弁護士業務

October 26, 2008

10月のレポートその1 日弁連人権擁護大会(富山)【大橋】

 10月2日3日、日弁連人権擁護大会。富山へ行ってきました。
 2日が分科会で、3日が大会です。決議や宣言を採択します。

 2日は3つの分科会のうち、「労働と貧困」をテーマとするところへ参加。
 マスコミの関心も高く、翌日の北日本新聞にはこの分科会の記事が出ていました。

 3日の大会決議では、「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」が決議されました。
 どうも日弁連の宣伝力もまだまだで残念ですが、決議内容は画期的だと思います。「正規雇用が原則であり、有期雇用を含む非正規雇用は合理的理由がある例外的場合に限定されるべきであるとの観点に立って、労働法制と労働政策を抜本的に見直すべきである。」と明確にされました。

http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/hr_res/2008_3.html

 他に「安全で質の高い医療を受ける権利の実現に関する宣言」も出されました。
 医療事故調査制度に関して、また医療事故を起こさない人的物的態勢(医療関係者の労働条件も含めた)に関して言及した、これも画期的な宣言であると思います。

http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/hr_res/2008_2.html
 ちなみに、あと一つは「平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言」です。
 憲法問題で特にテーマを絞ったものですが、大会では「なぜ9条を守ると明言しないのか」との発言も複数出て、一番審議に長時間を要しました。弁護士の関心が引き続き高いテーマであることは間違いありません。

http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/hr_res/2008_1.html
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 そして10月4日5日は、地元富山県弁護士会でプロデュースしてくださった公式観光に、大阪の弁護士複数で参加。
 1日目は、「立山カルデラ」という自然災害の脅威を知ることのできる「砂防博物館」の見学と、立山・室堂を富山県認定の「ナチュラリスト」の方の案内で歩くツアー、そして宇奈月温泉へ。

 天候に恵まれ、色づく立山の景色を堪能しました。写真ではあの360度の壮観は写せない!残念です。

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 宇奈月温泉ではトロッコ列車というものに乗って、黒部の奥の方まで行けるのですが、この切り立った峡谷はすごいです。列車の終点は欅平というところですが、ここから有名な黒部第四ダムまでは工事用の隧道しか通っていないそうで、これがまた温泉地帯を通るため大変な高熱だそうです。
 富山県弁護士会の方から、この隧道を通すための難工事を描いた吉村昭の小説「高熱隧道」の文庫本をいただきました。(希望者多数のため抽選で当たりました)
 戦時中に電力供給を確保するための国策として、沢山の地元の労働者の命を犠牲にしながら進められた難工事のことがよくわかります。
 その成果は今も壮大な黒四ダムとして残っているわけですが、そちらもまた行ってみたいと思いました。

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 宇奈月温泉に泊って夜と朝と温泉に浸かり、トロッコ列車にも乗りました。ちょっと雲が出てきて怪しい天気でしたが。
 宇奈月温泉の泉質は、さらっとしたクセのないものでした。川の水音を聞きながらの露天風呂は気持ちよかったです。

 さて、「宇奈月温泉」と聞くと、民法を勉強した人は「権利濫用」という言葉を思い出すはずです。

 我々弁護士は、「宇奈月温泉木管事件の現場はどこにあるのかな?」と半分冗談、半分本気で期待していたのですが、一部メンバーで「記念碑」のあるところへ連れて行ってもらうことができました!

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 これでもう思い残すことはないと満足いっぱいです。

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 富山はちょうど白エビの季節で、十二分に堪能させていただきました。富山はよいところです。

 そしてナチュラリストの方が「自然のフィトンチッドで精神が安定します。40分自然の中を歩くと、1カ月は持ちます」と言っておられたのも思い出します。

 富山では何時間もフィトンチッドを浴びましたが、そろそろ1カ月、また浴びたくなりました・・

(一方、この4日間のために、その後に仕事を押しやったのも間違いありません。しかし、弁護士にフィトンチッドを吸わせてくださると精神が安定しますので、よろしくご了解くださいますよう。)


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April 29, 2008

コーチングとカウンセリング【大橋】

 昨日受けた研修のまとめを書いてみたいと思います。

 大阪弁護士協同組合主催の「コーチング研修」。

 「なんだそれは。聞いたことないな~」と思ったのと、「それ面白かったよ!」と前に研修を受けた松井が勧めたのとで、受講することにしました。


☆コーチングとは?

 「相手の自発的な行動を促進するコミュニケーションの技術」であり、
 「目標を達成するために、必要な知識や技術、ツールが何であるかを見つけ出し、それを相手に備えさせるプロセス」だそうです。


☆コーチングの3原則。

 1 人は、皆、無限の可能性を持つ。
 2 その人が必要とする答えは、皆その人の中にある。
 3 その答えを見つけるためには、パートナーが必要である。(それがコーチ。)


☆ティーチングとコーチングはどう違うのか。

 自分の経験や知識を相手に伝えるのがティーチング。
 相手の能力や自発性を引出すのがコーチング。


☆カウンセリングとコーチングはどう違うのか。

 過去に向かってWHY?と問うのがカウンセリング。
 未来に向かってHOW?と問うのがコーチング。


 講師をしてくださったのは、企業や医療機関等の研修によく出向かれる方のようでしたが、弁護士の業務から見ると弁護士の依頼者との打合せはまさに「カウンセリング+コーチング」だなぁ、と思いました。

 依頼者の話をずっと聞き、依頼者が過去を整理し前を向く気力を取り戻してからが弁護士の本来業務の領域になります。
 「カウンセリング+コーチング」は、弁護士の付加価値の領域になるのかもしれません。
 こんな知識も仕入れてみています。


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March 17, 2008

驚いた弁護士の話【大橋】

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 すっかり春めいてきましたね。
 上の鉢植えは、珍しい八重咲きのカランコエを見つけて買った物です。
 下は、正月前に植えたミニ葉ボタンがぐぐっと伸びて花芽を付けているところ。

 さてしかし、松井の持っているカメラは確かにきれいな画質ですね。
 私が買い換えたEXILIMでは普通にしか写らない・・

 そして、松井の買ったMacもとっても画面が上質らしいです。
 今度、得意満面でMacを使っているところを私が激写してみたいと思います。

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 先ごろ、弁護士資格を有する大阪府知事が、始業前に朝礼をすることを「民間なら普通」として、サービス時間外労働を奨励するが如き発言をしたことが物議を醸しています。

 労働契約は、時間を単位として決められていますから(裁量労働制という例外を除き)、「タダで人の時間を使ってはいけない」のが当然なのですが。


 弁護士にもいろいろな人がいるなぁ、と思ったことがあったのを思い出しました。

 ある印刷工の方が、技術革新で機械に取って代わられ、職種転換の機会も十分に与えられず賃金を切り下げられたのです。生活できないからと労働審判を申し立てたところ、まだ30代の2代目社長はあっさり解雇通告をしてきました。
 あまりに理由のない解雇であり、労働審判はそこに立ち入らずに切り下げ前の賃金支払いを命ずる審判を下しました。会社は異議を申し立て、訴訟に移行しました。

 訴訟に移行したところで、印刷工(私が訴訟代理人)は「解雇無効」の主張を追加しました。
 争点は「解雇の理由があるか否か」であり、会社は「整理解雇」の主張と「懲戒解雇相当の働きぶりの悪さ」の主張を出してきました。よくあることですが、まだ在職中の従業員にこれでもかと陳述書を書かせて出してきます。

 そして、尋問。

 被告側本人尋問は、代表取締役である2代目社長です。
 
 原告・印刷工側は、5年ほど前に初代社長から「賃下げ強要」を受けて徹底して抵抗し、そのやりとりを秘密録音しており、反訳して証拠として提出していました。
 初代社長が、労働者から抵抗されてめちゃくちゃに怒っている様子がよく読みとれるものでした。

 その反訳書面について、被告側訴訟代理人弁護士が、2代目社長に聞きます。
 「あなたは、このやりとりを見て、どう思いました?」

 2代目社長は、何を答えて良いのかよくわからず、黙って困惑しています。

 代理人弁護士はもう一度説明して答えさせようとします。
 「あのね、この原告と前の社長のやりとりを見て、原告の態度がどういう立場かわきまえていないと思いませんか?」

 2代目社長より私の方が先にピンと来ました。なんてしょうもないことを言わそうとしているんだ、この弁護士は?

 この弁護士の頭の中には、「労働者が雇ってくださっている雇用主になぜ抵抗する!黙って従うのが道理だろう!」という封建制由来の観念がカチカチに存在しているのです。(ちなみに、十分にベテランと言えるお歳の弁護士でした)
 
 2代目社長が同調する答えを吐かなかったことが救いでした。
 まあ、2代目社長も「労働審判に訴えられたこと」がイヤで解雇を口にしたのですから、似たようなものですが。


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 そういうわけですから、全く残念なことに、現代の法体系を体得していない弁護士が存在するのです。

 私たちは、相手方に代理人弁護士が付いたとき、「どういう弁護士か」をまず知ろうとします。
 どういう相手方本人か、そしてどういう代理人弁護士か。
 それによって、「この事件はどのくらい解決に時間と手間を要するか」がだいたいわかります。

 念のため言えば、それは「若い弁護士だから駄目」ということではありません。
 「若い弁護士は質が低下している」などという論調には、反対します。
 そういう意味では、弁護士の淘汰もやはり要るのだと思います。

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January 05, 2008

今年もきびきびと!【大橋】

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新年、あけましておめでとうございます。

 当事務所の開始は本年は1月7日からです。
 昨日は事務所に出て、書棚の大整理をしました。家の窓ふきもやりました。

 本年始動の準備期間と位置づけ、今やるべきことはブログでのご挨拶かと思って取り組んでいます。

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 思えば昨年、時間に追われ追われて、ブログの更新の時間もとれなかった感じでした。
 時間を切り刻んで、依頼者との打合せ、弁護団会議、委員会の会議と走り回っていました。
 週に1日、家でのんびりするということがなかなかできない。
 裁判が進んでいるので依頼者に報告書(あるいはメール)を送らないといけないのに、数日遅れてしまう。
 それを放っておいてブログ更新もないだろう。

 ・・そんなわけで、なかなか近況のお知らせもできませんでしたが、それは「活動を停止している」ということではありませんので、もしご心配いただいている方がいらっしゃいましたら、ご安心ください。

 私は根がのんびりした人間なので、「忙しい!」と思っていても並みの早さからしたら大したことないのかも知れません。仕事の効率化は常に課題です。
 そして、お電話をいただくとき、事務所で打合せをするときなど、「次の予定がありますので、○分ほどのお時間でお願いします」と相手の方にご協力をいただくことも大事だろうと思っています。

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 当事務所のホームページをご覧になり、電話での相談予約の問い合わせをくださる方も週に数件くらいのペースであります。
 ありがたいことなのですが、大橋については、現在は2週間くらい先の日でないとご予約いただけないことが多いです。
 初めてのご相談で30分で済むお話などまずありませんので、2時間の枠での予約、あまり先になってしまうときには「1時間半だけですが」とお断りして予約をおとりしています。

 お急ぎの時には弁護士会の法律相談・弁護士紹介をご案内することもあります。

 法律相談というのは、早め早めが実は肝心です。お早めに余裕をもってご予約ください。
 最もわかりやすい例は、離婚したいからと実家に戻ってしまってからご相談に来られる女性の場合です。
 財産分与の資料や不貞の証拠となるものをみんな押さえてから別居されるのがベストですが、別居してから資料を得ようとしても「遅い」ことが多いのです。

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 弁護団事件の状況、弁護士会委員会活動(ホームレス問題や刑事施設の問題など)の状況などは、私の弁護士活動の「こだわり」とも言うべき大事なものです。
 これらをもうちょっと情報発信してもよいのだろうな、と思います。

 今年も1年、よろしくお願いいたします。

 
 

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August 05, 2007

加害者が被害者に負う道義的責任、法的責任【大橋】


 最近、職場のいじめ問題に関する労働審判申立てをした件が、調停成立で終わりました。
 これをきっかけに、考えたことです。

 結論を先に言いますと、
 「 道義的責任(被害者にお詫び) ⊂ 民事責任(被害者に賠償) ⊂ 刑事責任(国から刑罰) 」
というテーマです。


 他人を傷つける行為。
 電車の中でよろけて、後ろの人の靴を踏んでしまったとか。
 虫が大変苦手な人の目の前に、テントウムシを差し出したりとか。

 大変軽微な例ですみません。
 しかし、事情によっては「被害者」は大変な苦痛を受けることがあります。

 そのとき、「加害者」は「被害者」の苦痛を見て取り、「ごめんなさい」と謝りますね。
 どうして苦痛なのかは推測しきれなくても、自分のせいで苦痛を与えたと見て取ればまず謝る。
 「他人に迷惑をかけてはいけません」と小さいときからしつけられ、常識ある大人の行動として。

 これは、道義的責任の話です。


 道義的責任を超えて法的責任となり、金銭賠償等を負わされることになるのには、別の事情が必要です。

 「損害との相当因果関係」です。
 それから、「故意」または「過失」です。

 電車の中で足を踏まれた「被害者」が、実は靴の先に大事な割れ物を入れていて、それが壊れてしまったとします。「加害者」からすればそんな事情は通常想定しうる範囲を超えています。
 この破損は「相当因果関係ある損害」とはいえません。

