出来るというのか。
 自ずと経営方針が分かるというものであって、この経営者が経営する企業の先は明るくないなと思った。人を大切にしない姿をすぐ横で見せつけられる他の従業員が自身の会社を誇りに思うわけないし。
 短期的な支出の抑制に目を奪われて、長期的な利益を取り崩していく姿。
 意見する労働組合や適切なアドバイザーがいないんだろう。



 
 偽装請負の問題が去年末くらいからマスコミでようやく取り上げられ社会問題とされている。
 企業にしてみればいったん正社員となると簡単に解雇できず、仕事量との関係で調整できないので正社員化は避けたいのだろう。「請負」なら、正社員にという途はない。
 ただ、体力があり、一定期間正社員としてもおかしくはない仕事内容で働いているのであれば、それは雇用するべきだと思う。

 「人権栄えて国滅ぶ」という言われ方がある。それが唯一絶対のように聞こえるからかもしれないけど、正直なところ「人権」や「権利」といった言葉自体はあまり好きな言葉ではない。弱者保護といった視点もあまり好きではない。
 だけど、じゃあ反対に企業側の収支の理屈が全てかというとそうとも思わない。
 要は、バランスの問題だと思う。やはり近江商人の知恵で、皆がハッピーになる途を模索し、均衡を保つというのが最もよいのではないかと考えている。やむを得ず整理解雇をせざるを得ない場合でも、退職する職員の次の職場を世話する、自分のことだけではなく相手のことを気遣うというのは今後両者にとってプラスになることだと思う。
 
 こういった働く人に対する配慮すら出来ない企業の経営者がいくら広報誌でいいことを言っていても、信用できないし、この企業の利用を止めようかなと真剣に考える。
 先のない企業。沈んでいく船を見ているよう。

 今回はちょっと個人的に怒ってる!

  
(おわり)  
 

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February 28, 2007

遺言・相続 個別相談会 実施のお知らせ 【松井】

広報です。

 下記のとおり、事前予約申し込み制による、
遺言・相続に関しての個別相談会を実施いたします。

 日時
    3月15日 木曜日

   1 午後1時30分から
   2 午後3時から
   3 午後4時30分から
 
 費用と相談の時間は、お一人3150円、1時間となります。
 3名の先着順となります。


 今回は試験的な催しとなりますので、平日の日中3枠となりますがご了承ください。
 
 ご希望の方は、プロフィールに掲載の事務所ホームページからメールでご予約いただくか、お電話をお願い致します。

 
 日頃、自身のことに関する遺言について一度専門家の話を聞いて相談してみたい、あるいは相続がおこってしまったけどこれからどういう段取りで進めたらいいのか分からないという方が少なくないかとは思います。
 
 ただ、じゃあ弁護士に訊いてみたいけど、知り合いの弁護士もいない、紹介してもらえる弁護士もいない、市役所などの無料法律相談もあるけど時間は30分しかとってもらえない、というのが実情ではないかと思います。


 最近、弁護士、法律事務所で相談する前に、弁護士でない専門家のところで先に相談をして費用を払っていたりするという方の話をよく耳にします。
 なぜにまず弁護士に相談しようという気持ちにならないのかなぁとつらつらと考えているとやはり、いわゆる「敷居が高い」、いくら払わないといけないのかよく分からない、怖いんじゃないかといった心理的な壁が大きいのだろうと。
 先にこっちに相談に来てくれていればよかったのにと思うようなこともなきにしもあらず。
 ということで、「個別相談会」ということで枠を作ってみました。
 
 
 自分自身を振り返ってみて、専門のところ、専門機関に相談してみたいけどちょっと尻込みするというとき、個別で予約をするよりは、相談会という枠の中で行く方がちょっと気が楽な気がします。
 どうでしょ?

(おわり)

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February 26, 2007

まねきTV事件~事実を尊重せよ~【松井】

Tv

 まねきTV事件というものがあります。去年の8月、仮処分決定が出たときは裁判所のホームページでも速報でその却下決定が公開されていました。
 判例時報18年12月11号でもその決定が掲載されています。
 また事件当事者のまねきTV側ではそのホームページで、抗告審の決定も載せています。
 申立人である債権者、テレビ局側が全面的に負けた事件です。

 

 
 先日研修の際に聴いた、元最高裁判所判事であった滝井弁護士の弁でも印象に残っていたのは、「最高裁判例を変えるのであれば事実を変えないといけない」ということでした。
 つまり「事実」が裁判の基礎、要であるということです。
 事実を法律に当てはめる、法律に当てはめるために事実を歪曲することは出来ません。まぁ、確かに事実といっても証拠によって認定できる事実に限られますがもちろん。

 事実認定のための手続きとして、尋問という制度があります。

 先日、「ゆれる」という西川美和監督の映画をDVDで観ました。オダギリジョーと香川照之が兄弟役で出演している映画で、昨年公開され絶賛されていた映画です。
 観てみると、被告人となった香川照之や、弟のオダギリジョーが法廷で尋問を受ける場面がありました。
 弁護人からの質問、それに対する検察官からの質問。

 「事実」はいろいろな角度から光りを浴びせて初めてその立体像が浮かび上がる(完全でないにしても)。尋問手続きにおける反対尋問というものはそういう意味があります。
 かかる手続きを経て、裁判官によって「事実」が認定されます。
 芥川龍之介の小説「藪の中」のように、死霊となって被害者が証言することがあれば別ですが、生きている者、人間の証言はとかくうさんくさいということでしょう(もちろん、死霊の証言も本当かどうか、裏付けはありません。)。
 
 このように裁判は様々な証拠から「事実」を認定し、それを法律に適用して、裁判結果を出します。すなわち、原告の主張に理由があるのか、ないのかです。基本は二つに一つです。


 まねきTVの仮処分事件では、まねきTV社のビジネス行為は、地上波放送の送信可能化行為であって、これはTV局の送信可能化権等の著作隣接権を侵害しているので止めろといった申立てがなさたものでした。

 これに対して、裁判所は事実認定のレベルで決着をつけたといえます。もちろん、法律解釈について、債権者のほうは、かっなぁり無理な解釈を展開していますが、これはもちろん独自の見解であって、裁判所は事実をもって、侵害行為なしと判断しました。

 判例時報の方で改めて決定の全文を読んで驚いたのは、債権者側がいろいろな点で本当に、あぁ、無理な事実主張、法解釈を展開しているなぁという点です。何としても差し止めしたる!という強い意図を感じます。
 そして、事実、法解釈としては、裁判所の認定、解釈の方がやはり自然、経験則に適うと言わざるをえません。
 
 テレビ局側は、「事実」を直視して対応したらいいのにと思います。

 が、しかし、何と、仮処分も認められなかったのに、本訴を提起することにしたようです(まねきTV訴訟代理人の小倉弁護士のブログ 、WINNY訴訟で著名な壇弁護士のブログ  )。
 
 意地?ですかね・・・。
 
 訴訟でバンバン対応するという正攻法でもって邪魔者を排除していくという手段は、以前のエントリーでも触れたように、元シンガポール首相のリー・クアンユー(もともと弁護士でした。)が得意とし、効果を発揮した手法のようですが、これは大企業が小企業に対して行うときは過剰な嫌がらせでしかないと思うのですが(まぁ、シャネルが日本の片田舎のスナック、シャネルを訴え、ディズニーやコカコーラが訴訟でバンバン対応して、ブランドイメージを守っていることからすれば、あながち不当とまではいえないのかもしれませんが。)。
 しかし今回の件は、仮処分で権利がないって言われているのに、なのに本訴。不当訴訟で反訴してしまったらどうでしょ。

 がんばれ、まねきTV。
 創意工夫をしてビジネス、商売を展開する人を押さえ込む動きは、やはりどうしても基本的に好きになれません。需要があるわけだから、双方が利害を調整してハッピーになれる途を模索するのが建設的な考え方、解決の仕方ではないかと思います。もっとベターな対応があるのではないかと、何にしても。

(おわり)

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弁護士との顧問契約ってどうよ~何の対価?~【松井】

Bengosikaikan

 ときどき思うことには、弁護士にも顧問契約というものがありますが、「顧問契約」、「顧問」って消費者、つまりお金を出す方からしたらどうなのかなぁということです。


 うちの事務所などでは、税理士さんには毎月、一定額を顧問料としてお支払いし、事務所のややこしい会計管理をしてもらってはいます。これは毎月毎月、それなりの質、量の仕事があることが当然わかっていて、事務所内では処理できないので、専門家に外注しているようなかたちになります。もちろん分からないことがあったときには相談し、対応してもらっています。対価として相当だともちろん思っています。

 また、パソコン関係のメンテナンスについては、知り合いの法律事務所では特定の業者の方と顧問契約をし、毎月、仕事があってもなくても一定額を払う、その代わりトラブルがあったときでも、その一定額以上は基本的には必要ないというかたちで依頼しているところがありました。例えば1か月1万円だとすると、年間12万円です。修理を都度、外注したときに年間12万円以上がかかるといった見込みがあって初めて、意味がある~もとが取れる~方式です。
 この点、うちはパソコントラブルについては、都度、お願いして、費用をお支払いさせてもらう方法にしています。トラブルが起こっても、年間12万円はかからないと過去のパターンから割り出しているからです。
 
 こういった発想がいわば素朴な経済的合理性に基づく判断になるかと思います。



 
 では弁護士との顧問契約は?
 私などでも顧問契約を締結させていただいている企業、個人はいらっしゃいます。

 ただ最初に申し上げるのは、別に顧問契約を結んでいただかなくても、何かトラブルがあったときや相談したいとき、気軽に電話で連絡をもらったらいいですよ、ということです。
 しかしそうであっても、顧問契約をと仰る方はいらっしゃいます。

 私の考えとしては、まさに自分が依頼する側に立ったときの考えからすれば、上記のパソコンのメンテナンスと同様、弁護士と顧問契約をしても相談することがそれほど多くなければ、都度の相談の方がお値打ちじゃないかという発想です。
 
 要は、何かあったときに、「あ、あの弁護士さんに訊いてみよう」という関係が出来ていればいいだけなのです。
 その対価として、たいした相談量があるわけでもないのに毎月、一定額を支払うというのはどうなんかなぁという素朴な思いです。
 弁護士の経営的に考えると「顧問先が何社」というのは安定収入の一つにはなるし、顧問先から個別の案件の依頼があれば着手金、報酬と結びつきます。しかし、依頼される方にそれ以上のメリット、いかなるメリットがあるのかな、見合わないんじゃないのかなという疑問です。
 
 にも関わらず敢えて顧問契約をという方々は、
 ■ 都度の相談よりも顧問契約料を毎月払った方が割安と判断出来る事情、つまり日々の相談件数が多い場合、あるいは、
 ■ 相談ごとはそれほど多くはなく都度の支払いの方が割安だけども、安心感、対外的に「うちの顧問弁護士は云々」といえる安心料のようなものの対価として顧問料を支払われているのだと思います。

 また従前、まったくつきあいもなく突然、相談をしてもその会社や個人の成り立ちなどの把握にまず時間をとられる、このことを避けたいということで、継続的関係をもつようにしたいということで、毎月の顧問料の支払いという形で継続的関係を保っておくといことなんだろうと思います。

 

 
 ただ、顧問契約のデメリットは、一人の弁護士との顧問契約だと、実際の大きなトラブルがあったときに、その顧問弁護士の得意分野ではなく、出来れば違う弁護士に依頼したいというときに、しがらみがあって違う弁護士には頼みにくいということではないかと思います(顧問先企業が案件によって他の弁護士に依頼していることが分かったら、多くの弁護士は素朴に、へそをまげちゃうんではないだろうか・・・)。
 最近では規模の大きな企業だと、弁護士の使い分け、顧問契約も敢えて複数と行っていたりするところも増えているようです。

 もっとも、思うに、今後、市場原理がますます強く働き、法律サービスの提供市場においては、これまでのような「顧問弁護士」制度は廃れていくと私は考えています。
 
 つまり何かあったとき、「気軽に相談できる弁護士」が増え、弁護士を利用する側が弁護士を事案ごとに選んでいくという時代に遅かれ早かれなると思います。
 その一端が、「顧問制度」の消滅ではないかと。
 その企業の業務、個人の状況などの把握については、弁護士側の理解力、把握力の問題に過ぎないと思います。
 さらにいえば、一度、相談を受ければ、顧問契約がなくっても各企業、個人の個性は十分に把握できていますので、次回からの相談は確実にスピーディになります。
 
 リスクの分散ということが言われますが、「相談できる弁護士の分散」の時代が間違いなく訪れると思います。
 ホームドクターならぬ、ホームローヤーをという言われ方をしたりしますが、これも結局、要は、気軽に相談できる、しかも従前のその人、企業の状況を理解してくれている弁護士をということを意味するのだと思います。
 このこと自体は、確かにそうだと思います。
 ただ、この為の手段として顧問契約が唯一だとは思いません。
 ホームドクターに毎月、顧問料を払いますか?! 

