« December 2008 | Main | February 2009 »

January 2009

January 25, 2009

Happy Birthday,Yoshiko Matsui!【大橋】

Scimg1251

 1月中にアップしなきゃ、ということでお送りします。

 当事務所の恒例行事、バースデーケーキを食べる会にて。

 虫のボールペンが誕生日プレゼントだったとは、松井ブログで知りました。
 かなりリアルに、会議室を彩っています。

 私は日曜ですが瀬戸際の書面書きに迫られています。
 ブログに時間を取っていては依頼者に顔向けできない・・との後ろめたさに、ブログ短め。

January 11, 2009

新年雑感-国連死刑廃止勧告・動かぬ日本政府・ピンと来ない法曹【大橋】

 2009年新年が明けました。
 本年もよろしくお願いいたします。

 既に松井も書いているとおり、2人とも3日からの事務所入り。
 私は13日提出期限の訴訟の陳述書案作りに勤しんでおりました。労働事件で事案複雑、かつパソコンメールをされない方なので、完成までに郵送2往復を見て日数ぎりぎり。
 新年一番の仕事としてはなかなかやり甲斐がありました。

*~*~*~*~*

 年末に向けては、「派遣切り」が大きく問題化し、労働関係の弁護士団体も「なくせ!ワーキングプア」と題する企画を組みました。当事者の方々のお話を聞けば、「派遣さん」と呼ばれ、派遣先会社が必要ないと思えば仕事がなくなる不安定さと非人間的な扱われ方に憤り、「労働者派遣法はなくすべきです」という訴えには強い説得力がありました。
 (登録型派遣で働くということはそういうリスクがあるのはわかっていたはずだ、という意見も出てくるものですが、じっくり正社員就職の活動をする経済的な余裕がない場合が多いはずです。雇用保険制度の不備(あるいは「雇用保険に加入していないのは会社が悪い」ということを知る機会がなかった)、生活保護の運用の狭さの問題は大きいです。)

 また、生活保護支援関係のMLでも情報が忙しく飛び交いました。年末の「年越し電話相談会」企画とその後の生活保護申請フォロー、申請を年末にしてもすぐに決定が出ないので、その間をどこでしのいでもらうのか、等。

 東京の「派遣村」が日比谷公園という行政官庁の目と鼻の先で大きく営まれ、厚生労働省の講堂を開放させたり、生活保護申請時に一時金を出させたり、各区に5日ほどの審査期間で開始決定させたり(通常は14日ないしそれ以上かかるのが実状です)、目を見張る成果を勝ち取られました。
 多くの方々の正月返上の働きあればこそですから、本当に敬服します。

*~*~*~*~*

 さて年明け。この2日間で「死刑」に関して考える機会が3回もあったのです。

*~*~*~*~*

 1月9日、靖国神社と国に対して霊璽簿からの氏名抹消と損害賠償を請求している「合祀イヤです訴訟」の関係者の新年会があり、原告のお一人、高松の福善寺住職・釈氏政昭さんとお話しする機会がありました。
 (私は小泉首相靖国神社参拝違憲訴訟の松山訴訟の代理人となり、そのとき以来、釈氏さんと懇意にさせていただいています。)

 釈氏さんは以前からさまざまな市民運動に関わっておられますが、死刑廃止運動にも取り組んでおられて、たまたまこんな話になりました。
 「国が人を死刑にするということは、『お前もうダメだ』と国が決めて、いくらその人がやり直したくても殺してしまうということだ。人はいつかはふと気づいてやり直すことがあるはずだと思う。その機会を与えないのはおかしい。
 人が国から『お前は役に立たない』と決められて命を奪われる。それでは人は安心して呆けることもできない」
 (以上を温かみのある讃岐弁で話されました。正確な再現ができないのが残念です。)

 釈氏さんは対話の人です。靖国に祀られてこんなにありがたいことはないと強く信じている遺族とも、対話したいと願っています。
 こうしたふところの大きさを、私は敬愛しています。
 そして、こうした人への温かさ、見捨てない気持ちというか共感というか、そういったものが社会には絶対に必要だと思っています。
 (昨年の近弁連シンポ「罪をおかした人の更生保護と弁護士会の役割」もそれがテーマでした。)

 しかし、死刑宣告と処刑は、これに鋭く対立していると思います。

*~*~*~*~*

 1月10日、「派遣切り」に反対する「なんば連続行動」という3日連続の路上企画の初日に2時間弱参加。
 
 寒い中でなんとなく雑談をしていますと、ベテラン労組役員の人が言いました。

 「弁護士さんと話する機会やから、堅い話になるけど、今度、裁判員制度が始まるやろう?あれで呼び出されたら、『死刑を言い渡せるか』とか聞かれるらしいねぇ。裁判員をやりたかったら、意に反して『言い渡せます』と言わなかったらあかんのか?」

 そんな報道もありました。もろに「死刑を言い渡せるか?」という質問はまさかしないと思うのですが、難しく言われてもよくわからないから平たく説明してくれと言われれば、裁判所はそのように聞くかも知れませんね。
 「裁判員をやりたくなかったら、死刑に反対ですと言えばいい」という方向での話は、半分ジョークのようにして語られています。

*~*~*~*~*

 同じく10日の晩。アムネスティ・インターナショナル日本死刑廃止ネットワークセンター大阪の主催、NPO法人監獄人権センター(CPR)の共催で、「世界から見た死刑執行をやめない日本~国連自由権規約委員会・日本の人権状況審査の報告~」という企画に参加しました。
 国際人権法の村上正直先生、CPRの秋山映美さん、いずれも以前に交流を持たせていただいた方で、講演をぜひ聞いてみたいと思ったのです。

