22 刑事事件

February 05, 2012

取調べの可視化推進ファイル配布中【大橋】

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 これは、日本弁護士連合会が昨年末から有償頒布している「取調べの可視化」推進グッズ、透明ファイルです。

 紙を中に挟んだ状態では、「私がやりました・・」という自白の言葉が。なぜかムンクの叫びのように苦悩していますが・・


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 しかし、中の紙を抜いた状態では、「私の叫びが無理やりねじ曲げられました・・」となるのです。虚偽自白をさせられた苦悩の叫びです。

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 こちらを、相談者・依頼者の方に差し上げています。

 「やっぱり、無理矢理言わされているもんなんですかね。どうしてやっていないのにやりましたって認めてしまうのかなって、不思議なんですけど」

と、だいたいの方が言われます。

 そうなんですよね。
 しかし、逮捕・勾留されている被疑者や被告人によく会う、弁護士にとっては、「警察で調べを受けたとき、言ったとおりに書いてもらえない」という訴えはあまりに普通の出来事です。

 この「常識の乖離」を埋めたい。
 それが、取調べの可視化推進グッズを配布する私の気持ちです。

October 16, 2011

間接事実だけで有罪を認定する場合の新たな判断基準【大橋】

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 日本弁護士連合会が発行する月刊誌「自由と正義」。
 弁護士にとっては情報誌ですから、毎月送られてくるものを、遅れ遅れでも目を通すようにはしています。

 9月号の特集1は「厚労省元局長無罪事件を検証する」。
 大阪地裁で展開された、大阪地検特捜部を揺るがす大事件でした。
 関係する大阪の弁護人も顔見知りの方たちで、マスコミの報道も鋭く、印象深く成り行きを見守っていた事件ですので、興味深く読みました。
 
 特集2は「研究者・実務家それぞれの立場から見た国際司法支援」。
 知り合いの後輩弁護士が、どうも国際司法支援に行きたそうにしているので、これも興味深く感じました。

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 さて、これ以外に私の目を引いたのは、
「刑事裁判の新たな展開を求めて=平成22年4月27日付最高裁第三小法廷判決の分析=」
というタイトルで、東京弁護士会の渡辺脩弁護士が寄稿された記事です。

 日弁連の刑事法制委員会所属の弁護士で、「大阪市母子殺人事件」の意義について委員会内判例研究チームでの検討結果の要約を書かれています。

 「大阪市母子殺人事件」は、2002年、被告人男性が養子(妻の連れ子)の妻及びその子(一歳)をマンション内で殺害した上、その部屋に火を付けたという、殺人2件及び現住建造物放火の容疑で起訴された事件で、無罪を争いましたが、1審・2審と有罪(死刑)判決が出されていたものです。
 昨年4月の上記最高裁判決で、大阪地裁に差戻しされ、現在審理中です。

 この最高裁判決は画期的なものだったということで、ここへさわりを紹介し、私の覚えともしておきたいと思います。

この判決は、「間接事実」だけで有罪を認定する場合、「間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない」等の事実関係が含まれていることを要するという(裁判長藤田宙靖、裁判官田原睦夫、同近藤崇晴、同那須弘平。反対・裁判官堀籠幸男)。

 これは、長年に亘って、「無罪推定の原則」を実質的に形骸化させてきた日本の刑事裁判における事実認定の在り方に、新たな判断基準を導入して、強力な楔を打ち込んだ新判例である。この判決はまた、「裁判員裁判」のもとで、「無罪推定」の原則と、有罪認定のために必要な「合理的疑いを容れる余地のない程度の証明」をどう市民のものにしていくのかという問題意識にも貫かれている。

 これは、すべての弁護人と市民に強く支持されるべき判決である。


 「間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない」等の事実関係が含まれていることを要する、というのがどう画期的であるのか。

 説明によれば、日本の刑事裁判の事実認定において、長年、主流となってきたのは「総合判断」の手法であるといいます。
 「個別に見れば証明力の薄い幾つかの間接証拠の積み重ねの上に、『被告人が犯人であるとすればその全てが矛盾なく説明できるが故に被告人が犯人であるとする』認定手法をいうとのことです。

