つぶやき

February 04, 2008

映画「ぜんぶ、フィデルのせい」感想【大橋】

 松井の「4コマ写真」、面白かったですか?
 私もいつか松井のベストショットを撮ってみたいと思います。カバンにはデジカメを入れていますから。でも松井はカメラを片手に持ってウォーキングしていますから、負けますが・・

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 さて、私の休日第2弾。以前からこれは観てみたいと期待していた映画でした。

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 2月8日まで梅田ガーデンシネマで上映中なので、筋書きの説明は差し控えざるを得ませんが、なかなか面白い映画でした。

 舞台は1970年から73年のパリですが、スペインやチリも出てきます。
 「フィデル」つまりフィデル・カストロは、結局出てきません。でもその時代の風の基になっていることは間違いありません。

 この映画のポスターには「やっぱり大人は判ってくれない」と書いてあるのですが、映画を観た後の感想としては、主人公アンナ(9歳)が言いたかったのは「大人はちゃんと説明してくれない」ということだったと思います。

 アンナは両親が「チリアジェンデ政権支持運動」「女性解放運動」に邁進し始めたことから生活の激変を余儀なくされ、最初は不満いっぱいです。
 両親もお互いの思いをぶつけ合い、生活に疲れて子どもに当たったり、どうして生活が激変したのかを子どもに説明していないこと、説明できないことに直面するなど、未熟さいっぱいです。
 反フランコのデモに子どもを連れて行き、機動隊の催涙弾の煙の中を逃げるなど、子どもからしたら「怖い!」以上の何でもないですよね。なんて危険なことを・・

 でも、アンナはやっぱり両親をいちばん信用していました。「仕方がない」からではなくて、理解したいという思いでいっぱいでした。それは、両親が自分をいちばん大事に愛してくれているということが十分にわかっていたからだろうと思います。
 それで、アンナはお手伝いさんやお祖母ちゃんや学校の友達から親の悪口を言われても、自分なりに一生懸命見て、考えて、親の考えを支持するようになり、保守的なミッション女子小学校から公立の小学校への転校を自分で決めたのです。

 一方、2~3歳下と思われる弟フランソワは、生活の何がどう変わってもすんなり文句も言わずに適応しているところがまたすごいです。年齢のせいなのか、性格なのか。
 ある人にいわせると「弟というのは我慢強く育たざるを得ない」のだそうですが。

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 私の9歳のころ・・大人の不条理を感じたとしても、アンナほどはっきりとした意思表示はできなかったと思います。好奇心は同じくらいあったとは思いますが。

 演技を見ていても、アンナ役の「ニナ・ケルヴェル」という子はとてもかしこい子なんだろうなぁと思いました。頼もしい感じです。

 最後に映画パンフレットから、この子がインタビューで語ったという言葉をご紹介。
 「8才でこんなに大きな役を演じたことは、経験としてはとてもよかったけれど、ずっとこういう生活は疲れると思います。両親は女優になることを賛成していないし、私も同じ意見」

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January 28, 2008

わりとゆったりした日曜日【大橋】

 昨日は朝は快晴だったものの、雲がどんよりと垂れ込める寒々しい日中となりました。

 10時過ぎに家を出て大阪府知事選挙の投票をして、花屋に寄って事務所のテーブルを飾る小さな花束を二つ買い、事務所に荷物を置いて近所の美容室にカットに行きました。
 
 道には何かのイベントがあるようで、警備服を着た人たちがぽつぽつ立っています。

 美容室で「今日、何かありましたっけ?」
 「マラソンがあるみたいですよ。今日は府知事選挙とマラソンがあるって聞いてました」

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 府知事選挙の話などしているうちに、美容師さんは中学校時代に「高槻むくげの会」の学校子ども会に通っていた人だったことがわかりました。
 「在日のお友だちがいて、私はついていっただけだったんですけど」

 「高槻むくげの会」の子ども会活動が高槻市からの予算減少により事業規模を縮小された件で、去る1月23日に判決が出たところでした。
 詳しくはまた控訴審対策会議で検討することになりますが、外国にルーツを持つ子に対する教育の支援について、全て「行政の裁量の範囲」として具体的な判断をしない、残念な棄却判決でした。

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 美容室を出ると、さらにそろいのジャンパーを着た人が道端に溢れており、旗を配ったり号外新聞を配ったりしています。ちらっと見たら、やはり「大阪国際女子マラソン」でした。

 昼ご飯を食べて戻ってくると、既に先頭の選手は過ぎた後のようで、かなり間を置いては走ってくる選手たちに寒そうな応援の人たちが「がんばってー!」と旗を振ります。

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 事務所で仕事を始め、一緒に難民事件をやっている同僚の弁護士が到着すると、お菓子を食べながら「控訴理由書」の担当部分をそれぞれ書く作業を始めました。
 いろんな話をしながらゆるゆるとそれぞれのパソコンを打ちます。

 なんだかんだで、3時頃から始めたのに早8時。「もう明日にしようか」

 うちへひとつ仕事を持ち帰りましたが、着手せずに寝てしまいました。
 こうして日曜日が終わりました。

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 土日によく寝ましたので、今週も平日5日をがんばって仕事をこなしていきたいと思います。

 最後に私がこのごろ気に入ってカバンに付けているバッジをお見せします。

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 これは「ヒンキー」というキャラクターで、「生活保護・ホームレス問題対策全国会議」という支援団体・弁護士・司法書士らで結成している団体の稼ぎ頭のようです。
 かわいいので、集会で売っているのを買いました。1個200円です。

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September 10, 2007

夏のフィンランド、そしてシッコ【大橋】

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 今、うちの事務所の受付にいる「ブタの貯金箱」です。
 日本のブタの貯金箱にない鮮やかな色彩とコワイ目つきがとても気に入っています。
 8月10日から16日まで行ってきた、フィンランドで買ったおみやげです。

 フィンランドへは、埼玉弁護士会の生活困窮者対策特別委員会の皆さんの企画へ乗せていただいて、行ってきました。障害者・アルコール依存者・高齢者の治療施設・福祉施設や、債務支払が困難になった人のための保証機関、弁護士協会などを訪問してきました。
 こちらで写真を載せることができないので、それはまた考えるとして。
 
 フィンランドは土地の割に人が少ないのです。日本より少し狭い程度なのに、人口は500万人程度です。
 だから、というのも大きそうですが、とても人一人一人が大事にされているという印象です。
 社会保障予算(医療や年金)・教育予算は全て自治体から出るので、最低限、生きていくのにお金の心配はありません。

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 最近、姪にフィンランドのみやげ話用にと、ムーミンの本と地球儀パズルを買いました。
 地球儀パズルは自分用にも買いましたが、面白がって作っていたら4日ほどで完成。

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 フィンランドは日本から見ると「一番近いヨーロッパ」なのだそうです。それを目で実感したかったというのもありました。

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 ところで、昨晩はまたレイトショーで、マイケルムーアの話題作「シッコ」を見に行ってきました。

 これは、アメリカの医療制度の暗部を突く映画です。
 日本でも「国民皆保険」制度は崩壊しかけていますが、アメリカはここ30年ほど、医療は個々人が加入する民間医療保険で行うシステムとなり、公的な保険制度はありません(ただし低所得者用には厳しい要件の下にあるようです)。
 すると、どうなるか。
 
 リスクの高い人は保険に入れない。痩せすぎの人、太りすぎの人、既往症のある人。

 急に体調を崩しても、保険会社の審査が通らなければ病院から治療を断られます。

 保険会社の提携の病院へ掛からないとダメですから、近くの医者では治療を断られたりします。

 保険会社で審査をする担当の医師は、「否認率10%」を維持するように言われ、否認をたくさんするほどボーナスが高くなります。

 保険会社が治療を途中で拒否すると(これは必要な医療ではないと言って)、患者は治療途中でもホームレス支援センターの前にタクシーで運ばれて捨てられてしまいます。

 見ていると、医療費・薬品代がものすごく高い。日本の保険診療ではこんなに高いわけない、という金額が提示されています。みんな「自由診療」なのかしら?

 ・・・といったことが、これでもかこれでもかと明らかにされます。

 そして、このシステムを維持するために保険会社がいかに議員に献金をしているかとか。

 転じて、医療制度が基本的にタダであるイギリス・フランス、そしてキューバの状況が映ります。

 
 まあ、マイケルムーアの描き方は結構煽動的ではあり、アメリカの医療水準は「お金さえ払えば」世界最高水準であることは描かれていないし、「イギリスやフランスでそんなにみんな豊かなわけない」と思える中流家庭が取材されています。


 でも、マスコミが取材し放映する「真実」があくまで一面的に見た真実であり、マイケルムーアがクローズアップしてみせた「真実」もまた一面から見た重大な「真実」であることは確かです。


 日本の医療も自由化にさらされてきています。日本の未来を見るような映画でした。あと1週間くらいです。お早くご覧ください。

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June 11, 2007

異業種の舞台裏~生テレビ番組に出演して~【松井】


 年に1回ほど、何かの拍子で声をかけていただき、テレビ番組に出演することがあります。それもだいたいが生放送の情報番組。
 「弁護士」=専門家ということで、相続や生活に密着した法律情報を語ることが期待されます。
 今年も先日、相続問題についてということで関西ローカルの某番組に出演させていただきました。


 なぜ自分が引き受けるのか。タレント弁護士になりたいから?いやいやもちろん違います。
 打合せ、本番などで、普段接することのない異なる業界、しかもテレビ業界という非常に特殊な業界をかいま見ることが出来て、自身、今後弁護士としてやっていくうえで非常に勉強になることが多いと考えているからです。


 現に、相続問題を多く担当しているということで初めて出演させていただいた日本テレビの「思いッきりテレビ」のときなどは、コーナーの時間も40分近くあったこともあり、担当ディレクターの方と今にしておもえばかなり頻繁に打合せをしました。
 そのとき、自分でも改めて統計を調べたり、どういったら視聴者の方が分かりやすく理解できるのかといったことを集中的に考えました。
 また生放送、しかも司会者はみのもんたさんということで、どんな質問がその場のアドリブで出てきても答えられるよう、知識を総ざらえして行きの新幹線の中でも頭の中で一人リハーサルを繰り返していました。あんなときどうなる、こうなったらどうなる。


 先日、出演させていただいた生放送も久しぶりで非常に勉強になりました。
 放送時間が刻一刻と迫るなか、秒読み状態の中で、ディレクターの方やフロアディレクターの方、制作会社の方はもちろん、司会役の方、質問役の出演者の方も一緒に、リハーサルをしたあと、どこをどうカットするのか、構成をどう変えたらいいのか、私の回答の仕方についても、もっとこういう言い回しをしたら分かり易いのではないかと検討していただきました。

 こんなことは私にとっては非日常なので、秒読みが続く中での検討作業は本当に神経がすり減るような思いであり、出演の度に毎回、直前には吐き気を催すくらいなのですが、こんな仕事を毎日やっているスタッフ、出演者の方はすごいなと改めて尊敬します。
 特に、ゲストの芸人の方。直前に台本をもらって簡単に流れを押さえるだけで、本番では絶妙の間で笑いを呼び込むトークを繰り広げられます。今回は、海原しおり、さおりさんでした。面白かった。
 また司会者の方も、台本の中でこれは視聴者に伝えないといけないという点に話題を流れを阻害することなく場を変調させる。
 私が話しておかないポイントに触れるのを忘れていても、うまくフォローしていただき、その点に流れを持って行っていただく。
 皆、プロの仕事をしているなといつも思います。

 緊張感。

 大変、勉強になりました。
 スタッフ、出演者の方々からの率直で素朴な質問や、その言い回しは分かりにくいといった指摘も非常に勉強になります。

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 でも、生放送番組に出演させていただいた直後、毎回思うのは「もう二度と出ない」ということです。相当な緊張感からの開放故ですが。
 でもしばらくすると、声を掛けていただく限りは出演させていただこうという思いにもなります。
 やはりちょっとでも普通の方が知識を付けていただき、余計な紛争がなくなればいい、自分がお役に立ちたいという思いはもちろんですが、やはり勉強になる、刺激になるというメリットの方が大きいからです。


 先日の番組はどうだったのでしょう。少しはご覧になったかたの役にたったのか。
 相談に来られたかたなら、その表情で、納得されて帰られる、喜んでいただいて帰られるというのが表情を見て分かるのですが、テレビの怖いところは視聴者の顔が見えないということです。
 それは本当に怖いことだと思います。テレビ番組の中で言いっぱなしで、間違ったことを言う「弁護士」は世間にとっても百害あって一理なしのこともあるのではないかと思います。「弁護士」を名乗って仕事をする以上、責任は重大です。その自戒がなくなったら弁護士を名乗って仕事をしてはいけないんじゃないかと考えています。テレビに消費されるようになった終わりかと。
 
