判例など

February 20, 2008

東京税関成田税関支署長vs.ロバート=メイプルソープの写真集【松井】

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 平成20年2月19日、出版社の社長が、99年9月21日、国内に持ち込もうとしたロバート=メイプルソープ氏の写真集に対して、税関支署長がなした輸入禁制品に該当する旨の通知に対し、違法であるとして、取消しを求め、さらには国に対して慰謝料等の支払を求めたい裁判の最高裁判決が出ました。
 最高裁のHPにももう全文がアップされています。


 結論は、既に報道のとおり、関税定率法そのものの合憲性を認めたうえで、本件の写真集は同法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等に該当するものとは認められないとして、処分取消しの請求を認めまたした。
 ただ、一方で、国については、「本件通知処分をしたことが職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったものということはできない。」として慰謝料の請求は認めませんでした。



 判決は5名の最高裁裁判官によってなされました。結論は、5名の全員一致ではありませんでした。堀籠幸男裁判官の反対意見が付されています。
 本件判決は、問題とされた写真と同じものが印刷され、わいせいつ性ありとされた、最高裁平成11年2月2月23日第三小法廷判決を変更するものではないことを敢えて本文で述べています。
 これに対し、堀籠幸男裁判官はその反対意見で、上記判決と本判決の結論では「整合性を保ち得ず」また、その点について「合理的理由もない」と結論づけています。
 


 今回の最高裁判決が、従前のわいせつ性に関する判断基準を変更したものではないとあくまでいうのであれば、堀籠裁判官が指摘するように「性器そのものを強調し、性器の描写に重きが置かれているとみざるを得ない写真」は、「それだけでわいせつ物である」と判断される点、何ら変わってはいないことになります。

 前のブログでも指摘したように、私が、大橋仁さんの写真集「いま」を持って海外に出かけ、また日本に持ち帰ったとしたら、出産場面でまさに女性性器から子どもが誕生する場面が写された写真は「わいせいつ物」とされて、税関から輸入禁止の通知を受けそうです。

 私は長島有里枝さんの写真集「not six」も持っています。「ろく でなし」、とされる若い夫、夫との日常生活の写真を集めた写真集です。
 「性器そのものを強調し、性器の描写に重きが置かれているとみざるを得ない写真」が何点か収録されています。
 が、しかし、この写真集では、「ドローイング」がほどこされています。
 長島さんが「ドローイング」をほどこさないで作品を日本で発表できる日は、まだまだ先になりそうです。

 ちなみに、私が一番好きな写真集は荒木経惟さんの「さっちん」です。
 たまに眺めると、止まっていた何かがグルグルと高速回転し始めます。

 今回、税関支署長の処分の取消し等を求め、原告となって争われた社長さん、さらには訴訟代理人をつとめられた弁護士さんに敬意を表したいと思います。戦う、争うって大変だから。プロのカメラマンなどの方々からの支援とかあったんだろうか。
 にしても平成11年の出来事に対し、平成20年に結論が出るなんて。
(おわり)

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February 21, 2007

「行政訴訟の新しい潮流を読む」 【松井】

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 また研修メモです。
 大阪弁護士会の会派の一つ、友新会主催の研修で、講師は税務訴訟などで有名な水野武夫弁護士に、元最高裁判事の滝井繁男弁護士というまさに豪華な顔ぶれでした。
 

 研修前に配られるレジュメと判例資料の充実ぶりに感動すると同時に、きっちりと全内容を2時間半でまとめられるお二人の講師ぶりにも感動。
 行政訴訟の全体像のみならず、「新しい潮流」が分かったように気にさせてもらえました。
 メモは、また例のごとくマインド・マップ方式でとりました。確かにメモをとっていても楽しいのでよく頭に入り、読み返しても記憶喚起がすぐになされ、これはいいように思います
 