 弁護士に対する支払をいろいろと考えていくと、依頼者・相談者にとっても、弁護士にとっても一番公正なのが、「時間制」というシステムではないのかなと考えています、今のところ。
 ただ、実際、時間制を導入すると、法律事務所の原価計算、利益を加味すれば、たぶん今以上にごく普通の個人の方だとびっくりする金額になってしまうので、事件ごとの着手金、報酬制が一般化しているのだと思います。
 
 どこへ行く、司法試験合格者3000人時代の弁護士は。

*猿のうしろにうつる大きなビルは、去年新築された大阪弁護士会館。使い勝手が悪く、結構、不評の建物。使う人のことを考えることが大切ということを弁護士に思い出させるためにわざと不便な設計をしたという深読みもありうる建物。

(おわり)

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February 21, 2007

「行政訴訟の新しい潮流を読む」 【松井】

20070220
1 

 また研修メモです。
 大阪弁護士会の会派の一つ、友新会主催の研修で、講師は税務訴訟などで有名な水野武夫弁護士に、元最高裁判事の滝井繁男弁護士というまさに豪華な顔ぶれでした。
 

 研修前に配られるレジュメと判例資料の充実ぶりに感動すると同時に、きっちりと全内容を2時間半でまとめられるお二人の講師ぶりにも感動。
 行政訴訟の全体像のみならず、「新しい潮流」が分かったように気にさせてもらえました。
 メモは、また例のごとくマインド・マップ方式でとりました。確かにメモをとっていても楽しいのでよく頭に入り、読み返しても記憶喚起がすぐになされ、これはいいように思います
 

 以下、印象深かった点をメモに。
 
 ■ 処分性について
   処分性の判断においては、実質的な影響力といった点を無視できない。

 ■ 確認訴訟について
   処分性が認められないものでは、確認訴訟でやっていく。
   これまで弁護士が活用していなかっただけ。

 ■ 裁量について
   公共性、公益性とは誰が判断するのか。
   議会であろう。
   でも協議したというだけでいいのか。実質的議論が大事。

 ■ 租税事件について
  ・常識的に判断するようになってきた。
  ・法律の隙間を探してやろうというものについては厳格な傾向

 ■ 最高裁について
   判例を変えるということは、事件を変えるということである。
   事実で勝負。

4 
 
 そういえば、以前、固定資産税滞納による差押え手続きにおいて、対象不動産の選定において市の裁量を逸脱しているのではないか、合理的な理由に欠けるのではないかと、異議申立手続きをとったことがあった。
 すると市は、決定前にその差押えを取りやめ、決定では、異議申立の対象となる差押えがないからという理由で却下をした。 
 「お役所」?
 間違っていたと判断するなら、当事者に一言その旨を伝えて、判断を撤回すればいいだけなのに・・・。そうすればその時点でそもそも異議申立てを取り下げていたよ・・・。なんのために決定か。面子か?

(おわり)

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February 16, 2007

「強い会社」を作る~「空振り」を怖れずに~【松井】

Chocolate
1 
 「強い会社」を作るという言い回しがあります。
 いったい「強い会社」って何をいうのでしょうか。
 ということについて、つらつらと考えてみたことを書き記してみます。それこそ、MBAを持っている人、あるいは現実の経営者であれば当たり前のことなんだろうと思いますが、このことについて弁護士として、法的サービスとしてどういったことを提供できるのだろうかという観点で考えてみたいと思います。
 本当に、つらつらです・・・。



 まずもって、会社、企業が、日々、月々、年々の利益を上げる体質をもっていなければなりません。利益をあげられない企業は、遅かれ早かれ市場から撤退せざるをえません。倒産といいます。
 強い会社、企業とは、利益を発生させることが出来て永続性を持ちうる企業といえます。

 会社であれ、個人であれ、その属する企業から報酬・給与をもらって日々の生活を営む以上は、その企業が、構成員に配分できるだけの「現金」をもたなければなりません。
 この現金支払いも一回限りのものではなく、当然、毎月毎月、永続性をもって支払える状態でなければなりません。そうでなくなった場合、「倒産」状態といいます。
 ということは、企業が企業であるためには、当たり前だけど「利益」を発生させる状況であることが必要です。



 では、「利益」を発生させるためにはどうでなければならないのか。
 
 単純に表現すれば、一つは、売上げ、「入り」を増やす、あるいは維持すること、もう一つは、費用、「出」を減らすことに尽きると思います。



 では、まず「入り」を増やす、あるいは維持するにはどうすればいいのか。

 今得ている「入り」を減らさないようにすることという視点と
 今得ている「入り」をいかに増やすかという視点に分けられると思います。

 ここではいろいろなことが具体的に考えられるところですが、例えば、創業何百年といった企業でも、創業時と何ら変わらないことによって現代においても売上げを維持しているところもあります。変わらないことによって、維持するパターン。変わると、企業として消滅してしまう。例えば、よく京都などにある有名和菓子屋さんとか。

 しかし同じ創業何百年という企業ではあるけど、商品の種類を増やしたり、あるいは販売経路を拡大することによって、莫大な売上げを上げるパターン。伊勢市の赤福とか?
 ここで当然、売上げを拡大するには、何らかの投資が必要となるでしょう。従前の経緯だけでは、維持はありえても、拡大はあり得ない。
 この投資の際、資金をどのように調達するのだろうか。

 自社の利益からか、あるいは出資を募るのか、あるいは借入を行うのか。借入といっても、社債を発行するのか、あるいは特定の金融機関あるいは支援企業などからの借入れになるのか。それぞれのメリット、デメリットを勘案して、資金調達方法を選択します。
 この際、いわゆるファイナンスとして、弁護士が法的サービスを提供できる余地があるのでしょう。しかし弁護士・法律事務所でなければならない必然性はありません。
 
 また、売上げを維持、増やすための戦略として、そもそもの大事な要素の一つに人事戦略があります。
 どのような人材を獲得するのか、また自社にとどめおくのか。労働法規に触れない範囲で、どのようにクリエイティブな契約内容、就業規則を定めるのか。
 この際、労働法規に詳しい弁護士が法的サービスを提供する余地があります。ただ、弁護士の役割、あるいは限界としては、法規に触れないという接点においてであって、クリエイティブな発想に基づく契約内容を提案するという点では難しいかもしれません。

 さらには、売上げ増を狙い、例えば、市場で3位の企業が、5位の企業と合併などして、市場占有率2位の企業に浮上するといったこともあります。
 このときのいわゆる「合併」「統廃合」においては、先の人事の問題などとともに資産や負債の処理を巡って種々の問題が起こります。
 最近の例でいえば、極端な例ですが、住友信託銀行とUFJの合併話の破綻とか。やり方をうまくやらないとこんなレベルで、事後処理のために何億、何千万円という余計な費用がかかります。

 また、新たな第三者と取引関係に入る際の契約書作成作業。これは、いかに自社に有利な条項を入れるかという点よりも、実は、次に触れる「『費用』をいかにコントロールするか」という点にかかってくるかと思います。
 契約締結交渉、契約書作成といった点で、弁護士が法的サービスを提供する余地は当然あります。ただ、世間をにぎわせるM&A交渉においては、大規模法律事務所、著名弁護士だけではなく、金融機関やコンサルティング会社が大きな役割(報酬?)を担っていることからも分かるように、サービス提供の登場人物は弁護士だけではありません。



 つらつらと考えていたら、また長くなってきました。
 今回はひとまずここでストップすることに。

 要するに、強い会社、企業とは、イメージ的にいえば、「イチロー」ではないかと思っています。

 その身体や思考に無駄がない。隙がない。絶え間ない練習に試行錯誤。常に、改善、改善、改善へと進んでいくこと。鋼のようなイメージ。
 法的な訴訟リスクを常に想定して、備え、失敗からは学び改善していく。
 契約書の作成といっても、あまりに一方的に自社に有利な条項は、裁判となった際には無効といわれるリスクが高まることを考慮して、バランスのとれた条項とする。
 つまりすぐれたバランス感覚。近江商人の三方良し(?)の感覚。お客よし、取引先よし、自分よし(?)。
 失敗はあって当たり前。要は、失敗をいかに次に結びつけていけるのか。
 以前みたイチローのインタビュー番組でイチローは言っていました。「空振りは凄い。あの空振りがあったから、その次に打てた。」空振りをすることによって、埋めるべき空白、次になすべきことがはっきりする、だから次に成功するといった趣旨です。

 空振りを怖れずに空振りをし、空振りを次に生かして、ヒットを生み出す。
 弁護士としてもこうありたいと思うし、こういう人を応援していけたらと思います。

 企業の永続性って、これの繰り返しであって、空振りを怖れてバットを振らなくなったら終わりなんだと思います。

 それと弁護士だからかもしれませんが、困難に遭遇したとき、そんなときこそとにかく真っ直ぐに対応する、まわり道なようで結局、ベストの選択につながるという信念があります。シンガポールの初代首相のリー・クアンユーは、首相になる前、弁護士でした。そして政治活動を行っていくのですが、様々な困難に対しては、弁護士だったからかもしれないけど、とにかく裁判でもって決着を付けていきました。どこかの政府みたいに暗殺なんてしません。
 そういえば確か弁護士として?テレビによく出ている橋下徹弁護士が出版した本のタイトルは、「真っ向勝負」だったかと。
 
 「真っ向勝負」できる企業が、最後に強い企業になるんだと思います。

*写真は、R.Savignac という人のCHOCOLATE という絵です。空振りを怖れずに、真っ向勝負。なんとなく、この絵のような気持ちです。好きな絵です。

(おわり)

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February 14, 2007

日本で暮らす権利~法務大臣の裁量~【松井】

Fuhoushuurou

毎日新聞 2007年2月12日 3時00分

イラン一家:13日に入管へ出頭 帰国に向けて
 不法残留し、最高裁で強制退去処分が確定している群馬県高崎市のイラン人、アミネ・カリルさん(43)が帰国に向けて13日、東京入国管理局(入管)に出頭する。身元引受人が11日夜、明らかにした。

 アミネさんの妻と2人の娘の身元引受人を務める同県伊勢崎市の中村三省さん(74)によると、アミネさんは今月9日、高崎市の東京入管高崎出張所で一家全員が帰国するという文書に署名し、同所から13日に東京入管に行くよう指示されたという。一家の仮放免期限は16日に迫っていた。

 入管側は先月12日、在留特別許可は認められないと改めて通告した。その後、アミネさんは、長女で高校3年のマリアムさん(18)の再入国が認められ、日本で1人で生活できることが確認できれば、一家4人でいったんイランに帰国する考えを明らかにしていた。アミネさんは毎日新聞の取材に「妻と一緒に入管に行くが、詳しいことは今は話したくない」と話した。【杉山順平】

「外国人の在留の拒否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものではなく」
とされています。  これは、昭和53年10月4日の最高裁判決(マクリーン事件判決)で出された結論です。この最高裁判例はその後変更されてはおらず、現在でも妥当する解釈ということとなります。    つまり
、「法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたっては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立って、申請者の申請事由のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲などの諸般の事情をしんしゃくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができにものと考えられる。このような点にかんがみると、出入国管理令21条3項所定の『在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由』があるかどうかの判断における法務大臣の裁量が広汎なものとされているのは当然のことであって、所論のように上陸許否事由又は退去強制事由に準ずる事由に該当しない限り更新申請を不許可にすることは許されないと会すべきものではない。」

 群馬県のイラン人一家の方の場合、最高裁まで争ったけど、最高裁は、次に述べるように法務大臣の裁量に逸脱は認められないと判断したのでしょう。
 そうであるなら、あとはまさに法務大臣の裁量の問題でした。

 が、法務大臣は、一家に対する在留許可を認めませんでした。妥協案が、この春進学が決まっていた長女について、留学での在留許可を認めるということだったのでしょう。
 このような裁量上の判断については、既成事実をもって違法行為を見逃すわけにはいかないという行政の強い意思を感じます。
 不法滞在をしたのはお父さんであって、まさにその子には責任はないはずです。子どもは、日本で育って教育を受けてきており、日本語を日常語としており、日本での教育生活を望んでいるといいます。

 例えば、自分の親の都合で逆にイランで育てられたところ10歳くらいになって、突然、日本に帰れと自分がイランにいられなくなるとしたら。
 また戻ってきたらいいという案もあり得ますが、親による転居の手間暇、職の不安などからくる生活の不安定さを考えたら、経済的にも精神的にも相当な負担となります。
 このようなケースが次々と出てくることを怖れての法務大臣の判断なのでしょうが、今回のケースに限りとしたり、あるいは時限的に不法滞在となる一家に名乗り出てもらい、今回に限り特別な判断を行うといった解決が出来なかったのか。この一家の在留を認めなかったからといって、どれだけの「国益」が守られたというのか。得られるものと失うものを天秤に欠けたら、失ったものの方が多いように思います。まさに「情け」ない。


 
 もちろん法務大臣の裁量といっても何でも許されるわけではありません。マクリーン事件判決では次のように述べられています。

 「それが違法となるかどうかを審理、判断するにあたっては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全くの事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である。」

広汎な裁量です。
法務大臣を動かすには、世論・政治の力しかなかったのでしょう。それでも力及ばず。残念です。

(おわり)

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February 09, 2007

アンナ・ニコル・スミスさん、死亡~最良の遺言~【松井】


 今日の夕刊の死亡記事で、「巨額遺産巡り争い」という小見出しのもと、アンナ・ニコル・スミスさんが2月8日、米フロリダ州ハリウッドのホテルで倒れて死去、39歳との顔写真入りの死亡記事を見つける。

2 
 去年、雑誌で、5年以上にわたる法廷闘争において最高裁でアンナ・ニコル・スミスさん側が勝訴したという記事を見かけた。アメリカでも遺産を巡る裁判での紛争がこれほど長期に及ぶのかと興味深く読み、その記事を保存していたところだった。さらに、確かその後、アンナさんの息子がアンナさんの入院先の病院で不審死したという記事を見かけたりしていた。
 その渦中の本人が39歳で死亡。

 夜のテレビニュースでも、ワイドショー的にアンナさんの死亡と遺産紛争と不審死について報道しているのを見た。


 遺産を巡る争いと関係者の相次ぐ死が関連しているのか否かはもちろん定かではない。 しかし、関連を思わずにはいられないのも事実。
 しかも今回の死亡報道に接して分かったことでさらに驚いたことには、アンナさんの訴訟代理人であった弁護士が、アンナさんが去年6月に出産した長女の父を名乗りでており、死亡した滞在先のホテルでも同宿していたということ。
 
