17 研修・講演

October 15, 2012

労使関係セミナー「パワーハラスメント問題対策」【大橋】

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 10月10日、中央労働委員会事務局近畿地方事務所の主催による「労使関係セミナー」があり、労働者側パネリストに呼んでいただきました。

 年に一度開催されているこのセミナー、今年のテーマは「パワハラ問題」だったのです。

 近畿区域地方調整委員で同志社大学商学部の吉川英一郎教授、大阪労働局の斡旋委員で大阪市立大学法学研究科の根本到教授の基調講演の後、実際に京都府労働委員会の個別労働紛争斡旋で解決した事例、大阪労働局雇用均等室の調停で解決した事例を素材として、労働者側と使用者側(社会保険労務士西村聡さん)からコメントを入れる、という進行でした。

 参加はおそらく100名を超えており、名簿を見せていただくと、労働組合役員の方と企業の人事担当の方が多かったようです。

 綿密なシナリオに沿って進行するのに気を使いましたが、後で思えば言っておけばよかったと思うメッセージもありました。
 セミナー自体の趣旨が「ハラスメントの放置は企業経営における巨額の損失である」という方向だったのですが、私からすると「労働者が生活をかけて働いている職場で、もっと人として大事に扱ってほしい」というのが一番訴えたいことです。

 最低の給料で優秀な働きをさせたい、という虫のよい要求ではなくて、気持ちよく働ける環境で働いてもらおうというヒューマンな心、といったもの。

 会社は会社、自分は自分。その割り切りからは、労働で発揮されるべき創造性も十分に発揮されません。
 労働によって労働者自身も充実し、成長できる、そんな職場環境を用意するのが使用者の義務だと考えます。

August 29, 2011

死刑の存廃をめぐって【大橋】

 眠れるブログになりかかっていますが(笑)、久々にアップしてみたいと思います。

 8月27日(土)午後、神戸・クリスタルホールで、近畿弁護士会連合会・人権擁護委員会の夏期研修会がありました。

 テーマは「死刑を考える日」。

 来る10月6日、香川県高松市で日弁連の人権大会シンポジウムがありますが、その第1分科会が

 「私たちは『犯罪』とどう向き合うべきか?ー裁判員裁判を経験して死刑のない社会を構想するー」

というテーマで、本研修会はそれのプレシンポジウムという位置づけでした。

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 このシンポジウムでは、大学生・法科大学院生をパネリストとする死刑存廃の議論、事前に集計していた弁護士アンケートの結果発表、そして、オウム真理教信者の日常を追うドキュメンタリーの自主制作、そして死刑囚を取材し「死刑」という本を出版された、森達也氏の講演がありました。
 森達也氏の講演の中では、森氏が死刑廃止国・ノルウェーでオスロ刑務所他を訪問したときの映像が上映されましたが、日本の刑務所の監視の厳しさとは雲泥の差です。


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 以下は、研修に参加しながら考えたことです。

 私は、死刑廃止に賛成です。森氏も死刑廃止の明確な見解を持っておられました。

 森氏は、死刑囚との面会を経験し、ノルウェー訪問をしたりされる中で、「死刑を存置する意味がわからない」と実感されたとのこと。

 そして、「講演していて、『あなたは、自分の妻・近親者が殺されたときにどういう気持ちになるか考えたことがあるか』と質問されることがある。私にはっきり言えるのは、『そういう事態は想像できない』ということだ」と言われました。

 私はその言葉に共感して思考が回り出し、その後の森氏の話の流れは今覚えていないのですが。

 そのとおりです。私も同じです。
 私には殺人被害を受けた遺族のご依頼を受けたことはまだありませんが、被害感情を訴える依頼者または相手方との接触は、沢山あります。
 それでも、それらは「自分のこと」ではないため、我が身に起こったことのように追体験することはできません。

 しかし、その第三者性が、物事を総体的に捉える客観性を担保するのだと思うのです。

 人が感情に突き動かされるとき、感情は理性を乗り越え、本能をむき出しにさせます。
 それは責められることではないけれど、それをそのまま尊重して、周りは押し黙らなければならないか?