 以下、印象深かった点をメモに。
 
 ■ 処分性について
   処分性の判断においては、実質的な影響力といった点を無視できない。

 ■ 確認訴訟について
   処分性が認められないものでは、確認訴訟でやっていく。
   これまで弁護士が活用していなかっただけ。

 ■ 裁量について
   公共性、公益性とは誰が判断するのか。
   議会であろう。
   でも協議したというだけでいいのか。実質的議論が大事。

 ■ 租税事件について
  ・常識的に判断するようになってきた。
  ・法律の隙間を探してやろうというものについては厳格な傾向

 ■ 最高裁について
   判例を変えるということは、事件を変えるということである。
   事実で勝負。

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 そういえば、以前、固定資産税滞納による差押え手続きにおいて、対象不動産の選定において市の裁量を逸脱しているのではないか、合理的な理由に欠けるのではないかと、異議申立手続きをとったことがあった。
 すると市は、決定前にその差押えを取りやめ、決定では、異議申立の対象となる差押えがないからという理由で却下をした。 
 「お役所」?
 間違っていたと判断するなら、当事者に一言その旨を伝えて、判断を撤回すればいいだけなのに・・・。そうすればその時点でそもそも異議申立てを取り下げていたよ・・・。なんのために決定か。面子か?

(おわり)

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December 18, 2005

自筆の遺言書~法を使うも人次第~【松井】

2005-12-18

遺言書は自分で作成することができます。
しかし自筆の場合、法律は厳格な要件を定め、この要件がもれていたりするとせっかく遺言書を作成していても無効となってしまいます。

また、形式的な要件は充たしていても、「法律の専門家」でない者が作成した遺言書では、法的に意味が不明確な表現がなされていて意味を特定できず、このため裁判で争われたりすることがあります。

例えば、次のような例です。
子どものいない夫婦が、兄弟の子を自分たちの子として出生届けを行い、自分たちの子として育てた場合、母は先に亡くなり、残された父が自筆で遺言書を作成した。
内容は四項目。
一から三項目は、特定の遺産を特定の人に遺贈する内容。
そして最後の第四項は次のような表現でした。
「遺言者は法的に定められたる相続人を以て相続を与へる。」

これは判例タイムズの12月1日号で紹介されていた最高裁判所判例の事例です(
最高裁平成17年7月22日第二小法廷判決)。

実子として育てられた子に相続させるという趣旨か否かが問題となりました。
その子は法的には亡くなった人の子ではないので、「法的に定められたる相続人」ではないのではないかということです。
しかし一方で、生まれたときから実子として育てていた子です。
亡くなった人の真意はいかに?ということで争いになりました。

記録によれば、平成7年に提訴されているので、足かけ10年かけて争われたことになります・・・。


大阪高等裁判所は、この遺言は子として育った子に残りの遺産を全部与える趣旨ではないと判断しました。
しかし、最高裁判所はこの判断は是認できないとして、破棄し、事件を大阪高等裁判所に差し戻しました。

なぜか。
遺言の解釈については既に最高裁判所は一定の指針を示していました。
最高裁昭和55年3月18日第二小法廷判決です。
「遺言を解釈するに当たっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探求すべきであり、遺言書が複数の条項から成る場合に、そのうちの特定の条項を解釈するに当たっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出し、その文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して、遺言者の真意を探求し、当該条項の趣旨を確定すべきである。」

今回の最高裁判例は、遺言書の解釈に関して大阪高等裁判所の判断は、上記判例に反し、法令の違反があるとしました。
すなわち、遺言書を解釈するにあたって、遺言書作成当時、遺言者は、子と約39年間に及び実親子同様の生活をしてきていたこと、遺言者は法律の専門家ではなく、戸籍上の相続人はその子のみであったことから、1から3項を除いた残りは全て、子に取得させるとの意図の下に本件遺言書を作成したと考えるべきとしました。
大阪高裁の判断は、上記の重要な事実を見落としているというのです。

遺言も意思表示であることからすれば当然の判断なのだろうと思います。
その場におかれた、その人が、そのとき、どのような意思であったのかということです。これを判断するには、遺言書作成当時の事情、おかれていた状況などを考慮せざるをえません。