 竹内まりあの言葉。
 私は音楽をやりたいのであって、芸能人になりたいわけではないと思い至った。それからは宣伝のためとはいえテレビ番組には出ないようになりました。

 何にしてもそうだけど、自分がやりたいことは何なのかという目標を常に見失わないようにすることは、難しいけど大切なことだ。自分を大切にね。

(おわり)

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June 04, 2007

アップル社、吠える!~ものごとのバランスについて考える~【松井】

林檎の歌 さんのブログから知りました。
アップルが「文化庁は著作権行政から手を引け」と主張

政府が行った、「○「知的財産推進計画2006」の見直しに関する意見募集の結果について」が公表され、
アップル社からの意見が公表されています。
4番目が「アップルジャパン(株)」の意見です。

総括として、

「文化庁著作権課に依る一方的な行政運営には理解不能である。徒に著作権者団体
の意見のみを汲取り消費者、機器メーカーの立場は無視し続けている。」
と記されています。

ちょっと感情的な表現にすぎる気もしますが、著作権の世界において「消費者」の声ってどれほど代弁されているのでしょうか。
消費者は、消費する人にすぎないのだから、黙って口を開けて落ちてくるものだけを口に入れておけばいいという発想でしょうか。
文化も消費者があって初めて成り立つ世界なのは当然であって、そうでないなら、人知れず山奥で一人、絵を描いたり、小説を書いたり、音楽を作って演奏していればいいということ。
認めてくれる「消費者」がいて初めて、職業としては成り立つわけで。

今の状況は、アップル社が指摘するように、バランスが悪いのは事実ではないかと思います。

じゃあ、どうしたらいいのか?いろいろと方策はあるかと。
坂本龍一も確かがんばっていたし。声高に自らの権利主張だけをするのではなく、顧客の利益とのバランスを考える。

それにしても、昔、新書で「著作権の考え方」という元文化庁の職員が書いた本を読んだことがあるのですが、
「それはあなた、著作権の考え方じゃなくて、あなたの考え方ではないの?」という読後感を持ったことを思い出しました。
傲慢さが鼻についたということでしょうか。日本の著作権行政を自画自賛していました。

著作権法の学者の先生方にもがんばってもらいたいと思います。
どこへ行く、著作権法。

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May 11, 2007

ブログ 【松井】

もう5月も10日をすぎて、あっと思ったら今月、大橋も松井もまったくブログ記事をエントリーしていませんでした。

これではいけないと思い、書こうと思うのですが、そんなときに限ってうまく文章がまとまりません。
そうでないときは、お!この問題意識はまとめてブログにアップしておこう、こんな問題提起を書き記しておこう、この写真を載せてみようなどと思うのですが。

相続を巡る問題をもう少し体系的にまとめていく作業をしようと思いつつ、今日はいつも以上に雑文を。


自身はよく人のブログをチェックしています。
お、これは面白いというものを目にしたら「お気に入り」に入れてしまい、何回か見ます。そして、そのまま日々、チェックし続けるものもあれば、いつのまにかチェックしなくなっていくものもあります。

そこで、立花隆の私はこんな本を読んできたではありませんが、こんなブログ、HPがお気に入りに入っているということでここに記してみます。
何の意味があるのか。まあ、人の本棚を覗くような気持ちで。

■ Europe Watch
http://europewatch.blog56.fc2.com/

海外在住の大阪出身の会社員の方のブログ。
海外、特にヨーロッパでの生活事情、仕事事情、時には社会情勢などについて、生の資料を基に触れられていて興味深い。

■ 不肖宮嶋茂樹 儂サイト
http://www.fushou-miyajima.com/

カメラマン、不肖宮嶋さんのサイト。破綻した夕張市の写真がもの悲しい。

■ 悠法律事務所
http://yuu-kamikawa.cocolog-nifty.com/law/

毎日更新!すごい。切り口も鮮やか。

■ 弁護士独立開業マーケティング
http://bengoshidokuritsu.sblo.jp/

自らを実験台にして、赤裸々に若手弁護士の経営実態と経営戦略を公開されています。

■ shiolgy
http://shiology.com/shiology/

著作権専門の塩澤一洋教授のブログです。写真が素晴らしい。文章も暖かい。影響を受けて、デジカメ  RICOH DIGITAL を購入してしまいました。

■ New York Today
http://nylawyer.exblog.jp/

ニューヨークに留学し、現地の法律事務所で働いている弁護士さんのブログ。写真もきれい。中身も、現地情報が多く、興味深い。

■ 岡口裁判官のサイト
http://okaguchi.at.infoseek.co.jp/top.htm

裁判官としてバリバリ働きながら、このサイトの充実ぶりはすごいです。裁判官には確かに時々超人的な人がいますが、まさにその方か。情報感度がすごいです。

■ 私的な事柄を記録しよう 勝間和代さんのブログ
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/

朝日新聞のBEで藤巻兄弟・弟に変わって登場された勝間さんのブログ。
現在、注目中。

■ ネット生命保険立ちあげ日記
http://totodaisuke.weblogs.jp/

東大在学中に司法試験に合格し、その後修習に行かずに外資系コンサルティング会社に就職、ハーバード大学のMBAを上位10%という成績で卒業されたという目も眩むような経歴の岩瀬さんのブログ。示唆に富みます。生命保険の世界は確かに従前、まか不思議。

と、まあ、こんなところです。


ところで、最近、新しい事件で相手方の弁護士と二人、交渉の場に立ちました。腹のさぐりあいのような会話、かけひき、情報の取り合いと掴ませあい。しかし表面上はまったく穏やかに笑顔での会話。ストレートや変化球の投げ合い、打ち合い。
久しぶりに緊張感を感じ、ゾクゾクして楽しい!と思ってしまいました。やっぱり交渉はこうでないと。
表面上は笑顔で、しかしテーブルの下は大乱闘。
紛争解決に向けて、人と交渉~コミュニケーション できる弁護士さんが好きです。理想。

(おわり)

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April 30, 2007

 「青山フラワーマーケット」のこと【大橋】

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 4月28日の朝日新聞土曜版「be BUSINESS」のトップに、パークコーポレーション社長の紹介記事が出ていました。
 私と同じ年齢の井上英明さんという社長が微笑む店内の写真を見て、私はピンと来ました。
 「青山フラワーマーケットだ。」

 私は2カ月くらい前から、事務所からそう遠くないところにある「青山フラワーマーケット」天満橋店というところでよく花を買っています。
 このショップは大変特徴があります。
 黒を基調とした店内で、スポットライトを浴びたように花が浮かび上がっています。
 花はガラスケースに入っておらず、自分で手にとって選べます。
 一本いくらと値札が付いています。
 それだけでなく、花の名前と、産地と、特徴や他の花との合わせ方などが手書きのカードで説明されています。
 もっと特徴的なのは、しゃれたブーケとグラスベース(ガラスの花瓶)を店頭に並べて、買って帰ればすぐ飾れるようにしてあることです。しかも安い。ブーケは350円、500円、750円(?だったと思う)に消費税を載せた値段と思われますが、お手頃感があります。
 このブーケは、現在、うちの事務所の打合せ室と受付を飾っています。
 400円足らずの値段で買ったミニブーケがあるだけで、打合せ室に潤いが生まれるのを感じます。

 私はこのブーケを見たときに、まずは「しゃれている」と素直に感動したのですが、見ているうちに「これはきっとドル箱だ」と思いました。
 例えばミニブーケの場合、メインの花(ラナンキュラスとかガーベラとか)が1本、サブの花(小菊とか小花のもの)が1本、葉っぱが2種類くらい合わせてあるのです。
 自分でこんなミニブーケを作ろうかな、と思ったとき、メインの花1本はまだよいとして、サブの花と葉っぱを2種類買ったらもう1000円くらいになってしまいます。しかも葉っぱなどは確実に余る。
 しかしこのショップでなら、プロの花屋さんによって作られたしゃれたブーケを400円を下回る値段で買えるのです。
 間違いなく需要の底辺拡大です。
 しかも、こんな小さなブーケでなら、1本いくらでは売るには小さすぎる規格外の小さなつぼみのものでも商品価値が生まれます。
 それから、さらに、このブーケのためにグラスベースを買った客は、次にもここにブーケを買いに来ます。そのうちに、花に興味が出てきて、自分で花を取り合わせて飾ることに挑戦したくなります。
 というわけで、広がった需要の底辺の底が徐々に上がってきます。

 その「be」の記事によると、井上社長は、先にイベント企画会社を起こしていて、経営安定のために日銭を稼げる事業を探していて、花の卸値段が店頭よりとても安いことに驚き、このビジネスを考え出したそうです。
 「花が高いのはなぜか。ギフト用が主で、売れるかどうかわからない花を常備しておかねばならず、そのロス分を値段に上乗せしているからです。」そして、日常的に花を買う人が増えればロスを減らせ、価格も下げられると考えたそうです。花のロス率は一般に15%のところ、「青山フラワーマーケット」のロス率は5%とのこと。
 あのブーケも、花の回転率に大きく貢献しているのだろうと思います。

 ・・というわけで、既にこのショップにハマッている私は「なるほど」と納得しながらこの記事を読んでいたのですが、記事中で驚いたことがありました。
 「若手起業家の団体に入ったら、ITや人材系の人たちが『売上1兆円いかなきゃ男じゃない』なんて言う。花じゃゼロが二つくらい少ないので他の事業を探していた。でも、・・(中略)・・花で日本一になればいいと思った。」という社長の発言です。

 これはまた別世界。そしてジェンダーの色濃い世界だと思ったことでした。
 こんな野心が今の社会を動かしているんでしょうか。

 私の実家は田舎で、庭にいつも何か花が咲き、母が枝を取ってきて花を生けていました。
 都会ではそんな望みさえ贅沢です。
 ちょっと花が、緑が身近に欲しいなあ・・そういう思いがビジネスの材料にされてしまうのですね。
 
 GW前半のつぶやきでした。
 ちなみにですが、4月29日は「みどりの日」ではなくなり、「昭和の日」となり、「みどりの日」は5月4日に移動したそうですね。こんな法改正が国会で議論されていたのにも気づきませんでした。
 「昭和の日」・・こんなふうに皇室のできごとが祝日を増やしていくのでしょうか。
 祝日として休めるのは一部の人(公務員・公立学校児童生徒・大企業でカレンダー通りの勤務体系の人など)で、実際には休める人も祝日勤務手当をもらえる人も多くはないようですが。

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April 15, 2007

NHKスペシャル「松田聖子 女性の時代の物語」雑感【大橋】

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 またまた久しぶりのブログです。春の閑話休題。

 4月9日(月)、私は田舎の母を造幣局の「通り抜け」に連れて行き(今年は4月5日から11日までと早い日程でしたが、開花予想を裏切る蕾の固さで残念でした)、夕食を終えてぼうっとしていたところ、標題のNスペが始まったのです。
 
 松田聖子は45歳。私より少し上ですがほぼ同世代です。
 聖子の昨年末のカウントダウンコンサートの模様が流れました。やっぱり「ブリッ子」ファッションで歌い踊っています。ある意味畏敬の念をもって見ていると、熱狂するファンがまた私と同世代の女性たちでした。

 Nスペのテーマは、松田聖子の「子どもを産んですぐ芸能界にアイドルとして復帰」「子どもを親に預けて渡米」という生き方がいかにマスコミで叩かれたか、その反面、同世代のシングルマザーやキャリア女性がいかに熱く支持しているかを描いたものでした。

 私たちの世代は、大学卒業のころが「男女雇用機会均等法」の制定された時期と重なります。
 まだ、職場に入ったら女性のお茶くみは当たり前でした。
 「子どもを産みながら働き続ける」ことの大変さが語られてきました。

 今や、子どもを産んで働き続けること自体に反感はなくなり、だいぶ時代の空気は変わったという感じがします。
 その、変化の時代をともに生きてきた女性たちが、松田聖子に思いを託している、ということに私は感慨を覚えました。
 いくらバッシングしてもへこたれない強靱さは、確かに、従来のおとなしい女性像を超えています。
 同様に大変な思いをして生きてきた女性にエンパワーメントする力があるのかも知れません。

 ただ、私は松田聖子のキャラクターに違和感を感じます。それは何だろう?と考えましたが、聖子の「ブリッ子」キャラは、「男」の目を意識して強烈に「女」をアピールしているように思うのです。
 いや、違うかな? いわゆる「乙女チック」あるいは「少女の純真さ」なんでしょうか。
 それでも、やっぱり、「女」の枠の中のものではないかと。