 そういえば、ちょっと違うけど、患者が担当医師に多額の遺産を譲り渡すという内容の遺言を作成しており、亡くなった患者の遺族と医師との間で訴訟になったとかいう件があったような。
 
 死後、遺された人のことを思うのなら、単に遺言を作るだけじゃなくって、もめないための種々の「地ならし」が必要だとつくづく思う。
 遺された人が不幸だ。

 ところで、遺言信託が流行のようだけど、最良の法的アドバイスはなされているのだろうか。
 法律事務所でもわざわざ「信託銀行」を作ったところがある。人は、「法律事務所」「弁護士」よりも「信託銀行」という器に信頼を寄せると判断してのことだと思う。
 それはたぶん、人的規模に対する信頼なのか。
 弁護士会で「信託銀行」を作ってしまえばいいのにと思ったりする。
 とにかく、必要とする人が、最良の遺言を残せることが出来るようにするために。
 最良の遺言。
 それは、死後の争いが起こりようがない状態であること。ありとあらゆることを想定して、考え抜かれた遺言。

(おわり)

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February 07, 2007

先を読む力と情報収集と教訓 【松井】

1 
 久々の更新で、つぶやきです。Ohashimatsui

 当たり前のことだけど、こう対応したら次にどうなるのか、で、次にどういうことがあり得るのか、A、B、Cとの展開が考えられる、じゃあ、Aの場合はどう、Bの場合はどう、Cならどうするのか、詰将棋のように考え抜いて、準備するのが弁護士の仕事。

2 
 でも、こんなことは日常の作業、あるいは弁護士に限らない仕事で、皆、やっていること。
 だけど不思議なことに、考えていないの!?という対応に出くわすことがよくある。理解できない。(って、まぁ、「感情」が原因なことは分かっているけど・・・。)

3 
 例えば、交渉や調停や和解。
 判決になったらどういう判決が予想されるのか、その判決が出たときに次に相手方は、これまでの行動パターンから考えてどのような行動に出ると予想されるのか。
 だったら、ここで妥協して合意に達してまとめた方がいいことは、経済的利益に鑑みれば明らか。
 しかし、戦う姿勢を崩さない・・・。

 だれか相手方によい助言者がいれば、ここで話をまとめて、結果、相手方も得るものを得られるのに、こちらの目の前で自ら、断崖に向かって突っ走っていく。
 こちらが止めることは出来ない。不運な人だと呟くのみ。
 
 一つ言えることは、自分以外の周りの声に耳をよく傾けるようにということ。どこかで、「そっちは崖だよ」という合図があるもんだ。

 最近読んだ本で面白いエピソードがある。
 クリントン元大統領は、学生時代、ヒラリーと知り合ったとき、パーティーの席でも自分から話すことはなく、口数少なくしていたため、ヒラリーは最初、自分に気がないのかとがっかりしたということ。
 あとからそのことをヒラリーが口にすると、クリントンは、
「君と君の友人のことをよく知りたかったから(自分は黙って、会話に耳を傾けていた)。」と答えたとのこと。

 適切な判断のためには適切な情報収集、そして適切な情報収集は周りの声に耳を傾けること。
 自分の主張を繰り返し大声で叫ぶだけでは、自分によい結果は得られない。
 教訓。

(おわり)

*写真は、ランチを一緒に食べる大橋と松井。このとき、お互いが担当する事件の方針や考え、弁護士のあり方などについて意見交換をする。一人で考えられることってホント、たかがしれている!今日のキーワードは、「サプライズの提供」。

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January 15, 2007

コンプライアンスって何?~こうあるべきだということ~【松井】


 会社のコンプライアンス、法令遵守義務といった言葉が違和感なく新聞、雑誌等で使われるようになってきました。
 結局、当たり前と思われていたことが当たり前ではなかったという現実があり、「こうあるべき」ということが強く意識されるようになってきた結果かと思います。
 先日行われた独占禁止法に関しての大阪弁護士会での講義において、講師の白石忠志教授は、「ゾレン sollenn」と「ザイン sein」の議論から話を始められました。ドイツ語ですが、法律論においてよく出てくる話で、ゾレン、こうあるべき、といった視点とザイン、こうであるという現状追認的な視点を現します。



 裁判の世界、法律、法解釈の世界においても、最高裁判所においては「ゾレン」、こうあるべきといった視点でものごとを判断する傾向が強くなっているのかなという印象を受けます。

 
 少し古いものですが、判例時報18年9月21日号では、平成18年4月10日に出された、蛇の目ミシンの取締役に対する株主代表訴訟の判決が紹介されていました。
 ザイン、現状追認的に判断した一審判決、二審判決を覆し、取締役はこうあるべきだというゾレンの発想で、最高裁は、取締役の責任を認める逆転判決を出したものです(判時1936.27)。

 事案は簡略化すると次のようなものです。
 「グリーンメーラー」として著名な個人Aとその者が代取を勤める会社I社によって、同人らに筆頭株主になられてしまった蛇の目ミシンの当時の取締役らは、「大阪からヒットマンが二人来ている」などといったAによる脅迫に応じて、Aに対して300億円を迂回融資したといったものです。
 ちなみに判例解説によると「グリーンメーラー」の定義は、「株式を大量に取得し、高値で売り抜け又は発行会社にこれを高値で買い取らせて利益を得ようとする者」と記されています。
 
 一審、二審は、当時の取締役らには「外形的には、忠実義務違反、善管注意義務違反があったということができる。」と認定しながらも、「前記のごとき小谷のこうかつで暴力的な脅迫行為を前提とした場合、当時の一般的経営者として、被上告人らが上記のように判断したとしても、それは誠にやむを得ないことであった。」などとして、「取締役としての職務遂行上の過失があったとはいえず、被上告人らは商法266条1項5号の責任を負わない」と判示していました。

 まさに、当時、取締役の本人らがおかれた状況としてはやむ得ないよねという同情論に近いものを感じます。

 しかしこれに対して、最高裁は厳しい判断を示しました。
 「会社経営者としては、そのような株主から、株主の地位を濫用した不当な要求がされた場合には、法令に従った適切な対応をすべき義務を有するものと言うべきである。前記事実関係によれば、本件において、被上告人らは、小谷の言動に対して、警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できないような状況にあったということはできないから、小谷の理不尽な要求に従って約300億円という巨額の金員を光進に交付することを提案し又はこれに同意した被上告人らの行為について、やむ得なかったものとして過失を否定することはできないというべきである。」

 実際の当時の当事者の状況としては相当辛いものがあったであろうことは想像に難くありません。下級審では、「心労を重ね、冷静な判断ができない状況の中で」云々といった表現があります。
 
 ただ、そうであってもやはり、コンプライアンス、法令遵守、経営者たるもの、会社たるものこうあるべきという基準に従えば、現状追認ではなく、最高裁が判示するように、「警察に届け出るなどの適切な対応」がベストのあるべき選択肢だったことは否定できません。後からなら何とでもいえるという批判もあり得るでしょうが、経営責任というのはそれだけ厳しいものだということになるかと思います。



 「仕方ないよね」といった基準ではなく、「こうあるべきでしょう」といった基準に基づいた議論と意思決定が出来ない会社、取締役は、会社に損害を与えた場合、厳しくその経営判断の責任が追及されていきます。
 コンプライアンスも究極的には、取締役個人の価値観、行動基準に行き着くのでしょうが、注目を浴びているのが、組織的、体系的に法令遵守の有無をチェックできないかということかと思います。
 そこにおいては、会計的な視点と経営判断の適否といった視点が出てくるんでしょうか。
 蛇の目ミシンのホームページ(http://www.janome.co.jp/soshiki.htm)を除いてみると、組織図として、社長、取締役会のうえに株主総会が位置づけられています。そして、その間に監査役・監査役会が記され、社長の下には、「コンプライアンス委員会」が設置されています。
 
 日本軍の失策について研究した「失敗の本質」という名著がありますが、蛇の目ミシンはなぜこの件において、取締役らがザインの判断を行い、ゾレンの判断を行うことができなかったのか。
 世の中、コンプライアンスが語られる場合、失敗の研究に基づく、あるべき仕組みの研究がなされていることなのでしょう。他の会社がああしているからうちもその仕組みを真似てという程度では機能しなくって、各会社のそれぞれの過去の失敗事例を集めたうえで策を練らないと意味ないのではないかと思います。仏作って魂入れずかと。
 あなたの会社はどうですか? 
(おわり)

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January 06, 2007

「ん!?」~素朴な問題意識をもち、それを深めるということ~【松井】

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 いよいよ2007年が始まりました。
 新年の挨拶は大橋のブログに譲り、気持ちも新たに早速、新年初めてのブログの記事をアップしていきたいと思います。
 
 ところで、大橋の今年のキーワードは「シャープ」だそうです。私のキーワードは、「ぴかぴか」です。単純に、昨年末、流行の「おそうじ本」を読んだ影響です。磨かないといろいろと駄目になっていきますよね。
 ちなみに、ブログについて私個人のテーマとしては、「日々、あれこれ」といったものから進化し、自分の考えを記録し、まとめていくという点に重点が移っています。自分の考えについて整理するきっかけであると同時に、外部記憶装置といった位置づけです。なのでそれなりの分量をと意識的にしています。自分が面白い、興味深いと思って定期的にチェックするブログもそういったものが多かったので。これらについては、それこそまた改めて「日々、あれこれ」としてアップしたいと思っています。こういったことは日々、目前の業務においても絶対的にプラスになるものと信じています。「緊急ではないけど大切なこと」として実行していきたいと思っています。


2 
 さて、年末から気になっていたのは、12月28日の新聞記事です。「ネット出店料 一方的値上げなら 公取委 『独禁法抵触も』」(朝日新聞)
というものです。

 

「公正取引委員会は27日、楽天やヤフーなどインターネット商店街の大手運営業者が、出店業者に不当な手数料の引き上げなどを一方的に押しつけた場合、独占禁止法違反(優越的地位の乱用)にあたる恐れがあるなどと指摘した調査報告書を発表した。これに対し、最大手の楽天は「現状の運営は独禁法に抵触しない」と述べ、ヤフーも「指摘のような運用はしていない」とのコメントを出した。」(
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY200612270326.html)
 
 調査報告書 http://www.jftc.go.jp/pressrelease/06.december/06122702.pdf


 すっかり記憶力が衰え、何で読んだのか定かではないのですが、楽天が今ほど成長したきっかけは、当時、ネットのモールに出店するには何十万円という多額の出店料を要していた業界において、革新的に数万円という従前にくらべれば格安の出店料を設定した点が大きいという指摘をなるほどと思ったことがありました。
 数万円という出店料を魅力に思い、多数の店が楽天に出店し、出店数の拡大が利用者の拡大につながり、従前のネットモールを圧倒したという単純な流れで説明されていました。
 思ったのは、なぜそれまでのモールは数十万円に出店料を設定していたのか、なぜに楽天は「格安」での値段設定が可能だったのかということでした。ただ、記事の流し読みで敢えて自分でさらに突き詰めるといったことはしていません。



 そういう記事の記憶があったところ、ネットモールの業界で圧倒的なシェアを獲得した楽天が、「満を持して」といった様子で、安くしていた出店料を一方的に全体的に引き上げる行為をとったという記事を、また雑誌だか新聞だかで読むことがありました。
 この記事を読んだときの私の印象はまさに「満を持して」でした。値段を安くして顧客となる出店業者を誘引し、業界において圧倒的シェア、地位を確率して、出店業者の出店先の選択肢が限られたところ、自社への依存度を高めたところで、出店料を引き上げる。 単純な感想として、「えげつないなぁ」というものでした。



 といったおぼろげな記憶があったところで、冒頭の「ネット出店料 一方的値上げなら 公取委 『独禁法抵触も』」という昨年末の記事です。
 
 早速、調査報告書をネットで斜め読みしてみました(便利な時代です)。
 
 優越的な地位の濫用とは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独禁法)の2条9項の5です。
 「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること」

 これは「不公正な取引方法」とされ、公正取引委員会は、「当該行為の差止め、契約条項の削除その他当該行為を排除するために必要な措置を明ずることができる」(20条排除措置)とされています。
 またさらには、不正な取引方法によって利益を侵害されたり、されるおそれのある者は、差し止め請求を行えるし(24条)、損害をうければ、損害賠償請求も出来るとされています(25条)。
 
 ちなみに、優越的地位、自己の取引上の地位が相手方に優越していること(一般指定14項)とは、「A(相手方)にとってY(自己)との取引必要性があるということ」(取引必要性)をもって判断されると考えられています(49頁 白石忠志「独禁法講義 第3版」平成17年7月、有斐閣)。取引必要性とは、「Aにとって選択肢が狭まっており、2条4項にいう競争が制約されることを意味している」「2条4項にいう競争が十分におこなわれているか否かに着目しようというわけである」(同)とされています。
 
 また、濫用とは、「Aが負うべき合理的理由がない負担をYがAに負わせていると言えるか否かが、判断基準となる。」(上記50頁)とされています。

 公正取引委員会からの指摘に対する楽天の反論の根拠としては、1)優越的地位にあるわけではない、出店業者には他に選択肢もある、また2)出店料の値上げには合理的理由があるといったことの具体論になるのでしょう。
 実際には、例えば現状において司法で争われた場合、どのような判断となるのか興味深いところではあります。



 ところで、以上を踏まえて思ったのは、もっと自分の「素朴な疑問」を突き詰めていかないと駄目だなということです。まさに磨かれない・・・。
 「ん!?」と思ったことについて、それはどのように法的には分析できるのか、どのような具体的対処法がありうるのかを深めていかないと磨かれないままだとつくづく思いました。
 またこれは、自分のこうした「ん!?」という感覚も養っていかなければならないと危機感を抱いています。
 司法試験合格後、弁護士登録前の2年間の修習中、検察教官が言っていた言葉で印象深いものがあります。「問題解決能力よりも問題発見能力の方が大事だ。」といった言葉です。問題は、発見できれば、解決法は他の多くの知恵を借りて何らかの解決方法を見つけ出すことはできるが、そもそも問題を発見できなければ問題はそのままであるといったことです。

 素朴な疑問、「ん!?」については、自分の気づきだけでなく、相談者・依頼者の方の「ん!?」についても、理解・共有できなければ、そもそも弁護士として解決策も提案できません。
 問題発見能力、問題解決能力について、さらにぴかぴかに磨きをかけるべく、精進したいと思います。日々、反省です。


*写真は今年の干支、「猪」です。神社にぶら下がっていました。飛び出せ、猪!