 電車の中で足を踏まれた「被害者」が、実は大変に骨の弱い人で、足の甲や足指が骨折してしまったとします。
 足を踏んだら、もしかしたら骨の弱い人は骨折をするかもしれない。これは想定の範囲です。
 そして、電車の中ではよろけて他人の足を踏まないように注意することは必要だし、できることですから、それを怠ったのには「過失」があり、法的責任が問われます。

 テントウムシを見せられた「被害者」が、前に何らかの事情で虫で怖い目に遭っていたために、その経験を思い出して強いショックを受け、1週間寝込んでしまったとしましょう。
 「加害者」はまさかこんなことになるとは思っていません。可愛いなと思って見せただけです。
 これは相当因果関係の有無も問題になるでしょうし、過失といえるかどうかの問題にもなるでしょう。

 ただ、もし「被害者」が前々から「私は昆虫が苦手で、見ただけで体が震える」と言っていたとしましょう。
 「加害者」は分かっていながら「テントウムシでも震えるかどうか試してみよう」と考えたとします。これはまさに「いじめ」です。「故意」になるわけです。
 「加害者」が分かっていたのに軽く考えていて、うっかり見せてしまったとき、「過失(注意義務違反)」と評価されるわけです。


 民事の不法行為責任を問われるには、このように「故意」や「過失」が必要になります。

 また、刑事責任を問われるには、原則として「故意」が必要になります。
 「わかっていながら犯罪行為を行うこと」を、わざわざ国が介入して罰する、というのが刑事裁判です。

 こうしたことは、学校でもマスコミでもはっきりわかるように説明していません。

 大変アバウトに説明すれば、冒頭に示した、

   「 道義的責任(被害者にお詫び) ⊂ 民事責任(被害者に賠償) ⊂ 刑事責任(国から刑罰) 」

ということになります。


 人間社会では、人間同士の摩擦は絶対に生じます。
 「お互いさま」の精神で謝ったり許したりしながら、助け合って生活する。
 これが人間生活の基本だと思いますし、それを超える事態になって初めて、「法的な追及」の問題になるのです。
 常識を知らない人というのは必ずいますし、周りが説教をしたり、説教が通じなければ周りが「困ったものだ」と言いながらフォローしたり。周りがそれなりに努力をせざるを得ません。

 「被害者」が「いじめ」と捉えた問題も、周りから見れば「何くそ」とがんばれる程度の叱咤激励だと思えることもあるし、「被害者」が非常識である場合だってあり得ます。
 そうすると「ごめんなさい、これからは気を付けます」「お互い言いたいことは溜めないで言い合おうね」という話合いでの和解で終わるのが一番の解決、となります。

 損害が生じたときに、「加害者」に賠償を求めることができない場合も出てきます。それを補填するのが自分で加入する損害保険であったり、社会保障としての保険年金システムや犯罪被害者給付金制度等です。

 近隣関係の紛争、離婚や相続といった親族関係の問題も、周りや本人が努力・我慢すべき限度内か、「法的な追及」の話であるのかどうか。
 私たち弁護士が仕事をするときには前提としてこの判断基準を持ち、相談者の悩みを分析して説明しなければならないと思います。 

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June 24, 2007

弁護士の職務で思うこと【大橋】

 このごろ、心がけていることがあります。
 「土日のどこか数時間は、仕事から離れよう」
・・・というくらい、何か仕事に追われています。
 「儲かって、よろしいなあ」って?それは違いますよ!
 弁護士会の委員会活動や、弁護団事件(手弁当系)に掛けている時間が結構あります。
 まあ、これは「仕事」というよりは「ライフワーク」と位置づけて別に考えた方がよいかもしれません。


 それはさておき。



 最近、私が勤務弁護士をしていた先の事務所のボス弁護士を、出身弁護士や関係弁護士が「囲む会」、という例年の親睦行事が今年もありました。
 ある先輩弁護士が、「先生には、相手方をとことん追い込まない、という姿勢をしっかり教え込んでいただけたと思います。このごろ、手加減を知らずに突っ込んでくる弁護士を見かけるので・・」と述懐していました。
 それを聞いて、確かにそうだな、と納得しました。
 紛争を丸く収めるには、最後には「譲る」という姿勢が必要です。
 元の事務所は交通事故の保険会社の代理人業務が多かったですが、元ボスは、保険会社に必ず「どこまで譲れるか」を聞いていました。弁護士に裁量を与えない保険会社とは契約を絶ったと聞きました。

 弁護士が出るということが、代理人の付いていない一般の方には強い圧迫を与えるのは事実だと思います。
 確かに弁護士は法律のプロ、裁判のプロだから、「ややこしいことにされてしまう」と思われるのでしょう。
 だからこそ、品格が大事だと思います。本当は紛争を収めるのがプロの仕事なのですから。

 

しかし。
 最近、光市母子殺人事件差戻審に21人の弁護人団がついた件で、「弁護人としての活動内容」に対して懲戒請求をされる方が増えたといいます。
 弁護人団の一人の弁護士に話を聞く機会がありました。
 被告人は犯行時には少年で、結果が重大だったために取調べもかなり厳しかったことが推測されたようです。そこが心配で被告人に接見して確かめたところ、言い分としてこれまでの裁判で出てこなかった事実が出てきたと。それで、急いで死刑事件の弁護経験のある弁護士に協力を求めたのだということでした。

 テレビで「差戻し審になって新たな主張をするのは、弁護士の作文である」といった内容のコメントをした弁護士がいるようです。しかし、そんなことは言い切れません。
 手練れの刑事に昼夜取調べをされて、冷静に筋の通った主張などできないものです。弁護人との血の通った十分な打合せの中で、気持ちの整理がつき、事実関係が整理されていくのです。
 弁護人に被告人との十分な打合せができるか? 相性もありますし、観察力も洞察力も想像力も必要です。
 被告人に新しい弁護人がついた。それは、新しい主張をすくい上げるきっかけにもなるのです。
 裁判にはそういう面があります。
 そして、特に刑事の死刑事件ですと、「死刑判決が確定したらほとんどやり直しが利かない、執行されたら後でお金で補償することもできない」という意味で重大です。
 被害者が、被告人を許せないのは当然のことでしょう。しかし、被告人には弁護活動を受ける権利があり、その権利を実現するのは弁護人の職務です。本件の弁護人の行動は、被害者をいたずらに傷つけるものでもなく、権利の濫用だなどとはいえません。

 それで、数日前に、「弁護活動に対する違法な攻撃を許さない弁護士緊急アピール」の呼びかけが弁護士有志から提起されたのですが、松井・大橋ともこれに賛同しています。

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母子殺害で懲戒請求数百件 弁護士が中止求めアピール
 山口県光市の母子殺害事件で殺人罪などに問われた当時18歳の元少年(26)の弁護人に対する、インターネットを利用した懲戒請求が相次いでいることが分かり、有志の弁護士508人が19日、「被告が弁護を受ける権利を否定する言動に抗議し、直ちに中止を求める」との緊急アピールを発表した。請求は計数百件に上るという。
 アピールなどによると、ネット上に「意図的に裁判を遅らせている」などとして懲戒を求める書面のフォームが出回り、これを使った請求が各弁護人の所属弁護士会に届いている。
 アピールの呼び掛け人の1人、前田裕司弁護士は「基本的人権を守る弁護士への攻撃だ」と話している。
 日弁連は、こうした懲戒請求の有無について「答えられない」としている。

2007/06/19 共同通信

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June 11, 2007

異業種の舞台裏~生テレビ番組に出演して~【松井】


 年に1回ほど、何かの拍子で声をかけていただき、テレビ番組に出演することがあります。それもだいたいが生放送の情報番組。
 「弁護士」=専門家ということで、相続や生活に密着した法律情報を語ることが期待されます。
 今年も先日、相続問題についてということで関西ローカルの某番組に出演させていただきました。


 なぜ自分が引き受けるのか。タレント弁護士になりたいから?いやいやもちろん違います。
 打合せ、本番などで、普段接することのない異なる業界、しかもテレビ業界という非常に特殊な業界をかいま見ることが出来て、自身、今後弁護士としてやっていくうえで非常に勉強になることが多いと考えているからです。


 現に、相続問題を多く担当しているということで初めて出演させていただいた日本テレビの「思いッきりテレビ」のときなどは、コーナーの時間も40分近くあったこともあり、担当ディレクターの方と今にしておもえばかなり頻繁に打合せをしました。
 そのとき、自分でも改めて統計を調べたり、どういったら視聴者の方が分かりやすく理解できるのかといったことを集中的に考えました。
 また生放送、しかも司会者はみのもんたさんということで、どんな質問がその場のアドリブで出てきても答えられるよう、知識を総ざらえして行きの新幹線の中でも頭の中で一人リハーサルを繰り返していました。あんなときどうなる、こうなったらどうなる。


 先日、出演させていただいた生放送も久しぶりで非常に勉強になりました。
 放送時間が刻一刻と迫るなか、秒読み状態の中で、ディレクターの方やフロアディレクターの方、制作会社の方はもちろん、司会役の方、質問役の出演者の方も一緒に、リハーサルをしたあと、どこをどうカットするのか、構成をどう変えたらいいのか、私の回答の仕方についても、もっとこういう言い回しをしたら分かり易いのではないかと検討していただきました。

 こんなことは私にとっては非日常なので、秒読みが続く中での検討作業は本当に神経がすり減るような思いであり、出演の度に毎回、直前には吐き気を催すくらいなのですが、こんな仕事を毎日やっているスタッフ、出演者の方はすごいなと改めて尊敬します。
 特に、ゲストの芸人の方。直前に台本をもらって簡単に流れを押さえるだけで、本番では絶妙の間で笑いを呼び込むトークを繰り広げられます。今回は、海原しおり、さおりさんでした。面白かった。
 また司会者の方も、台本の中でこれは視聴者に伝えないといけないという点に話題を流れを阻害することなく場を変調させる。
 私が話しておかないポイントに触れるのを忘れていても、うまくフォローしていただき、その点に流れを持って行っていただく。
 皆、プロの仕事をしているなといつも思います。

 緊張感。

 大変、勉強になりました。
 スタッフ、出演者の方々からの率直で素朴な質問や、その言い回しは分かりにくいといった指摘も非常に勉強になります。

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 でも、生放送番組に出演させていただいた直後、毎回思うのは「もう二度と出ない」ということです。相当な緊張感からの開放故ですが。
 でもしばらくすると、声を掛けていただく限りは出演させていただこうという思いにもなります。
 やはりちょっとでも普通の方が知識を付けていただき、余計な紛争がなくなればいい、自分がお役に立ちたいという思いはもちろんですが、やはり勉強になる、刺激になるというメリットの方が大きいからです。


 先日の番組はどうだったのでしょう。少しはご覧になったかたの役にたったのか。
 相談に来られたかたなら、その表情で、納得されて帰られる、喜んでいただいて帰られるというのが表情を見て分かるのですが、テレビの怖いところは視聴者の顔が見えないということです。
 それは本当に怖いことだと思います。テレビ番組の中で言いっぱなしで、間違ったことを言う「弁護士」は世間にとっても百害あって一理なしのこともあるのではないかと思います。「弁護士」を名乗って仕事をする以上、責任は重大です。その自戒がなくなったら弁護士を名乗って仕事をしてはいけないんじゃないかと考えています。テレビに消費されるようになった終わりかと。
 
 竹内まりあの言葉。
 私は音楽をやりたいのであって、芸能人になりたいわけではないと思い至った。それからは宣伝のためとはいえテレビ番組には出ないようになりました。

 何にしてもそうだけど、自分がやりたいことは何なのかという目標を常に見失わないようにすることは、難しいけど大切なことだ。自分を大切にね。

(おわり)

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March 31, 2007

仕事とは~佐藤可士和さん~【松井】

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 今朝の朝日新聞土曜版では、アートディレクターの佐藤可士和さんが取り上げられていました。
 私の印象では、昨年あたりから、その仕事の結果だけでなく、ご本人がいろいろな媒体に取り上げられ、その職場や仕事のやり方、思いなどが露出するようになっていました。

 今日の記事を読むと、ますます興味を持つとういか、佐藤可士和さんに対する関心が高まりました。
 正直なところ、一分の隙もなく何かにこだわるということはあまりない、むしろ好きではないのですが、矛盾かもしれないけど、些細なことに妙に心惹かれて愛着するということがあります。モノに対して。

 写真は、愛用しているモノたちです。フランスのロディア社のノートパッドに、コンピュノート社のコンピューターの本物の基盤で創られたノートフォルダ、アマダナ社の計算機に、ゲンテン社の筆箱。
 なぜ気に入っているかというと、もちろんブランド名などではなくデザインやそのモノから感じられるセンスに心惹かれるからです。


 心がウキウキさせられるのは、創った人の遊び心、軽やかな感じのなかに思い入れ、細心の心遣いを感じられるモノです。
 写真にうつっているモノたちからは、私はそういった「弾み」を感じます。
 逆にいえば、「考えなし」のモノたちからはマイナスの波長を感じて、嫌な気分になってしまいます。「考えなし」の対極が、私の心を弾ませる「考えあり」のデザインのモノたちになるのだと思います。
 

 佐藤可士和さんが創り出すモノたちからは当然ですが、「考えあり」のまさにとぎすまされた意識を感じます。そしてのその仕事に対する姿勢を語る、掲載されている佐藤さん自身の言葉にはいろいろと印象深いものがあります。

 以下、3月31日付け朝日新聞「be」からの引用です。

 

「僕が『広告は、見てもらえないものだ』と思って、作っているからでしょう。」
  
 「多くの広告は、見てもらえるという前提で作られている。だからどうしても、あれも言いたい、これも入れたいと欲が出る。でもそれ以前に、とにかく目や足を止めてもらわなきゃならないのに。それには広告に、価値を与えなきゃだめです。」