 周りは理性的に出来事を理解し、適切に解決していく役回りがあるのではないか?

 刑法・刑事訴訟法が整備され、自力救済が禁じられたのは、理性による人の集合体のルール作りに他ならなかったのではないか?

 その中で、国家権力が人の命を奪う「死刑制度」を置くことは、やはり、理性による問題の解決に矛盾を来していると、私は思うのです。

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 もう一つ、思ったことですが。

 弁護士アンケートの中で、回答率は5パーセント弱と少なかったのですが、回答者の中では若手に存置論者が多いという傾向が出ました。
 それから、男女比では女性の方が廃止賛成が多かったです。

 女性に死刑廃止賛成が多いのは、マスコミのアンケートでも同様だったという記憶です。

 なぜだろうか、と思います。

 女性は妊娠以降、子どもを産み育てる責任を事実上負っています。育ては母だけの責任に帰することはできないと思いますが、結局、責任を負うことが多いです。
 絶え間ない気遣い、莫大な労力、際限のないように思える繰り返しの日常。その中で、唯一、子どもの全幅の信頼に癒されながら、壮大なエネルギーを子育てに注ぐという経験をするし、直接していなくてもそれに触れる機会が多いです。

 それを前提とすると、女性には、「生きている価値がない、死刑だ」とは、誰に対しても、簡単に言えないという感覚があるのではないか。

 もしそうだとすると、日本で死刑廃止論議が盛り上がらないのは、女性の社会的発言力が低いからでは?

 ・・一つの試論です。

November 15, 2010

国際人権法学会に参加【大橋】

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 10月初旬、秋田・田沢湖畔で見た「お化けきのこ」です。旅の思い出。

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 11月13日・14日、東京の明治大学で「国際人権法学会」がありました。
 私は、「在日コリアン4世不就学国家賠償請求事件」の原告代理人として、判決のレポートをしに行ったのです。13日(土)は仕事をしていて、晩から東京入りし、14日(日)の朝から参加しました。

 事案はまた別にレポートするとして(未だ最高裁係属中であり、確定していません。)、学会参加はいつもの「自分の事件」を離れた新鮮な体験でした。
 国際学会にも共通して流れている、和やかな雰囲気。今回も、学者・弁護士が議論をたたかわせつつ、「国際人権法を日本にどう生かせるのか」の共通基盤がありますから、それぞれを尊重し合う和やかさがありました。

 ただ国際学会と決定的に違うところがありまして、それは、日本語だから話されている内容が完璧にわかることです(笑)

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 帰りの新幹線でお弁当を食べつつ、パソコンを開いてちょっとこんなふうにまとめをするのが、心落ち着くひとときです。
 東京のお弁当では、ひとから「私はいつもこれ」と紹介された「深川めし」が、私もお気に入りになりました。

June 29, 2009

実感・裁判員裁判(模擬裁判に参加して)【大橋】

 久々に登場した大橋です。
 ブログの竹虎模様が復活したことにも気づいていませんでした。


 松井が書いてくれた「模擬裁判員裁判」(6月10日実施)については、副主任弁護人役をしてみて、かなり興味深かったです。(弁護人は3人組で、私よりベテランと、私より若手で組んだのです。)

◆ 一つは、公判前整理手続で争点を絞り込む手順から、当日の審理の流れ、裁判員に説明するときに必要な資料の準備や説明の流れの工夫など、一通りのものを「やってみた」ので「わかった」ということです。

 これで裁判員裁判の弁護依頼が来てもこわくありません。刑事弁護に長けた弁護士にも伝ができましたし。

 (だからといって、安心して重い罪を犯して依頼しないようにしてください(-_-;))