(おわり)

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December 15, 2006

事業承継の問題~弁護士のこれからの責務~【松井】

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1 
 「一代目が築き、二代目が拡げ、そして三代目が潰す」という言い回しがあったように思います。何のことかというと「商売」のことです。
 「商売」といっても個人商店名でやっている場合もあれば、「会社化」している商売の場合もあります。もちろんここでイメージしている「会社」は、いわゆる「オーナー経営者」が経営している会社です。私の実家のはんこ屋さん、「有限会社成美堂」もまさにその一例です。
 一代目のおじいちゃんが築き、二代目の父が拡げ、そして三代目の兄が・・・きっとさらに拡げてくれることを祈っていますが、ここでは一代目、二代目、三代目の引き継ぎそのものについては何の問題もありません。


 と、いいたいところですが、果たしてそうでしょうか。例えば、父や兄は当然、私がはんこ屋の経営に名乗りでるなどとは夢にも思っていないかと思いますが、もし父に何かがあったとき、遺言もなくって、遺産分割協議で私が会社の権利の相続を希望し、自身が経営に乗り出したいと言い出したら?!
 また、実際、父が二代目となるかどうかというときには、生臭い話ですが、父とその兄弟との間での確執があったということを後から聞きました。この二代目問題を機に、その兄弟と父あるいは祖父母との間では実の親子あるいは兄弟でありながら、消えない溝が出来てしまったということです。
 全く不幸なことです。


 こうしたいわゆる「事業承継」の問題は、実はかつてなく切迫した状態にあるというデータが示されました。
 写真にある、中小企業庁が作成した「事業承継ガイドライン20問20答~中小企業の円滑な事業承継のための手引き~」では、「中小企業の経営者の平均年齢は57歳、この20年間で約5歳も上昇」一方、シビアな話ですが男性の生存率表が示され、57歳から72歳の間で急激に男性の生存率が下降しているというデータが示されています。つまり一代で会社を築き上げた経営者の高齢化が進んでいるというのです。
 また、近年、会社の廃業率も上昇しているデータがあり、その理由としては経営者が高齢化し、事業承継が行われずに廃業に至ったというケースも相当数あるようです。

 「団塊の世代」というと、勤務の人についてはその退職金を狙ったビジネスが、またあるいは団塊の世代の勤務の人の専業主婦の妻における年金分割制度と「熟年離婚」が話題になりがちです。
 だけど、もちろん自営業、というかオーナー会社で頑張ってきた方々もいるわけです。こういった多くの中小企業での経営者の高齢化、そして事業承継の問題がまたひとつ、多くの注目を浴びているようです。
 

 というのも、昨日、大阪弁護士会主催で、「事業承継研修」という研修が実施され、これを受講してきました。写真のパンフレットはその際に配布されたものです。
 講師の弁護士の話を聞きながら、いろいろな言葉がスパークするように頭に浮かんできました。
 せっかくなので今後、このブログで改めて自分の考えなどをまとめて整理していきたいと思います。
 確かに自身のこれまでの経験でも、親と子あるいは兄弟間、あるいは親族間、あるいは後継者がおらず事業の承継がうまくいかなかったために起こった紛争に関わってきていました。
 ありがちなのは、多数派株主となった者に追い出されて、退職慰労金も全く出されなかった、高齢の経営者が第三者に騙され知らない間に第三者が取締役と登記され乗っ取りにあいそうになった、あるいは自分は引退したいが後継人が見あたらない、会社の借入金を個人で連帯保証しており辞めるに辞められないなどなど。


 以下、ひとまずつれづれに。

□ 経営者の気持ちになってみると、元気なうちに譲ったらいいという意見に対しては、譲り切ってしまうと自身がその後、疎外されてしまうのではないかという不安。これは、個人の通常の相続の場合も同じ。
□ また、事前に譲るということは、生前贈与の問題が出てきてしまう。
□ そもそも会社は誰のものかという問題が去年、話題になったけど、法律的には明らかに株主。最後は株式での多数決原理が会社の運営を決める。
 オーナー企業をどう承継するかは、結局、株式をどうやって譲るのかの話に集約。
□ ただ、従業員や他の親族の反発に注意する必要がある。
  最悪の例は、京都の一澤帆布の例。遺言で株式が、まったく事業に関わっていなかった長男に相続され、職人は離反する。
  遺言を作ればそれでOKというわけでは決してないということ。
□ 遺言にあたっては、「遺留分に気をつけて」ということがよく言われるが、「贈与税」の問題を別にすれば、生前の贈与について「相続分の前渡し」としてある程度、実は対応可能なことが見過ごされていないか。
□ 株式については、初めから経営者に集約されていればそれはそれでよいが、例えば、国土の西武の堤一族のように、他人名義を多用していた場合はどうか。そうでなくても、実質、分散されていた場合はどうするのか。買い集めるのか。誰が?
 株式の問題については、種々の会社法上の規制が登場してくる。
 一方で、2006年の会社法制定によって、種々の株式の発行が可能となっている。この仕組みをうまく実効的に使えるものはあるのだろうか。

□ 今後、相続法の知識・技術のみならず、会社法、税法の知識・技術が問われることとなる。
□ 起こってしまった相続後の問題への対応ではなく、事後のあるいみ失敗例を教訓として、「事前のクリエイティブなアドバイス」を行っていく責務がある。

 ひとまず自分用のメモとして。
(おわり)

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December 08, 2006

弁護士の品格と戦略【松井】


 11月28日付けの日経夕刊「法化社会日本を創る」で紹介されていたエピソードでは、先日和解した旧UFJホールディングスと住友信託銀行との事業売却交渉決裂を巡っての訴訟の控訴審第1回期日でのこと、裁判所は住信側に言ったそうである。
 「また大風呂敷を広げましたね。一流企業なら品格があるでしょうから、主張をしぼってください。」
 住信側は一審で敗訴し、控訴にあたり賠償請求額を数百億円まで引き下げていたにもかかわらずということである。

 同じく日経夕刊の追想録では、10月に亡くなられた、東京の大手弁護士事務所西村ときわ法律事務所の創業者の西村利郎弁護士の言葉を紹介している。
 「知識が豊富でミスがないのは当たり前。重要なのは戦略があるかどうか。」


2 
 先日、C型肝炎集団訴訟の弁護団に加わっている友人の弁護士から、大阪地方裁判所での一部勝訴に至る訴訟活動の内容について聞くことがあった。
 まさに「品格と戦略」を感じさせる訴訟活動と評価されるべきものだったんだろうとの印象を受けた。
 
 自省の意味を込めて思うことは、弁護士としての業務活動において、時に、いったい何を目的としているのか、着地点をどのように考えているのか掴めない場当たり的とも思われるような活動、あるいはまさに単なる罵詈雑言、口にした言葉に責任を感じていないとしか思えない言動があるといったことを見聞きすることがある。その弁護士が相手方となったとき、決して信用されることはない振る舞い。そのことでどれだけの利益を失っていることか。

 弁護士1年目のとき、裁判所の弁論準備室において、相手方の弁護士が足早に部屋を去ったあと、ぽつんと残された裁判官が私に対して、怒りを抑えつつ呟くように言った言葉。「私はもうあの弁護士を信用しませんから。」この経験があったから、信用されるに足る振る舞いがいかに重要なのかということ、逆にいかに多くのものを弁護士として失うことにつながるのかを身に染みて分かった。悪い例は人のふり見て我がふり直せではないけど、分かりやすい。
 しかし、品格と戦略を兼ね備えた弁護士活動とはいかなるものか、これも当然、「見て真似よ」しかあり得ないが、真似するのは本当に難しいと思う。
 なぜなら、自分のことは自分ではなかなかよく見えないから。

 相手方の弁護士の準備書面あるいは、法廷での振る舞い、あるいは和解での振る舞いを見て、感動したことはもちろん何度もある。
 ある弁護士は、法廷から出て行くとき、誰も見ていなくても常に「法廷」に敬意を表し一礼をしていた。
 またある弁護士は、手形訴訟での反対尋問において、証人に対してくらいつき、事細かに質問を重ね、証人が言葉をはぐらかさざるを得ないようにもっていき、その信用性をぐらつかせることに成功し、見事に和解にもっていった。なるほど、手形訴訟ではこのような尋問が効くのかと非常に勉強になった。
 またある弁護士は、にこやかに反対尋問を行い、証人を油断させつつ、見事にその矛盾点を法廷でさらけ出させた。
 
 当たり前だけど、自身が学ばないといけないこと、反省しないことはまだまだいっぱいある。
 自分の準備書面はいたずらに言葉を浪費しているだけではないか、選んだ証拠は適切だろうか、相手方に対する反論は「罵詈雑言」に終わっていないだろうか。
 こちらの弱点、相手の弱点を「鳥の視点」をもって検討出来ているのだろうか。依頼者の言い分を繰り返しているに過ぎないのではないか。効果的な活動、裁判官を説得するに足る活動が出来ているのか。

 買ってまだ読んでいなかった「民事訴訟実務と制度の焦点ー実務家、研究者、法科大学院生と市民のためにー」(判例タイムズ社)という現役裁判官の瀬木比呂志判事が判例タイムズに連載していたものをまとめた本を読んでいる。
 第10章 事実をどのように把握するか?
     一 当事者本人の話をどのように聴くか?
     二 距離をとって事実をみること(鳥の視点、虫の視点)
     三 相手方の視点から事実をみること
     四 主観的な確信の検証、法律家の常識・社会的常識との各照合
 第11章 準備書面の書き方等
     一 書面と口頭のプレゼンテーション、また、法廷におけるやりとりのわかりにくさについて
     二 一般的な主張のあり方
     三 準備書面作成のあり方
       1 一般的留意事項
       2 っまとめ準備書面の効用と最終準備書面
     四 裁判官の主張整序のあり方と手控えの作成方法
    
 
 意識しないと、何の根拠もない「経験」だけで仕事をしてしまいがちなところ、改めて自身を「検証」したいと思う。

(おわり)
 

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December 01, 2006

「取引のまとめ屋さん」たち~節税スキームで皆がハッピー?~【松井】

1 
 日本語文庫版は2003年11月に出た古い本だし、元は1997年6月にアメリカで出版された本だけど、今改めて「クルーグマン教授の経済入門」(ポール=クルーグマン、訳山形浩生、日本経済新聞社)を読んでいる。
 10年以上前のアメリカの経済を分析した本だけど、なかなか面白い。というのも読んでいると、まさに日本がアメリカの状況の10年遅れなのかなといったことを実感するから。

2 
 例えば、「企業ファイナンス」の章。アメリカではこの章は第三版からは削除されているとのこと。訳注では、「最近はアメリカでじゃLBOとか下火だからだろうと思う」と書いてある。まさにそのとおり。しかし続いてこう書いてある。
 

「でも、ヨーロッパでは今LBOとか買収が増えてきてる。たぶん、日本にそれが飛び火するのも時間の問題だろう。21世紀初頭ってとこじゃない?金利も安いし、株が暴落してるし、そろそろやりやすい時期だと思うよ。それに某お役所は、M&Aを促進しよう!なんてことをマジに言い出しているし。」

 そして、最後、「くわばらくわばら」と(前281頁)。
 
 またアメリカの財政赤字と貿易赤字の問題について。日本に関しては、特に財政赤字について考えるとなかなか興味深い。
 40年ものの国債なんかを発行しようとしているようだけど、まさに「先送り」??? アメリカで、いろいろな問題を先送りした結果がどうなったかなどが書かれている。たとえば、責任のない自由を意味した「規制緩和」によってどんなことが起こったか。
 古い本だけど、読み直しても興味が尽きない。
 

 そんな中出てきた言葉が、「取引きのまとめ屋さんたち」(前282頁)。
 
「80年代は、企業ファイナンスですさまじい財産が築かれた時代だった。この時代の英雄は、アップルのスティーブ・ジョブスとか、ロータスのミッチ・ケイパーとかいった事業家たちだった。でもホントにでかい金をかっさらったのは、取引のまとめ屋さんたちのほう。19世紀末は強盗貴族たちの時代だったけど、80年代はそれ以上の意味でファイナンスの魔術師どもの時代だった。」(前同)。

 思い出したのは、今年の判例時報7月11日号(1929号)で紹介されていた法人税法に関する最高裁判決だった(最判三平成18年1月24日判決、法人税更正処分取消等請求事件)。

 判決文によれば事実関係は、ざっとこんな感じ。

Photo_2


 始めにメリルリンチさんが、不動産業者さんにこの取引き、スキームの勧誘を行った。節税になるよって。利用するのは、法人税法の31条、減価償却費の損金算入。映画は固定資産と扱われるけど、減価償却期間は2年。そこで、多額の黒字が出た事業年度において、減価償却費の損金算入を行い、利益を圧縮して法人税を節税しようとするもの。

 出来たスキームはどんなもんか?
 1 日本の投資家から、26億円を集める。
   こでれ「エンペリオン」という民法上の組合を作る。
 2 エンペリオンは、オランダ銀行から63億円を借り入れる。
 3 エンペリオンは借入金と合わせた金額のうち、85億円をジェネシスという海外の会社に支払い、
  映画を購入。
 4 このとき、エンペリオンは、オランダ銀行とメリルリンチさんに合計4億円あまりを手数料としてお支払い。
 5 そしてエンペリオンは、これまた海外の映画配給会社IFDというところに映画配給権を付与する。
 6 もちろんこれで終わりではなくって、エンペリオンは、IFDとの配給契約の際、「本件映画につき、
  題名を選択し又は変更すること、編集すること、全世界で封切りすること、ビデオテープ等を作成すること、
  広告宣伝をすること、著作権侵害に対する措置を執ることなどの権利を与えており、
  このようなIFDの本件映画に関する権利は、本件配給契約の解除、終了等により影響を受けず、
  IFDは、この契約上の地位等を譲渡することができ、また、本件映画に関する権利を取得することができる
  購入選択権を有するとされ、
  他方、本件組合は、IFDが本件配給契約上の義務に違反したとしても、IFDが有する上記の権利を
  制限したり、本件配給契約を解除することはできず、また、本件映画に関する権利をIFDの権利に
  悪影響を与えるように第三者に譲渡することはできないとされ」といったものだった。
 7 またエンペリオンとIFDとの間におけるIFDのエンペリオンに対する支払債務については、
  なんとこれまた海外のHBU銀行が保証してくれている!