 「突破口は、とことん本質に向き合うことだと思う。そして本質をつかんだら、余計なものは徹底してそぎ落とす。難しいですけどね。」

 「単なる提案にとどまらず、最後に具体的な形、モノまでつくるところは普通のコンサルタントとは違います。そしてそれは、デザイナーにしかできないと思いますから。」

 「僕の仕事は、相手から答えを引き出すことだから。」
 「だから僕は、たくさん質問をして『本当はあなた、こうしたいんじゃないの?』ということをズバッとつかんで、鮮やかに解決したいんです。」

 「僕はむしろ、いろんな人と仕事をすればするほど、どんどん自分の中に知恵が入ってくる。そしてそれが別の仕事で役立つんです。



 仕事とはこういうものかもしれないと思いました。
 裁判官に読んでもらえると思って、本質に欠けたダラダラとした書面を作ってちゃダメだし、相談者、依頼者の方に分かってもらえる、聞いてもらえると思って、分かりににくい言葉で話したらダメだし。

 「突破口は、とことん本質に向き合うこと」

(おわり)

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March 09, 2007

専門家の意見と裁判所のズレ【大橋】

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 松井が専門性について書いています。私も最近思ったことを少し。


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 入管施設で、処遇の不満の表明あるいは言葉の行き違い(収容されているのは外国人である)から、被収容者が職員5人がかりで床に押さえ付けられ、抵抗したところ罵声とともに「制圧」され、肋骨2本と第3腰椎横突起を骨折する暴行事件が起こった。国家賠償請求訴訟を提起。
 ところで、第1審段階では、骨折は肋骨1本だけだと思われていた。それが理由でというだけではないが、第1審は敗訴。
 現在、控訴審で審理中であるが、ある協力的な整形外科医にレントゲンを見せたら、さらに肋骨1本と第3腰椎横突起(どんなものか私も知らなかった)が折れているのが見えるという。
 これまでに整形外科医が数人、レントゲンを見ているのだが、見過ごしてきた「真実」である。

 →→多くの専門分野があるところ、裁判所は法律の専門家という以上に専門家ではないし、弁護士もまた専門家ではない。どちらかというとゼネラリストと言われ、世の常識(良識か)を体現するべき職業である。
   専門家のフィールドでの常識がここでは非常識であり得る。その結果として、数々の「真実」を見誤った判決が生まれていることは間違いがない。
   裁判所という国家強制力を有する機関は、その力の大きさを十分に認識して慎重にその権力を行使しなければならない。また、弁護士は、裁判所に問題提起をする役割であって、いかに「真実」を裁判所の常識としていくかにつき、パイオニア的役割を果たさなければならない。
   日々勉強。見聞を広げることが大事。
 

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March 03, 2007

専門性について その2 【松井】

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 前記事においてもちょっと触れたように、離婚事件というのは弁護士であれば誰でもできそうな分野といった位置づけがされがちです。
 しかし、実は、違います。

 写真は、司法修習同期の一澤昌子弁護士(大阪)が昨年出版した本です。
 テーマはまさに、離婚。しかも「熟年離婚」です。
 
 出版時に一冊贈呈をうけ、早速読みました。
 
 私自身も確かに、弁護士1年目のときから離婚事件を担当させていただいたりしており、一応の知識、技術は知っているつもりでした(現在は離婚事件については新規受任いたしておりません。)。
 しかし、この一澤弁護士の本を読み、「一澤さんはいつもここまでしていたのか!!」と愕然としました。
 (もちろん、事務所パートナーの大橋も離婚事件の「経験値」は高く、端で見ていて、粘り強くよくやるな!!といつも驚いています。)
 

 弁護士にしてみればおそらく一件何気ない事件、離婚事件においてすら、弁護士の経験値(単なる経験数ではなく、どこまで徹底して調査し、やり込んでいるかということです。)に差がでるのです。
 こういった事実は実は利用する側にはあまり分かりません。

 以前、依頼者の方と雑談していたときにこういう話になり、そのとき依頼者の方が仰ったのは、「他の弁護士さんのことがあまり分からないから、一度頼んだ弁護士との仕事のやり方についてはこういうものなんだと思ってしまうんです。なのでその弁護士の仕事のやり方がどうということは分かりません。」ということでした。
 企業であれば、確かに依頼する件数、相談案件も多いので、弁護士を比べてみることはできるかもしれません。
  
 しかし、離婚や相続といった問題は、人生でそう何度もある問題ではありません。
 だから、他の弁護士ならどうか、依頼した弁護士のやり方が最善なのかどうか、比べようがない、分からないということでした。

 ただ、これからの時代は、個人の方であっても、最初に依頼する弁護士を選別する、つまり相談者・依頼者が弁護士を比較検討する時代は訪れると思います。また、そうでないといけないと思います。
 
 そのためには弁護士の方も自らの情報を公開していくことが求められざるを得ないと思います。
 病院のあり方が変わっていったように、法律事務所のあり方も変わっていきます。

(おわり) 

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NPO建築問題研究会~専門性~【松井】

 今日土曜日は、所属する団体、NPO建築問題研究会の月に一度の相談会開催の日でした。

 この相談会では、欠陥建築問題に詳しい一級建築士の先生と弁護士が数名ペア、チームとなって、相談者からの相談を聴きます。
 
 弁護士が法的な視点でアドバイスさせていただくのはもちろんなのですが、建築問題、建物工事にまつわる問題については、やはり一級建築士の先生のものの見方、切り口が加わることにより、よりいっそう具体的かつ実効的なアドバイスがなされるということをいつも痛感します。
 
 弁護士では思いつきにくい切り口が加わり、相談者の方も次にとるべき具体的な行動が見えてきます。


 ところで、じゃあ一級建築士の先生であれば誰でもそういった鋭い切り口を持ちうるかというと、どうもそうではなさそうです。
 欠陥住宅という問題について数多くの事例に当たられている建築士の先生だからこそ見える切り口というのがあるということです。

 一級建築士と弁護士は、仕事としてはそれだけで専門家の仕事になりますが、その中でもさらに専門性というものが生じてくるのは当然だと思います。
 
 一級建築士だから建物のどんな問題にも対応できるわけではない。構造計算の問題、瑕疵の問題、住宅、ビルなど得意分野は区分されるようです。

 弁護士も同じです。特許事件、医療過誤事件、欠陥住宅・建築瑕疵といった分野があります。さらには、弁護士ならその多くは誰でも一度は経験しているであろう離婚事件や相続事件、交通事故といった事件であっても、その事件の数をこなしているか否か、「経験値」の差がものをいいます。
 
 ただこういったことは専門家に相談をする相談者、依頼者の方には分かりにくいことです。建築士、弁護士というだけで「専門家」となりがちなために、その専門の中でも専門は何かといったことまでなかなか分かりません。
 弁護士の方でも、特定の分野が「専門」であると名乗りすぎると、逆にそれ以外の分野の事件に門を閉ざすこととなるのであまり好まない傾向があるように思います。そこで、「得意分野」という言い方が登場します。
 ただ、病院が手術数などを公表したりするように、利用する側に対してもっと弁護士の情報提供をという流れになるのは確実であり、弁護士の事件の具体的な「経験値」が数値化されていくのでしょうね。
 利用する側にとってはいいことだと思います。
 ただ、そうなると事務所、弁護士の個性、特性というものがない、見えにくい事務所は経営難になっていくんでしょうね。ただ単に弁護士の人柄、相談者との相性といったものではなく、まさに弁護士の能力が問われる、プロ中のプロか否かの能力の有無が問われる時代がすぐそこに来ているのだと思います。
 
(おわり)

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February 28, 2007

遺言・相続 個別相談会 実施のお知らせ 【松井】

広報です。

 下記のとおり、事前予約申し込み制による、
遺言・相続に関しての個別相談会を実施いたします。

 日時
    3月15日 木曜日

   1 午後1時30分から
   2 午後3時から
   3 午後4時30分から
 
 費用と相談の時間は、お一人3150円、1時間となります。
 3名の先着順となります。


 今回は試験的な催しとなりますので、平日の日中3枠となりますがご了承ください。
 
 ご希望の方は、プロフィールに掲載の事務所ホームページからメールでご予約いただくか、お電話をお願い致します。

 
 日頃、自身のことに関する遺言について一度専門家の話を聞いて相談してみたい、あるいは相続がおこってしまったけどこれからどういう段取りで進めたらいいのか分からないという方が少なくないかとは思います。
 
 ただ、じゃあ弁護士に訊いてみたいけど、知り合いの弁護士もいない、紹介してもらえる弁護士もいない、市役所などの無料法律相談もあるけど時間は30分しかとってもらえない、というのが実情ではないかと思います。


 最近、弁護士、法律事務所で相談する前に、弁護士でない専門家のところで先に相談をして費用を払っていたりするという方の話をよく耳にします。
 なぜにまず弁護士に相談しようという気持ちにならないのかなぁとつらつらと考えているとやはり、いわゆる「敷居が高い」、いくら払わないといけないのかよく分からない、怖いんじゃないかといった心理的な壁が大きいのだろうと。
 先にこっちに相談に来てくれていればよかったのにと思うようなこともなきにしもあらず。
 ということで、「個別相談会」ということで枠を作ってみました。
 
 
 自分自身を振り返ってみて、専門のところ、専門機関に相談してみたいけどちょっと尻込みするというとき、個別で予約をするよりは、相談会という枠の中で行く方がちょっと気が楽な気がします。
 どうでしょ?

(おわり)

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February 26, 2007

弁護士との顧問契約ってどうよ~何の対価?~【松井】

Bengosikaikan

 ときどき思うことには、弁護士にも顧問契約というものがありますが、「顧問契約」、「顧問」って消費者、つまりお金を出す方からしたらどうなのかなぁということです。


 うちの事務所などでは、税理士さんには毎月、一定額を顧問料としてお支払いし、事務所のややこしい会計管理をしてもらってはいます。これは毎月毎月、それなりの質、量の仕事があることが当然わかっていて、事務所内では処理できないので、専門家に外注しているようなかたちになります。もちろん分からないことがあったときには相談し、対応してもらっています。対価として相当だともちろん思っています。

 また、パソコン関係のメンテナンスについては、知り合いの法律事務所では特定の業者の方と顧問契約をし、毎月、仕事があってもなくても一定額を払う、その代わりトラブルがあったときでも、その一定額以上は基本的には必要ないというかたちで依頼しているところがありました。例えば1か月1万円だとすると、年間12万円です。修理を都度、外注したときに年間12万円以上がかかるといった見込みがあって初めて、意味がある~もとが取れる~方式です。
 この点、うちはパソコントラブルについては、都度、お願いして、費用をお支払いさせてもらう方法にしています。トラブルが起こっても、年間12万円はかからないと過去のパターンから割り出しているからです。
 
 こういった発想がいわば素朴な経済的合理性に基づく判断になるかと思います。



 
 では弁護士との顧問契約は?
 私などでも顧問契約を締結させていただいている企業、個人はいらっしゃいます。

 ただ最初に申し上げるのは、別に顧問契約を結んでいただかなくても、何かトラブルがあったときや相談したいとき、気軽に電話で連絡をもらったらいいですよ、ということです。
 しかしそうであっても、顧問契約をと仰る方はいらっしゃいます。

 私の考えとしては、まさに自分が依頼する側に立ったときの考えからすれば、上記のパソコンのメンテナンスと同様、弁護士と顧問契約をしても相談することがそれほど多くなければ、都度の相談の方がお値打ちじゃないかという発想です。
 
 要は、何かあったときに、「あ、あの弁護士さんに訊いてみよう」という関係が出来ていればいいだけなのです。
 その対価として、たいした相談量があるわけでもないのに毎月、一定額を支払うというのはどうなんかなぁという素朴な思いです。
 弁護士の経営的に考えると「顧問先が何社」というのは安定収入の一つにはなるし、顧問先から個別の案件の依頼があれば着手金、報酬と結びつきます。しかし、依頼される方にそれ以上のメリット、いかなるメリットがあるのかな、見合わないんじゃないのかなという疑問です。
 
 にも関わらず敢えて顧問契約をという方々は、
 ■ 都度の相談よりも顧問契約料を毎月払った方が割安と判断出来る事情、つまり日々の相談件数が多い場合、あるいは、
 ■ 相談ごとはそれほど多くはなく都度の支払いの方が割安だけども、安心感、対外的に「うちの顧問弁護士は云々」といえる安心料のようなものの対価として顧問料を支払われているのだと思います。

 また従前、まったくつきあいもなく突然、相談をしてもその会社や個人の成り立ちなどの把握にまず時間をとられる、このことを避けたいということで、継続的関係をもつようにしたいということで、毎月の顧問料の支払いという形で継続的関係を保っておくといことなんだろうと思います。

 

 
 ただ、顧問契約のデメリットは、一人の弁護士との顧問契約だと、実際の大きなトラブルがあったときに、その顧問弁護士の得意分野ではなく、出来れば違う弁護士に依頼したいというときに、しがらみがあって違う弁護士には頼みにくいということではないかと思います(顧問先企業が案件によって他の弁護士に依頼していることが分かったら、多くの弁護士は素朴に、へそをまげちゃうんではないだろうか・・・)。
 最近では規模の大きな企業だと、弁護士の使い分け、顧問契約も敢えて複数と行っていたりするところも増えているようです。

 もっとも、思うに、今後、市場原理がますます強く働き、法律サービスの提供市場においては、これまでのような「顧問弁護士」制度は廃れていくと私は考えています。
 
 つまり何かあったとき、「気軽に相談できる弁護士」が増え、弁護士を利用する側が弁護士を事案ごとに選んでいくという時代に遅かれ早かれなると思います。
 その一端が、「顧問制度」の消滅ではないかと。
 その企業の業務、個人の状況などの把握については、弁護士側の理解力、把握力の問題に過ぎないと思います。
 さらにいえば、一度、相談を受ければ、顧問契約がなくっても各企業、個人の個性は十分に把握できていますので、次回からの相談は確実にスピーディになります。
 
 リスクの分散ということが言われますが、「相談できる弁護士の分散」の時代が間違いなく訪れると思います。
 ホームドクターならぬ、ホームローヤーをという言われ方をしたりしますが、これも結局、要は、気軽に相談できる、しかも従前のその人、企業の状況を理解してくれている弁護士をということを意味するのだと思います。
 このこと自体は、確かにそうだと思います。
 ただ、この為の手段として顧問契約が唯一だとは思いません。
 ホームドクターに毎月、顧問料を払いますか?! 