 私の、化粧もしない、パーマもかけない、歩幅を制限するスカートをはかないスタイルとは違うなあ、と思いました。そりゃ、遠回しに「すっぴんですか!」とか「もう少し身なりをかまったら?」とか、男性からも女性からも言われたことはありますが、私はこのスタイルが最も自然で、無理しないで生きてこられたと思っています。
 私なりに、こだわりがあるのですね。着飾りたくない、媚びたくない、地で生きたい、という。

 「我が道を行くスタイル」という点では、聖子も私も同じなのかも知れません。
 

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March 31, 2007

仕事とは~佐藤可士和さん~【松井】

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 今朝の朝日新聞土曜版では、アートディレクターの佐藤可士和さんが取り上げられていました。
 私の印象では、昨年あたりから、その仕事の結果だけでなく、ご本人がいろいろな媒体に取り上げられ、その職場や仕事のやり方、思いなどが露出するようになっていました。

 今日の記事を読むと、ますます興味を持つとういか、佐藤可士和さんに対する関心が高まりました。
 正直なところ、一分の隙もなく何かにこだわるということはあまりない、むしろ好きではないのですが、矛盾かもしれないけど、些細なことに妙に心惹かれて愛着するということがあります。モノに対して。

 写真は、愛用しているモノたちです。フランスのロディア社のノートパッドに、コンピュノート社のコンピューターの本物の基盤で創られたノートフォルダ、アマダナ社の計算機に、ゲンテン社の筆箱。
 なぜ気に入っているかというと、もちろんブランド名などではなくデザインやそのモノから感じられるセンスに心惹かれるからです。


 心がウキウキさせられるのは、創った人の遊び心、軽やかな感じのなかに思い入れ、細心の心遣いを感じられるモノです。
 写真にうつっているモノたちからは、私はそういった「弾み」を感じます。
 逆にいえば、「考えなし」のモノたちからはマイナスの波長を感じて、嫌な気分になってしまいます。「考えなし」の対極が、私の心を弾ませる「考えあり」のデザインのモノたちになるのだと思います。
 

 佐藤可士和さんが創り出すモノたちからは当然ですが、「考えあり」のまさにとぎすまされた意識を感じます。そしてのその仕事に対する姿勢を語る、掲載されている佐藤さん自身の言葉にはいろいろと印象深いものがあります。

 以下、3月31日付け朝日新聞「be」からの引用です。

 

「僕が『広告は、見てもらえないものだ』と思って、作っているからでしょう。」
  
 「多くの広告は、見てもらえるという前提で作られている。だからどうしても、あれも言いたい、これも入れたいと欲が出る。でもそれ以前に、とにかく目や足を止めてもらわなきゃならないのに。それには広告に、価値を与えなきゃだめです。」

 「突破口は、とことん本質に向き合うことだと思う。そして本質をつかんだら、余計なものは徹底してそぎ落とす。難しいですけどね。」

 「単なる提案にとどまらず、最後に具体的な形、モノまでつくるところは普通のコンサルタントとは違います。そしてそれは、デザイナーにしかできないと思いますから。」

 「僕の仕事は、相手から答えを引き出すことだから。」
 「だから僕は、たくさん質問をして『本当はあなた、こうしたいんじゃないの?』ということをズバッとつかんで、鮮やかに解決したいんです。」

 「僕はむしろ、いろんな人と仕事をすればするほど、どんどん自分の中に知恵が入ってくる。そしてそれが別の仕事で役立つんです。



 仕事とはこういうものかもしれないと思いました。
 裁判官に読んでもらえると思って、本質に欠けたダラダラとした書面を作ってちゃダメだし、相談者、依頼者の方に分かってもらえる、聞いてもらえると思って、分かりににくい言葉で話したらダメだし。

 「突破口は、とことん本質に向き合うこと」

(おわり)

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March 27, 2007

裁判官と判決~転勤の季節に思う~【松井】


 3月も終わり。
 以前、何度か仕事をさせていただいたことがある会社の担当者の方が転勤で東京に異動ということで、後任の方と一緒にわざわざ事務所まで挨拶に来てくれた。
 自身の立場上、やむをえずというのでもなく、本当に親身に従業員の方のことを心配し、気遣って仕事をされていた方だった。
 こちらの都合で夜中に携帯電話に電話させていただいたことも何度かあった。
 転勤ということを聞いて少し寂しく思った。困難な状況でも穏やかさを失わない姿勢は見習いたいと思っていた。


 4月。転勤といえば、裁判官や検事も転勤の季節である。
 弁護士8年目となっても今更ながらに、いや8年目だからこそ、裁判の怖さがわかり、判決というものはつくづく分からないものだと思うことが増えるようになった。
 一番大きかったのは、以前のエントリーでも触れた遺言無効確認の事件の判決だ。
 尋問前の和解の際、合議体の担当裁判官からは心証開示をされ、この遺言は無効と判断せざるをえない
といったメッセージが明確に発せられていた。
 勝つことはできなくても、負けるわけにはいかないのが裁判と考えている。
 依頼者と共に和解の途を模索した。
 しかし、どうしても譲れない部分があり、敗訴判決を覚悟で、和解を打ち切った。

 判決言い渡し期日までの間。
 
 合議体の部長が交代した。
 そして判決言い渡しが延期されること、数回、数ヶ月。
 正直なところ、期待が高まった。
 そして、判決は、遺言は有効との判決であった。

 相手方の弁護士に対しては気の毒にも思わないでもない。和解の際の裁判官からの心証開示によって
勝訴を確信していたはずである。
 ところが・・・。
 自分が相手方の弁護士の立場でなくって本当に良かったと心の底から思った。
 と同時に、改めて「判決」の怖さを思い知った。
(ちなみに控訴審でもひっくり変えることはなく、安堵のため息)

 担当する裁判官によって右か左かを左右することがあるのである。
 だからこそ、三審制がとられている。
 それにしても。怖いったらありゃしない。
 これが裁判の実態の一つであると受け入れるしかない。
 受け入れて、準備することだけが出来ることである。

 ちなみに、各法廷の担当裁判官は最高裁のホームページから調べることが出来ます。
 だけど、なかなか探しづらい場所に格納されています。
 大阪の民事の法廷については下記のとおり。
 4月、どのように変わることやら。
 私が今担当している事件の裁判官に変更があるのか否か。
 ま、この点は前回の法廷で「転勤されますか?」と当然、確認していますけど。  


大阪高裁 民事
http://www.courts.go.jp/osaka-h/saiban/tanto/minji.html

大阪地裁 民事
http://www.courts.go.jp/osaka/saiban/tanto/minji_tanto.html

大阪家裁
http://www.courts.go.jp/osaka/saiban/tanto/kasai_tanto.html

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March 23, 2007

相続税の脱税事件~刑事判決の読み方~ 【松井】


相続税を脱税したということで逮捕された大阪のトモエタクシーの元社長に対する大阪地裁の判決が3月22日、出たようです。

日経ネットの記事から。
http://www.nikkei.co.jp/kansai/news/39018.html

【2007年3月22日】 相続税巨額脱税でトモエタクシー元社長に懲役4年・罰金7億円──地裁判決(3月22日)  実父の遺産を海外口座に隠し相続税約24億9000万円を免れたとして相続税法違反(脱税)罪に問われたタクシー会社「トモエタクシー」(大阪府守口市)元社長、西井良夫被告(62)の判決で、大阪地裁の川合昌幸裁判長は22日、懲役4年、罰金7億円(求刑懲役5年、罰金10億円)の実刑を言い渡した。相続税の脱税事件の罰金としては過去最高とみられる。

 川合裁判長は「極めて巧妙、計画的犯行で反省もしていない」と指摘した。西井被告側は即日控訴した。西井被告側は公判で「海外送金は父の指示で、脱税の意図はなかった」と無罪を主張していた。川合裁判長は、海外送金は西井被告が主導して行ったと認定。他の相続人にも海外口座の存在を隠していたことなどから「脱税目的の財産隠しだった」と述べた。


 相続税法68条によれば、「偽りその他不正の行為により相続税又は贈与税を免れた者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」とあります。そして同条2項によれば、「前項の免れた相続税額又は贈与税額が五百万円を超えるときは、情状により、同項の罰金は、五百万円を超えてその免れた相続税額又は贈与税額に相当する金額以下とすることができる。」とあります。

 この法定刑にてらしてみれば、懲役4年の実刑判決は法定刑の5年に近い量刑であり、相当重いといえます。
 ただ、罰金刑については、相続税法によれば「免れた相続税額・・・に相当する金額以下とすることができる」とあるので、裁判所はしようと思えば、免れたといわれる「相続税約24億9000万円」に近い金額を罰金と課すことも出来たはずです。
 なぜ、免れた相続税額の約3割強の罰金刑なのか。

 公訴事実に対して否認して争っていたようですが、有罪判決でした。
 報道を見る限りでは、亡父に言われるがままの海外送金であって脱税の認識、故意にかけるので無罪という主張を行っていたのではないでしょうか。
 ただ、間接事実としては、亡父が意識を喪失した後も新たに送金を行っていること、他の相続人にも海外口座の存在を秘していたこと、申告にあたり税理士からの助言にもかかわらず海外口座を申告しなかったことといった事実から、故意、違法性を意識しうる事実の認識はあったと認定されたようです。


 刑事弁護人は、どのように争ったのでしょうか。客観的証拠を十分に検討できていたのでしょうか。客観的証拠からすれば有罪の事実認定は無理だといえる場合はともかく、証拠は十分だと思える場合、依頼者である刑事被告人にはその旨の危険性を当然、説明します。ただ、そうであっても本人が故意の不存在、無罪を主張する場合は、最大限の力を振り絞って戦います。
 控訴審でいったいどのように争うのか。おそらく親族の証言、税理士の証言などが証拠としてもあったことでしょう。おそらくこの点の事実認定を争っていたのだと思います。
 
 報道で注意しないといけないのは、有罪の場合、もっともらしく、「●●といった事実から有罪が認定された」と報道され、この事実認定の●●には疑問の余地はない当然のことだと思いがちです。しかし、刑事事件で争う場合、まさに●●の事実認定が証拠でどのようになされるのか、証人の証言は信用性があるのか否か、物証に検察官が主張するような信用性があるのかといったところが争われるのです。
 トモエタクシーの元社長の相続税脱税事件についても控訴審でひっくりかえるかもしれません。
 有罪判決は、確定するまで有罪ではありません。
 一審判決の当不当は判決全文を読まない限り、分かりません。
 ライブドアの堀江社長らに対する判決も、同じでしょう。
 判決文の全文を読まずに、判決の中身、事実認定について当不当の意見を述べることは、弁護士ならしないと思います。

(おわり)

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March 22, 2007

鴨志田穣さん、亡くなる【松井】

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 カメラマンでエッセイスト、そして本人は不本意だったであろうけど、何よりも漫画家・西原理恵子さんの夫として有名だった鴨志田穣さんが亡くなったという新聞記事を昨日、見る。42歳、腎臓ガンということだった。


2 
 新聞記事を見て、一人ショックを受けていたところ、携帯電話に友人から電話が入る。「見た?」ということで、毎日新聞を定期購読していた友人から、西原理恵子さんの毎日新聞での連載漫画「毎日かあさん」からの最新情報を教えてもらう。

 訃報を見て、あれっと思ったのは、喪主が元妻・西原理恵子さんと書かれていたことだった。
 それも、友人曰く、鴨志田さんは、アルコール中毒を克服し、最近は、また西原さんとその子ども達と一緒に暮らし始めていたんだといこと。

 確か去年、本屋で、「酔いがさめたら、うちにかえろう」という鴨志田さんの本が平積みとなっているのを見て、あぁ、アルコール中毒を治したんだと思いつつ、「うちにかえろう」という部分で、別れた西原さんや子ども達、「うち」への未練があるんだなあとしみじみとした思いになり、印象に残っていた。
 そもそも離婚の原因も、「毎日かあさん」などを読む限りでは、お酒と暴力、そして潜在的な嫉妬心だったようなので、一緒に暮らし始めていたということについても妙な印象を受ける。ただ、それで最後、「喪主」を努めるというところに西原理恵子さんの情の深さを見た思いがする。