 確かに、これは判断手法を180度変更したもので、
「この被告人がしたとしておかしくない」 から
「この被告人がしたのでなければおかしい」 への変更です。

 ただし、こんなことも書かれていました。

 その一方で、最高裁判例から判例集に登載する判例を選別して注釈を加える最高裁の「判例委員会」は、4.27判決について、「強力な反対があったため」に、「被告人が犯人でないとしたら合理的に説明することができない事実関係を要する」との「新たな判断基準」を判例要旨に掲げることを見送ったという(山口進、宮地ゆう著「最高裁の暗闘」95頁、朝日新書、2011年)。

 ともあれ、この判決の存在を頭の隅に覚えておくことにします。

October 03, 2010

大阪地検特捜部の一連の事態と、大阪弁護士会会長声明【大橋】

 大橋です。

 来週は出張なので仕事をしておきたかったのに、雨に降り込められて自宅待機しています。
 これからもっとひどくなるらしい・・困ったものです。

 ところで、大阪地検特捜部検事による「証拠隠滅」次には「犯人隠避」容疑での現役検事3名の逮捕事件は、朝日新聞でも連日報道されていますし、週刊新潮や女性セブンでも取材・掲載されています。
 週刊新潮は、発売日に(朝日新聞で見出しを見て)晩にコンビニに買いに行ったら、ありませんでした。
 裁判所近くの店だったので、買う人が多かったのでしょう。
 ようやく本日午前に、自宅近くの書店で買いました。

 新聞記事や週刊新潮の記事を読みながら、これまで抱いていた「特捜部」のイメージがだいぶ違っていたな、と思いました。
 私のイメージでは、「特捜部」は大型脱税事件や贈収賄事件を担当するところで、地道に通帳履歴などの裏付け捜査を重ねて客観証拠で有罪の証拠を確保した後、最後に容疑者を逮捕して、自白があろうがなかろうが立件するところだと思っていました。
 ご存じの方も多いかと思いますが、刑事訴訟法では「補強法則」というものがあって、「自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。」と決められています。補強証拠としての客観証拠が必ず必要なのです。
 自白に頼った捜査はしない。客観証拠から固める。そういうものだと思っていました。
 
 しかし、今回の件は、一番の客観証拠が「改ざんされたフロッピーディスク」で、後は無理矢理見立てに合わせてとった証人の調書類、そしてそれらを踏まえて本人に自白させた調書(村木さんは自白はしていませんが)という証拠で立件したということですから、最初から「無理な見立て」の事件でしかなかったということになります。

 特捜部の沽券の維持のために村木さんにとんでもない心身の苦痛と不利益を負わせたのが実態であったならば、最高検による捜査も身内意識を排した徹底したものである必要があります。

 大阪弁護士会では、去る9月29日に、会長声明を出しています。
 最高検だけにこの件の捜査を任せるのではなく、第三者機関の設置・調査と、取調の可視化を求めるものです。
 今回の件で、検察官の作る調書がいかに無理強いで都合のよい作文になり得るかが実証されてしまった以上、取調の模様を全過程につきビデオ録画することが、これを防ぐ担保になるという提言には、頷けます。


大阪地方検察庁の特捜部主任検察官による証拠の改ざん等についての会長声明
http://www.osakaben.or.jp/web/03_speak/seimei/seimei100929.pdf

「当会は、本件を契機に、検察庁が市民の、検察庁・検察官に対する信頼を回復するためにも、第三者が参加した機関による徹底的な調査をし、真相究明と再発防止を図るとともに、被疑者等の取調べの全過程を録画・録音によって可視化するなど客観的証拠の収集・保管の過程を検証可能なものとして、その捜査過程を可視化する制度構築に真剣に取り組む事を、強く求めるものである。」(結論部分抜粋)

June 29, 2009

実感・裁判員裁判(模擬裁判に参加して)【大橋】

 久々に登場した大橋です。
 ブログの竹虎模様が復活したことにも気づいていませんでした。


 松井が書いてくれた「模擬裁判員裁判」(6月10日実施)については、副主任弁護人役をしてみて、かなり興味深かったです。(弁護人は3人組で、私よりベテランと、私より若手で組んだのです。)