 弁護士に対する支払をいろいろと考えていくと、依頼者・相談者にとっても、弁護士にとっても一番公正なのが、「時間制」というシステムではないのかなと考えています、今のところ。
 ただ、実際、時間制を導入すると、法律事務所の原価計算、利益を加味すれば、たぶん今以上にごく普通の個人の方だとびっくりする金額になってしまうので、事件ごとの着手金、報酬制が一般化しているのだと思います。
 
 どこへ行く、司法試験合格者3000人時代の弁護士は。

*猿のうしろにうつる大きなビルは、去年新築された大阪弁護士会館。使い勝手が悪く、結構、不評の建物。使う人のことを考えることが大切ということを弁護士に思い出させるためにわざと不便な設計をしたという深読みもありうる建物。

(おわり)

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February 16, 2007

「強い会社」を作る~「空振り」を怖れずに~【松井】

Chocolate
1 
 「強い会社」を作るという言い回しがあります。
 いったい「強い会社」って何をいうのでしょうか。
 ということについて、つらつらと考えてみたことを書き記してみます。それこそ、MBAを持っている人、あるいは現実の経営者であれば当たり前のことなんだろうと思いますが、このことについて弁護士として、法的サービスとしてどういったことを提供できるのだろうかという観点で考えてみたいと思います。
 本当に、つらつらです・・・。



 まずもって、会社、企業が、日々、月々、年々の利益を上げる体質をもっていなければなりません。利益をあげられない企業は、遅かれ早かれ市場から撤退せざるをえません。倒産といいます。
 強い会社、企業とは、利益を発生させることが出来て永続性を持ちうる企業といえます。

 会社であれ、個人であれ、その属する企業から報酬・給与をもらって日々の生活を営む以上は、その企業が、構成員に配分できるだけの「現金」をもたなければなりません。
 この現金支払いも一回限りのものではなく、当然、毎月毎月、永続性をもって支払える状態でなければなりません。そうでなくなった場合、「倒産」状態といいます。
 ということは、企業が企業であるためには、当たり前だけど「利益」を発生させる状況であることが必要です。



 では、「利益」を発生させるためにはどうでなければならないのか。
 
 単純に表現すれば、一つは、売上げ、「入り」を増やす、あるいは維持すること、もう一つは、費用、「出」を減らすことに尽きると思います。



 では、まず「入り」を増やす、あるいは維持するにはどうすればいいのか。

 今得ている「入り」を減らさないようにすることという視点と
 今得ている「入り」をいかに増やすかという視点に分けられると思います。

 ここではいろいろなことが具体的に考えられるところですが、例えば、創業何百年といった企業でも、創業時と何ら変わらないことによって現代においても売上げを維持しているところもあります。変わらないことによって、維持するパターン。変わると、企業として消滅してしまう。例えば、よく京都などにある有名和菓子屋さんとか。

 しかし同じ創業何百年という企業ではあるけど、商品の種類を増やしたり、あるいは販売経路を拡大することによって、莫大な売上げを上げるパターン。伊勢市の赤福とか?
 ここで当然、売上げを拡大するには、何らかの投資が必要となるでしょう。従前の経緯だけでは、維持はありえても、拡大はあり得ない。
 この投資の際、資金をどのように調達するのだろうか。

 自社の利益からか、あるいは出資を募るのか、あるいは借入を行うのか。借入といっても、社債を発行するのか、あるいは特定の金融機関あるいは支援企業などからの借入れになるのか。それぞれのメリット、デメリットを勘案して、資金調達方法を選択します。
 この際、いわゆるファイナンスとして、弁護士が法的サービスを提供できる余地があるのでしょう。しかし弁護士・法律事務所でなければならない必然性はありません。
 
 また、売上げを維持、増やすための戦略として、そもそもの大事な要素の一つに人事戦略があります。
 どのような人材を獲得するのか、また自社にとどめおくのか。労働法規に触れない範囲で、どのようにクリエイティブな契約内容、就業規則を定めるのか。
 この際、労働法規に詳しい弁護士が法的サービスを提供する余地があります。ただ、弁護士の役割、あるいは限界としては、法規に触れないという接点においてであって、クリエイティブな発想に基づく契約内容を提案するという点では難しいかもしれません。

 さらには、売上げ増を狙い、例えば、市場で3位の企業が、5位の企業と合併などして、市場占有率2位の企業に浮上するといったこともあります。
 このときのいわゆる「合併」「統廃合」においては、先の人事の問題などとともに資産や負債の処理を巡って種々の問題が起こります。
 最近の例でいえば、極端な例ですが、住友信託銀行とUFJの合併話の破綻とか。やり方をうまくやらないとこんなレベルで、事後処理のために何億、何千万円という余計な費用がかかります。

 また、新たな第三者と取引関係に入る際の契約書作成作業。これは、いかに自社に有利な条項を入れるかという点よりも、実は、次に触れる「『費用』をいかにコントロールするか」という点にかかってくるかと思います。
 契約締結交渉、契約書作成といった点で、弁護士が法的サービスを提供する余地は当然あります。ただ、世間をにぎわせるM&A交渉においては、大規模法律事務所、著名弁護士だけではなく、金融機関やコンサルティング会社が大きな役割(報酬?)を担っていることからも分かるように、サービス提供の登場人物は弁護士だけではありません。



 つらつらと考えていたら、また長くなってきました。
 今回はひとまずここでストップすることに。

 要するに、強い会社、企業とは、イメージ的にいえば、「イチロー」ではないかと思っています。

 その身体や思考に無駄がない。隙がない。絶え間ない練習に試行錯誤。常に、改善、改善、改善へと進んでいくこと。鋼のようなイメージ。
 法的な訴訟リスクを常に想定して、備え、失敗からは学び改善していく。
 契約書の作成といっても、あまりに一方的に自社に有利な条項は、裁判となった際には無効といわれるリスクが高まることを考慮して、バランスのとれた条項とする。
 つまりすぐれたバランス感覚。近江商人の三方良し(?)の感覚。お客よし、取引先よし、自分よし(?)。
 失敗はあって当たり前。要は、失敗をいかに次に結びつけていけるのか。
 以前みたイチローのインタビュー番組でイチローは言っていました。「空振りは凄い。あの空振りがあったから、その次に打てた。」空振りをすることによって、埋めるべき空白、次になすべきことがはっきりする、だから次に成功するといった趣旨です。

 空振りを怖れずに空振りをし、空振りを次に生かして、ヒットを生み出す。
 弁護士としてもこうありたいと思うし、こういう人を応援していけたらと思います。

 企業の永続性って、これの繰り返しであって、空振りを怖れてバットを振らなくなったら終わりなんだと思います。

 それと弁護士だからかもしれませんが、困難に遭遇したとき、そんなときこそとにかく真っ直ぐに対応する、まわり道なようで結局、ベストの選択につながるという信念があります。シンガポールの初代首相のリー・クアンユーは、首相になる前、弁護士でした。そして政治活動を行っていくのですが、様々な困難に対しては、弁護士だったからかもしれないけど、とにかく裁判でもって決着を付けていきました。どこかの政府みたいに暗殺なんてしません。
 そういえば確か弁護士として?テレビによく出ている橋下徹弁護士が出版した本のタイトルは、「真っ向勝負」だったかと。
 
 「真っ向勝負」できる企業が、最後に強い企業になるんだと思います。

*写真は、R.Savignac という人のCHOCOLATE という絵です。空振りを怖れずに、真っ向勝負。なんとなく、この絵のような気持ちです。好きな絵です。

(おわり)

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February 07, 2007

先を読む力と情報収集と教訓 【松井】

1 
 久々の更新で、つぶやきです。Ohashimatsui

 当たり前のことだけど、こう対応したら次にどうなるのか、で、次にどういうことがあり得るのか、A、B、Cとの展開が考えられる、じゃあ、Aの場合はどう、Bの場合はどう、Cならどうするのか、詰将棋のように考え抜いて、準備するのが弁護士の仕事。

2 
 でも、こんなことは日常の作業、あるいは弁護士に限らない仕事で、皆、やっていること。
 だけど不思議なことに、考えていないの!?という対応に出くわすことがよくある。理解できない。(って、まぁ、「感情」が原因なことは分かっているけど・・・。)

3 
 例えば、交渉や調停や和解。
 判決になったらどういう判決が予想されるのか、その判決が出たときに次に相手方は、これまでの行動パターンから考えてどのような行動に出ると予想されるのか。
 だったら、ここで妥協して合意に達してまとめた方がいいことは、経済的利益に鑑みれば明らか。
 しかし、戦う姿勢を崩さない・・・。

 だれか相手方によい助言者がいれば、ここで話をまとめて、結果、相手方も得るものを得られるのに、こちらの目の前で自ら、断崖に向かって突っ走っていく。
 こちらが止めることは出来ない。不運な人だと呟くのみ。
 
 一つ言えることは、自分以外の周りの声に耳をよく傾けるようにということ。どこかで、「そっちは崖だよ」という合図があるもんだ。

 最近読んだ本で面白いエピソードがある。
 クリントン元大統領は、学生時代、ヒラリーと知り合ったとき、パーティーの席でも自分から話すことはなく、口数少なくしていたため、ヒラリーは最初、自分に気がないのかとがっかりしたということ。
 あとからそのことをヒラリーが口にすると、クリントンは、
「君と君の友人のことをよく知りたかったから(自分は黙って、会話に耳を傾けていた)。」と答えたとのこと。

 適切な判断のためには適切な情報収集、そして適切な情報収集は周りの声に耳を傾けること。
 自分の主張を繰り返し大声で叫ぶだけでは、自分によい結果は得られない。
 教訓。

(おわり)

*写真は、ランチを一緒に食べる大橋と松井。このとき、お互いが担当する事件の方針や考え、弁護士のあり方などについて意見交換をする。一人で考えられることってホント、たかがしれている!今日のキーワードは、「サプライズの提供」。

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January 06, 2007

「ん!?」~素朴な問題意識をもち、それを深めるということ~【松井】

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 いよいよ2007年が始まりました。
 新年の挨拶は大橋のブログに譲り、気持ちも新たに早速、新年初めてのブログの記事をアップしていきたいと思います。
 
 ところで、大橋の今年のキーワードは「シャープ」だそうです。私のキーワードは、「ぴかぴか」です。単純に、昨年末、流行の「おそうじ本」を読んだ影響です。磨かないといろいろと駄目になっていきますよね。
 ちなみに、ブログについて私個人のテーマとしては、「日々、あれこれ」といったものから進化し、自分の考えを記録し、まとめていくという点に重点が移っています。自分の考えについて整理するきっかけであると同時に、外部記憶装置といった位置づけです。なのでそれなりの分量をと意識的にしています。自分が面白い、興味深いと思って定期的にチェックするブログもそういったものが多かったので。これらについては、それこそまた改めて「日々、あれこれ」としてアップしたいと思っています。こういったことは日々、目前の業務においても絶対的にプラスになるものと信じています。「緊急ではないけど大切なこと」として実行していきたいと思っています。


2 
 さて、年末から気になっていたのは、12月28日の新聞記事です。「ネット出店料 一方的値上げなら 公取委 『独禁法抵触も』」(朝日新聞)
というものです。

 

「公正取引委員会は27日、楽天やヤフーなどインターネット商店街の大手運営業者が、出店業者に不当な手数料の引き上げなどを一方的に押しつけた場合、独占禁止法違反(優越的地位の乱用)にあたる恐れがあるなどと指摘した調査報告書を発表した。これに対し、最大手の楽天は「現状の運営は独禁法に抵触しない」と述べ、ヤフーも「指摘のような運用はしていない」とのコメントを出した。」(
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY200612270326.html)
 
 調査報告書 http://www.jftc.go.jp/pressrelease/06.december/06122702.pdf


 すっかり記憶力が衰え、何で読んだのか定かではないのですが、楽天が今ほど成長したきっかけは、当時、ネットのモールに出店するには何十万円という多額の出店料を要していた業界において、革新的に数万円という従前にくらべれば格安の出店料を設定した点が大きいという指摘をなるほどと思ったことがありました。
 数万円という出店料を魅力に思い、多数の店が楽天に出店し、出店数の拡大が利用者の拡大につながり、従前のネットモールを圧倒したという単純な流れで説明されていました。
 思ったのは、なぜそれまでのモールは数十万円に出店料を設定していたのか、なぜに楽天は「格安」での値段設定が可能だったのかということでした。ただ、記事の流し読みで敢えて自分でさらに突き詰めるといったことはしていません。