 それにしても、42歳。
 アルコール中毒を入院で克服し、酔いをさまして「うちにかえった」数か月間は幸せだったのだろうか。たぶん幸せにすごしたんだろう。
 「鳥頭紀行~3歩で忘れる」で描かれている「鴨ちゃん」の漫画、写真を見て、知らない人なんだけど、悲しい複雑な思いがこみ上げる。
 でもきっと西原さんは、このこともまたきっと何らかの形で漫画にするんだろうと思う。たぶん性(さが)だから。漫画家の仕事も辛いだろうな。

鳥頭の城


(おわり)

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March 06, 2007

カウンセリング系弁護士・・【大橋】

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 <事務所内の「幸福の木」が花を咲かせ、部屋中甘く青臭いような香りでいっぱいです。>

 ご無沙汰しております。大橋です。
 気軽に日々を綴ろうと宣言した年初の意気もどこへやら。もう3カ月経ってしまいました。

 仕事がシビアになってきますと、こうしたブログの作成さえ、「何に時間を使ってるのか」と思われかねないのではないかと、自粛モードでした。

 一つの仕事をお受けするというのは、ある期間、密に関係を保ち、最高度のプライバシーを共有させていただくことになります。気が合わなければやっていられません。相互にそうだと思います。
 弁護士の方がペースを崩さずにお客さんに「合わせさせる」というのも、既に時代遅れの発想かとも思いますが、ただ、相互にある程度気を許せる信頼関係の構築が必要ではあります。

 それで、私は私の性格というものを公開し、知っておいていただくのがやはりよいのではないかと、思うようになりました。
 本当は、リニューアルしたホームページへ載せておくのがよいと思うのですが、とりあえずブログへ。
 松井の「相談会」試行と同じようなものです。(私も誘われましたが、いきなり一人で先発してしまいました・・)

 私は、お客さんの相談をゆっくり聞いていくのが好きです。
 聞いていくうちに、お客さんの心のもつれた糸がすっとほぐれていって、気持ちが和らいでいかれるのを感じるのが好きです。
 何が問題点か、わかってきたら、法的手段を用いるのがよいか、用いないで流すのがよいか、ともに考えます。
 その方にとって、何に価値があるのか、一緒に考えていくのが好きです。
 「負けるが勝ち」などという言葉がありますが、深みにはまらずに「この損失も人生の勉強料だ」と頭を切り替えることを勧めることもあります。
 しかし、人生でこの屈辱を忘れ去ることはできないと思い詰めておられる方もいます。法的には勝てるかどうかわからない。でもこのまま引き下がれない。そうした悲壮なご依頼も、お受けするようにしています。
 一緒に歩くことが、弁護士の仕事ですから。

 一方、私が苦手なのは、「勝ちますか?」と常に心配している方です。
 結果がどうしても欲しいという方。弁護士に依頼した以上、勝って当然だ、勝たなければ弁護士が無能なのだ、とお考えになる方。
 私は、どうも争いを好まない部類の人間であるようです。このようにせき立てられるのを好みません。

 弁護士は、定時に終着駅まで乗客を運ぶ電車なのではなく、風任せ波任せの舟にお客を乗せる船頭さんのようなものではないかと思います。お客さんの望む行き先がどの島なのか、相談し協力しながら進みます。望む島には舟を着けられずに別の島で満足していただくこともあると思います。
 しかし、「一緒に舟に乗ってもらってありがとう。よい旅でした。」と言っていただける仕事ができれば幸せです。

 こんな弁護士ですが、よろしくお願いします。

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February 16, 2007

「強い会社」を作る~「空振り」を怖れずに~【松井】

Chocolate
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 「強い会社」を作るという言い回しがあります。
 いったい「強い会社」って何をいうのでしょうか。
 ということについて、つらつらと考えてみたことを書き記してみます。それこそ、MBAを持っている人、あるいは現実の経営者であれば当たり前のことなんだろうと思いますが、このことについて弁護士として、法的サービスとしてどういったことを提供できるのだろうかという観点で考えてみたいと思います。
 本当に、つらつらです・・・。



 まずもって、会社、企業が、日々、月々、年々の利益を上げる体質をもっていなければなりません。利益をあげられない企業は、遅かれ早かれ市場から撤退せざるをえません。倒産といいます。
 強い会社、企業とは、利益を発生させることが出来て永続性を持ちうる企業といえます。

 会社であれ、個人であれ、その属する企業から報酬・給与をもらって日々の生活を営む以上は、その企業が、構成員に配分できるだけの「現金」をもたなければなりません。
 この現金支払いも一回限りのものではなく、当然、毎月毎月、永続性をもって支払える状態でなければなりません。そうでなくなった場合、「倒産」状態といいます。
 ということは、企業が企業であるためには、当たり前だけど「利益」を発生させる状況であることが必要です。



 では、「利益」を発生させるためにはどうでなければならないのか。
 
 単純に表現すれば、一つは、売上げ、「入り」を増やす、あるいは維持すること、もう一つは、費用、「出」を減らすことに尽きると思います。



 では、まず「入り」を増やす、あるいは維持するにはどうすればいいのか。

 今得ている「入り」を減らさないようにすることという視点と
 今得ている「入り」をいかに増やすかという視点に分けられると思います。

 ここではいろいろなことが具体的に考えられるところですが、例えば、創業何百年といった企業でも、創業時と何ら変わらないことによって現代においても売上げを維持しているところもあります。変わらないことによって、維持するパターン。変わると、企業として消滅してしまう。例えば、よく京都などにある有名和菓子屋さんとか。

 しかし同じ創業何百年という企業ではあるけど、商品の種類を増やしたり、あるいは販売経路を拡大することによって、莫大な売上げを上げるパターン。伊勢市の赤福とか?
 ここで当然、売上げを拡大するには、何らかの投資が必要となるでしょう。従前の経緯だけでは、維持はありえても、拡大はあり得ない。
 この投資の際、資金をどのように調達するのだろうか。

 自社の利益からか、あるいは出資を募るのか、あるいは借入を行うのか。借入といっても、社債を発行するのか、あるいは特定の金融機関あるいは支援企業などからの借入れになるのか。それぞれのメリット、デメリットを勘案して、資金調達方法を選択します。
 この際、いわゆるファイナンスとして、弁護士が法的サービスを提供できる余地があるのでしょう。しかし弁護士・法律事務所でなければならない必然性はありません。
 
 また、売上げを維持、増やすための戦略として、そもそもの大事な要素の一つに人事戦略があります。
 どのような人材を獲得するのか、また自社にとどめおくのか。労働法規に触れない範囲で、どのようにクリエイティブな契約内容、就業規則を定めるのか。
 この際、労働法規に詳しい弁護士が法的サービスを提供する余地があります。ただ、弁護士の役割、あるいは限界としては、法規に触れないという接点においてであって、クリエイティブな発想に基づく契約内容を提案するという点では難しいかもしれません。

 さらには、売上げ増を狙い、例えば、市場で3位の企業が、5位の企業と合併などして、市場占有率2位の企業に浮上するといったこともあります。
 このときのいわゆる「合併」「統廃合」においては、先の人事の問題などとともに資産や負債の処理を巡って種々の問題が起こります。
 最近の例でいえば、極端な例ですが、住友信託銀行とUFJの合併話の破綻とか。やり方をうまくやらないとこんなレベルで、事後処理のために何億、何千万円という余計な費用がかかります。

 また、新たな第三者と取引関係に入る際の契約書作成作業。これは、いかに自社に有利な条項を入れるかという点よりも、実は、次に触れる「『費用』をいかにコントロールするか」という点にかかってくるかと思います。
 契約締結交渉、契約書作成といった点で、弁護士が法的サービスを提供する余地は当然あります。ただ、世間をにぎわせるM&A交渉においては、大規模法律事務所、著名弁護士だけではなく、金融機関やコンサルティング会社が大きな役割(報酬?)を担っていることからも分かるように、サービス提供の登場人物は弁護士だけではありません。



 つらつらと考えていたら、また長くなってきました。
 今回はひとまずここでストップすることに。

 要するに、強い会社、企業とは、イメージ的にいえば、「イチロー」ではないかと思っています。

 その身体や思考に無駄がない。隙がない。絶え間ない練習に試行錯誤。常に、改善、改善、改善へと進んでいくこと。鋼のようなイメージ。
 法的な訴訟リスクを常に想定して、備え、失敗からは学び改善していく。
 契約書の作成といっても、あまりに一方的に自社に有利な条項は、裁判となった際には無効といわれるリスクが高まることを考慮して、バランスのとれた条項とする。
 つまりすぐれたバランス感覚。近江商人の三方良し(?)の感覚。お客よし、取引先よし、自分よし(?)。
 失敗はあって当たり前。要は、失敗をいかに次に結びつけていけるのか。
 以前みたイチローのインタビュー番組でイチローは言っていました。「空振りは凄い。あの空振りがあったから、その次に打てた。」空振りをすることによって、埋めるべき空白、次になすべきことがはっきりする、だから次に成功するといった趣旨です。

 空振りを怖れずに空振りをし、空振りを次に生かして、ヒットを生み出す。
 弁護士としてもこうありたいと思うし、こういう人を応援していけたらと思います。

 企業の永続性って、これの繰り返しであって、空振りを怖れてバットを振らなくなったら終わりなんだと思います。

 それと弁護士だからかもしれませんが、困難に遭遇したとき、そんなときこそとにかく真っ直ぐに対応する、まわり道なようで結局、ベストの選択につながるという信念があります。シンガポールの初代首相のリー・クアンユーは、首相になる前、弁護士でした。そして政治活動を行っていくのですが、様々な困難に対しては、弁護士だったからかもしれないけど、とにかく裁判でもって決着を付けていきました。どこかの政府みたいに暗殺なんてしません。
 そういえば確か弁護士として?テレビによく出ている橋下徹弁護士が出版した本のタイトルは、「真っ向勝負」だったかと。
 
 「真っ向勝負」できる企業が、最後に強い企業になるんだと思います。

*写真は、R.Savignac という人のCHOCOLATE という絵です。空振りを怖れずに、真っ向勝負。なんとなく、この絵のような気持ちです。好きな絵です。

(おわり)

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February 14, 2007

日本で暮らす権利~法務大臣の裁量~【松井】

Fuhoushuurou

毎日新聞 2007年2月12日 3時00分

イラン一家:13日に入管へ出頭 帰国に向けて
 不法残留し、最高裁で強制退去処分が確定している群馬県高崎市のイラン人、アミネ・カリルさん(43)が帰国に向けて13日、東京入国管理局(入管)に出頭する。身元引受人が11日夜、明らかにした。

 アミネさんの妻と2人の娘の身元引受人を務める同県伊勢崎市の中村三省さん(74)によると、アミネさんは今月9日、高崎市の東京入管高崎出張所で一家全員が帰国するという文書に署名し、同所から13日に東京入管に行くよう指示されたという。一家の仮放免期限は16日に迫っていた。

 入管側は先月12日、在留特別許可は認められないと改めて通告した。その後、アミネさんは、長女で高校3年のマリアムさん(18)の再入国が認められ、日本で1人で生活できることが確認できれば、一家4人でいったんイランに帰国する考えを明らかにしていた。アミネさんは毎日新聞の取材に「妻と一緒に入管に行くが、詳しいことは今は話したくない」と話した。【杉山順平】

「外国人の在留の拒否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものではなく」
とされています。  これは、昭和53年10月4日の最高裁判決(マクリーン事件判決)で出された結論です。この最高裁判例はその後変更されてはおらず、現在でも妥当する解釈ということとなります。    つまり
、「法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたっては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立って、申請者の申請事由のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲などの諸般の事情をしんしゃくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができにものと考えられる。このような点にかんがみると、出入国管理令21条3項所定の『在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由』があるかどうかの判断における法務大臣の裁量が広汎なものとされているのは当然のことであって、所論のように上陸許否事由又は退去強制事由に準ずる事由に該当しない限り更新申請を不許可にすることは許されないと会すべきものではない。」

 群馬県のイラン人一家の方の場合、最高裁まで争ったけど、最高裁は、次に述べるように法務大臣の裁量に逸脱は認められないと判断したのでしょう。
 そうであるなら、あとはまさに法務大臣の裁量の問題でした。

 が、法務大臣は、一家に対する在留許可を認めませんでした。妥協案が、この春進学が決まっていた長女について、留学での在留許可を認めるということだったのでしょう。
 このような裁量上の判断については、既成事実をもって違法行為を見逃すわけにはいかないという行政の強い意思を感じます。
 不法滞在をしたのはお父さんであって、まさにその子には責任はないはずです。子どもは、日本で育って教育を受けてきており、日本語を日常語としており、日本での教育生活を望んでいるといいます。