  これはどういうことか!?
 

 「本件組合は、本件売買契約により本件映画に関する所有権その他の権利を取得したとしても、本件映画に関する権利のほとんどは、本件売買契約と同じ日付で締結された本件配給契約によりIFDに移転しているのであって、実質的には、本件映画についての使用収益権限及び処分権限を失っているべきである。」
と最高裁は判断してしまった。

 8 では、お金の流れはいかように?
 エンペリオンがジュネシスから86億円で買った映画は、CPIIという映画製作会社が制作するものであったけど、CPIIがジュネシス経由で86億円を受け取った。  
 そしてCPIIは、IFDとの間で本件映画に関する第二次配給契約を結んで、CPIIはIFDに対して、エンペリオンがオランダ銀行から借り入れた63億円相当額である6000万ドルを支払い、エンペリオンがIFDに許諾した映画配給権をCPIIが手に入れた。
 つまり、映画製作会社であるCPIIの手元に、86億円ー63億円=23億円が残った状況。そしてこのCPIIが自分が作った映画の配給も行う。
 IFDのもとに入った6000万ドルは、エンペリオンに対して、映画配給契約に基づくお金として支払ったもの。
 そして何と、

「本件組合が本件借入契約に基づいてオランダ銀行に返済すべき金額は、IFDが本件配給契約に基づいて購入選択権を行使した場合に本件映画の興行収入の大小を問わず本件組合に対して最低限支払うべきものとされる金額と合致し、また、IFDによる同金額の支払債務の大部分については、本件保証契約によりHBU銀行が保証しており」
という状況。

 こんなスキームを考えた、「取引のまとめ屋さん」メリルリンチさん、ご苦労様といった感想です。
 
 こんなスキームに対して、税務署のみならず最高裁の判断はというと、次のとおり。
 さっきの組合が映画の所有権を取得しているとはいえないという判断に続き、

 

「このことに、本件組合は本件映画の購入資金の約4分の3を占める本件借入金の返済について実質的な危険を負担しない地位にあり、本件組合に出資した組合員は本件映画の配給事業自体がもたらす収益についてはその出資額に相応する関心を抱いていたとはうかがわれないことをも併せて考慮すれば、
  本件映画は、本件組合の事業において収益を生む源泉であるとみることはできず、
  本件組合の事業の用に供しているものということはできないから、
  法人税法(平成13年法律第6号による改正前のもの)31条1項にいう減価償却資産に当たるとは認められない。」

  ちゃんちゃん。
  
  「過ぎたるは猶及ばざるが如し」
  誰だ、こんなスキームを考えたのは?!
  で、誰が儲けたの?

(おわり)

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November 21, 2006

夕張市破産宣告~それは近い将来の日本の姿?~【松井】

★追記あり

 11月19日付けの日経新聞では、「財政破綻の夕張市 住民説明会が紛糾」との記事が載っていた。
 「高齢者へのバス運賃の補助廃止や除雪の見直しなどの施策」が説明されたようだ。
 しかし、「大半が抗議し退席したため説明会は途中で打ち切られる形で終わった。」という。



 主観的にはともかく、客観的には返すあてのない借金をして、借りたお金をジャブジャブと「たんこうからかんこうへ」の「施策」「施設」につぎ込んだ結果か。
 地方でみた、社会保険料によって作られた「グリーンピア」施設を彷彿とさせるお金の馬鹿な使い方。
 
 象徴的な写真が、不肖・宮嶋茂樹のホームページで掲載されていた。
 
 http://www.fushou-miyajima.com/gekisya/060807_01.html

 泣けてきた。


3 
 炭坑の町の終焉に危機感を感じ、何か施策を打ってでようという発想、危機感をもつのは間違っていないと思うけど、
 危機に対する「対策」が間違っていると、傷口を広げるだけで下手をすれば取り返しがつかないという見本のような行政になってしまった、夕張市。
 「対策」を執るには、当たり前だけど「根拠」のある見込みに基づいた計画がまず一番で、やってみたら「検証」が不可欠で、検証で間違いが分かったら「修正」する、場合によっては「撤退」して、新たな計画を立て直す、それだけのことがなぜ出来ないのか。
 泣けてくる馬鹿さかげん・・・。

 でもよく考えたら、夕張市市民だけのもんだいじゃなくって、これは日本の住人全ての問題なんだろう。
 日本の借金、国と地方をあわせてしめて、770兆円。
 返すあてはあるのか。
 
 1 収入を増やして、
 2 支出を減らす。

 これしかないんだから、執るべき方策は見えているけど、1どこからの収入を増やして、2どの支出を減らすのか、その選択を監視するしかない。
 間違った「対策」が執られないように勉強しないといけない。

 今朝の新聞広告でジョセフ・E・スティグリッツの翻訳最新作が載っていた。「世界に格差をバラ捲いたグローバリズムを正す。」(徳間書店)。「自由化と民営化を旗頭にしたグローバル化は世界に格差社会を撒き散らした。一体それはなぜなのか?アメリカのエゴに歪められたグローバル化のからくりを暴き、全ての人に利益をもたらす新システムを提言する!」とある。
 読んでみよっと。
(おわり)

追記
 弁護士のPINE’S page さんのブログでも夕張市の破綻、再建について触れられているのを発見しました。
 そこで、夕張市が公開している再建の基本的枠組みといものも紹介されていました。
 基本的枠組案
http://www.dolphin.co.jp/hpr/yubari/saiken/20061114saiken.pdf
 余談ですが、同じ事柄を記事にするにしても日経と毎日ではやっぱり違うなぁ。毎日の方が読み応えあり。

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November 18, 2006

従業員の解雇~労働市場の流動化、「弁護士」の流動化、あるいは考えの迷走か?【松井】

1 
 11月18日付けの日経新聞朝刊の1面は、「解雇紛争 金銭で解決」となっていました。

 労働政策研究・研修機構という機関の調べによれば、企業が社員を解雇した理由としては、「経営上の理由」が約50%、次に「仕事に必要な能力の欠如」が30%弱、「本人の非行」「職場規律を乱す」がそれぞれ約20%強のようです(複数回答)。



 数ヶ月前、フランス政府による、若者の解雇の容易化を打ち出した法案に対して、各地でデモ等の反対活動が起こり、結局、法案が撤回されたという事件がありました。
 雇われる若者にしてみれば、働き初めて数ヶ月で何ら理由なく解雇されるというではたまったものではありません。
 これは若者に限らず、大学を卒業してから「就職」し、このまま60歳の定年までこの会社で働こうというつもりでいた、例えば30年の住宅ローンを組んだのに、35歳のある日、「きみ、来月、辞めてくれないかな」と言われた場合を考えたら、たまったものではありません。
 この「たまったものではない」という感情が何かというと、まさに「人生の計画が狂う」ということだと思います。人生とまではいわなくても、来月、来年とこれだけの「給料」をもらえる、「収入」があると「信頼」していたのに、この信頼が裏切られる、つまり生活設計が狂うということです。



 働く側にしてみれば、「雇用」=まず「収入」です。数ヶ月後の収入の当てがないという恐怖を味わうことになります。
 従業員の信頼を裏切ってはならない、従業員は期間の制限なく雇用されている、つまり少なくとも定年である60歳までは収入が確保されるべきという考えが、終身雇用の労働体系をもとにした裁判所の解雇規制法理かと思います。

 

 「信頼を裏切ってはならない」という考え、価値観が多くの裁判例からも裏付けられるかと思います。また、ちょっと違うかもしれませんが、「禁反言」の法理といわれるものがあります。あのときこう言っていたのに、今更違うことを言っちゃいけないといった価値観といえるでしょうか。
 今回検討されている法制度は、解雇の不当性を争う従業員に対し、企業に対して、「解雇無効確認の訴え」ではなく、「社員が職場復帰を求めない代わりに、金銭による補償を請求する訴えを認める制度」らしい。補償金の下限を年収の2年分といったように明示するようです。
 「労働組合の代表者らは解雇の乱発を招くとして警戒している。」とあるように、逆に考えれば、企業としては、どうしてもこの従業員を辞めさせたい、少なくとも定年まで働いてもらいたくはないと考えたら、その従業員が36歳であれば60歳ー36歳=24年間の給与の支払い、その他のその従業員がいてもらうことによる不都合と考えることを天秤にかければ、年収の2年分あるいは4年分であっても、それで解雇できるなら「しめたもの」になるのは明かでしょう。
 
 こうして「労働市場 流動化促す」が実現されていくのでしょう。
 流動化された「労働」は次の職にたどりつけるのか。35歳で解雇されたものが次にどのような職を見つけることが出来るのか。例えば、これが50歳だったらどうなのか。
 日経のデータをみれば、ただ日本の完全失業率は、数年前をピークに下がってはいるようです。
 
 解雇については、「経営上の理由」にしても、「仕事に必要な能力の欠如」にしても、やはり第1には、解雇回避のための雇う側の努力は不可欠でしょう、当たり前だけど。補償金制度も、この努力が第一という従前の考えを否定するものでは決してないはずです。 そして努力しても、どうしても解雇しないと企業そのものに必要以上のダメージが及んでしまう、この段階にまでいったときには確かに「補償金制度」が意味あるものであることは雇う側の立場を想像すれば否定するものではありません。
 従業員にしても、期間の定めのない終身雇用をむやみに信頼してはいけないという、不安感、不信感、緊張を要求されることになるでしょう。
 これが労働市場の全ての関係者にとって吉とでるのか凶とでるのか。私には分かりません。
 今年の会社法制定のように、まずは試してみて、駄目だったら修正というのが一番なのかもしれません。


5 
 今回の法制定の動きをみて、何を言いたいのか自分でも判然としませんが、最近考えていることの一つに、弁護士数の大増員の問題があります。
 人数が増える、新株発行と同じで一株の価値、弁護士一人一人の価値が相対的に下がる、喰えない弁護士が出てくる、喰えない弁護士は悪いことをして非行弁護士が増える、そして社会に迷惑をかけるという話があります。
 しかしそもそも、司法試験に合格し、研修所を卒業して、弁護士の資格を得たからといって、まさに「終身雇用」のように「喰える」「60歳くらいまでは収入が保障される」なんていう信頼を持つことそのものが、そもそも理由がないのではないかと考えています。
 「司法試験に合格して、弁護士になったら収入は安泰だ。」
 「大学を卒業して、大企業に就職したら収入は安泰だ。」
 
 非難囂々(ひなんごうごう)を畏れずに(いや畏れながらも)、今の自分の単純な考えを述べてみると、二つともそもそも幻想なんじゃないかしらと・・・。自営業、経営者の人で、3年先、5年先、10年先が保障されているなんて考えている人は皆無かと。
 そもそも「信頼」を寄せる根拠がいったい何なのか。それは単にそれまでの「前例」に過ぎないのではないかと。その「前例」がいったいいつまで続くのか、そのことについて責任を負うべきものがいるのか、いないんじゃないかと。大きな歴史の流れそのものに責任を負うものがいないのと同じで・・・。
 つまりどういうことかというと、自分でまとめてみるに、「幻想に頼らずに、生き抜きましょう」ということ。
 そうすれば、自分以外のものにふりまわされずに生きていくことが出来ます。
 
(おわり)
 

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November 17, 2006

契約締結交渉~相手の望みを考える想像力~【松井】

1 
 ここ数ヶ月、契約の締結、つまり合意形成について考えさせられる事件がいくつかありました。
 例えば、支払金額以外のことは何もわからないという「工事請負契約書」という名の「契約書」(いったいどんな建物作るっちゅうねん!)。そしてもう一つはありふれたともいえるはずの立退交渉における家主側の交渉の拙さ。
 それぞれ、結局は合意を形成する過程の「交渉」の拙さ(まずさ)が諸悪の根元だと感じました。