 そういう記事の記憶があったところ、ネットモールの業界で圧倒的なシェアを獲得した楽天が、「満を持して」といった様子で、安くしていた出店料を一方的に全体的に引き上げる行為をとったという記事を、また雑誌だか新聞だかで読むことがありました。
 この記事を読んだときの私の印象はまさに「満を持して」でした。値段を安くして顧客となる出店業者を誘引し、業界において圧倒的シェア、地位を確率して、出店業者の出店先の選択肢が限られたところ、自社への依存度を高めたところで、出店料を引き上げる。 単純な感想として、「えげつないなぁ」というものでした。



 といったおぼろげな記憶があったところで、冒頭の「ネット出店料 一方的値上げなら 公取委 『独禁法抵触も』」という昨年末の記事です。
 
 早速、調査報告書をネットで斜め読みしてみました(便利な時代です)。
 
 優越的な地位の濫用とは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独禁法)の2条9項の5です。
 「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること」

 これは「不公正な取引方法」とされ、公正取引委員会は、「当該行為の差止め、契約条項の削除その他当該行為を排除するために必要な措置を明ずることができる」(20条排除措置)とされています。
 またさらには、不正な取引方法によって利益を侵害されたり、されるおそれのある者は、差し止め請求を行えるし(24条)、損害をうければ、損害賠償請求も出来るとされています(25条)。
 
 ちなみに、優越的地位、自己の取引上の地位が相手方に優越していること(一般指定14項)とは、「A(相手方)にとってY(自己)との取引必要性があるということ」(取引必要性)をもって判断されると考えられています(49頁 白石忠志「独禁法講義 第3版」平成17年7月、有斐閣)。取引必要性とは、「Aにとって選択肢が狭まっており、2条4項にいう競争が制約されることを意味している」「2条4項にいう競争が十分におこなわれているか否かに着目しようというわけである」(同)とされています。
 
 また、濫用とは、「Aが負うべき合理的理由がない負担をYがAに負わせていると言えるか否かが、判断基準となる。」(上記50頁)とされています。

 公正取引委員会からの指摘に対する楽天の反論の根拠としては、1)優越的地位にあるわけではない、出店業者には他に選択肢もある、また2)出店料の値上げには合理的理由があるといったことの具体論になるのでしょう。
 実際には、例えば現状において司法で争われた場合、どのような判断となるのか興味深いところではあります。



 ところで、以上を踏まえて思ったのは、もっと自分の「素朴な疑問」を突き詰めていかないと駄目だなということです。まさに磨かれない・・・。
 「ん!?」と思ったことについて、それはどのように法的には分析できるのか、どのような具体的対処法がありうるのかを深めていかないと磨かれないままだとつくづく思いました。
 またこれは、自分のこうした「ん!?」という感覚も養っていかなければならないと危機感を抱いています。
 司法試験合格後、弁護士登録前の2年間の修習中、検察教官が言っていた言葉で印象深いものがあります。「問題解決能力よりも問題発見能力の方が大事だ。」といった言葉です。問題は、発見できれば、解決法は他の多くの知恵を借りて何らかの解決方法を見つけ出すことはできるが、そもそも問題を発見できなければ問題はそのままであるといったことです。

 素朴な疑問、「ん!?」については、自分の気づきだけでなく、相談者・依頼者の方の「ん!?」についても、理解・共有できなければ、そもそも弁護士として解決策も提案できません。
 問題発見能力、問題解決能力について、さらにぴかぴかに磨きをかけるべく、精進したいと思います。日々、反省です。


*写真は今年の干支、「猪」です。神社にぶら下がっていました。飛び出せ、猪!

(おわり)

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January 04, 2007

年頭のごあいさつ【大橋】

2007
 皆さま、新年明けましておめでとうございます。

 当事務所は、明日5日から業務開始です。私は、年末年始最後の休日をのんびり過ごさせていただき、明日からの活力を蓄えているところでございます。

 年賀状は31日投函という有様、もう配達されましたでしょうか?
 昨年は慌ただしく終わってゆきました。昨年中に作成しようと思いつつ、越年した書面もいくつか。

 ブログがすっかり公約違反でご無沙汰してしまった理由の一つは、書面をお待たせしている依頼者の方に「私の仕事をしないでこんな駄文をだらだら書く暇はあるのか?」と思われたくないがためでありました。
 しかし、それではブログの意味がありません。
 週に一回くらい、シャープに、近況をお知らせし、我が身を振り返る時間をとりたいと思います。

 年頭に当たりまして、シャープにごあいさつを。
 では、いただいた招待券がありますので、「日展京都展」へ行ってまいります。

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December 08, 2006

弁護士の品格と戦略【松井】


 11月28日付けの日経夕刊「法化社会日本を創る」で紹介されていたエピソードでは、先日和解した旧UFJホールディングスと住友信託銀行との事業売却交渉決裂を巡っての訴訟の控訴審第1回期日でのこと、裁判所は住信側に言ったそうである。
 「また大風呂敷を広げましたね。一流企業なら品格があるでしょうから、主張をしぼってください。」
 住信側は一審で敗訴し、控訴にあたり賠償請求額を数百億円まで引き下げていたにもかかわらずということである。

 同じく日経夕刊の追想録では、10月に亡くなられた、東京の大手弁護士事務所西村ときわ法律事務所の創業者の西村利郎弁護士の言葉を紹介している。
 「知識が豊富でミスがないのは当たり前。重要なのは戦略があるかどうか。」


2 
 先日、C型肝炎集団訴訟の弁護団に加わっている友人の弁護士から、大阪地方裁判所での一部勝訴に至る訴訟活動の内容について聞くことがあった。
 まさに「品格と戦略」を感じさせる訴訟活動と評価されるべきものだったんだろうとの印象を受けた。
 
 自省の意味を込めて思うことは、弁護士としての業務活動において、時に、いったい何を目的としているのか、着地点をどのように考えているのか掴めない場当たり的とも思われるような活動、あるいはまさに単なる罵詈雑言、口にした言葉に責任を感じていないとしか思えない言動があるといったことを見聞きすることがある。その弁護士が相手方となったとき、決して信用されることはない振る舞い。そのことでどれだけの利益を失っていることか。

 弁護士1年目のとき、裁判所の弁論準備室において、相手方の弁護士が足早に部屋を去ったあと、ぽつんと残された裁判官が私に対して、怒りを抑えつつ呟くように言った言葉。「私はもうあの弁護士を信用しませんから。」この経験があったから、信用されるに足る振る舞いがいかに重要なのかということ、逆にいかに多くのものを弁護士として失うことにつながるのかを身に染みて分かった。悪い例は人のふり見て我がふり直せではないけど、分かりやすい。
 しかし、品格と戦略を兼ね備えた弁護士活動とはいかなるものか、これも当然、「見て真似よ」しかあり得ないが、真似するのは本当に難しいと思う。
 なぜなら、自分のことは自分ではなかなかよく見えないから。

 相手方の弁護士の準備書面あるいは、法廷での振る舞い、あるいは和解での振る舞いを見て、感動したことはもちろん何度もある。
 ある弁護士は、法廷から出て行くとき、誰も見ていなくても常に「法廷」に敬意を表し一礼をしていた。
 またある弁護士は、手形訴訟での反対尋問において、証人に対してくらいつき、事細かに質問を重ね、証人が言葉をはぐらかさざるを得ないようにもっていき、その信用性をぐらつかせることに成功し、見事に和解にもっていった。なるほど、手形訴訟ではこのような尋問が効くのかと非常に勉強になった。
 またある弁護士は、にこやかに反対尋問を行い、証人を油断させつつ、見事にその矛盾点を法廷でさらけ出させた。
 
 当たり前だけど、自身が学ばないといけないこと、反省しないことはまだまだいっぱいある。
 自分の準備書面はいたずらに言葉を浪費しているだけではないか、選んだ証拠は適切だろうか、相手方に対する反論は「罵詈雑言」に終わっていないだろうか。
 こちらの弱点、相手の弱点を「鳥の視点」をもって検討出来ているのだろうか。依頼者の言い分を繰り返しているに過ぎないのではないか。効果的な活動、裁判官を説得するに足る活動が出来ているのか。

 買ってまだ読んでいなかった「民事訴訟実務と制度の焦点ー実務家、研究者、法科大学院生と市民のためにー」(判例タイムズ社)という現役裁判官の瀬木比呂志判事が判例タイムズに連載していたものをまとめた本を読んでいる。
 第10章 事実をどのように把握するか?
     一 当事者本人の話をどのように聴くか?
     二 距離をとって事実をみること(鳥の視点、虫の視点)
     三 相手方の視点から事実をみること
     四 主観的な確信の検証、法律家の常識・社会的常識との各照合
 第11章 準備書面の書き方等
     一 書面と口頭のプレゼンテーション、また、法廷におけるやりとりのわかりにくさについて
     二 一般的な主張のあり方
     三 準備書面作成のあり方
       1 一般的留意事項
       2 っまとめ準備書面の効用と最終準備書面
     四 裁判官の主張整序のあり方と手控えの作成方法
    
 
 意識しないと、何の根拠もない「経験」だけで仕事をしてしまいがちなところ、改めて自身を「検証」したいと思う。

(おわり)
 

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November 18, 2006

従業員の解雇~労働市場の流動化、「弁護士」の流動化、あるいは考えの迷走か?【松井】

1 
 11月18日付けの日経新聞朝刊の1面は、「解雇紛争 金銭で解決」となっていました。

 労働政策研究・研修機構という機関の調べによれば、企業が社員を解雇した理由としては、「経営上の理由」が約50%、次に「仕事に必要な能力の欠如」が30%弱、「本人の非行」「職場規律を乱す」がそれぞれ約20%強のようです(複数回答)。



 数ヶ月前、フランス政府による、若者の解雇の容易化を打ち出した法案に対して、各地でデモ等の反対活動が起こり、結局、法案が撤回されたという事件がありました。
 雇われる若者にしてみれば、働き初めて数ヶ月で何ら理由なく解雇されるというではたまったものではありません。
 これは若者に限らず、大学を卒業してから「就職」し、このまま60歳の定年までこの会社で働こうというつもりでいた、例えば30年の住宅ローンを組んだのに、35歳のある日、「きみ、来月、辞めてくれないかな」と言われた場合を考えたら、たまったものではありません。
 この「たまったものではない」という感情が何かというと、まさに「人生の計画が狂う」ということだと思います。人生とまではいわなくても、来月、来年とこれだけの「給料」をもらえる、「収入」があると「信頼」していたのに、この信頼が裏切られる、つまり生活設計が狂うということです。



 働く側にしてみれば、「雇用」=まず「収入」です。数ヶ月後の収入の当てがないという恐怖を味わうことになります。
 従業員の信頼を裏切ってはならない、従業員は期間の制限なく雇用されている、つまり少なくとも定年である60歳までは収入が確保されるべきという考えが、終身雇用の労働体系をもとにした裁判所の解雇規制法理かと思います。

 

 「信頼を裏切ってはならない」という考え、価値観が多くの裁判例からも裏付けられるかと思います。また、ちょっと違うかもしれませんが、「禁反言」の法理といわれるものがあります。あのときこう言っていたのに、今更違うことを言っちゃいけないといった価値観といえるでしょうか。
 今回検討されている法制度は、解雇の不当性を争う従業員に対し、企業に対して、「解雇無効確認の訴え」ではなく、「社員が職場復帰を求めない代わりに、金銭による補償を請求する訴えを認める制度」らしい。補償金の下限を年収の2年分といったように明示するようです。
 「労働組合の代表者らは解雇の乱発を招くとして警戒している。」とあるように、逆に考えれば、企業としては、どうしてもこの従業員を辞めさせたい、少なくとも定年まで働いてもらいたくはないと考えたら、その従業員が36歳であれば60歳ー36歳=24年間の給与の支払い、その他のその従業員がいてもらうことによる不都合と考えることを天秤にかければ、年収の2年分あるいは4年分であっても、それで解雇できるなら「しめたもの」になるのは明かでしょう。
 
 こうして「労働市場 流動化促す」が実現されていくのでしょう。
 流動化された「労働」は次の職にたどりつけるのか。35歳で解雇されたものが次にどのような職を見つけることが出来るのか。例えば、これが50歳だったらどうなのか。
 日経のデータをみれば、ただ日本の完全失業率は、数年前をピークに下がってはいるようです。
 
 解雇については、「経営上の理由」にしても、「仕事に必要な能力の欠如」にしても、やはり第1には、解雇回避のための雇う側の努力は不可欠でしょう、当たり前だけど。補償金制度も、この努力が第一という従前の考えを否定するものでは決してないはずです。 そして努力しても、どうしても解雇しないと企業そのものに必要以上のダメージが及んでしまう、この段階にまでいったときには確かに「補償金制度」が意味あるものであることは雇う側の立場を想像すれば否定するものではありません。
 従業員にしても、期間の定めのない終身雇用をむやみに信頼してはいけないという、不安感、不信感、緊張を要求されることになるでしょう。
 これが労働市場の全ての関係者にとって吉とでるのか凶とでるのか。私には分かりません。
 今年の会社法制定のように、まずは試してみて、駄目だったら修正というのが一番なのかもしれません。