 例えば、自分の親の都合で逆にイランで育てられたところ10歳くらいになって、突然、日本に帰れと自分がイランにいられなくなるとしたら。
 また戻ってきたらいいという案もあり得ますが、親による転居の手間暇、職の不安などからくる生活の不安定さを考えたら、経済的にも精神的にも相当な負担となります。
 このようなケースが次々と出てくることを怖れての法務大臣の判断なのでしょうが、今回のケースに限りとしたり、あるいは時限的に不法滞在となる一家に名乗り出てもらい、今回に限り特別な判断を行うといった解決が出来なかったのか。この一家の在留を認めなかったからといって、どれだけの「国益」が守られたというのか。得られるものと失うものを天秤に欠けたら、失ったものの方が多いように思います。まさに「情け」ない。


 
 もちろん法務大臣の裁量といっても何でも許されるわけではありません。マクリーン事件判決では次のように述べられています。

 「それが違法となるかどうかを審理、判断するにあたっては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全くの事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である。」

広汎な裁量です。
法務大臣を動かすには、世論・政治の力しかなかったのでしょう。それでも力及ばず。残念です。

(おわり)

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February 09, 2007

アンナ・ニコル・スミスさん、死亡~最良の遺言~【松井】


 今日の夕刊の死亡記事で、「巨額遺産巡り争い」という小見出しのもと、アンナ・ニコル・スミスさんが2月8日、米フロリダ州ハリウッドのホテルで倒れて死去、39歳との顔写真入りの死亡記事を見つける。

2 
 去年、雑誌で、5年以上にわたる法廷闘争において最高裁でアンナ・ニコル・スミスさん側が勝訴したという記事を見かけた。アメリカでも遺産を巡る裁判での紛争がこれほど長期に及ぶのかと興味深く読み、その記事を保存していたところだった。さらに、確かその後、アンナさんの息子がアンナさんの入院先の病院で不審死したという記事を見かけたりしていた。
 その渦中の本人が39歳で死亡。

 夜のテレビニュースでも、ワイドショー的にアンナさんの死亡と遺産紛争と不審死について報道しているのを見た。


 遺産を巡る争いと関係者の相次ぐ死が関連しているのか否かはもちろん定かではない。 しかし、関連を思わずにはいられないのも事実。
 しかも今回の死亡報道に接して分かったことでさらに驚いたことには、アンナさんの訴訟代理人であった弁護士が、アンナさんが去年6月に出産した長女の父を名乗りでており、死亡した滞在先のホテルでも同宿していたということ。
 
 そういえば、ちょっと違うけど、患者が担当医師に多額の遺産を譲り渡すという内容の遺言を作成しており、亡くなった患者の遺族と医師との間で訴訟になったとかいう件があったような。
 
 死後、遺された人のことを思うのなら、単に遺言を作るだけじゃなくって、もめないための種々の「地ならし」が必要だとつくづく思う。
 遺された人が不幸だ。

 ところで、遺言信託が流行のようだけど、最良の法的アドバイスはなされているのだろうか。
 法律事務所でもわざわざ「信託銀行」を作ったところがある。人は、「法律事務所」「弁護士」よりも「信託銀行」という器に信頼を寄せると判断してのことだと思う。
 それはたぶん、人的規模に対する信頼なのか。
 弁護士会で「信託銀行」を作ってしまえばいいのにと思ったりする。
 とにかく、必要とする人が、最良の遺言を残せることが出来るようにするために。
 最良の遺言。
 それは、死後の争いが起こりようがない状態であること。ありとあらゆることを想定して、考え抜かれた遺言。

(おわり)

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February 07, 2007

先を読む力と情報収集と教訓 【松井】

1 
 久々の更新で、つぶやきです。Ohashimatsui

 当たり前のことだけど、こう対応したら次にどうなるのか、で、次にどういうことがあり得るのか、A、B、Cとの展開が考えられる、じゃあ、Aの場合はどう、Bの場合はどう、Cならどうするのか、詰将棋のように考え抜いて、準備するのが弁護士の仕事。

2 
 でも、こんなことは日常の作業、あるいは弁護士に限らない仕事で、皆、やっていること。
 だけど不思議なことに、考えていないの!?という対応に出くわすことがよくある。理解できない。(って、まぁ、「感情」が原因なことは分かっているけど・・・。)

3 
 例えば、交渉や調停や和解。
 判決になったらどういう判決が予想されるのか、その判決が出たときに次に相手方は、これまでの行動パターンから考えてどのような行動に出ると予想されるのか。
 だったら、ここで妥協して合意に達してまとめた方がいいことは、経済的利益に鑑みれば明らか。
 しかし、戦う姿勢を崩さない・・・。

 だれか相手方によい助言者がいれば、ここで話をまとめて、結果、相手方も得るものを得られるのに、こちらの目の前で自ら、断崖に向かって突っ走っていく。
 こちらが止めることは出来ない。不運な人だと呟くのみ。
 
 一つ言えることは、自分以外の周りの声に耳をよく傾けるようにということ。どこかで、「そっちは崖だよ」という合図があるもんだ。

 最近読んだ本で面白いエピソードがある。
 クリントン元大統領は、学生時代、ヒラリーと知り合ったとき、パーティーの席でも自分から話すことはなく、口数少なくしていたため、ヒラリーは最初、自分に気がないのかとがっかりしたということ。
 あとからそのことをヒラリーが口にすると、クリントンは、
「君と君の友人のことをよく知りたかったから(自分は黙って、会話に耳を傾けていた)。」と答えたとのこと。

 適切な判断のためには適切な情報収集、そして適切な情報収集は周りの声に耳を傾けること。
 自分の主張を繰り返し大声で叫ぶだけでは、自分によい結果は得られない。
 教訓。

(おわり)

*写真は、ランチを一緒に食べる大橋と松井。このとき、お互いが担当する事件の方針や考え、弁護士のあり方などについて意見交換をする。一人で考えられることってホント、たかがしれている!今日のキーワードは、「サプライズの提供」。

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November 21, 2006

夕張市破産宣告~それは近い将来の日本の姿?~【松井】

★追記あり

 11月19日付けの日経新聞では、「財政破綻の夕張市 住民説明会が紛糾」との記事が載っていた。
 「高齢者へのバス運賃の補助廃止や除雪の見直しなどの施策」が説明されたようだ。
 しかし、「大半が抗議し退席したため説明会は途中で打ち切られる形で終わった。」という。



 主観的にはともかく、客観的には返すあてのない借金をして、借りたお金をジャブジャブと「たんこうからかんこうへ」の「施策」「施設」につぎ込んだ結果か。
 地方でみた、社会保険料によって作られた「グリーンピア」施設を彷彿とさせるお金の馬鹿な使い方。
 
 象徴的な写真が、不肖・宮嶋茂樹のホームページで掲載されていた。
 
 http://www.fushou-miyajima.com/gekisya/060807_01.html

 泣けてきた。


3 
 炭坑の町の終焉に危機感を感じ、何か施策を打ってでようという発想、危機感をもつのは間違っていないと思うけど、
 危機に対する「対策」が間違っていると、傷口を広げるだけで下手をすれば取り返しがつかないという見本のような行政になってしまった、夕張市。
 「対策」を執るには、当たり前だけど「根拠」のある見込みに基づいた計画がまず一番で、やってみたら「検証」が不可欠で、検証で間違いが分かったら「修正」する、場合によっては「撤退」して、新たな計画を立て直す、それだけのことがなぜ出来ないのか。
 泣けてくる馬鹿さかげん・・・。

 でもよく考えたら、夕張市市民だけのもんだいじゃなくって、これは日本の住人全ての問題なんだろう。
 日本の借金、国と地方をあわせてしめて、770兆円。
 返すあてはあるのか。
 
 1 収入を増やして、
 2 支出を減らす。

 これしかないんだから、執るべき方策は見えているけど、1どこからの収入を増やして、2どの支出を減らすのか、その選択を監視するしかない。
 間違った「対策」が執られないように勉強しないといけない。

 今朝の新聞広告でジョセフ・E・スティグリッツの翻訳最新作が載っていた。「世界に格差をバラ捲いたグローバリズムを正す。」(徳間書店)。「自由化と民営化を旗頭にしたグローバル化は世界に格差社会を撒き散らした。一体それはなぜなのか?アメリカのエゴに歪められたグローバル化のからくりを暴き、全ての人に利益をもたらす新システムを提言する!」とある。
 読んでみよっと。
(おわり)

追記
 弁護士のPINE’S page さんのブログでも夕張市の破綻、再建について触れられているのを発見しました。
 そこで、夕張市が公開している再建の基本的枠組みといものも紹介されていました。
 基本的枠組案
http://www.dolphin.co.jp/hpr/yubari/saiken/20061114saiken.pdf
 余談ですが、同じ事柄を記事にするにしても日経と毎日ではやっぱり違うなぁ。毎日の方が読み応えあり。

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October 23, 2006

Chain World 【松井】


 大阪市の中之島にある国立国際美術館で、「エッセンシャル・ペインティング展」が開催されていました。
 開催を案内する新聞記事で目にしたマルレーネ・デュマスという人の「ヘレーナの肖像」に惹かれ、同展に足を運びました。
 ところが、美術館では「小川信治展ー干渉する世界ー」というものも開催され、ついでに見たつもりが、結局、帰るときにもっとも印象に残っていたのは、この小川信治の映像作品「Chain World]でした。

 遠景の様々な風景から、徐々に一つの対象物に近づいていく、そしてもうこれ以上接近できないといったところから、また映像の「眼」は徐々に遠景になっていく、その繰り返しによって、パリのエッフェル塔からヨーロッパの片田舎ののどかな緑の風景、教会前の広場に集まる人々と次々と切れ目なく映像が展開していく。
 まさに Chain World 。

 がらがらに空いた美術館で一人、ベンチに座ってこの映像をただただ眺めていました。

2 
 22日の日経新聞の朝刊の最終頁で、伊集院静が文章を載せていました。
 「『ようこそ』気品ある響き。」
 なんのことかと思えば、伊集院静が旅した際、アウシュビッツのミュージアムを訪れ、その際、同ミュージアムで唯一の外国人公式ガイドである日本人の中谷剛さんが、伊集院静を迎えたときのことばでした。
 「ようこそ」
 この日本人公式ガイドの方のことはもう以前から実は知っていました。
 というのも、友人が以前、一人、どうしてもアウシュビッツを見ておきたいということで一人旅に出るとき、彼女が日本から事前に連絡をとりガイドをしてもらったというのがこの中谷さんだったからです。彼女から、この中谷さんのことはいろいろと聞いていました。
 その後まもなくしてこの中谷さんが本を出した、あとがきには友人の彼女の名前も出ているというので、買ってみました。

 アウシュヴィッツ博物館案内
 中谷 剛 (著)
 
 買ったけど、例のごとくまだ読んでいませんでした。

 会ったこともない人なのに、友人の知人であるというだけで、伊集院静が触れているというだけで、なぜか懐かしく、全く知らない人のような感じがしない。
 Chain Worldではないけれど、つながっている感じ。

 「私たちは中谷さんと当時、収容所に列車で連れてこられた人々が歩かされた道をともに歩き出した。足下に野の花が咲いていた。収容宿舎、ガス室、遺体処理室、人々の身体から剥ぎ取るように没収された夥しい数の衣類、靴、メガネ、そして子どもたちの玩具・・・、そこに戦争とは何かを無言で教えてくれる真実の力があった。」
 伊集院静はこう書いていました。


 そういえば、Europe WatchのTIさんのブログで、「War Children」というイギリスの教科書が紹介されていました。

 高村薫は、子どもの命も老人の命も同じ命であって子どもを殺したら死刑という考えに対してそれでいいのかという疑問を投げかけていたように思うけど、戦争であれ、虐待であれ、まさに何の罪もない子どもが命を落とすことについては、よりいっそう胸が締め付けられる思いがします。何とか出来なかったのか、と。

 ただ確かに、子どもであれ、大人であれ、他人に命を奪われたり、自由を奪われるということについて、何も感じない人はいないでしょう。怒り、悲しみ、やるせなさ。
 政治が政治たるゆえんはここにあるんじゃないだろうかと思います。つまり、多くの人間が暮らす社会において、安全に自由に暮らすことが出来ること、そのための憲法であり、法律であり、議員であり、公務員。
 このために要する必要経費として税金を払っている。

 核兵器での武装や憲法改正よりも、外交交渉力をまず勉強して欲しいです、日本の議員。最低限の安全である戦争回避、そのために最大限の力を振り絞って欲しい。
 Chain World の怖さを実感できないんだろうか、戦い=殺し合いをしたらいいという人は。