◆ 一つは、公判前整理手続で争点を絞り込む手順から、当日の審理の流れ、裁判員に説明するときに必要な資料の準備や説明の流れの工夫など、一通りのものを「やってみた」ので「わかった」ということです。

 これで裁判員裁判の弁護依頼が来てもこわくありません。刑事弁護に長けた弁護士にも伝ができましたし。

 (だからといって、安心して重い罪を犯して依頼しないようにしてください(-_-;))

 
◆ 二つめは、裁判員の人たち(法曹界の「常識」に囚われない考えをする人たち)の実際の思考過程に触れることができたということです。

 今回の模擬裁判について言えば、罪名は「殺人未遂」ですが、加害者と被害者はヤクザの義兄弟関係で、歳は若いのに偉そうな兄貴分(被害者)に日頃からプライドを傷つけられてきた弟分(加害者)が酒の勢いで包丁を突き出したという事案でした。
 被害者は全治3カ月の診断書が出る重症でしたが、1カ月半で病院から無断退院したという、あまりかわいそうでない人でした。しかも100万円で示談しています。嘆願書までは書いてくれませんでした。
 しかし、被害者のしっかり者の兄が「みかん園へ引き取って働かせます」と約束してくれました。

 法曹界の「常識」だと、これは実刑事案です。

 しかし、評議を傍聴していると(模擬裁判だからできたのであって、実際には傍聴はできません)、裁判員は、あまりかわいそうでない被害者の存在には当初気持ちが向かず、加害者の「犯行動機」への同情が強く出てきました。「無理もない」「酒さえ断てればやり直せるのではないか」と、雰囲気はぐぐっと「執行猶予」へ傾きます。

 そのうち、過去の量刑相場表を見ながら、また裁判官の説明も聞きながら、「実刑」の方へ引き上げられていきましたが。

 法廷で強く印象づけられたことにまず思考が向いていくのがわかりました。初めて審理をするのですから、そうなって当然ではあります。

 最後の「評議」という場が、裁判官と裁判員だけで行われることになるので、弁護人から見ればブラックボックスです。この場で裁判官はどんな進行をするのか、説明をするのか。ここへも出来る限りの要望をしていくべきと考えますが、法廷では、弁護人はとにかく裁判員に強い印象付けをしておかなければなりません。
 (同じ問題意識を、検察官側もまた持っているはずですが。)


◆ 三つめに、「被告人は判決が下りた後どうなるのか」についての説明の重要性です。

 裁判員の方は、量刑を考えるときに、「執行猶予」の方はまだわかりますが、「刑務所へ行くというのはどういうことなのか、何年行くべきなのか」の判断をするときに、刑務所のことを知らずに戸惑います。

 刑事政策を学べば、刑務所についてはいろいろな問題点があります。

 確かに、刑務所は人を反省させ、勉強させ、出所後の生活再建のために研修などを受ける場であるべきでしょう。プログラムも考えられてはいます。「過剰拘禁」問題が長年ありましたが、近時は解消の方向にはあるようです。

 ただ、刑務所へ入ることによる弊害も大きいです。
 刑務所は「自由刑」つまり移動の自由その他を制限する刑であるはずなのに、実際には、身体拘束を受けることによって、職場を失い、家族を失う場合もあります。
 出所したからといって職がすぐ見つかるとも限りませんし、履歴書にはっきり受刑歴を書けば採用されないし、空けておけば不審がられるし経歴詐称と言われかねません。「前科者」であることによる不利益はずっと付きまといます。
 そのうちに「前科者」同士が連絡を取り合い、よからぬことで身を立てる方向へ行ってしまうこともあります。

 出所後のフォローがあまりに不備である。したがって現状で安易に実刑を肯定的に見ることはできない。そう思います。

 そういった、受刑の実際について、評議室で裁判官はちゃんと説明してくれるのかといえば、現状では余り期待できません。
 社会的に受刑者の問題がよく理解されるようになればよいのですが、とりあえずは、弁護人が法廷でそうした情報を裁判員に示すようにするべきであるように思います。
 刑務所自体の改革も必要です。諸外国では「週末拘禁」「夜間拘禁」という制度もあるのです。平日や日中はそのまま働きに行けるのです。