5 
 今回の法制定の動きをみて、何を言いたいのか自分でも判然としませんが、最近考えていることの一つに、弁護士数の大増員の問題があります。
 人数が増える、新株発行と同じで一株の価値、弁護士一人一人の価値が相対的に下がる、喰えない弁護士が出てくる、喰えない弁護士は悪いことをして非行弁護士が増える、そして社会に迷惑をかけるという話があります。
 しかしそもそも、司法試験に合格し、研修所を卒業して、弁護士の資格を得たからといって、まさに「終身雇用」のように「喰える」「60歳くらいまでは収入が保障される」なんていう信頼を持つことそのものが、そもそも理由がないのではないかと考えています。
 「司法試験に合格して、弁護士になったら収入は安泰だ。」
 「大学を卒業して、大企業に就職したら収入は安泰だ。」
 
 非難囂々(ひなんごうごう)を畏れずに(いや畏れながらも)、今の自分の単純な考えを述べてみると、二つともそもそも幻想なんじゃないかしらと・・・。自営業、経営者の人で、3年先、5年先、10年先が保障されているなんて考えている人は皆無かと。
 そもそも「信頼」を寄せる根拠がいったい何なのか。それは単にそれまでの「前例」に過ぎないのではないかと。その「前例」がいったいいつまで続くのか、そのことについて責任を負うべきものがいるのか、いないんじゃないかと。大きな歴史の流れそのものに責任を負うものがいないのと同じで・・・。
 つまりどういうことかというと、自分でまとめてみるに、「幻想に頼らずに、生き抜きましょう」ということ。
 そうすれば、自分以外のものにふりまわされずに生きていくことが出来ます。
 
(おわり)
 

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October 06, 2006

賢い消費者になるためには~NEEDとWANT【松井】


 先日、「賢い消費者になるためには~悪徳商法の被害にあわないために」と題して、とある市の法の日特別講演ということで、大阪弁護士会からの派遣で講演をしてきました。
 ちなみに内容はこんな感じです。

 第1 被害にあわないように
  1 被害にあうとどうなるのか
    後悔先に立たず。
    よくある経過。
  2 とにかくパターンを知る
    敵を知り 己を知れば 百戦あやうからず。
    お金は大事。
  3 最近の事例紹介
    加害者は、素知らぬ顔でやってくる。
  4 おかしいなと思ったら一歩、踏みとどまる
    その場で署名して書類作成などしない。
    他人の意見を訊いてみる。
    引き返す勇気を持ってみよう。
  5 断る勇気を持ってみよう
    誰も家まで来たりはしない。所詮、その他大勢の一人にすぎない。

 第2 被害にあってしまったら
  1 相談する
    被害は恥ずかしくない。
    消費者センターは無料アドバイス。
    弁護士は怖くない。
  2 お金を払わない
    渡したものを取り戻すのは大変。
  3 戦う
    書面を送付。
    裁判は怖くない。
                     以上
2 
 20名ほどの出席者と少数だったので、質疑応答も入れて1時間30分ほどの講演だったのですが、もっぱらモニター商法ダンシング事件のときの騙しの仕組みや関係者がどういう利害で動いているのかといったことをホワイトボードを使って説明してきました。
 
 このとき話をしながら改めて考えたことがあります。
 「被害」というものに遭わない一番のポイントは何か。

 アメリカでは小学校で生徒に対するお金の教育で次のことをまず区別させるという記事を読んだことがあります。
  
  NEED と WANT 

 それは必要なのか?
 それは欲しいものなのか?

 いわゆる悪徳商法被害に遭わないためには、やはりまずこの確認なんだろうなということです。
 
 業務誘因販売、内職商法にしても、30万円、40万円もするパソコン学習キットなりが本当に「必要なのか?」ということだと思います。

 ここで、おやっ!?と立ち止まり、第三者に相談したら、それは騙しの手口やで!と教わりひっかからなくて済むかもしれません。
 講演会では、とにかく一人で判断せず、おやっと思ったら消費者センターにでも電話相談してくださいと消費者センターの宣伝をしてきました。
 無料だし、電話相談に応じてもらえるので、ちょっとした相談でも気軽に相談できます。

3 
 ところで、よく考えたら、弁護士の広告などではお気軽にご相談くださいとうちもそうですがアピールしていますが、電話相談に応じるところはまだまだ少数派だと思います。 なぜなら。
 弁護士は、相談者からの相談にはまず会って直接に話を聞いてから、話を聞いて、かつ直接にアドバイスすることが大事だと考えているからです。なぜ大事か。間違ったアドバイスをしない、発言に責任をもつ、そして時間制の相談料をきちんと払ってもらうという考えがあるからです。我が事務所でもこの方針を変えるつもりはありません。

 なので、本当にお気軽にご相談をというのなら、やはり弁護士事務所よりも消費者問題については消費者センターの方が優位に立つはずです。
 センターの相談員の方は、消費者問題の最前線にいます。研修を経た市の職員であり、無料だからといってもちろん無責任な回答をすることなどはありません。
 
 講演ではセンターの利用を強調してきました。弁護士にすぐに相談してくださいといえないところでのジレンマを感じながら。電話相談は応じられず、来所していただいたら時間制で1時間1万0500円を請求させて頂かざるを得ないの消費者問題でお気軽にとは費用負担を考えるとなかなか言いづらいところでした。
 
 悪徳商法は本当にもぐら叩きのようです。手を変え品を変え。
 被害に遭わないように「賢い」消費者が増えて欲しいと願っています。

以上

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September 03, 2006

「法曹の使命と責任」に思う【大橋】

 大橋です。私もきっと聞いたはずの「所長講話」、その話自体は覚えていないですね・・

 しかし、「法曹の使命と責任」というテーマで思い出したことをいくつか。

1 ある弁護団会議で。退去強制処分を受ける外国人を収容する入管センターで起こった「職員からの過度の『制圧』による傷害事件」での国家賠償訴訟を起こしています。
  支援団体からの依頼と中心の弁護士からの呼びかけで弁護士が集まり、着手金とか実費とかはさておきで訴訟を進めています。
  話題が途中で司法修習生の話になりました。これまでは修習生は国家公務員に準じて給料をもらっていたのですが、今後、貸与制になります。
  ひとりの若手の弁護士が、「私ら、修習生のときに給料をもらって研修していたから、弁護士になったら社会に何か還元しないといけない、と思ってきてますけど、貸与制になると自分のために資格をとる感覚になるでしょ?そんな気持ちはなくなってくるんじゃないかなあと思いますけど。」と言いました。
  私は、そういう考え方もあるかな、と思い、「社会に何か還元しないといけない」と思っているこの弁護士の素直さにちょっと感動し、また、「どの弁護士もそうというわけじゃないのでは?」とも思いました。
  ただ、確かに「法曹の使命」という言葉は、これからの「弁護士年3000人時代」において存在感を薄くしていくのではないかという危惧があります。

2 最近、私の事務所に電話予約をして借金の相談に来られた方がいます。
  初めて、現役のホームレスの方をお迎えしました。
  これまでは、既に自立支援センターやシェルターや生活保護施設に入っている人だけだったのです。
  「どうしてうちの事務所を知って来られたのですか?」と聞くと、あいりんセンター(西成区にある日雇労働者のための施設)の相談室から教えてもらった、と言ってメモを取り出されました。
  それから、以前に「なにわ路情」というホームレス支援紙に連載していた「借金問題は解決できます」という記事のコピーもお持ちでした。
  私も弁護士会の「ホームレス問題プロジェクトチーム」に関わって5年目になるのでしょうか、今では「ホームレス問題部会」に昇格し、活動分野がどんどん拡大してきました。今はまとめ役で部会長をしています。
  私の関心は必ずしもホームレス問題に限りませんが、「路上に寝ている人」を疎外し他者として蔑み眺める視線には猛烈に抵抗を感じます。それで続けてきていると思いますし、部会員が生き生きと活動するのもおそらく同じ思いでしょう。
  私が1年以上前に書いた原稿がコピーされて、困っているホームレスの人に渡っていくということは嬉しいものです。
  また、この事業こそ「公的支援」、具体的には弁護士費用援助をしてもらわなければ、うちの事務所はつぶれてしまいます。

3 またまた最近ですが、大阪府のホームレス対策で、地域巡回法律相談の担当になり、ある日、某所(野外)へ相談を受けに向かいました。司法書士さん(司法書士会の人権委員会所属)1人も同行しました。
  「もう生活保護を受けようかと思って」というその男性は、年齢的には十分に生保支給可能な人で、目立った体調の支障はないものの、夏冬の野宿生活が身に堪えるようでした。
  腕のよい溶接工だったのですが、高齢になって職がなくなり、借金には走らずに潔く野宿を選んだようです。
  「こうなりゃどこで死んでも同じ」と自転車で鹿児島へ、東北へと無銭旅行をしたものの、やはり長年住んだ大阪へ戻ってきたのだということでした。
  全国どこでもコンビニはあるので、期限切れの弁当で全く不自由はなかった。まあ2,3日食べないこともあったけどね、と笑っていました。
  このごろの生活は、「缶は拾いたくない」というこだわりがあり、車のホイールを拾ってお金に換え、100円ショップで必要なものを買いそろえているということでした。
  生活保護を受けようと思ったきっかけは、巡回相談員に勧められて年金が受給できるかどうかを調べたところ、ずっと働いてきたのに年金を掛けた記録が半分以下しか出てこず、必要月数を満たさないことがわかって愕然としたからだそうです。
  大企業もあり、零細企業もありましたが、年金を掛けてくれていなかったようです。既に消滅している会社もあり、確認はできなくなっています。
  「生活保護、もらえるかねえ?」と心配そうに聞くので、同行の司法書士さんと「生活保護は、権利なんですよ!アパートを探して申請をしたら通りますよ!」と元気づけました。2年越しのおつき合いという巡回相談員さんも「大丈夫だよ~」と肩を叩いて元気づけます。
  孤独な野宿生活に追いつめられた人が、人を信頼して社会との関わりを取り戻していく現場に立ち会って、少しでも力添えができれば嬉しいことです。

4 もう一つ、違う方向から、書きたくなりました。
  弁護士は、世間で誤解を受けているところもあるかもしれませんが、「依頼者が勝つことだけを考える」職業ではありません。仕事の内容を「紛争の円満な解決」と捉えています。
  ですから、依頼者の要求が「通らない話」であれば、それは無理ですと断ります。
  「通らなくてもいいんです。気が済みません」と言われたら、「通らなくてもいいんですね」と念を押した上、裁判を受ける権利を実現することを手伝います。
  相手方の要求が「通らない話」であるとき、弁護士がついてくれて説得してくれることを期待します。
  弁護士同士で「この辺が妥当な解決」というラインが合意できれば、それに合わせてお互いが依頼者を説得します。
  弁護士には一種、裁判官的な「公正さ」が期待されています。その社会的な信頼を失わないよう、経験もたくさん積み、自己満足的な判断に陥らないことを自戒していかなければならないと思います。

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August 28, 2006

所長講話~平成11年1月5日~【松井】


 机などを整理していたらメモが出てきた。

2 
  所長講話メモ 平成11年1月5日
 1 はじめに

 2 法曹の使命と責任
  1 法曹の公共的、社会的使命
  2 1件1件が持つ重み。
  3 厳しい職業倫理。

 3 自己研鑽
  1 専門的知識、能力。
  2 多様な法的ニーズに対応する能力。
  3 社会的常識。普通の人。

 4 信頼される法曹の一員に
  1 謙虚。心の優しさ。円満な人格。
  2 自己管理。けじめ(時間等も)。
  3 ケアレスミス。
  4 間を切る。

 5 終わりに
  1 上善は水の如し(上善水如)。
  2 健康、笑顔、親切。
                     以上

3 
 私と大橋は、平成11年4月に弁護士登録をしていますが、その前の2年間は、司法試験合格後の司法修習というのを受けていました。所属は、最高裁判所司法研修所です。
 この研修所の所長の新年の講話のメモです。所長は歴代、裁判官です。
 
 メモが出てきただけで話の中身は正直なところ、全然覚えていません。
 しかしこのメモをみたら、どういうことを言われたのか想像できます。

 「初心忘るべからず」

(おわり)

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May 07, 2006

「公正」と「公正らしさ」~弁護士の利益相反問題~【松井】


 5月3日付けの朝日新聞で、米国の弁護士の意見が載っていました。
 保険会社の保険金不払いが問題とされた中、保険会社が、自社の保険金不払いの決定に対して、不服申立制度を自社で整える、その際、自社が弁護士費用を支払った弁護士に相談できますよというサービスについてのものでした。
 何が問題なのか?
 相談した弁護士は、一体、誰の味方なのか、ということでしょう。


 自身が問題の処理に困って弁護士の法的アドバイスを求めたとします。その際、その弁護士が実は紛争の相手方から弁護士費用を支払われた弁護士だったら、その弁護士が自分の利益を守ってくれると信頼できるでしょうか。
 紛争の当事者について双方の代理人となってはいけない、というのはある意味当然のことです。弁護士の場合、利益相反のチェックといって依頼を受けるときこれを必ずチェックします。うちの事務所のように複数の弁護士がいる事務所では、所属弁護士間での利益相反のチェックもしています。
 そして相談をされた方の紛争の相手方が、顧問先であったりすれば当然、依頼はお断りします。これを秘して受任した場合、弁護士会による懲戒対象となるでしょう。