 
◆ 二つめは、裁判員の人たち(法曹界の「常識」に囚われない考えをする人たち)の実際の思考過程に触れることができたということです。

 今回の模擬裁判について言えば、罪名は「殺人未遂」ですが、加害者と被害者はヤクザの義兄弟関係で、歳は若いのに偉そうな兄貴分(被害者)に日頃からプライドを傷つけられてきた弟分(加害者)が酒の勢いで包丁を突き出したという事案でした。
 被害者は全治3カ月の診断書が出る重症でしたが、1カ月半で病院から無断退院したという、あまりかわいそうでない人でした。しかも100万円で示談しています。嘆願書までは書いてくれませんでした。
 しかし、被害者のしっかり者の兄が「みかん園へ引き取って働かせます」と約束してくれました。

 法曹界の「常識」だと、これは実刑事案です。

 しかし、評議を傍聴していると(模擬裁判だからできたのであって、実際には傍聴はできません)、裁判員は、あまりかわいそうでない被害者の存在には当初気持ちが向かず、加害者の「犯行動機」への同情が強く出てきました。「無理もない」「酒さえ断てればやり直せるのではないか」と、雰囲気はぐぐっと「執行猶予」へ傾きます。

 そのうち、過去の量刑相場表を見ながら、また裁判官の説明も聞きながら、「実刑」の方へ引き上げられていきましたが。

 法廷で強く印象づけられたことにまず思考が向いていくのがわかりました。初めて審理をするのですから、そうなって当然ではあります。

 最後の「評議」という場が、裁判官と裁判員だけで行われることになるので、弁護人から見ればブラックボックスです。この場で裁判官はどんな進行をするのか、説明をするのか。ここへも出来る限りの要望をしていくべきと考えますが、法廷では、弁護人はとにかく裁判員に強い印象付けをしておかなければなりません。
 (同じ問題意識を、検察官側もまた持っているはずですが。)


◆ 三つめに、「被告人は判決が下りた後どうなるのか」についての説明の重要性です。

 裁判員の方は、量刑を考えるときに、「執行猶予」の方はまだわかりますが、「刑務所へ行くというのはどういうことなのか、何年行くべきなのか」の判断をするときに、刑務所のことを知らずに戸惑います。

 刑事政策を学べば、刑務所についてはいろいろな問題点があります。

 確かに、刑務所は人を反省させ、勉強させ、出所後の生活再建のために研修などを受ける場であるべきでしょう。プログラムも考えられてはいます。「過剰拘禁」問題が長年ありましたが、近時は解消の方向にはあるようです。

 ただ、刑務所へ入ることによる弊害も大きいです。
 刑務所は「自由刑」つまり移動の自由その他を制限する刑であるはずなのに、実際には、身体拘束を受けることによって、職場を失い、家族を失う場合もあります。
 出所したからといって職がすぐ見つかるとも限りませんし、履歴書にはっきり受刑歴を書けば採用されないし、空けておけば不審がられるし経歴詐称と言われかねません。「前科者」であることによる不利益はずっと付きまといます。
 そのうちに「前科者」同士が連絡を取り合い、よからぬことで身を立てる方向へ行ってしまうこともあります。

 出所後のフォローがあまりに不備である。したがって現状で安易に実刑を肯定的に見ることはできない。そう思います。

 そういった、受刑の実際について、評議室で裁判官はちゃんと説明してくれるのかといえば、現状では余り期待できません。
 社会的に受刑者の問題がよく理解されるようになればよいのですが、とりあえずは、弁護人が法廷でそうした情報を裁判員に示すようにするべきであるように思います。
 刑務所自体の改革も必要です。諸外国では「週末拘禁」「夜間拘禁」という制度もあるのです。平日や日中はそのまま働きに行けるのです。


◆◆ 裁判員裁判がひとつのきっかけになり、「罪を犯した人の更生保護」への道がさまざまなバラエティで展開されるようになり、一般の人の理解も深まれば、それはそれで意味があると言えると思います。

  更生保護について、また裁判員裁判については、「アジェンダ」という季刊誌に書きました。よろしければご覧ください。

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