ただ、結局思うのは、宣伝ではないですが、遺言書を作成するにあたってはやはり法律の専門家に相談していればということです。
遺言の解釈を巡って10年も争うなんて、遺言者はもちろんそんなこと夢にも思っていなかったことだろうし、遺された人はもちろん、遺言者も不本意なことでしょう。


ところで、民法903条は特別受益というものについて定め、生前に被相続人から財産をもらっていた人については(さらに要件がありますが)他の相続人との公平上、その分を含めて計算するという持ち戻しについて定めています。
ただ、この持ち戻しについても、同条3項は、被相続人が異なった意思を表示したときはとして、持ち戻しの免除というものを認めています。

本当は一人の人に全て相続させたいと思っていたが、遺留分に関する弁護士の指摘を受けて相続分の指定として遺留分相当額の取得を定めたとき、持ち戻し免除の意思があった、つまり最低限度、遺留分相当額は取得させるという意思があったといえるのか否か。

これもやはり遺言書作成の経緯、遺言者が当時置かれていた状況を考慮して判断することとなるでしょう。
すると当然、「なぜ遺言者は、全てを一人の者に相続させたいという希望を持っていたのか」ということが問題となるはずです。

協議が成立するのか、それとも審判となるのか、審判となるとしたら審判官がこの最高裁判例の指針をどのように適用するのかが試されることでしょう。

ただ既に昭和55年判例の指針が出ているわけで、前記の最高裁判例の原審の大阪高等裁判所も当然、この最高裁判例があることは分かっていたわけです。にもかかわらず、最高裁からこの昭和55年判例に反しているとして破棄されるような裁判をしたということは、結局、法を使うのも人次第ということでしょうか。
人によった裁判ではなく、法に基づく裁判だけど、事実を判断するのは機械ではなく裁判官という人だから、高裁の判断が最高裁で破棄されることがある。
ある意味、健全なシステムなのかとも思います。

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October 10, 2005

最高裁判所 ~遺産から発生した賃料の帰属~ 【松井】

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靖国訴訟に関する大橋の記載を受けて。
「違憲」って、何?かというと、あたりまえのことだけど憲法に反するということ。何が?っていうと、小泉純一郎内閣総理大臣が靖国神社に参拝することが。では、なぜ違憲なの?なぜ、駄目なの?違憲だったら、どうなるの?ってことだけど。

NHKの「子どもニュース」のようにシンプルに考えていきたいと思います。

基本的には、隣の小泉さんが靖国神社に参拝しようが、教会の礼拝に行こうが何の問題もありません。例えば、私が、何らかの宗教の熱心な信仰者であって、隣の小泉さんが靖国神社へ参拝に行くことでひどく胸を痛め、気分が悪くなり、精神的損害を受けたといっても、誰もとりあってくれません。それはなぜか?

でも、内閣総理大臣の小泉さんが靖国神社に参拝したら、憲法に反するんじゃないの?
なぜかというと憲法には、20条3項で、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と定めてあるから。「国」「の機関」が、「宗教的活動」をしたといえるのか否か。
でも、そもそも国などは宗教的活動をしたらなぜ駄目なの?
なぜ憲法はこんなことを定めているの?

そして。
内閣総理大臣が憲法に違反したことをしているとして、これに対して、誰が、何をできるの?

一つは、選挙がありました。
一つは、世論がありました。
表現の自由、選挙によって、憲法を守れ、憲法に違反したことをするなといって、是正を求め、圧力をかけることができました。

しかし、国の多数派が動かないとき。例えば、「これはちっとも悪いことなんかじゃないよ。憲法がおかしいんだよ。憲法なんて変えちゃえばいいんだ。」などという総理大臣の巧みな弁舌?にみんなが納得しちゃった場合、おかしいと思っている少数派の人たちはどうしたらいいの?
選挙では負け、世論では無視されちゃったら、どうしたらいいの?

そこで出てくるのが、「最後の砦」と言われる裁判所、あるいは最高裁判所!