 では、紛争当事者が共に、利益相反でも構わない、相手方の代理人であっても構わないと、事態を理解したうえで了解した場合はどうでしょうか?
 実は、これが認められているのが、相続の遺産分割事件の場合です。例えば、兄弟6人で遺産分割についてもめたとき、よくあるのが姉妹3人は一致団結しており、長男、次男、三男とそれぞれ対立しているという場面です。
 このとき最初、弁護士は、姉妹3人なら3人が一緒に事務所を訪れ、相談を受けます。そして遺産分割調停の申立を依頼されます。
 しかし実は、姉妹3人が一致団結といっても、相続事件は基本的に相続人それぞれがある意味、一つのパイの分け方を巡って争う立場にあり、この姉妹も利害が対立するものです。
 今は、対男兄弟ということで利害が一致していても、協議が進む中で3人の利害が一致しないことも十分にあり得ます。
 では、利害相反ですから、3人からの依頼は受けられませんというのが果たしていいのかどうか。
 これもまた非現実的な面があります。弁護士コストの問題である。一人一人が弁護士を依頼するとなるとそれなりの費用になりますが、3人の利害が一致しているという前提で3人から依頼を受けるとき、弁護士費用は多少は割安になります。
 そこで、弁護士は、依頼を受ける際、利益相反の状態を説明したうえで、利害対立が表面化した場合は辞任する旨を伝え、それでもというときに同意書をもらって依頼を受けます。
 そして裁判所に委任状を提出する際にはこの同意書も提出します。


 この相続の場合と比べて、保険会社が費用を支払い、用意した弁護士が、保険金不払いの相談を受けるということについて、やはり耐え難い問題があるといえるのか否か。
 相談者が事態の説明を受け、了解しているなら問題がないともいえそうです。
 弁護士においても、保険会社から費用をもらっているからといって、相談者からの相談によって職務上知り得た事柄を保険会社に流せば、守秘義務違反となっておそらく懲戒の対象となるでしょう。なので、米国の弁護士が指摘しているような事態、相談者が金に困って早く解決したがっているということを会社に伝えるといった事態は起こりにくいのではないかと思います。


 しかし、おそらく新聞の米国の弁護士がもっとも問題と指摘しているのは次の点なのだと思います。
 弁護士がいくら、会社からお金をもらっていても「第三者的な立場」で相談者のために相談にのりますよと「公正」に仕事をすることを口にしても、問題なのは、そもそも「公正らしさ」の確保であると。
 「公正」か否かは見えないものなのでなかなか判断できません。結果さえ公正であればいいといっても、その結果がよく見えません。
 そこで大切なのが、「公正らしさ」を保つことです。
 
 この米国の弁護士の指摘を読んで思い出しました。
 刑法の「汚職の罪」です。
 刑法では、公務員は職務に関して賄賂を収受してはいけないと定め、さらに賄賂を受け取って不正な行為を為したときは罪を加重しています。
 不正な行為さえしなければ、お金を受け取っても問題ないとはいえない、ということです。
 このとき刑法の基本書に書いてあったのはこの罰条の保護法益は、「公正らしさ」である、ということでした。簡単に言えば、疑われるようなことはしなさんな、ということです。
 保険会社からお金をもらっても、相談者の利益のために動いていれば問題ない、といえるのでしょうか。既に米国の弁護士からは疑われています。
 相続事件の場合と何が違うのか。考えどころだと思います。


 ところで。刑法にはその刑罰でいかなる利益を守ろうとするのかという保護法益が常にあります。「共謀罪」の保護法益は何でしょうか?協議だけで罪になるといえば、内乱の陰謀の罪くらいしかありませんが。共謀罪の法益はそこまでして保護すべき法益?刑罰は自由を制限しつつ、法益を保護しようとするものであって、適量を間違えると自由を即死させる毒薬だというのは私が愛用していた刑法の基本書の弁です。共謀罪の新設については、それこそ、誰かが何かを企んでいる、共謀しているとしか思えません。
(コメントをくれたy.mさん、アザラシもいいけど、がんばれ取材と報道!)

7 
 一寸の虫に五寸釘のgo2cさんも「弁護士と利益相反」としてこの問題に触れられていますのでトラックバックさせてもらいました。

おわり

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March 29, 2006

「壊れる男たち」をお勧めします【大橋】

 最近、大阪労働者弁護団の中島光孝弁護士から「面白いよ!」と勧められたのが、標題の岩波新書「壊れる男たち」(金子雅臣・著)です。
 今年2月21日の発行ですので、まだ書店でも平積みでした。

 これは面白いです。
 著者は東京都職員で、労働相談に従事しながら、社会派ルポライターとして主に労働関係の現状の本を書いておられ、特にセクシャルハラスメント問題では第一人者として有名です。
 まさに現場から、セクハラを起こす男性とはどういう人たちでどんな考え方をしているのかを描き出しています。
 女の私としては、まことに興味深く読み進んだ次第です。

 著者は男性ですが、セクハラで加害者とされた男性たちとの面談で、男性が「男性同士、わかるでしょ」という前提で言い訳をするのが通らずに次第に追いつめられていく様子を克明に描いているのです。

 中身は読んでいただきたいのであまり詳しく書きませんが、著者の問題意識は、「このごろ、男たちが壊れ始めている」というものです。

 「このテーマを考えるにあたっては、男たちはこれまで、職場でも家庭でも幾重にも下駄を履かされて生きてきたことを認めなければならない。男たちは、そうした意味では、男というブランドを与えられて生き続けてきたのである。
  ここにきて男たちの価値が急速に下落しているように見えるのは、単に男性優遇措置の有効期限が切れ、正当な価値評価がはじまったに過ぎないのだ。」

 「果たしてこのような様変わりのショックに男たちは耐えられるのか、それとも耐えられずに崩壊してしまうのか。まさに、男たちにはそれが問われているのである。」

 女性からも、男性からも、なるほどなあと考えさせられる一冊です。きっと。

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March 26, 2006

離婚をゆっくり考えるための相談を【大橋】

 大橋です。継続投稿を頑張っています。

 このごろ、本当に新規制定法令が多くて、弁護士会でも研修ラッシュです。
 弁護士としては、「どんな法令ができているのか」くらいは知識として入れておかないと、いざというときに気づいて調べることすらできません。
 その一方、「専門性の強み」がますます重要になってくるであろうと実感します。
 専門分野であれば相談を聞いたその場で方針まで出せるものが、未着手の分野の相談であれば「数日調査にいただきます」と言い、他の業務の合間を縫って法令と制定趣旨と類似判決例などを調査せねばなりません。
 
 松井は、前回のブログで「相続の専門性」について強くアピールしています。

 私が現在多く手がけるに至っている「離婚」も、同様に専門性があると思います。
 法制度をいかに利用してスムーズな解消を進めるかという点、またとりわけ、離婚の影響をもろに被ることになる子どもにとっていかによりましに解決するかという点は、重要です。

 ところで、今、ことに必要性を感じ、提供できたらと考えているのが、「カウンセリング機能を持つ法律相談」です。
 離婚に直面した人は、最も近しい関係だった配偶者と心が離れていくことへの困惑とか虚脱感とか、相手方を責める感情、あるいは自分を責める感情に激しく揺り動かされているものです。
 また、相手方が大変激しく出てくる場合、「一刻も早く解消してしまいたい」と離婚をとにかく焦ることがあります。
 そして、後で冷静になってみると、「慰謝料がもらえたのではないか、養育費の請求はできるはずではないか」と悔やんでしまうのです。
 特に、経済的基盤が社会的に脆弱な女性側は、「早まった離婚」をひしひしと後悔することになりかねません。
 こうした精神的に辛い時期を乗り切る心強いパートナーとしては、弁護士が最適任のはずなのです。
 法制度の的確な利用はもとより、かなり有益なのが「相談相手」さらには「窓口として相手方と交渉してくれること」です。
 直接対応しないで済む、ということがどれだけ心の余裕を生むか、依頼者からよく感想としてお聞きします。

 ところが、女性弁護士を含む弁護士全般が、まだまだ「別世界のエリート」「迷っていたらはっきりしなさいと怒られそう」「気持ちをわかってもらえるだろうか」と遠い存在に見られているように思います。
 
 確かに女性弁護士、当然、気が強いです。専門試験を経てキャリアを積んだ自負があります。
 また、それでなければ依頼者からも頼りなく見えるでしょう。
 しかし他方では、キャリアを積んで、依頼者から学び、「離婚という人生の一大転換点で、ゆっくり考える余裕が必要だし、その余裕を差し上げたい」という気持ちも持っています。
 
 そういう意識でより離婚に関する専門性を高め、人生の一大転換点を乗り切るお手伝いをするために女性弁護士を集めて「相談窓口サイト」を作るのはどうだろうか?と構想中です・・・そのサイトで参加弁護士に直接相談予約を入れていただくとか、サイトへ相談申込をしていただくと対応できる弁護士が即座に応答する、といったシステムですね。

 よろしければ、ご要望や感想などコメントしていただければ。
 来年4月の年金分割を待ちながら、「どうしたものだろうか?」と思案中の方も多いはずだとお察しします。
 

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March 11, 2006

モラル・ハラスメントをご存じですか?【大橋】

 先日、マリー=フランス・イルゴイエンヌさんというフランスの精神科医の方を招いた講演会に参加しました。
 1998年、「モラル・ハラスメントー人を傷つけずにはいられない」という著書を出され、それ以来、被害者の心のケアに努める傍ら、モラル・ハラスメントの専門家として各地で講演・セミナーを行っている方だそうです。

 モラル・ハラスメント、という言葉は、前から知られていたのかもしれませんが、私は、ごく最近、ある女性弁護士の勉強会でレポートされたことで初めて知ったのです。
 フランスで「社会近代化法」という法律ができ、職場でのモラル・ハラスメントの結果退職に追い込まれた場合にこれを無効とする等、労働関係での被害者救済手段として導入されたと知りました。

 モラル・ハラスメントを日本語に訳すと「精神的嫌がらせ」という意味ですが、「精神的暴力」という方がニュアンスは近い、と聞きました。
 セクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント、スクール・ハラスメント、そしてドメスティックバイオレンスへの精神的暴力の包括・・様々な社会関係における「精神的暴力」が違法行為として概念化されてきています。
 モラル・ハラスメントは、言ってみればこれらを大きくまとめた概念です。

 そのとき購入した著書2冊は、まだ読めていないのですが、こうした専門家ー精神科医による研究が私たち弁護士の法的主張の重要な証拠になるだろうと思っています。

 その講演会では、今現にモラル・ハラスメントで元の雇用主を訴えている裁判の原告女性がアピールをしていました。
 その女性は、ある特許事務所に勤務していましたが、所長とその意を汲んだベテラン事務員から若い事務員が次々と集中的に嫌がらせを受けて退職に追い込まれる状況で苦痛の日々を送っていたそうです。
 それは、他の事務員の見ている前で「どうして何度言ってもわからないのか」「育ちが悪すぎる」というような罵倒を執拗に浴びせかける、それも何時間も、という状況です。
 確かに仕事のミスがあったからなのでしょう、事務員はまっとうな反論ができません。
 それでも、「そこまで言っては言い過ぎ」という限界があります。そうしたことを他の事務員がかばって言ってあげることもできない状況。次の標的にされかねないからです。正に、いじめです。

 その女性は、「退職してから、退職した女性同士で集まり、あれはいったいどういう状況だったんだろうか、とすっきりしない気持ちで話し合っていました。でも、モラル・ハラスメントの本に出会い、答をやっと見つけた気がしました。」という喜びを語っていました。
 そうなのです。罵倒され、罵倒されて、自信を失い、自分が悪かったと責め、相手方の「論理」に反抗する術を失ってしまい、生命力を失わされていく。DVの被害者もそう、いじめの被害者もそう。
 しかし、「それはモラル・ハラスメントだ!」と加害者に反論できる、そういう武器としてこのモラル・ハラスメントという概念は使えるのです。

 この講演会では、イルゴイエンヌさんに対して、「加害者とはどういう人間だと思われますか? どうしたらその加害者は態度を改めるのでしょうか?」という質問が出されました。
 答は、「加害者は、自らが成育過程で辛い目にあって精神的な傷を負った人であるか、あるいは甘やかされ放題で育てられ、人の痛みが分からない人。そして、加害者は自分が加害者だとは決して思わない。被害者から指摘されると自分を被害者だと思う人なのです。」ということでした。
 うんうん、そうだそうだ、と思いながら聞きました。仕事でいろいろな人に会いますから。
 加害者もまた、ある不正常な成育環境で育ってしまったことによりその人格を形成されてしまった被害者ではあるでしょう。
 しかし、そうであるからといって、自らが人に加害行為をしているのであれば、社会的に許されることではありません。

 一人一人の人権を守る、ということ。人権とは、人間として生きる一人一人の尊厳です。被害者が尊厳を回復する武器としてモラル・ハラスメントを使えるように。私もよく勉強せねばならないと思っています。

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January 15, 2006

配偶者の不倫、どう始末をつけるのか【大橋】

 新年明けましておめでとうございます。

 昨年の中頃、もっとブログを書こうと決意したのもどこへやら、公約違反で新年を迎えました。
 どうやら、松井のように画像を入れようと気張ると書けなくなるようです。
 そこで、とりあえず字だけでもアップしたいと思います。

 さて。
 昨年中も、不倫がらみのご相談が沢山ありました。
 男性からも女性からも、ありました。
 夫に不倫をされ、離婚しようとする方。
 夫に不倫をされ、離婚はせず、相手方の女性に慰謝料を求めたいという方。
 妻に隠れて不倫をし、発覚して別居しているが、離婚をしたいという方。
 妻に不倫をされ、離婚をするが、妻に慰謝料は請求せずに相手方の男性に慰謝料を求めたいという方。