 交渉の拙さ。それは例えば、極端には次のような話。
 相続が発生し、もう何年も音信不通だった遠方の親戚が法定相続人にあたることがわかり、現に暮らしている被相続人名義の土地建物を取得したいと望んだとき、法定相続人全員との「合意」が形成されないと希望した結果を得ることはできません。
 このように関係者から合意を取り付けないといけない場面で、最悪なのは、「私は、全てを●●さんに譲ります」といった書面を作って、これに署名、押印してくれと送りつけることでしょう。
 このようなやり方で合意が得られるのか、結果はちょっとした想像力があればすぐに分かるはずです。
 しかし不思議なことに、このようなやり方をされているのを目にすることがあります。 ある日突然、何の説明、情報開示もなく、これにハンコ押してと言われたら、人にどのような感情がわき起こるか。
 通常、「怒り」でしょう。あるいは、不信感、猜疑心。いずれにしても、この人と前向きに協議しようといったプラスの感情が生まれる訳がありません。


 交渉の拙さというのは、結局、相手方に不信感を生じさせることだと思います。このために、一歩進むのもまさに石橋を叩く状態、最悪は渡たりかけた橋から引き帰えされるという流れです。
 そこで当たり前に考えれば明かなことはただ一つ、交渉をうまく成立させ、こちらが望む結果を得るためには、
 1 関連する事実、こちらの希望等をまずは相手に詳細に説明する。
 2 そのうえで、相手の希望を聞く。
 3 双方の希望に差がある場合、これをいかに縮めるのかという作業を行う。
 至極当然のことですが、これに尽きるかと思います。これを一言で言うと、以前の羽賀研二(「誠意大将軍」を名乗っていた。)ではありませんが、「誠意」なのだと思います。

 相手方が交渉に失敗し、依頼者が弁護士のもとに駆け込むとき、相手方にこの「誠意」が欠けていたということがほとんどです。
 自ら「不信感」を植え付ける言動をとっているのです。
 そして結局、弁護士が登場し、時間も労力もかかってしまう、しかも望んだ結果が得られないという事態にもなりうるのです。

 労を惜しまず、初めから、交渉相手の言い分に耳を貸し、情報公開、情報提供(例えそれが、指摘を受けてからの事後の対応であろうとも迅速に)などを行っていれば、芽生えた不信感も払拭され、事柄がスムースに進むこともあるはずです。
 
 数々の交渉をこなしてるであろう業者でありながら、全く不慣れな様子、何ら交渉のノウハウがないのを目の当たりにし、人ごとながら大丈夫だろうかこの会社はと心配したりして。社内教育が疎かにされているんだろうとしか思えません。
 
 そういえば管財事件においても、担当者がもう少しうまく対応してくれていれば、こちらは訴訟を起こさなくても済んだのにという事件もよくあります。
 訴訟に要するコストを考えたら、交渉担当者の交渉マニュアルの作成、教育の方がはるかに安上がりだと思うのですが。

 どんな仕事であれ人間相手ですから、人間相手ということは、感情なく常に経済的合理性だけで行動意思決定がなされるわけではなく、「感情」が大きな要素を占める、無視できないということ、例えば相手の希望、ときには面子といったものにも配慮しないと事はスムースにはいかないということ。
 当たり前のことのように思うんですが、なぜこれを相手方が出来ないんだろうか・・・。いつも不思議です。
 日産のゴーン社長が大事に考え、実践していることは、「相手の話をよく聞く」ということだそうです。真理かと。
 裁判も、双方の言い分をよく聞く裁判官の判決あるいは和解案には皆、納得することが多いです。
(おわり)

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October 23, 2006

Chain World 【松井】


 大阪市の中之島にある国立国際美術館で、「エッセンシャル・ペインティング展」が開催されていました。
 開催を案内する新聞記事で目にしたマルレーネ・デュマスという人の「ヘレーナの肖像」に惹かれ、同展に足を運びました。
 ところが、美術館では「小川信治展ー干渉する世界ー」というものも開催され、ついでに見たつもりが、結局、帰るときにもっとも印象に残っていたのは、この小川信治の映像作品「Chain World]でした。

 遠景の様々な風景から、徐々に一つの対象物に近づいていく、そしてもうこれ以上接近できないといったところから、また映像の「眼」は徐々に遠景になっていく、その繰り返しによって、パリのエッフェル塔からヨーロッパの片田舎ののどかな緑の風景、教会前の広場に集まる人々と次々と切れ目なく映像が展開していく。
 まさに Chain World 。

 がらがらに空いた美術館で一人、ベンチに座ってこの映像をただただ眺めていました。

2 
 22日の日経新聞の朝刊の最終頁で、伊集院静が文章を載せていました。
 「『ようこそ』気品ある響き。」
 なんのことかと思えば、伊集院静が旅した際、アウシュビッツのミュージアムを訪れ、その際、同ミュージアムで唯一の外国人公式ガイドである日本人の中谷剛さんが、伊集院静を迎えたときのことばでした。
 「ようこそ」
 この日本人公式ガイドの方のことはもう以前から実は知っていました。
 というのも、友人が以前、一人、どうしてもアウシュビッツを見ておきたいということで一人旅に出るとき、彼女が日本から事前に連絡をとりガイドをしてもらったというのがこの中谷さんだったからです。彼女から、この中谷さんのことはいろいろと聞いていました。
 その後まもなくしてこの中谷さんが本を出した、あとがきには友人の彼女の名前も出ているというので、買ってみました。

 アウシュヴィッツ博物館案内
 中谷 剛 (著)
 
 買ったけど、例のごとくまだ読んでいませんでした。

 会ったこともない人なのに、友人の知人であるというだけで、伊集院静が触れているというだけで、なぜか懐かしく、全く知らない人のような感じがしない。
 Chain Worldではないけれど、つながっている感じ。

 「私たちは中谷さんと当時、収容所に列車で連れてこられた人々が歩かされた道をともに歩き出した。足下に野の花が咲いていた。収容宿舎、ガス室、遺体処理室、人々の身体から剥ぎ取るように没収された夥しい数の衣類、靴、メガネ、そして子どもたちの玩具・・・、そこに戦争とは何かを無言で教えてくれる真実の力があった。」
 伊集院静はこう書いていました。


 そういえば、Europe WatchのTIさんのブログで、「War Children」というイギリスの教科書が紹介されていました。

 高村薫は、子どもの命も老人の命も同じ命であって子どもを殺したら死刑という考えに対してそれでいいのかという疑問を投げかけていたように思うけど、戦争であれ、虐待であれ、まさに何の罪もない子どもが命を落とすことについては、よりいっそう胸が締め付けられる思いがします。何とか出来なかったのか、と。

 ただ確かに、子どもであれ、大人であれ、他人に命を奪われたり、自由を奪われるということについて、何も感じない人はいないでしょう。怒り、悲しみ、やるせなさ。
 政治が政治たるゆえんはここにあるんじゃないだろうかと思います。つまり、多くの人間が暮らす社会において、安全に自由に暮らすことが出来ること、そのための憲法であり、法律であり、議員であり、公務員。
 このために要する必要経費として税金を払っている。

 核兵器での武装や憲法改正よりも、外交交渉力をまず勉強して欲しいです、日本の議員。最低限の安全である戦争回避、そのために最大限の力を振り絞って欲しい。
 Chain World の怖さを実感できないんだろうか、戦い=殺し合いをしたらいいという人は。

(おわり)

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October 14, 2006

ベトナム社会主義共和国~法の下の平等~【松井】

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1 

 英会話の先生がベトナムとの貿易の仕事をしていたこともあり、ベトナムでのビジネスの事情を聞くことがありました。
 ベトナム社会主義共和国。
 7年ほど前、所属する事務所の旅行で3,4日ほど旅したときの記憶があるだけでした。
 しかし今や、ベトナムと日本との間のビジネスは、日本にとって第二の中国かというくらいに緊密になりつつあるようです。
 書店に行くと、ベトナムビジネスといった本がたくさん並んでいます。また新聞でも、日本の企業がベトナムで工場を造ったというニュースがちょこちょこと載っています。
 またベトナムの法整備のため、日本から裁判官や弁護士がベトナムに派遣され、現地で活躍しているという話も聞いていましたし、実際、ベトナムでその仕事に携わっていた弁護士からの話を直接に聞いたこともあります。

 中国には圧倒的な土地と人口があります。
 それに対して、ベトナムはどうなんでしょう。


 一種のベトナムブームに水を差すわけではありませんが、18年ほど前の1980年代後半のNIESブームを思い出さずにはいられません。
 NIES newly industrializing economies
 振興興業経済地域
 韓国、台湾、シンガポール、ギリシア、メキシコなどを指しました。

 アジアでは、韓国、台湾、香港、シンガポール、特に韓国が注目されていたように思います。たしか丁度、1988年、ソウル・オリンピックが開催されました。

 しかし、その後どうなっているのか。

 Wikipedia では簡単に次のように記されていました。
 「1990年代になると、賃金上昇によるコストアップや、97年のアジア金融危機などにより、アジアNIEsは産業構造改革を余儀なくされることとなった。」



 
 中国もそうだし、ベトナムもそうですが、まずは法的な安定性が確保されるかどうかが要となるのではないでしょうか。「法の下の平等」です。
 上海では汚職事件が摘発されました。
 ベトナムでは今後、どうでしょう。

 今日、大阪弁護士会館では「いま一度、死刑を考える」として集まりが開催されていました。講演には、「レディージョーカー」などで有名な作家、高村薫さんが講師として登場し、「死刑について思うこと」と題して話しをしていたようです。
 先日、奈良での小学校1年生の女の子を誘拐して殺害した被告人に死刑判決が言い渡されました。
 この判決に対して、高村さんは新聞記者との対話で疑問を投げかけていました。
 法の下に平等な判決が下されたのだろうか、と。
 
 日本国憲法のもと法の下の平等が保障されているという日本においてすら、法の下の平等というのは本当は非常に危ういものなのかもしれないという思いが頭をよぎりました。 先日のタイでのクーデータ-についても非常に驚きました。タイでもまだクーデーターが起こり得るんだ、と。

 安定のないところ、信頼のおけないところ、そんなところでは危なっかしくって自由なんて到底ありえない。
 久々に憲法についてちょっと考えてみました。

 ちなみに上記の高村薫さんの講演があった集まりについては、大橋が司会をしていますので、詳細は大橋からまたエントリー記事があがるかと期待しています。

*写真の「ベトナム実用法令集」はちょっと必要に迫られて購入しました。8000円。た、高い。需要がまだまだないということなんですね。
(おわり)

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October 06, 2006

賢い消費者になるためには~NEEDとWANT【松井】


 先日、「賢い消費者になるためには~悪徳商法の被害にあわないために」と題して、とある市の法の日特別講演ということで、大阪弁護士会からの派遣で講演をしてきました。
 ちなみに内容はこんな感じです。

 第1 被害にあわないように
  1 被害にあうとどうなるのか
    後悔先に立たず。
    よくある経過。
  2 とにかくパターンを知る
    敵を知り 己を知れば 百戦あやうからず。
    お金は大事。
  3 最近の事例紹介
    加害者は、素知らぬ顔でやってくる。
  4 おかしいなと思ったら一歩、踏みとどまる
    その場で署名して書類作成などしない。
    他人の意見を訊いてみる。
    引き返す勇気を持ってみよう。
  5 断る勇気を持ってみよう
    誰も家まで来たりはしない。所詮、その他大勢の一人にすぎない。

 第2 被害にあってしまったら
  1 相談する
    被害は恥ずかしくない。
    消費者センターは無料アドバイス。
    弁護士は怖くない。
  2 お金を払わない
    渡したものを取り戻すのは大変。
  3 戦う
    書面を送付。
    裁判は怖くない。
                     以上
2 
 20名ほどの出席者と少数だったので、質疑応答も入れて1時間30分ほどの講演だったのですが、もっぱらモニター商法ダンシング事件のときの騙しの仕組みや関係者がどういう利害で動いているのかといったことをホワイトボードを使って説明してきました。
 
 このとき話をしながら改めて考えたことがあります。
 「被害」というものに遭わない一番のポイントは何か。

 アメリカでは小学校で生徒に対するお金の教育で次のことをまず区別させるという記事を読んだことがあります。
  
  NEED と WANT 

 それは必要なのか?
 それは欲しいものなのか?