(おわり)

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October 14, 2006

ベトナム社会主義共和国~法の下の平等~【松井】

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1 

 英会話の先生がベトナムとの貿易の仕事をしていたこともあり、ベトナムでのビジネスの事情を聞くことがありました。
 ベトナム社会主義共和国。
 7年ほど前、所属する事務所の旅行で3,4日ほど旅したときの記憶があるだけでした。
 しかし今や、ベトナムと日本との間のビジネスは、日本にとって第二の中国かというくらいに緊密になりつつあるようです。
 書店に行くと、ベトナムビジネスといった本がたくさん並んでいます。また新聞でも、日本の企業がベトナムで工場を造ったというニュースがちょこちょこと載っています。
 またベトナムの法整備のため、日本から裁判官や弁護士がベトナムに派遣され、現地で活躍しているという話も聞いていましたし、実際、ベトナムでその仕事に携わっていた弁護士からの話を直接に聞いたこともあります。

 中国には圧倒的な土地と人口があります。
 それに対して、ベトナムはどうなんでしょう。


 一種のベトナムブームに水を差すわけではありませんが、18年ほど前の1980年代後半のNIESブームを思い出さずにはいられません。
 NIES newly industrializing economies
 振興興業経済地域
 韓国、台湾、シンガポール、ギリシア、メキシコなどを指しました。

 アジアでは、韓国、台湾、香港、シンガポール、特に韓国が注目されていたように思います。たしか丁度、1988年、ソウル・オリンピックが開催されました。

 しかし、その後どうなっているのか。

 Wikipedia では簡単に次のように記されていました。
 「1990年代になると、賃金上昇によるコストアップや、97年のアジア金融危機などにより、アジアNIEsは産業構造改革を余儀なくされることとなった。」



 
 中国もそうだし、ベトナムもそうですが、まずは法的な安定性が確保されるかどうかが要となるのではないでしょうか。「法の下の平等」です。
 上海では汚職事件が摘発されました。
 ベトナムでは今後、どうでしょう。

 今日、大阪弁護士会館では「いま一度、死刑を考える」として集まりが開催されていました。講演には、「レディージョーカー」などで有名な作家、高村薫さんが講師として登場し、「死刑について思うこと」と題して話しをしていたようです。
 先日、奈良での小学校1年生の女の子を誘拐して殺害した被告人に死刑判決が言い渡されました。
 この判決に対して、高村さんは新聞記者との対話で疑問を投げかけていました。
 法の下に平等な判決が下されたのだろうか、と。
 
 日本国憲法のもと法の下の平等が保障されているという日本においてすら、法の下の平等というのは本当は非常に危ういものなのかもしれないという思いが頭をよぎりました。 先日のタイでのクーデータ-についても非常に驚きました。タイでもまだクーデーターが起こり得るんだ、と。

 安定のないところ、信頼のおけないところ、そんなところでは危なっかしくって自由なんて到底ありえない。
 久々に憲法についてちょっと考えてみました。

 ちなみに上記の高村薫さんの講演があった集まりについては、大橋が司会をしていますので、詳細は大橋からまたエントリー記事があがるかと期待しています。

*写真の「ベトナム実用法令集」はちょっと必要に迫られて購入しました。8000円。た、高い。需要がまだまだないということなんですね。
(おわり)

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August 14, 2006

お盆休み雑感【大橋】

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(涼を求めて・・富士山麓の「白糸の滝」です。)

 大橋です。またブログ間隔が空き、松井に追いつけません。
 私なりに原因を考えてみるのですが、依頼者のプライバシーに関わることは守秘義務があるので書けませんし、ちょっと落ち着かないと文章って書けませんよね。(やはり言い訳か・・)
 とにかく、今はお盆休みで、いろいろ書くべき原稿などあるものの、少し余裕ができました。

 そうです。ずっと蒸し蒸しする日が続き、梅雨が明けたら明けたで猛暑でしたので、けっこうバテました。
 基礎体力、大事ですね。昨夜から「腕立て伏せ、腹筋、背筋」運動を復活させてみています。

 この運動は、思い起こせば中学のときに学校で「毎日やるように」と指示されて以来、ずーっと続けていたものです。
 ここ2年くらいでしょうか、ときどき怠け始め、このごろやらなくなったために体力が落ちてきたような気がします。

 さて、こうした導入の下、今日は、8月12日にあった「中学高校の同窓会」のことを書きます。

 私の地元は静岡県浜松市で、私立の中高一貫校「西遠女子学園」が母校です。

 同期生の同窓会が地元在住の人たちで企画され、私も大変懐かしい思いで参加しました。
 3分の1くらいの出席があったようです。
 私のクラスの担任がお見えにならない、というのは、予測できなくもなかったですが、ちょっと残念でした。

 ほとんどの人と25年ぶりの再会です。
 私が関西に出て行って大学を出て、公務員をしたり受験生をしたり、ようやく弁護士になってバタバタしているうちに、みんなも25年の歳月を重ねて私の前に現れました。
 記憶というのはよみがえるものですね。名札と顔を見ていたら、脳裏に25年前の姿が映りました。

 到底、25年のブランクなど埋まりませんから、「ああ、懐かしいなあ」と思っているだけで時間が過ぎました。
 
 私から同窓のみんなへのメッセージです。
 「これからはこれからのおつき合い。何かあったら連絡をとりあいましょう。」

 私たちの世代は、人生で一番の活動期であることは間違いなく、得意の分野で活躍している人も、刑事事件を起こした人も、結構私たちとよく似た歳の人たちです。
 友人にも今心理学を学んでいるという人が複数いました。活動のステージを準備中のみんなに、エールを送ります。
 そして、私も、目の前にいる勉強家の松井を見習い、がんばらなくてはと思っております。
 「選択と集中」とよく松井は言っています。私の関心は、人権分野に集中しつつもその中ではかなり広がる傾向にあります。経営と「自分のこだわり」とのバランス。ときどき振り向いて考えながら、歩みます。

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May 04, 2006

憲法記念日にデモに出て【大橋】

 ムード的に「変えていいんじゃないの?」という気運が作られてきているように思われる憲法ですが、私はこの流れに棹を差したくて、護憲派の集会に行きました。5月3日は憲法記念日で祝日なんでしょ?憲法のことを考えるべき日なんですよ、と。

 折しも新聞では憲法に対する意識調査が載せられています。朝日新聞の調査結果を見て意外に思ったのは、改憲肯定派は「20代男性」と「30代女性」が最も多いことです。理由は世代別では出ていませんでしたが、5つの選択肢で「新しい権利や制度を盛り込むべきだから」が最も多く、「米国の押しつけではない憲法を自分達で作りたいから」が2番めだそうです。「義務をもっと盛り込む方がよいから」「9条に問題があるから」「一度も変えられていないから」は少数。

 「新しい権利や制度」と言われて、自衛隊を思い浮かべる人もいれば、プライバシー権などの新しい人権を思い浮かべる人もいるでしょう。そういう意味では趣旨の明確でない設問だとは思いましたが。

 象徴天皇制の肯定派が84%。これも、私には理解しにくいことです。私は、主権者から除外された「象徴」という特別な人間としての「天皇」及び皇族を容認する日本社会を見ると、主権者教育の欠如の結果ではないかと考え込みます。
 基本的人権の尊重。民主主義。これら憲法理念から外れた存在が天皇を含む皇族なのです。

 このように言うと、「それじゃ改憲派じゃないか」と言われるようです。確かに私もそういう意味では改憲派であって、現憲法を金科玉条とは思っていません。しかし今のムード的改憲は反対です。もっともっと、人々が憲法を勉強し、話し合わねばなりません。生活に流されて「どうでもいい、国会にお任せ」ではダメです。家に一冊、憲法の本があるくらいの関心の高まりが必要です。

 ともあれ、私はデモ隊、というかパレードの一員として、祝日で人気の少ない通りをシュプレヒコールを繰り返しながら梅田に向かって歩きました。
 梅田中心部の手前で流れ解散です。
 帰り道、10代20代の人があふれかえっている街を歩きながら、「この子たち、憲法の話を誰かに聞いたことあるのかな?」と考えました。家で教わっただろうか、学校で教わっただろうか。聞いたとして、話が心に残っただろうか。
 今日は憲法記念日、だからみんなは祝日で街に出てきている。関係あるでしょ?憲法を知らないで「変えていいんじゃないの?」とは言わないでほしい!

 そう思いながら、一方で、シュプレヒコールが広く共感を呼ぶ時代でもない、特に若手の世代には何か工夫が要るだろう、とも考えます。
 先日も、共謀罪反対で大阪弁護士会がデモをしました。最近2回デモに出たので、そんなことを考えるきっかけになっています。

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April 27, 2006

「はんこ屋」はなぜ潰れないか、はさておき、どうする「有限会社」成美堂。【松井】

1 実家は三重県の四日市市ではんこ屋をしています。駅前商店街の中に店がありますが、この10年ほどで商店街は見るも無惨にシャッター商店街となってしまいました。
 誰がこんな商店街の中のはんこ屋にはんこを買いに来るのか?

2 実は、店はここだけではありませんでした。自動車で買い物に訪れる郊外のショッピングセンター~ジャスコなど~に店をいくつか出しているのです。人が集まるところに店を出すのです。
 ちなみにうちの商店街の近くの別のはんこ屋は店舗はそこだけですがつい最近、建物を大きなビルに建て替えました。このからくりはいかに?億円の宝くじがあたったらしいです。噂では。
 ということで、商売の基本としては客にまず存在を知ってもらう必要があります。うらさびれた商店街の一角でほそぼそと店を開いていても、通りすがりの近所の人しか客は見込めません。
 そこで、人が集まるであろうショッピングセンターに店を出してしまうのです。
 もっとも、ただのはんこ屋ではなくそこにだけしかない、他の店にはない特徴があって、人がそれを求めて来るような特徴があれば、場所が辺鄙なところでもお客さんは「それ」を求めて足を運んでくるでしょう。食べ物屋などが特徴的です。
 しかしうちは普通のはんこ屋です。わざわざ「成美堂」に行かないと買えないものなどは残念ながらありません。

3 そこで人が来るところに新たに店舗を持つとなると、人件費、家賃などが別途、必要となります。しかしそれを上回るだけの売上げ、利益が見込まれればOKです。駄目なら撤退すればいいだけです。
 実際、ショッピングセンターそのものが撤退ということで、実家の店も過去に2,3回は撤退の憂き目を経験しています。
 まさにトライ&エラーで、右肩下がりのじり貧をくい止めているという状況なんだと思います。

4 ところで実家の店は、一応、会社形態をとっています。有限会社です。もちろん取締役らは親族が占めています。
 そう!この5月からいよいよ「会社法」が施行されます。一方、有限会社法がなくなり、従前の「有限会社」はこれまでの有限会社法形態を利用し続けることもできれば、「株式会社」として出発することも選択できます。
 メリット、デメリットがあります。
 どうする、有限会社成美堂?
 我が家の場合で考えてみるとなかなか切実で面白いです。

5 弁護士として会社法務に関わる場合、実際のところ、本当は自分で一つ会社を経営するのが一番ではないかと思っています。会社運営の悩みどころ、商売の悩みがより一層、理解できるからです。どうしても、机上の空論とまではいわなくても、理屈だけで考えてしまいがちです。「駄目です。」「無理です。」と石橋を叩いて、渡らないのが一番リスクが少ないのでそうアドバイスしがちです。
 しかし求められているのは、どうしたら安全に渡れるのか法的なリスク・コントロールのはずです。
 有限会社成美堂の法的なリスク・コントロールはいかに。母の口癖か、自身でのマインド・コントロールかは分かりませんが、よく耳にしていたのは、「商売人は借金していてなんぼや」というものです。
 しかしこれは経営的にはとんだ間違いで、無借金経営の方がよいに決まっています・・・。

6 弁護士業をやっていて限界を感じるのは、自分の身は一つということです。勤務弁護士を雇ったとしても放ったらかしにするわけにはいかないので、1+1が2以上になるというものでもありません。
 この点、商売というのは人を雇って、仕事の規模を大きくも出来るし、大量生産で多くの人に喜んでもらえたりも出来るので、羨ましく思います。
 母に言わせると、物を売るこつは、お客さんがAを求めて店に足を踏み入れたとき、なぜAを求めているのかその動機を尋ねることのようです。その動機を尋ねたうえで、より適切なのはAではなくBだとアドバイスして、Aを求めてきたはずのお客さんにBを買ってもらって満足してもらうのです。このとき、Bが常にAより高い商品というのでは、そんな底の浅い卑しさはお客さんも当然、見抜き、苦い思いをします。例え、BがAよりも安い商品であっても、Bが適切と思うならBを勧める、それが本当のサービスでしょう。
 母は、柘植のはんこを買いに来たお客さんに、店を出るときには象牙の3点セットを買ってもらったりしているようです。
 口八丁手八丁?
 はんこ屋が潰れない真の理由はこれか・・・?成美堂にとっては、器が「有限会社」であろうが「株式会社」であろうが、器に過ぎなくって中身には何の変化もないから、たぶん「有限会社」を名乗り続けるのが適切なんだろうな。
おわり