 今は、離婚する夫婦間での年金分割の開始が来年(2007年)4月からですから、それを見越した離婚の段取り作りが必要になります。
 来年はいわゆる「熟年離婚」ラッシュが見通されていますね。

 ところで、配偶者に不倫をされたとき、「相手の女(または男)に慰謝料を要求したい」というご希望はよくあります。
 昨年解決した事件で、私の依頼者が離婚した夫の相手の女性に慰謝料を請求した裁判がありました。
 尋問手続までしてから、最後に和解が成立して解決金を得て終わりましたが、和解の話をしているとき、その裁判長は「このごろ、この手の事件は多くなりましてね。もう要件別一覧表が作れるくらいです」と笑っていました。
 つまり、「結婚後何年」「不倫の期間」「破綻の程度」等々でだいたいの慰謝料の線が裁判所内にできているようなのです。

 一方、弁護士同士で話をしていますと、「不倫の相手方に慰謝料を請求したいという相談があっても、受けない」というスタンスの弁護士も珍しくはありません。
 この考え方の根っこは、「不倫したのは自分の配偶者なのだから、まず配偶者に責任がある。夫婦間の問題であり、配偶者に責任追及するべき。相手方まで責めるという気持ちには賛同できない」ということにあるようです。

 うーん、それもわかりますね。
 
 しかし、事情を聞いていますと、相手の女性がものすごく積極的に「略奪」に及んでいる場合もあって、全てを一概には語りにくいと思います。ですから、私は事案により相手の女性に行動の責任をとらせるべきだと考えます。

 だいたい、不倫を原因として(「不倫」の事実と、「不倫」発覚まで夫婦生活は破綻していなかったことを立証する必要があります。)離婚に至った場合に、慰謝料は300万円、かなりひどい場合(長期に及ぶとか、暴力を伴うとか)で500万円くらいが裁判の相場と言えますが、上がっていく方向だと思いますし、「安すぎる」と思っている弁護士が多いでしょう。
 なお、これは精神的苦痛に対する慰謝料の金額であり、離婚給付には他に「財産分与」がありますから、「離婚してもこれだけしかもらえない」というのではありません。

 「これでは気が済まないし、探偵会社を使ったお金を考えると割に合わない!」(新車1台分、と言われているらしいです)
ということですと、相手の女性を訴えようという気持ちも起こってきます。

 ただし、法的に重要なことをお知らせしておかなければなりません。
 「不倫」というのは、配偶者と相手方異性による共同不法行為であるということです。
 2人が共同して不倫をしたのですから、不倫により発生した慰謝料を払う責任は、2人の連帯責任です。
 2人別々に150万円ずつ(仮に)が発生するというのではなく、「2人で300万円」という決まり方になるということです。

 これはどう影響するかといいますと、この不倫がきっかけになって配偶者と離婚するに至った場合、配偶者から「慰謝料300万円」をもらってしまえば、不倫の相方にはもう慰謝料を請求する余地がない、ということなのです。

 ちなみに、不倫はあったけれども夫婦は離婚に至らなかったという場合は、精神的苦痛の程度は離婚に至るより軽いと考えられますから、100万円認められればいいところ、というのが実際の相場です。
 相談者の方はそれを聞いて不満そうにされますが、「結局、貴方が勝ったんですから」と客観的な事情を認識していただきます。

 またこんなに長くなってしまいましたが、要するに夫婦関係と不倫の問題は、結構巷に沢山あります。
 どうしてだろう、結婚するときにはおそらく永遠の愛を誓ったはずなのに・・
 しかし、お互いが信頼できない状態になれば、結局のところ、金銭解決をせざるを得ません。

 そうであっても不倫されたほうは、なかなかスッパリとはいかない。
 それはある意味、最も緊密だった関係を切り離す作業ですから当然です。
 配偶者の裏切りへの憎しみに、「自分が悪かったのか」と責める気持ちが混じり合って、整理がつかなくなります。
 しかし、それ以上の問題があります。
 多くは女性の側が、生活の激変を迫られることです。とりわけ経済面の不安は重大です。

 結論。女性が自由に離婚を決断できるように、経済的な地位の確保が社会的に保障される必要があると思います。
 年金分割は導入されますが、これで安心する人も今や少ないでしょう。
 もっと経済的に安定していれば、女性も毅然と離婚を切り出し、さっさと新生活に向かえるのです。
 そして、生活に迫られてではなく、本当に相性のよい次の伴侶を捜せるというものです。

 子どもさんの心情安定や幸福を、両親の離婚沙汰にどう巻き込まずに確保するか、という問題は別に重要です。
 これは、また時期を改めましょう。

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October 23, 2005

「靴の悩み」に適切なアドバイス【大橋】

 最近は、裁判所で証拠調べ(尋問のことです)をする予定が多く、準備に追われています。
 で、ブログの更新が今年前半のようなていたらくになってはいけないので、「ちょっと感じたこと」を書いて何とか習慣づけをしようというのが今回の試みです。
 何回続くだろう・・

 昨日、私の所属する「大阪労働者弁護団」の年に1度の総会がありました。
 大阪労働者弁護団(略して「労弁」といいます。)は、大阪を中心とする弁護士117名と、賛助団体(労働組合)67団体から成り、労働相談、労働政策での提言研究などを行っています。(詳しくはHPをご覧ください。)

 この総会に、労働組合の方が「靴」の展示販売に来ていました。毎年のことだそうです。
 靴は、パラマウントという銘柄の革靴でした。
 パッと値段を見ると、1万円以上。自慢ではないですが、私はこれまでに1万円を超える靴は1度しか買ったことがありません。
 「まあ、高いね。でも、すごく履きやすいんよ。私、いつも総会の時に買ってる。」
と脇にいた女性弁護士が言います。

 私は、再建中の会社の労働組合の支援だという大義名分も立ち、「履きやすい」という言葉にも大いに興味をそそられて、棚に並べられた靴を見ていました。
 すると、売り手の組合員さんが、「まずサイズを測りましょう」と言います。
 さっき、いつも履いている24センチの靴を履いて、合っていたと思うんだけどな、と思いながら、靴を脱いで台に足を乗せました。
 「細い足ですねえ」
 サイズは、長さが23.2センチ。ワイズ(幅)は「Cですね」と言われました。
 えっ、Cって何?
 「E」とか「2E」とかしか知らなかった私は、大変驚きました。
 しかし、私の足のワイズは、Eの2段階下のCだったというのです。
 「Cの靴を製造しているのは、日本ではパラマウントしかありません。外国製で少しあるくらいです。」
 実際にCの靴を履いてみましたが、かかとがこれまでになくしっかり安定して、4.5センチヒール(中ヒールですね)を履いているとは感じられない快適さでした。
 かかとをしっかり支えないと、重心がつま先にかかり、つま先が靴の先に押しつけられて外反母趾になったり足が痛かったりするという説明で、私はおおいに納得したのです。
 いつも、かかとをパクパクさせて歩いていました。足が痛いので、ローヒールを主に履いていました。
 そうか~、と、私はマホガニー色(こげ茶)の靴を取り寄せてもらうことにしました。3週間くらいかかるかもしれない、と言われましたが、楽しみに待つことにしました。

 「ぴったり合う靴」は、弁護士として働き始めてからの私の悩みの種でした。おそらく、スニーカーを履いて済んでいたころにはまだ問題がなかったのです。しかし、スーツを着ながらも重い鞄を背負って階段を走り降りたり電車を何度も乗り換えるという半分肉体労働の実態には、革靴でありながら履きやすいものを求めなければならなくなったのです。
 そうした個別ニーズに応えてくれたのが、この靴屋の組合員さんだったのです。

 私がここで靴を買う気になったのは、同僚弁護士の「推薦の言葉」がきっかけでした。
 それに、組合員さんの専門知識に基づく、「私の足」なのに私が知らなかった、目からうろこを落とさせてくれる情報提供でした。
 本当に「Cワイズはパラマウントしか作っていない」のかどうか、は私には確かめる時間もありません。
 しかし、この人のアドバイスにはとりあえず従ってみよう、という信頼感を持つに至ったのです。

 「私の悩みにぴったり合うアドバイス」の提供、まさに弁護士の仕事も同じです。
 あなたはどうやって弁護士を探されるでしょうか。おそらく、まずは弁護士に依頼した経験のある知り合いに紹介を頼むのではないでしょうか。知り合いの方の評価をまず信用しますね。
 そういう意味では、弁護士の客観的格付機関が現状では存在しないので、確かに情報不足の業界ではあると思います。
 しかし、ご自分で、専門家のアドバイスを求めてまず相談に行かれる、というのは結構重要です。

 相談者は、悩みの法的争点を整理してもらえます。解決方法もいくつか提示してもらえます。それだけでも、山道を歩くマップをもらえたような安心感はあるはずです。
 それから、約1時間くらいは相談をされると思いますから、その時間の中で、あなたはその弁護士の「人となり」を見ることができるはずです。
 「よくわかってくれるなあ!」という気持ちが持てれば、そのまま依頼をされたらよいと思います。信頼関係が一番大切なのです。あなたは心の底に重たい悩みを抱えて、ようやく相談に来られたのです。悩みは、弁護士が代わりに背負うことができませんが、軽くすることはできますし、背負う力を回復させることもできます。何でも聞ける親しみ、というのが結構大事だと思います。

 おっと、作成に40分掛かってしまいました。それではこの程度で。
 ちなみに、松井も「履きやすい靴」を求めて、知り合いの靴製造職人見習いの方に最近型どりをしてもらっていました。見習いさんだから安め、ということで、私の予約した靴と同じくらいの値段です。
 さて、お互い、履き心地が楽しみです。

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August 19, 2005

東へ西へ 【松井】

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09:30 宝塚市
10:30 神戸市北区
      ★依頼者と現地見分。
11:30 神戸駅発
12:20 大阪市北区
      昼食
13:00 大阪市中央区
      事務所着。
      相手方弁護士へ電話、3本
14:10 北浜駅発
15:30 和歌山市
      ★相談者宅で打ち合わせ
19:10 和歌山市駅発
21:00 帰宅

今日の一日です。
★2件ともにたまたま相続事件関連の仕事でした。

他の事件でもそうですが相続事件では特に、現場 ~それは依頼者宅であったり、相続物件の土地であったり、ビルであったり~ に足を運ぶようにしています。

交通事故事件などのように現地で距離を測ったり、どうということもないのですが、やっぱり自分の目で問題となっている物件などを見ていると、その後、打ち合わせをしていてもイメージがふくらみますし、書面を書いても、相手方と話をしていても説得力が違います。

相続事件では、不動産はほとんど必ず登場し、まさのその分け方が問題となるわけですから、位置や現状を知っておく、自分の目で確認するというのは大変重要です。


「目に映る 全てのものがメッセージ」

松任谷由実の歌の歌詞にあります。
まさに、目にするもの全てが何らかのメッセージを発し、意識には上らなくても、潜在意識でこれを受け止めているはずです。
そしてこのメッセージが思わぬ時に効果を発揮すると信じています。

だから相続事件では特に現地に足を運ぶようにしています。


しかしこの難点は、弁護士が事務所にいなくなってしまうということです。
せっかく依頼者あるいは相手方から電話をいただいても、応対できず、ことを停滞させてしまいます。

特に、相手方弁護士からのときはやっかいです。
こちらが事務所に戻ってから電話をしなおすと、今度は相手の弁護士が、打ち合わせ中、あるいは外出中などで捕まらなくなってしまうからです。

現に、今日、昼、事件の相手方等3件の弁護士に電話をしましたが、幸い二人は在室されていて話が進められましたが、一人の先生は一日不在ということで伝わりませんでした。
一番ひどいときでは、「白山羊さんと黒山羊さん」状態になり、何日も連絡がつけられず、さっきの手紙のお返事なぁに?状態になります。

この先生は捕まらない、と思ったら、ファックスを送るようにはしていますし、また事務所のスタッフにこちらから積極的に要件を伝えて伝言を残すようにしてはいますが。
また、うちの事務所でも、かかってきた電話に対して弁護士が不在であっても、担当のスタッフが要件を聞き取り、迅速に弁護士に伝える体制はとられています。

ただ、まぁ、このように、現地に足を運び、事務所を空けっぱなしというのはそれはそれで問題です。
だから基本的には、「電話をすれば事務所にいる」ということにも価値をおき、これに努めるようにはしています。

現地へ行くのが大事、事務所にいるのが大事、どっちやねん!というところではありますが。


事務所にいたら、起案をしたり、調べものをしたり、そして相談者・依頼者と打ち合わせをしたりと、これはこれでどたばたとはしているのですが、打ち合わせ中以外なら、電話には出られます。
ただ、となると起案、調べものが中断し、結果、これらは電話もかかってこないとき、早朝あるいは晩、あるいは土曜、日曜と必然的に追いやられます。

体が5つあったら、あるいは一日が24時間ではなく48時間だったらと真剣に考えていたこともありました。
若かりし弁護士一年目のときは、寝なければいいんだと思って、睡眠時間を削り、晩の11時に事務所を出て、翌朝7時にはもう事務所に居るといった調子で仕事をしてみたこともありましたが、躁状態になってしまい、止めました。やはり睡眠と休養は大切です。

まさに何事もバランスですね。
今日は、西へ行き、南へ行ったので、バランスをとるなら今度は、北へ行き、東へ行くことでしょうか。
京都に奈良?

ともかく今日の発見は、和歌山市が思っていた以上に近いということでした。奈良へ行くのとあまり変わりません。山の中を南海電車が進んでいくときは、ちょっとした小旅行気分にはなりましたが。

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