 いわゆる悪徳商法被害に遭わないためには、やはりまずこの確認なんだろうなということです。
 
 業務誘因販売、内職商法にしても、30万円、40万円もするパソコン学習キットなりが本当に「必要なのか?」ということだと思います。

 ここで、おやっ!?と立ち止まり、第三者に相談したら、それは騙しの手口やで!と教わりひっかからなくて済むかもしれません。
 講演会では、とにかく一人で判断せず、おやっと思ったら消費者センターにでも電話相談してくださいと消費者センターの宣伝をしてきました。
 無料だし、電話相談に応じてもらえるので、ちょっとした相談でも気軽に相談できます。

3 
 ところで、よく考えたら、弁護士の広告などではお気軽にご相談くださいとうちもそうですがアピールしていますが、電話相談に応じるところはまだまだ少数派だと思います。 なぜなら。
 弁護士は、相談者からの相談にはまず会って直接に話を聞いてから、話を聞いて、かつ直接にアドバイスすることが大事だと考えているからです。なぜ大事か。間違ったアドバイスをしない、発言に責任をもつ、そして時間制の相談料をきちんと払ってもらうという考えがあるからです。我が事務所でもこの方針を変えるつもりはありません。

 なので、本当にお気軽にご相談をというのなら、やはり弁護士事務所よりも消費者問題については消費者センターの方が優位に立つはずです。
 センターの相談員の方は、消費者問題の最前線にいます。研修を経た市の職員であり、無料だからといってもちろん無責任な回答をすることなどはありません。
 
 講演ではセンターの利用を強調してきました。弁護士にすぐに相談してくださいといえないところでのジレンマを感じながら。電話相談は応じられず、来所していただいたら時間制で1時間1万0500円を請求させて頂かざるを得ないの消費者問題でお気軽にとは費用負担を考えるとなかなか言いづらいところでした。
 
 悪徳商法は本当にもぐら叩きのようです。手を変え品を変え。
 被害に遭わないように「賢い」消費者が増えて欲しいと願っています。

以上

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October 02, 2006

年齢差別禁止法~法律の必要性と影響力~【松井】

 10月1日付けの日経の朝刊記事から。

 年齢差別禁止法が英国で10月1日から施行されるようです。
 中身はというと。

 

「公的年金の受給開始年齢である六十五歳未満に定年を設定することや、研修や昇進を年齢で区切りることも違反となる。違反と認定された企業は従業員らの損害賠償制度におうじなければならない。社内規定の見直しを迫られる企業や組織も少なくないとみられる。」

【追記】 Europe Watchさんのブログでも紹介されていました。
そこで紹介されていた参考資料。英語だけど・・・。

 実家は自営業であったし、自身も自営業なためか、人生を逆算で考えたことがあまりありませんでした。

 会社勤務だと、定年が○○歳なので、その後の確保できる収入は年金、年金は大体見込みでは年間○○円、となると住宅ローンを組むのは△△歳までに組んで、定年までに支払いを終える必要があるなどなど。

 実際、目の前でこういったことを普通に口にしているのを耳にしてビックリしたことがあります。「ライフプラン」とはこういうものなのだとは思うのですが。


 小さな記事だったので詳細は分かりませんが、イギリスで上記のような「年齢差別禁止法」が施行されるようです。

「少子化対策の一環として高齢者雇用の促進を狙う」
ということなので、出生率、人口比率からして「少子化」「高齢者」社会の日本でも、当然、数年後には日本でもこのような制度が法制化されることは火を見るよりも明らかななのではないかと思います。

 となると。
 現実問題、日本では、「社内規定の見直しを迫られる企業や組織も少なくない」どころか、ほとんどが見直しを迫られるのではないでしょうか。
 また雇う側だけでなく、従業員の立場においてもまさに「ライフプラン」の見直しが始まるでしょう。
 
 今後の国会や法制化の動きに対して要注目だと思います。
 雇う側を拘束する法律なので、雇う側から法制化の動きが活発になることはまずないはず。となると、どこが何のために動くのかと言えば、年金制度の信用・財源を維持確保しなければならない立場の方からの動きになるかと思います。あるいは労働者団体からか。 いずれにしても大きな影響力をもつ法律となるのは間違いないので、どのようなものができあがるのかは注目です。

 消費者契約法の改正作業における団体訴権制度の導入、その中身について、様々な動きがありました。そして結果、現在の改正となりました。
 この間、消費者保護委員会の弁護士などが東京へ行き活発に関わってこられ、その中で委員として、立法過程の動きの情報を得ていました。
 先端で動いておられた方曰く、実際に効果的に行動するノウハウが必要、大切だといったことを口にしておられたのが印象的でした。
 そういう意味では、衆・参議院あわせてわずか1000人以下の国会議員の役割というのはとんでもなく大きいものです。この人たちの投票によって法律が出来るか否かが決まるのです。
 当たり前のことですが、国会議員を選ぶ選挙は大事だ、国会議員たる人の資質は大事だ。タイゾー議員は働いているのだろうか・・・。神取忍は大丈夫なんだろうか・・・。
(おわり)

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September 26, 2006

マンション建替え~利害関係者は誰?~【松井】


 「耐震強度偽装事件と法律問題ー民事上の問題を中心として」鎌野邦樹千葉大学法科大学院教授の論説を読みました(NBL 2006.4.1。15頁)。

 うち「国の提示した支援策」という項目において、今回、被害に遭った分譲マンションの住人に対する公的支援策について述べられていたことが、私としては興味深かったので触れておきます。



 11棟のマンション住人に対しては次のような公的支援が行われるようです。
 
 

国と地方自治体との費用の負担の下に、地方公共団体(実際の事業はこれから委託を受けて都市再生機構が実施。ただ、現実には民間業者の活用を予定しているマンションもあるということである)が、当該マンションの区分所有者の建替え決議を前提として、土地を買い取り、これを除去した後に、マンションを再建する案が示されている。

 これに対して、筆者は次のように異なる方向性があることを示唆しています。この点を非常に興味深く読みました。

 

なお、区分所有関係の最終段階を「解消」(特別多数決による一括売却等)ではなく「建替え」としているわが国の区分所有法制においては今回の支援措置が当然こととして選択されたと思われ、また、そのこと自体は是認されよう。ただ、今後は、区分所有関係の最終段階として「建替え」だけでよいのかといった立法全体のあり方とともに、政策面における公的支援策のあり方として、住居(費)の手当て等のほか、「建物の解体・除去」または「土地の買取り」までに限るのではなく、果たして「建替え」まで必要なのかといった点についての検討が必要となろう。


 この指摘を受けて思い出すのが、阪神・淡路大震災の際に倒壊した分譲マンションにおける建替えを巡る紛争、さらにはこれを契機として出来たマンションの建替えの円滑化等に関する法律です。
 確かに、建替えが即、是といえるのか否か。他の途、「解消」という途も選択肢として用意されるべきではないか。以前から頭の片隅に疑問としてあった点でした。
 先日、建替えを巡る紛争でマンション住人が訴えられているという話を知人からちょうど聞いたところであったこともあるかもしれません。
 一当事者側からの話ではあったのですが、実際、自分が暮らしてきたマンションに関して裁判まで起こされるということの一住人の精神的負担を考えたら、あぁ、そんな時代なんだなぁと思ったことを覚えています。
 マンション建替え問題は、今後、老朽化マンションが増えてくることは明らかなので、当然、建替えに関する紛争も頻発してくるものと予想されます。
 この問題に絡む利害関係人は住民だけではない、~要は、何がどうなると誰が得をして、誰が損をするのかといったこと~ということをよく考える必要があるのではないかと個人的に思っています。
(おわり)

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September 16, 2006

恐怖心~刑事裁判というもの~【松井】

1 
 先日、10か月ちかく審理が行われた刑事事件の判決言渡しがありました。起訴事実は強盗致傷という法定の量刑が最低でも懲役6年という重大犯罪です。
 私が弁護人を務めた被告人に対して、検察官は懲役6年を求刑していました。
 結果、裁判所はというと、懲役1年6か月、執行猶予3年というものでした。
 3人の強盗の共犯事件として起訴されていたのですが、強盗の共謀について皆、否認し、裁判所も強盗の共謀は、事前においても、現場においても認めるに足る証拠はないとして、検察官の主張を容れなかったものです。
 しかしながら、傷害の幇助、窃盗という点では犯罪が成立するものとして上記の判決となったものです。


2 
 判決の理由の読み上げを聞く限り、裁判所は、捜査段階における被告人らのいわゆる自白調書、検察官が作成した調書について、その信用性を認めませんでした。
 事後に判明している状況をもとに「理詰め」で行われた取調べによる結果、被告人は、当時の自己の内心について任意に述べたものであるが、その他の事情も勘案し、その自白に信用性はないとしたものです。
 被告人らには捜査段階では弁護人は付いていませんでした。
 私や他の弁護人は、起訴されてから就いたものです。検察官から提出された被告人らの調書を見て驚きました。自白調書がしっかりと作られていました。しかし被告人から直接に事情を聞く限り、当時の内心はどうも違います。
 なぜ、このような調書が作られたのか。
 被告人に尋ねると、取調官から、●●なら△△でないとおかしい、△△のはずだと理詰めでの取調べを受けると、いや違う、□□なんですと説明しても分かってもらえない、自分でもうまく説明できない、結果、根負けするようなかたちで△△という自白調書に署名して指印をしたのですという。

 

 公判廷においては、被告人の本当の言い分、□□なんですということを尋問し、なぜ△△という調書ができたのか、しかしその△△という調書の中身はいかに他の証拠と矛盾するのかを反証、弁論していきました。
 もちろん公判立会の検察官は、公判廷での□□という言い分が自己の刑責逃れの供述にすぎない、捜査段階の△△が信用性が高いのだということを立証していきます。

 そして裁判所は、自白調書の信用性を認めませんでした。



 もしこれが反対の結論だったら。

 被告人は、確かに一部犯罪を犯したかもしれない、しかし自身に問われる身の覚えのないより重大な犯罪を犯したものとして刑罰を受ける。
 その恐怖を考えたら、出た結果に安堵すると共に判決言い渡し後、それまで緊張で突っ張っていたものの支えがはずれ重い何かに全身を押しつぶされるような感覚に襲われました。

 被告人が適切な弁護を受ける機会がいかに重要か。もしこの権利が保障されていなかったら。裁判官の理由の朗読を聞いていて、「死刑台のエレベーター」という映画を思い出しました。

 日本国憲法の37条3項では次のように定められています。
 「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。」
 
 松本智津夫被告人の死刑が昨日、確定したという。

 控訴審の弁護人はなぜ控訴趣意書を期限に提出しなかったのか。その判断の是非を判断するだけの情報を私は持っていないし、弁護人として難しい判断を強いられた状況であったと考えますが、量刑はともかくとして、この死刑判決確定に至る手続きそのものは刑事裁判としてはあるべき姿ではないと感じます。
 
 犯罪は憎むべきものであり許せませんが、犯罪者を裁く手続きにおいてはその手続きに関わる者において、まさに人が人を裁く手続きなんだという畏怖の気持ちがなくなったら単なるセレモニーになってしまいます。
 
 今、ウッディ=アレンの「マッチポイント」という映画が上映されています。テニスのネット上のボールが、向こう側に転がるか、こちらに転がるか。それは全くの運。
 自分は今、こちら側にいるけど、何かの間違いであちら側にいくかもしれない。この畏れの気持ちがあれば、このような手続きでの判決確定について違和感をぬぐいさることはできません。

 また、まもなく「カポーティ」という「冷血」を書いたトルーマン=カポーティの映画も上映されます。その映画の台詞で次のような台詞があるそうです。「僕と彼(一家殺害犯人)は同じ家の子どもだ。違いは、僕は玄関から出て行き、彼は裏口から出て行ったということだ。」
 
 カポーティの「冷血」を読み直そうと思います。
  
(おわり)

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September 13, 2006

エンターテイメント・ロー【松井】


 先日、「エンターテイメント・ローとは」というテーマで、大手法律事務所の著名なH弁護士の講演を聞く機会がありました。
 
 今まで断片的だった知識が、経験豊富でかつ、大変おもしろおかしく話をしてくれる先生の経験談によって、有機的に結びつき、非常に刺激的な90分でした。


2 
 H先生は、ニューヨーク州の弁護士資格も持っており、アメリカの陪審員制のもとでの著作権法侵害の概念の広がりについての話をされ、これがなるほどと興味深いものでした。
 
 アメリカでは、傾向として、主張者が、それは著作権侵害だと主張すれば、言われた方があまり抵抗することなく和解に応じる傾向があるということです。
 なぜなら、徹底抗戦となった場合、侵害か否を判断するのは陪審員となってしまうと、微妙な判断のところで、言われた方は分が悪い、負ける可能性が高いと考え、損得勘定によって和解に応じ易いからということです。0か、100かというときに、100の損害を負うくらいなら、40の損害で妥協しようという合理的発想です。

 そのため、侵害だ!と主張する方は強気でガンガン主張する傾向にあり、その代表というか、著作権等の管理について対外的にシビアな対応をしていると言われているのが、言わずと知れたあのディズニー社という位置づけになるようです。
 ちなみにコカ・コーラ社もあのコーラ瓶のデザインについてはシビアに対応しているということでした。
 
 確かに、全世界対応なので、いったんあの会社は甘い、黙っているという見方をされると、なめられて侵害されまくりということになるのでしょう。
 本屋さんが、万引犯を見つけたら例外なく警察に通報するという姿勢を表明しているのと同じですね。
 あそこはヤバイと認識してもらえたら、それで防犯効果が生じます。



 にしても。
 日本政府が「知的財産推進計画2006」というもので、「エンターテイメント・ロイヤーを育成する」ということを述べていたのは全く知りませんでした。
 
 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keikaku2006.html
 
第4章 コンテンツをいかした文化創造国家づくり
Ⅰ.世界トップクラスのコンテンツ大国を実現する..............89
 2.クリエーター大国を実現する
  (3)コンテンツ分野における人材育成を図る..............95
    ①プロデューサーやクリエーターを育成する........... 95
    ②映像産業振興機構の活動を支援する................. 95
   ★③エンターテインメント・ロイヤーを育成する......... 96
    ④映像に係る産学官の集積を奨励する................. 96
    ⑤コンテンツ等の融合分野の人材を育成する........... 96


 先日、たまたま久しぶりに日本の子ども向けアニメ番組のエンディングを目にしました。韓国人のスタッフのカタカナの名前がずらり。
 以前、何かで読んだか、聞いたかで知ってはいたのですが日本のアニメ業界においては人材不足だかなんだかで韓国人のスタッフが力を伸ばしてきているということです。まさに、そのことを実感しました。
 日本政府が力を入れようとしているアニメーション関連の産業については実はもう他に先を越されつつある状態とか。そうなんでしょうか。

 最近、あの村上隆さんの「芸術起業論」や、今は新たな「犬神家の一族」のプロデュースをしている一瀬隆重さんの「ハリウッドで勝て!」を読んだからだと思うのですが、日本のエンターテイメント業界については、まだまだよくなる、経済規模として発展する余地があるんじゃないかと希望的です。

(おわり)