内閣総理大臣であろうが、隣の小泉さんであろうが、憲法で否とすることになっていたら、多数派がそれいいじゃんと言っていても、イヤイヤそれは違憲で無効だよと言って封じてくれる国家機関。

では、例えば、誰でも、何でも、裁判所に対して、これは違憲で無効ですよっていう判決を出してくださいと訴えを起こせるのか?
私の腹は何一つ痛んでいないけど、あんなのおかしいじゃん!ということで、裁判所に訴えられるのか?これではただの風紀委員。
風紀委員がなぜ嫌われるのかというと、それであんたは何も困っていないでしょというにも関わらず、人のすることにいちいち文句を付けてくるからだ。人は、他人に迷惑をかけない限り自由ってことを知らない。

訴えをするには、あなたはそれで一体どんな損害、迷惑を受けているんですか?ということが日本の民事訴訟では原則的に問題とされる。なぜかというと、訴訟という原告と被告の対立構造の中で裁判所が判断するとされている対審制、当事者が主張立証を尽くした中で裁判所が判断するという当事者主義、こういった訴訟構造においては、憲法判断だけ特別に「憲法裁判所」として違憲か否かだけを判断しましょという手続きはとられていないでしょう、通常の訴訟構造の中で違憲か否かを判断する方がよりよい判断が出来るでしょうとされている、と解されているから。

そこで、大橋が触れる靖国訴訟でも、小泉総理大臣が靖国神社を参拝することで精神的損害を受けたと主張立証した。
これに対して、裁判所は、小泉総理大臣の行為は違憲だけど、原告のあなた達には損害は発生していないから、請求は棄却ね、と判断した。

弁護士は司法試験で憲法を学んだとき、裁判所は「憲法裁判所ではない」ということを学んでいる。
だけど普通の人の感覚からしたら、違憲だけど訴えは棄却ね、というのは何だそりゃ!?というのはもっともだと思う。

大阪高裁判決に対して、私個人としては、上告、上告受理の申立をして最高裁の判断を出したらいいと思う。
もしかしたら憲法と訴訟のあり方が少し、変わるかもしれない、変えないといけないのかもしれない。
これは制度論にすぎない。最高裁に議論を挑んだらいいと思う。


ということで。
最近気になった最高裁判決

「相続開始から遺産分割までの間に共同相続に係る不動産から生ずる賃料債権は,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得し,この賃料債権の帰属は,後にされた遺産分割の影響を受けない」


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July 23, 2005

81歳に、10億円【松井】

自分用の備忘録です。

東京高裁平成17年3月31日判決(上告)

不動産購入による相続税対策を目的とした融資の際、銀行担当者が税制改革内容を説明しなかったとして、説明義務違反に基づく損害賠償請求(約9億円)を認容した判決。
過失相殺3割
原審、請求棄却。

(消費者問題ニュース 2005・7)

日経ネット 

最高裁の判断に注目だ。

ところで、銀行もどうやって回収するつもりだったのかというと、当然、不動産だろう。
今、アイフルの不動産担保融資が問題とされているけど、「昔、銀行がやっていたことをやっているだけなのに」という思いがきっとあるに違いない。

アイフル被害対策全国会議

いずれにしてもエグイ話だ。
無防備な人を食い物にするという点では、認知症の高齢姉妹を食い物にした似非リフォーム会社と変わらない。商売ってそんなもんか。違うだろ。

「相続税対策」という言葉も要注意だ。

なんでも鵜呑みにせずに、ある程度自分で情報収集、分析して、判断しないといけないということだけど。
慎重に、慎重に。
そういえばついこの前まで「自己責任」という言葉をよく耳にした。

かといって、お金をもらうなら、商売するなら、適切な情報を提供する義務はあるだろう。
商売じゃなくっても、それは人としての良心の問題なんだけど。

うろ覚えだけど、確か、医療行為・治療法についても、選択肢がある場合、説明義務が最高裁判例で認められていた。

ところで、「外貨預金」もどうだかと思っているんだけど。預金者に対して説明義務が尽くされているのだろうか。

以前、事務所のスタッフが事務所の用事で銀行を訪れ口座を作った際、個人的に外貨預金を強くすすめられ、わずかな金額だったけど、その場で預金口座を作ることになってしまったことがあった。
いいのか、そんな勧誘で。


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