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April 16, 2006

NHKドラマ「マチベン」雑感【大橋】

 昨夜は、弁護士ドラマを一度見てみたいと思って、NHKドラマ「マチベン」を見ました。
 江角マキコ主演、沢田研二と中島知子の3人でパートナー法律事務所を経営しているという設定、6回連続の2回目を見たのです。
 世間の考える「マチベン」ってどんな感じなんだろう?と、マチベンを自称する私はワクワクしておりました。
 (念のため、「マチベン」とは町医者の弁護士版で、街角にあって個人の一見の相談者から気軽に事件を引き受ける弁護士、という感じでしょうか。うちの事務所はオフィス街ですが)

 そうですね、「マチベン」の感じがドラマ的に誇張されていましたので、まさかあんな感じでは事務所は経営できまい、という気はしましたが。
 例えば、3人も弁護士がいて、事務員が1人だけでは到底仕事は回りません。裁判所や郵便局に出かけてしまったら、誰が電話をとるのだろうか・・?
 事務員の人件費が少ない分、売上の3割を拠出するだけで事務所が維持できているのかもしれませんが、実際には・・もっと経費は出していますよ。少なくとも私は。

 それから、この「えびす堂法律事務所」と同様、当事務所も紹介者は不要ですが、着手金はいただかないわけにはいきません。
 着手金をいただかない、ということは、①勝てる事件だけをえり好みして受けるか、②勝ち負けにこだわらないいわば採算度外視のボランティアか、のいずれかにしかなりません。
 また、これははっきりお伝えしたいです。弁護士の仕事は勝訴の請負ではありません。
 最も依頼者の利益になるように考えて提案しますが、いっしょに歩くのが仕事であって、勝ちを取ってくるのが仕事ではないのです。(委任契約)
 そうした仕事の原点に立ち返り、当事務所の着手金は「請求額が高いほど高い」計算式ではなく、「予想される手間に応じていただく」方式にしています。また、経済的に余裕のない方には積極的に法律扶助制度をお勧めしています。
 ただし、最後の成功報酬は「得られた経済的利益」に比例していただく方式です。その方が、頑張るモチベーションが上がりますし。

 ところで、「えびす堂法律事務所」はどうも「えびす堂薬局」の隣か何かに店続きで設置されているようです。入り口は引き戸で、下はすりガラス、上の方が透明ガラスで、中の様子がだいたい見える。ガラガラと開けると弁護士がみんなで顔を上げて「いらっしゃい!」という事務所。
 確かに、だいぶ敷居は低いですねぇ。
 敷居の低さと、セキュリティをどう兼ね合わせるか、が難しいところなのですが。

 あと、これだけは。
 今回の話は刑事事件(冤罪、起訴前弁護)と、労働事件(不当解雇撤回)がテーマでした。
 刑事事件について。
 ①誘拐時刻にアリバイがあるからといって、共同正犯で分業した可能性は十分ある。その点の裏付けなしに釈放するわけがない。
 ②それに、「公務執行妨害」で逮捕されていて、釈放されるだろうか?
 ③さらに、身代金の入ったカバンが頭上から降ってきて、偶然それを拾った人がそれを抱えて走り出したら「占有離脱物横領」にはなると思うのだが、検察はえらく簡単に釈放したものだ。
 ④しかも釈放交渉は「やめ検」江角がかつての同僚検事(で元恋人)に面談して迫っていた。そんな!! (いや、実際には刑事弁護人は電話や面談で検事と交渉したり、裁判官に面談を求めたり、勾留理由開示公判を請求したりと必死に動き回るのです。「やめ検」はその点、一手間楽なんでしょうか?)
 ⑤ついでに、釈放交渉で坊ちゃん弁護士が判決例をさらさらと暗唱して警察の捜査の手荒さを追及したのに対して、検事が「マチベンにしておくにはもったいないな」と言った一言に、私はマチベンがそんな見られ方をしているのかといたく傷つきました。(-_-;)

 労働事件について。
 ①尋問手続が、自分の依頼者なのに何も打ち合わせをしていないみたいに進んだが、そんなことは通常ありえない・・最初からどういう進行になるか説明して訴訟を始めるはずなのに?
 ②尋問手続中に、裁判長の許可もなく傍聴席を向いて語りかけるなんてことは普通できません。(弁護士がうろうろ歩きながら尋問をすることはできます。あれは本当。)
 ③ついでに。ややこしくなるので触れていないのだとは思いますが、本裁判の前にまず給料の仮払い仮処分申立をすることが多いと思います。それでないといきなり懲戒解雇では暮らしていけません。

 日弁連が撮影協力したと書いてあったのにどういうことだろう? 模擬法廷か何かを貸してあげただけとか?

 わかりました。やはりドラマ仕立てのものは、ドラマと思って見ないとダメです。実際にはもっと複雑で、1時間ドラマにはなりません。
 しかし、人の人生の一コマ、しかもたいてい不幸な一コマに立ち会い、回復の道のりを一緒になって歩いていく醍醐味は、このドラマにも現れていたと思います。
 弁護士の仕事がドラマ以上に興味深く、やり甲斐のあるものであるのは、間違いありません。

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April 10, 2006

○○の人々。ある蛸焼き屋にて。【松井】

 先日、友人と二人、蛸焼き屋で蛸焼きを食べていた。その店は、大阪でもあまりない、自分で蛸焼きを焼いて食べる方式の店だった。
 案内された席の一室は、7台ほどの蛸焼きテーブルがある一部屋だったのだが、私たち以外の6台のテーブルは、同じグループの人々のようであった。
 何となく疎外感を感じるけど、特に気にすることもなく席についた。

 ところが、その一群は、そのときまだ晩の6時過ぎくらいだったのだが、既に二次会のようで、音頭をとる20代後半くらいの若者が一人立ち上がり、場を仕切っていた。 聞くともなしに聞いていると、どうやならそのグループの一人が結婚し、そのグループでのお祝いがあったようであった。

 が、その「グループ」がなぞだった。友達と二人、最初は、学生のグループかと話していた。皆20代くらいで、何よりも服装が誰一人、スーツのような服は男女ともに着ていなかったからである。男女比は、3対7というところだろうか。一つのテーブルに5名ほどが座り、総勢30名ほどだった。その中で、片隅のテーブルには40代以上と思われる落ち着き払った男女がほほえましそうに若者達を見つめていたので、教授と学生たちかと思われた。

 が、しかし。リーダーは、用意してきたであろうクイズを披露し、各テーブルごとに当てて、場を盛り上げようとしている。そのクイズの中身を聞いていると、「職場」という単語が出てくる。これで、どうも学生ではないらしいということがわかった。
 しかし、いったいどういった仕事の人々なのであろうか。
 友人と二人、面白半分に当てっこすることになった。
 
 服装からして、皆ラフな感じだ。美容師か?しかし、一つの職場で20人も美容師がいるのか、ということになった。各支店ごとの美容師が集まったというには、皆、大変まとまりがよく、またのりもよかった。リーダーが出す内輪ネタの問題に皆、いちいち爆笑し、受けていた。ということは、やはり本当に一つの職場の人々だろうということになった。居酒屋のアルバイトさんたちかとも推理したが、これまたバイトというには皆、妙にある種のレベル感というか、均一感があった。

 そのうち、女性の二人が立ち上がり、何をするのかと思ったら、なんとお笑いコンビ「あるある探検隊」の歌と振り付けをしながら、職場の特定の人の特徴を取り上げた漫才を始めだした。
 これがまた驚くほど上手で面白かった。
 
 何者、この集団!?

 さっぱり検討がつかなかった。
 自分たちの食事も終わったので帰らねばならなくなったとき、ちょうどそのグループの会計担当の人が、部屋の片隅でこっそりと会計をすませようとしていた。その脇を通り過ぎるとき、さっと店の人からその人に手渡されていた領収証に目をやった。

 さて。この蛸焼き屋の場所は、大阪の人はご存じ、梅田駅前の「蛸の徹」です。
 このような場所に、午後6時で既に平日から二次会をし、さらにこれから三次会へとボーリングをしようと出かける、異常にのりのよい、しかし妙にこなれた若者集団の会社といえば。

 そう。「リクルート」の人々だった。この蛸焼き屋から徒歩5分くらいのところにリクルートの大きなビルがあった。

 最近、本屋で、「リクルート」出身の人が書いた「リクルート」に関する本が目につく。
 確かに、違うぞ、リクルート!。どのような面接採用をしたらこのような人々が集まるのか。「ビル・ゲイツの面接」とかいう本が確か以前出ていたけど、リクルートの面接手法を知りたい。

 ただ、帰り道、「あぁ、リクルートの人々だったのか。なるほどねぇ。」と友人と大きく頷き納得しあっていたのであるが、「たぶん私たちは、リクルートでは働けないね」とこれまたうなずきあって帰ったのであった。ついていけない、あのノリのよさ。私たちには地味が似合っているよねと蛸焼き屋を後にした。
 
おわり

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April 05, 2006

「森のイスキア」佐藤初女さん【松井】

 青森県に暮らす佐藤初女さんが大阪に来られているというので、足を運び、お目に掛かる機会があった。
 「森のイスキア」という施設を運営されている、もう80歳を超えられる女性だ。
 「ガイア・シンフォニー」という映画があり、この映画の第2番で紹介されていた女性だ。
 キリスト教に師事し、自宅を開放して訪れる者に心を込めて作った手料理を振る舞っていた。そして94年、「森のイスキア」と名付けて青森県内の山のふもとにそのための建物を建設し、訪れる人に手作りの漬け物やおにぎりを振る舞い続けているという。
 映画の中では74歳であったが、目の前におられた佐藤さんはもう85歳近いお年の、しかし凛とした佇まいの女性であった。
 集まりの主催者やその周りの方々が浮き足だって見える中、佐藤さんは流されることなくしっかりとそこにいらっしゃった。突然、小さな舞台の上に上げられ、何かしゃべってくださいとマイクを突きつけられても、「なぜ自分が今、この台に上げられているのかも説明を受けていない。何かしゃべれと言われても、何もしゃべれない。」と毅然と仰った。

 この世の中にはきっと多くの佐藤初女さんがいる。
 それぞれが自身の役割を淡々とこなし、人の役に立つことを行っていく。
 
 「夜中、寝ていると、ドアを叩く音がする。出ようか、出まいか迷うけど、ドアを叩いているのがもし神様だったらと考えると、ドアを開けるんです。」

 佐藤さんの静かな凛々しさとその場の異様な熱狂状態に違和感を感じ、ご挨拶もろくにしないまま、おにぎりをごちそうになったお礼も伝えないままにその場を去ってしまった。
 佐藤さんのような方は、ひっそりと居るべき場所において、行うべきことを日常として行っているべき方なのだろうと思った。
 青森の山から佐藤さんを呼び出してこれ見よがしに祭り上げあげるのは、何か間違ったことをしているのではないかと思った。その場にいる自分が恥ずかしくなって、私は逃げるようにその場を立ち去ってしまった。
以上

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April 01, 2006

アルバイト金さん、ロースクール生に【大橋】

2006330

 これまで週1回のアルバイトに来てくれていた、金鐘一さんが、努力の甲斐あって母校・神戸学院大学のロースクールに合格されました。
 忙しい時期に手伝ってくれて、とても助かりました。

 3月30日、最後の日でしたので、記念撮影です。

 金さんは、刑事弁護にとても関心があるということです。
 裁判員制度が導入される2009年、金さんが熱意ある刑事弁護人として活躍される姿を楽しみにしていますよ!