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August 28, 2006

所長講話~平成11年1月5日~【松井】


 机などを整理していたらメモが出てきた。

2 
  所長講話メモ 平成11年1月5日
 1 はじめに

 2 法曹の使命と責任
  1 法曹の公共的、社会的使命
  2 1件1件が持つ重み。
  3 厳しい職業倫理。

 3 自己研鑽
  1 専門的知識、能力。
  2 多様な法的ニーズに対応する能力。
  3 社会的常識。普通の人。

 4 信頼される法曹の一員に
  1 謙虚。心の優しさ。円満な人格。
  2 自己管理。けじめ(時間等も)。
  3 ケアレスミス。
  4 間を切る。

 5 終わりに
  1 上善は水の如し(上善水如)。
  2 健康、笑顔、親切。
                     以上

3 
 私と大橋は、平成11年4月に弁護士登録をしていますが、その前の2年間は、司法試験合格後の司法修習というのを受けていました。所属は、最高裁判所司法研修所です。
 この研修所の所長の新年の講話のメモです。所長は歴代、裁判官です。
 
 メモが出てきただけで話の中身は正直なところ、全然覚えていません。
 しかしこのメモをみたら、どういうことを言われたのか想像できます。

 「初心忘るべからず」

(おわり)

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August 23, 2006

「ハリウッド」~資金調達と回収、利益獲得~【松井】

 一休みに、自分用のメモとして。

 ①「芸術起業論」村上隆(2006.6、幻冬舎)

 ②「ハリウッドで勝て」一瀬隆重(2006.8、新潮新書)

 ③「ハリウッド・ビジネス」ミドリ・モール(H13.11、文春新書)

 などなど。新書が多いけど・・・。


2 
 
 前2作は、日本での芸術と経済・ビジネスのあり方について触れられている点、共通している。

 村上隆「エセ左翼的で現実離れしたファンタジックな芸術論を語り合うだけで死んでいける腐った楽園が、そこにはあります」(29頁)。

 一瀬隆重「『みんなで我慢』的な発想が、ただでさえ縮小傾向にあるマーケットをさらにシュリンクさせていく。それに気づかない日本の映画人と仕事をするのは、私にとってフラストレーション以外の何ものでもありませんでした。」(107頁)。


3 
 
 後2作は、アメリカ、ハリウッドでの映画制作の手法あるいは映画製作上の金融について触れられている点、共通している。

 一瀬
 「現在、ハリウッドで映画ビジネスを動かしている人たちの多くは、弁護士やエージェントなどからの転身組です。コンテツ・ビジネスがますます高度化・複雑化する中で資金調達やファイナンス、マネジメントの専門家達がプロジェクトの決定権を握るケースが多くなってきているわけです。」(161頁)

 「ご存じの通り、日本映画では長い間、豊富な資金力と配給ルートをもつ大手映画会社が著作権や利益配分権を独占してきました。製作委員会方式が主流になった現在も、この構造は基本的には変わっていません。
 私は、これからの日本映画にいちばん必要なのは『クレバーかつ大胆な発想ができる投資プレイヤー』だと考えています。例えば、宣伝費をもっと増やし、洋画なみの物量宣伝をするビジネスプランも試してみたい。そうすれば何より、テレビ局の呪縛から逃れて映画を作ることができます。また、何十億という製作費をかける、ハイリスク・ハイリターンのビジネスプランも試してみたい。」(180頁)。

 「日本におけるファンド・ビジネスは、ちょっと歪んだ形で育ちつつある。もともと『映画ファンド』というのは、企画力や製作力はあっても資金に乏しいインディペンデント・プロデューサーや独立系のプロダクションのためにあるべきです。ところが現実は逆で、ほとんどの映画ファンドが、既存の大手映画会社と金融機関の組み合わせでしか機能していない。それでは(お金もうけのツールとしてはともかく)、日本の映画界にとって本質的なプラス効果は望めません。」(185頁)。


 ミドリ・モール
 「メジャーに映画を供給する独立系製作会社は、どうやって資金調達しているのか。そのひとつに、金融機関から融資を受ける方法がある。」
 「担保となるのは、映画の配給契約である。配給契約とは、映画を配給する人たちが、ネガの提供と引き換えに保証額(ミニマム・ギャランティー)を支払うことを約束する契約のこと。」
 「通常、配給会社は映画が完成すると、ネガの提供と同時に保証額を製作会社に支払う。製作会社は、映画が完成するまで保証額を受け取ることができないのだが、その配給契約を担保に金融機関から資金を融資してもらい、それで製作費を捻出する。金融機関は、映画完成時に、配給会社から直接、保証額を返済してもらうという寸法だ。」
 「このユニークな資金調達方法は、もともとはホロウィッツの独壇場だったが、1992年頃から、映画融資が儲かることに気づいた様々な銀行が、このビジネスに算入し始めた。」(212頁)。


4 雑感

■ 
 信託に関する法律の改正によって、映画製作資金を信託によって集めるということがいっとき新聞で話題とされていました。
 ところが、まぁ、金融機関が手数料分もうかるだけだったというのが現状のようです。さもありなん。

■ 
 一方、アメリカの金融機関は、「映画融資が儲かる」、というか、儲かるシステムを作り上げて独立系の製作会社に融資しているようです。
 持続可能な、皆ハッピーとなる意味のある「儲かる仕組み」を見つける、作り上げると言う点では、日本の金融機関はやはりまだこれからなのかもしれません。「銀行収益革命」川本裕子(2000.2、東洋経済新報社)を思い出しました。副題は、「なぜ日本の銀行は儲からないのか。」。

■ 
 一瀬氏のいうテレビ局の「呪縛」が気になるところ。あぁ、まだ「電波利権」(新潮新書)を読んでいない。
 一方で、「テレビCM崩壊」という邦題の本(2006.8、翔泳社)が出ていたことを思い出す。

 「エンタテイメント契約法」内藤篤(2004.7、商事法務)。「民法テレビ、それも伝統的な地上は放送ビジネス構造は、基本的にはコマーシャルの放送枠の販売であり、つまりは『時間』こそがテレビ局の売っている『商品』である。」(262頁)。「テレビ番組は、それが自社製作であれ外注製作であれ、製作時点でその回収はいわば終わっているし、ほとんど常に、マイナスになることはないのである。」「テレビ局は番組作りに対して金銭的リスクを負っていないのである。」(265頁)。

 ここまで言うと、テレビ製作の人間は、「いや、その売る時間に付加価値を付けられるか否かが、コンテンツの力なんだ」ということで反論できるんでしょうけど。
 ただ、他に比べれば、中身が出来る前に先に売れるので、資金回収は確かに済ませられているといえるかもしれません。その分、リスクが少ないと。

■ 
 映画の金融スキームの構築は、映画を理解している人じゃないと本当のところ、無理なんだろうと思います。日本の金融機関にそのような人材と許容性があるかどうか。人材はあると思うんだけど。
 まぁ、一瀬氏のように、日本を相手にせずに、世界というかアメリカを相手にすれば、アメリカから資金は調達できるんだろう。
 村上氏も同じか。日本に愛想を尽かし、欧米を相手に作品を1億円以上で売るいわばスキームを作り上げた人。
 一瀬氏が強調しているが、「清貧」という言葉に甘んじることなく、皆がハッピーに儲かる、経済的自由を手に入れられる仕組みがないといけないというのが印象深い。まさに、「道楽」と「ビジネス」の違い。
 
 村上ファンドの村上氏の言葉を思い出す。「儲けちゃ駄目なんですか。」。もちろん、儲けるのは悪いことではない。それで幸せになるならいいことだ。ただ、儲け方が不公正な方法だと、それは問題というだけのこと。

■ 
 なぜこんなことに興味があるのかというと、もともとが根っからのテレビっ子で映画好きということに原因があるかと。今でこそ、テレビを見ることはほとんどありませんが。
 一瀬氏の本に出ていた、スパイダーマンの監督で有名なサム=ライミ監督は、その22歳だったか24歳だったかのときの監督デビュー作、「死霊のはらわた」以来のファンでした。中学生のころ(80年代前半)、ホラー映画ブームがあり、四日市で上映されたホラー映画は同じくホラー好きの友人と二人、前売りチケットをコレクションしながら片っ端から見尽くしました。その中でもずっと衝撃的だったのか「死霊のはらわた」でした。名作だと思っていました。

(おわり)

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August 19, 2006

マンション管理~新たな流れがやってくる。行動こそ全て~【松井】

1 
 今朝の日経新聞で、「マンション管理 プロ結集」「有資格者 千葉に新会社」という記事が載っていました。マンション管理士資格を有する人たちだけで作った株式会社です。
 やはりまだこういう管理会社はなかったのかという思いと、ようやくというか遂に第1号が登場したのかという思いでした。


 マンション管理士の資格をもって、独立系として管理士の団体を作って活躍されている方と以前、お話する機会がありました。
 その方と出会う前までは、私の中での「マンション管理士」のイメージは、既存のマンション管理会社に勤務する従業員の人がとる資格といったものでした。
 自身の会社の業務に専門性を持たせるというイメージ、敢えていうなら不動産仲介業者の宅地建物取扱主任者の資格と同じイメージでした。

3 
 しかし、知り合った管理士の方は違いました。管理会社の中にいては、本当に住人のために活動するということが実質的には困難ではないか。つまり、管理会社のもうけという目的とどうしても矛盾することがでてくるのではないかという疑問を出発点にして、独立系としてマンション管理士として生計が立てられるようになるべきではないかという観点を話しておられました。
 具体的には、マンション住人は、実際には自主管理なんてまず無理なので、管理会社に業務委託をする、この際、住人の立場にたって適切な管理が行われているか住人からの依頼を受けてマンション管理会社を監督するという構図です。


 なるほどと思ったのですが、正直なところ、ビジネスとしてはおそらく成り立つことはないだろうと思いました。理由は簡単、管理会社に管理料というお金を払っているのに、わざわざ別個にマンション管理士に監督を依頼する費用を払うほど、住人の財布のひもは緩くはないということです。


 そこで当時、私なりに考えたのが、ゼネコン系のマンション管理会社が多数を占めるなか、独立系のマンション管理会社もあるにはありますが、そこで独自性を持たせ、かつ信用、信頼を付加すべく、「マンション管理士によるマンション管理会社」があれば、ここにマンション管理を依頼してくるマンション管理組合はあるのではないかということでした。会社の名前も考えました。「マンション管理士によるマンション管理株式会社」。そのまんまです。

 早速、嬉々としてこの考えをそのマンション管理士さんに伝えました。が、しかし、残念ながら、あまりピンと来なかったようで流されてしまいました。


 ところが、ついに!千葉県船橋市で「日本マンション管理」という株式会社が設立されたようです。出資者11人の全員が、マンション管理士資格をもち、一級建築士や司法書士、さらには弁護士もその中に入っているようです。
 
 

「当面は千葉県内を中心に管理組合からマンション管理業務の受注活動を展開。マンション管理士を派遣するコンサルタント業務も手がける。将来は全国のマンション管理士と連携し、全国展開したい考え。コンサルタントとしての立場を生かし、管理組合の視点に立った管理業務を目指す。」

 ということです。

 何事も、まずはアイデア、そしてアイデアはあっても行動がなければ全てはゼロ。
 何となく、先を越された悔しさ感はぬぐえません。ちっ。


 ところで、この前本屋さんで面白い本を見つけました。「ハンコで5億稼ぐ道」という本です(講談社)。副題は、「元フリーターがネットビジネスで成功を収めるまでの450日の軌跡」というものです。
 過去、ブログでも書いていますが、私の実家は「ハンコ屋」さんです。駅前のアーケード商店街の中、ハンコ屋の娘として育ちました。

 以前、店舗を出店するショッピングセンターで、ちょっと店番をすることがありました。そのとき、ベビーカーを押した若い夫婦が、「名前だけの銀行印」を作りたいんだけどと言ってきました。作るのは女性の方のものですかと訊くと、いえ、男の名前です、と言うので、あれと思いつつ、ピンと来ました。ベビーカーの中で眠る男の子の初めての銀行印を作ろうとしていたのです。と、そこへ店の者がかえってきたので、私は接客は引き継ぎ後ろへ引き下がりました。

 ここで思ったのは、子連れが多いショッピングセンター内の地味な店構えのハンコ屋さんに、ぱっと華やかな赤ちゃんの笑顔のポスターを貼って、「初めての銀行印は水牛で」などのコピーを添えて、赤ちゃん商品として子どものために高級な初めての印鑑を送ろうといったセールスを展開すればいいのにということでした。

 確か、靴屋で、「マイ・ファースト・シューズ」とか何とかいうセールス・コピーがあったかと思います。それにならって、「ハンコ」もそういった商品としてイメージを売ればいいのです。
 たいていの親、爺ちゃん婆ちゃんは、子どものためにお金を残そうと預貯金を始めます。そのときの最初の銀行印ということで、「記念品」としての性質をアピールすればいいのでは!?とこれまた自分のアイデアに嬉々としていました。
 早速、親に伝えましたが、これもまた反応いまいちで終わってしまいました。

 そんなところへ「ハンコで5億稼ぐ道」。
 さらには今日の「マンション管理 プロ結集」。

 アイデアなきところに進歩なし、行動なきところに発展なしといったところでしょうか。
 アイデアを試す実行力のない、行動力に欠ける自分に反省。プレゼンが悪いのでしょうか。いずれにしても反省。
 って、私の仕事はいったい何なのか?いつもこんな感じでとりとめもないことを考えています。弁護士業務とは関係ないけど、考えたアイデアを実行して試してみたい・・・。トライ&エラーだよ、人生は♪試して、失敗して、やり直しての繰り返しで、それが楽しいのではなかろうか。
(おわり)

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