◆◆ 裁判員裁判がひとつのきっかけになり、「罪を犯した人の更生保護」への道がさまざまなバラエティで展開されるようになり、一般の人の理解も深まれば、それはそれで意味があると言えると思います。

  更生保護について、また裁判員裁判については、「アジェンダ」という季刊誌に書きました。よろしければご覧ください。

April 07, 2009

最近の「新鮮」・・裁判員裁判に向けた研修を受けています【大橋】

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 和歌山・アドベンチャーワールドの双子のパンダです。今体重11キロで、可愛い盛りです。
 子どもが大人と違うところは、よく動くこと。始終よじ登ったり、ずり落ちたり、とっくみあいをしたり、笹を食べたりして、見ていて飽きません。「キミがおとなになるまえに」というキャッチフレーズはその通りだと思いました。


 さて、新年度を迎えました。私たちふたばの弁護士も登録10年を満了し、11年目です。

 パンダとの比較ではありませんが、経験を積んでくると、動いてみる前に結論が見えるという気がしてきがちです。
 しかしやはりそうでない場合もあります。事実は小説よりも奇なり、思いがけない展開になることもありますから。また、そうであってはならない場合もあります。従来判例の変更を迫るべき場合です。
 新鮮さを失わずに取り組まなければ、と自戒します。

 新しい経験、といえば、5月からの裁判員制度導入(実際の裁判は7月ころからと思われます)を控えて、年度末に弁護士会の「体験型研修」を受けていました。

 皆さんは、「裁判員に当たったらどうしよう?」「当たってしまったけどどうしよう?」と困惑、あるいは期待をしておられるかもしれません。
 私たち弁護士や、検察官、裁判官は、専門家なので、裁判員には当たりません。
 その代わり、裁判員の方々にわかりやすく「裁判を運営する」ことが義務付けられていることになります。
 また、制度自体の当否・改善策を考えるのも私たちの仕事であると言えると思います。
 現状の裁判員制度は、「有罪か無罪か」を決めるだけでなく、「刑罰をどれだけにするか(量刑)」まで決めることを求めていますので、私はそれには反対の意見です。量刑を入れるならせめて死刑制度は廃止にし、「死刑」という選択肢を裁判員が行使する事態をなくすべきだと思っています。

 しかしそれはさておき。
 これまでの刑事裁判と、裁判員による裁判は、かなり違います。従来型の弁護活動をしてきた弁護士からすると「新鮮」ですし、新しいことですから「億劫」にもなりがちです。
 研修をして何が新鮮であったかといって、一番は「メモを見ずに裁判員全員に話しかける」ということです。
 これまでの裁判は、あとで「書面を」「裁判官に」読んでもらうことを前提に、書面を読み上げていたのです。
 しかし、裁判員裁判は、法廷の審理が終われば直ちに評議に入ってしまいます。書面を丁寧に読むのではなく、すぐに結論に向かう話し合いになるわけです。
 また、それこそ初めて裁判員を経験する人の「新鮮」な視点で、弁護人も検察官も一挙手一投足を観察されてしまい、そこで与える印象は甚大なものがあるはずです。

 ですから、研修ではけっこう「形」の指導がありました。
 「視線は下に落とさない」「胸を張り手を前で組むのが基本姿勢」「主尋問をするときは証人が主役、弁護人は裁判員席の端に立つ」「反対尋問をするときは弁護人が主役、証人席の傍に立つ」など。
 ビデオを撮られて、あとでクリティークというのをするのです。
 自分が思いがけず(でもないのですが)のそのそと立ち居振る舞いをしているのを見てプチショック。
 若手の方が工夫していてうまいんです。その中で中堅が奮戦するのは恥ずかしいですが、そこは乗り越えねばなりません。

 でも、いっぺん練習でやってみるというのはいいですね。
 もう一度、今度は「模擬裁判」で練習をやってみる予定です。
 そうしたらもう次は本番なんですから。被告人のために責任ある弁護活動をしなければなりません。

 責任重大ですが、準備をしておこうと思っています。

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