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December 25, 2005

相続に関するこの法制度!【松井】

1 
 家庭裁判所での遺産分割調停が取り下げとなった。取り下げて何をするかというと、地方裁判所での訴訟である。相続人の一人が、不動産Aについてそれは遺産であるとの主張を譲らず、他の相続人は、それは甲さんの所有であって遺産ではないと主張し、対立が深刻なため、訴訟で白黒をつけてくださいということとなった。これからまた2年はかかってしまう。
 一方、被相続人名義の株式が遺産か否かで同じく、調停でもめ、調停は不成立となって審判手続きに移行していた事件について、この年末、審判が出た。株式は遺産との主張が認められた。


 遺産か否かについて同様に争いになったにも関わらず、一方は「調停取り下げ→訴訟」コースへ、一方は「調停不成立→審判」コースへと別れた。
 これは、争いとなっている財産の価額等によるものが大きい。遺産の範囲について必ず訴訟をしないといけないわけではない。審判で家庭裁判所が判断することもできる。しかしその判断に既判力(同じ紛争を同じ当事者間でもう争っては駄目という効力)はないといわれている。そのため家庭裁判所で遺産の範囲について判断をせっかく示しても、やろうと思えば再度、地方裁判所で争える。なので、また裁判になりそうな係争額の大きなシビアな紛争などは、審判で判断せず、調停をいったん取り下げて、地方裁判所で判決を得て、確定(既判力が生じます。)させたうえで、また調停申立をして遺産分割調停を行うのである。
 審判で株式の遺産帰属性について判断したものは、裁判官もこれは審判で終わるだろう、つまり相手方はなんだかんだ言って裁判はしないだろうとふんでのものである。
 しかし調停取り下げとなった事件は、調停委員の方から、この事件は取り下げて、訴訟をするしかないと言ってきた。この事件の調停委員は、大阪高等裁判所の元判事で、しかも家庭裁判所の審判の即時抗告を集中的に担当する部の部長だった方だった。
 確かに審判で判断しても争いが終局的に解決する事案ではなかった。そのため、申立人らは遺産分割の調停を取り下げた。
 

 これが現行の手続きの限界とはいえ、こんな制度だから相続事件は争いとなると場合によっては平気で5年、10年と解決までかかるのではないだろうか。
 審判手続きと訴訟手続きの違いとはいえ、制度の問題なので解決の途はあるのではないかと思う。法改正によって。
 離婚事件の法制度が平成16年4月、改正され施行されている。以前は、家庭裁判所での調停、それが不成立となれば地方裁判所での裁判とされていた。改正によって、裁判であることには変わりはないが、家庭裁判所での提訴とされた。これによって、家庭裁判所にいる調査官などが訴訟手続きに積極的に加わり、さらには尋問期日においては参与員という裁判官以外の者が事実判断に影響力を持つ制度が取られるようになった。
 
 相続事件については、思い切って全て地方裁判所で審理するようにすればよいのではないかと思う。大都市での建築問題の集中部、交通事故の集中部と同じような発送で、相続事件の集中部を設け、建築集中部での調停と同じように、調停制度を設け、調停が不成立なら判決によって、遺産分割と共に遺産の帰属性についても判断してしまえばいいのではないか。
 相続事件というともっぱら親族間の争いであるため、家庭裁判所が適しているような感じがするが、実際は、そこにある遺産をどう分けるのかという財産の帰属に関する問題である。確かに、何をどう分けるべきかということについて、民法906条は次のように定める。
 「遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。」
 もっとも、いかなる場合であろうとも、自ずと適切な分割方法というのは存在する。問題となるのはもっぱら不動産の分割方法であるが、当該不動産と各相続人との関係を考慮すれば答えは明らかなことがほとんどである。
 不動産や非上場の株式の評価等が問題となるときは、専門家委員として鑑定士さんなどが加わる制度にすればよい。現に、建築訴訟については、多くの一級建築士の方々が裁判所の調停に加わっている。 
 生前贈与の持ち戻しや寄与分が問題となる際は、事実認定と金額の評価であり、ある意味、交通事故訴訟と似ているような気もする。
 相続事件は、家庭裁判所ではなく、最初から地方裁判所で一元的に解決していくシステムがよいのではないか、裁判システムの利用者の使い勝手がよいように思うのだけど、どうなんだろう。
 誰か、そういう提言をしている人はいないのだろうか。外国の法制度はどうなっているのだろうか。
 知っている方がいればぜひ教えて欲しいと思うのだが。
 以前、知り合いの裁判官の方に、相続についてはかなり法整備の余地があるのではないかという話をしたところ、共感を得たのだけど。


 ただ、そもそも翻って考えるに、遺産の範囲について争いのないよう、財産を築かれている方は、生前、名義借り等についてはきちんと整理して、死後、紛争にならないように対処しておけばいいだけのことなんだけど。
 そういえば西武の大量の株について、確かこれも名義借りにすぎないか否かで、遺産か否か所有権の帰属が争いになっていたように思うけど、もう判決は出たんでしょうか。
 

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November 14, 2005

We're not so different after all【松井】

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買っただけでまだ読んでいない、クリントン元アメリカ大統領の自伝「My Life」の中の一文で、よく書評でも触れらていた印象深い一文があります。
「to the memory of my grandfather,who taught me to look up to people others looked down on, because we're not so different after all」

なぜこの一文が頭に浮かんだかというと、自分のことは棚に上げたうえで、また、特定の人を批判、中傷するといった目的ではなく、自戒の意味を込めて、最近、考えさせられる出来事が続いたからです。
「裁判官が日本を滅ぼす」という現状の司法制度等に対する批判的な文庫本を読んだ影響もあるのかもしれませんが。

会社の破産申立の代理人になりました。その会社には、30年以上も勤務する60歳手前の従業員が一名、最後まで残っていました。他の従業員は沈みゆく船からの脱出とばかり、自ら辞めていきました。
社長は、破産申立をするにあたり、最後に彼のために出来る限りのことをしてあげたいと自腹を切って会社にお金を入れ、数百万円の退職金を彼に支払いました。しかしそれでもその金額は、10年以上前に作っていた退職金規程で計算された退職金の半分の金額にすぎませんでした。
しかし会社の破産管財人についた弁護士は、退職金規定は使われていなかった無効なものだとして彼の退職金支払いの権利を認めず、全額の返還請求訴訟を行いました。そして、彼は100万円を管財人に支払うことで和解により裁判を終わらせました。管財人はこの100万円を受け取りました。
そしてこの100万円の行方ですが、会社の債権者に配当に当てられたのならまだしも、この管財人の報酬となって終わりました。結局、会社の債権者への配当はゼロでした。
30年以上も会社に勤務した人間から100万円を奪い取り、これを結果論とはいえ、管財人の報酬として終わらせる破産手続き。
これが本当に正しいことなのか。

この思いは、結局、最後まで何十年と会社に勤めた従業員をそれだけの重みをもつ人間として扱っていないのではないかという違和感にあるのだと思います。
関わる人間を見ることなく、単に事件として手続きとして淡々と事柄が処理されていった結果なのかという残念な思いです。

破産した会社の従業員でも一人の人間、巻き込まれた人間なんだから、管財人とそうたいした違いがあるわけじゃないんだから、もっと向き合って敬意を払って接して欲しかったと残念な思いがしました。

逆に自身がこれまで務めてきた破産管財人の仕事で、振り返ってどうだったのかと改めて反省しました。右から左へと機械的に処理していたことはなかったかと。表面にとらわれず、もっと人間を、事件の中心を見るべきだったのじゃないかと。

家庭裁判所の調査官が突然、ヒステリー気味に一人叫び始めました。鑑定の費用について、申立人と相手方との間で、数期日に及び交渉が長引いていることに対しての苛立ちが頂点に達したという感じでした。費用負担についての話し合いは当事者で片を付けてから、裁判所に来い、こんなことで期日を過ごすなら申立を取り下げろという叫び声でした。

お金のない当事者どうし、わずかずつですが鑑定の費用負担について折り合いがつきかけていたときでした。

調査官の叫び声に驚きました。結局、この調査官は仕事が彼女の許容量をオーバーしており、このような些細な紛争に自分がつきあわされていることに対する苛立ちがあり、それがこのような叫びになったのだという印象を受けました。

しかし、この言葉を受け入れることは出来ませんでした。
裁判所が事件を右から左へと手際よく迅速に処理していくための調停手続き、裁判所、あるいはその調査官の実績作りのためにある調停手続きなのかということです。
思わず口をついて出たのは、「調停は裁判所のためのものですか?」という言葉でした。調停手続きという制度は当事者のためのものでしょう、という私の叫びでした。


結局、おそらくこの調査官は、事件に関わる一人一人の当事者、その抱える問題の重みといったものになんら想像力を働かせることなく、なかなか事件処理が進まない、そのことだけに心を奪われていた状態だったんだろうと思います。
仕事が忙しくなり、はかどらないことの焦りがつのってくると、ついつい事件というのは、一人一人の人間の想いが詰まっていること、事件は当事者のものなのだということを忘れ、自分の仕事量としてだけみてしまうことになります。

自分の心に余裕がないと、人を見ることは出来ないとつくづく思いました。
調査官であろうが、申立人であろうが、そうたいした違いはないんだから、何もそんなにえらそうな口をきくことはないでしょう。
「裁判所は司法サービスを国民に提供するサービス業なんですよ」。これは司法修習中、担当してくれた裁判官が言っていた言葉です。
この言葉を調査官の彼女に伝えてあげたかった。


心の余裕がなければ、物事は何も見えてこないし、誰一人、人間を見ることはできない。他人に敬意を払うことが出来ない。
そしてただ、機械的に時間が過ぎていき、事件処理の件数が増えていくだけなんだろう。でもそれがいったい誰の何の役に立つ?
私は人の役に立っているのだろうか。

*特定の人を批判・中傷する目的ではなく、自分が振り返ってどうなのかという自問のつぶやきです。くどいですが。

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November 12, 2005

ゆっくり歩く人【松井】

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靴を作ってもらった。知人が靴職人になったというので、自分の足にあった靴をぜひ一度作って欲しいとお願いし、作ってもらった。
小松尾手製靴。ブランド名は、SLOW AACHAR。アッチャーは、沖縄の言葉で、「歩く人」ということで、「ゆっくり歩く人」という意味で付けたという。

履き心地はというと、素晴らしいの一言だった。
素晴らしい食事、音楽、本などに感動することがたまにある。しかし靴を履いてみて、その履き心地に感動したのは初めてだ。
本当に全てがしっくりとおさまる感じの心地良さを初めて味わった。

ジャーナリストになろうとしたが向いていないと思い、職人になろう、職人だったら靴職人がいいということで、靴職人を目指したということだけど、靴職人として人に感動を与えられる仕事は素晴らしいし、羨ましく思った。


仕事といえば、最近35歳で、会社員からプロの棋士になった人の話題が盛んだった。
インタビューで彼は答えていた。
「好きなことを仕事にできる、それはとても幸せなことだ」といったことを。


okinawayujin
写真にうつるのは11月の沖縄の海だ。
先日、友人と沖縄へ行く機会があった。友人は、新聞記者(取材記者)だったが、弁護士を志して退社し、受験のための勉強をしていた。しかし、仕事を辞めてみて、自分が好きなのは取材記者だったということを痛感したという。
私が弁護人をつとめる刑事法廷を傍聴し、裁判所の傍聴席に座ってみて、自分がいる場所は、傍聴席の向こう側、弁護人席ではなく、やはり取材記者のための傍聴席だと実感したという。
そして彼女は、この冬、再び取材記者に戻ることになった。再び新聞社に就職し、社会部の即戦力として働くという。
沖縄旅行は、再び取材の最前線に立つ前のつかの間の彼女の休暇であり、私はそれに同行させてもらった。
私の方はというと、よどみかけていた時間の流れをリセットすべく、思いつきで沖縄の海を見に出かけたにすぎない。何年ぶりかで、沈んでいく太陽をじっくりと時間を気にすることなく眺めた。そして軽く生まれ変わって、大阪に戻り、仕事に戻った。


自分が何を好きなのかを分かっている。
そして、好きなことを仕事とし、自分の仕事を好きでいること。
それはとても幸せなことだ。

自分にぴったりとあった靴を履き、時々立ち止まったりしながら、ゆっくりと、自分の幸せをかみしめて歩いて行く。


依頼者と激しい打ち合わせになったり、相手方との交渉が暗礁に乗り上げたり、裁判所の調査官の暴言に腹の底から怒りがこみ上げ異議を唱えたり、裁判官が記録や書面をよく読んでいなかったり、困難な相談に対してなかなか解決策が考えられなかったりしても、それでも事件・相談に取り組み、調べ、考え、工夫して、最後に依頼者、相談者が笑って喜んでもらえる仕事が出来れば、この仕事をしていて本当に良かったと思える。
好きなことを仕事とし、自分の仕事が好きでいられる。もっとがんばろうと思う。

靴職人の知人のように、当たり前だけど、人が喜んでくれる仕事をしていきたい。

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