 日本は国連の国際人権条約自由権規約を批准していますので、国連から国内の人権実施状況について審査を受けることになっています。
 1993年の第3回定期報告書審議で、国連自由権規約委員会から日本に対する「最終見解」が出され、いわば宿題が出されました。国内の差別問題(在日韓国・朝鮮人、アイヌ、部落、女性、婚外子など)の改善、戦後補償としての年金差別解消、死刑の多数さの改善、被収容者の処遇の改善などです。

 1998年、第4回定期報告書審議で、また「最終見解」が出されました。「・・その勧告が大部分履行されていないことを、遺憾に思う」という恥ずかしい総評がされました。それから、また追加として、人権擁護機関の不存在の問題、婚姻での男女差別、永住者への再入国許可制度の適用問題、人身取引対象とされた女性等や性的搾取を受けた児童の保護、自白の強要や検察の証拠不開示問題などが勧告されました。

 そして2008年、第5回定期報告書審議があり、また「最終見解」が出されました。「委員会は、締約国の第4回定期審査後の見解で発出された勧告の多くが履行されていないことを懸念する。」というまたまた恥ずかしい総評です。そしてまた追加として、従軍慰安婦問題、外国人研修制度の問題、難民認定制度の問題、戸別訪問禁止などの表現の自由と参政権に対する不合理な制限の問題、性的マイノリティに対する差別、アイヌ及び沖縄の人々の先住民族性の否認などの問題が「要改善リスト」に加わりました。

 中でも死刑問題については、第4回最終見解では「日本が死刑の廃止に向けた措置を講ずること」という勧告であったところ、今回第5回の最終見解では「世論調査の結果にかかわらず、締約国は死刑廃止を前向きに検討し、必要に応じて国民に対し死刑廃止が望ましいことを知らせるべきである」という勧告となりました。

 以上は、講演された大阪大学大学院国際公共政策研究科教授の村上正直先生のお話から一部を要約させていただきました。

 また、CPRの秋山映美さんからは、ジュネーブの審査で日本のNGOがどう日本国内の実態を訴えたかということと、審査員の審査での模様の報告がなされました。
 日本からは外務省担当者だけではなく、警察庁や法務省などの担当者も出向いたようですが、「日本ではこうなっています」という事実説明のみで、かみ合わず、審査員から強く言われても「??」という状態だったようです。

20090110

*~*~*~*~*

 私は、もう一昨年前になりますが、ホームレス問題について、社会権規約の政府報告書の取りまとめにあたる外務省人権人道局の方のセッティングで、厚生労働省と国土交通省の担当職員に集まってもらい、質疑応答の機会を持っていただいたときのことを思い出しました。参加したのは大阪弁護士会のホームレス問題部会員6名。場所は霞ヶ関の外務省でした。

 その時感じたのは、「外務省は内政の権限がない」という厳然たる縦割り行政の限界です。
 外務省はとりまとめに過ぎず、政府審査の期限が近づくたびに担当省庁に「進みましたか?」と聞いて結果をまとめるだけ。
 おそらく担当省庁は、外務省から「進みましたか?」と言われると、過去のファイルを引っ張り出し、前の担当者が書いたものをベースに現状報告を書いて提出するだけなのでしょう。要するに、ずっと政策として継続して取り組む体制になっていないようなのです。

 法務大臣がなんの躊躇もなく死刑を執行し続け、「法の適正な執行である」として問題意識がないのは、日本が国際条約を批准してその制約の下にあるということを思考から排除してしまっているのでしょう。

 それは、実はひとり法務大臣のみを、あるいは法務省のみを責める問題ではありません。法曹界(つまり裁判所・検察庁・弁護士会)が「国際条約(特に人権関係)」を日本の法体系の外であたかも「参考程度」にしか考えていないと言ってもよいくらい、一部でしか関心を持っていません。
 
 韓国の国家人権委員会のように、独立の機関が人権を担当し推進する機能を持たないと、現在の日本が人権の国際水準を満たすのは絶望的ではないかと思います。

 「世論調査の結果にかかわらず、締約国は死刑廃止を前向きに検討し、必要に応じて国民に対し死刑廃止が望ましいことを知らせるべきである
 政府がすべきこと、そして弁護士が大きく声を挙げるべきことはこれなのでしょう。
 「死刑執行停止」よりも「死刑廃止」と言い切った方がよいのではないかと。

 そして思うことです。
 死刑の対象となっているのは、既に国家機関により自由を奪われている力無き一市民です。
 彼・彼女にどういう環境を提供するのか。冷たい拘置所暮らしで改心の情など芽生える機会があるのか(有罪が前提ですが)。それでも「死刑」を宣告してしまうのか。
 結局、「国家による市民排除の論理」の象徴的な一つが、死刑制度ではないでしょうか。

 そして本年5月から、裁判員が死刑求刑の予想される事件の審理に参加します。
 裁判員にも期待します。「先例にならって」死刑の判断をしないでください。個々の被告人とよく向き合って、彼・彼女にこれから国が提供できるものは「死刑」だけなのかを考えてください。
 弁護人の力量も相当問われます。裁判への恐怖感あるいは諦めに固まっている被告人に、どう人間性を取り戻させるのか(有罪が前提ですが)。

*~*~*~*~*

 今日明日で、2通の書面を仕上げないといけません。
 その前にブログを、と思って書き出すとこんなに長くなり、またしばらくご無沙汰してしまうかも知れません。
 いろいろと見聞して、思ったことをまとめていくのによい機会なので、もう少しこまめに書きたいと、思ってはおります。

 

« December 2008 | Main | February 2009 »

October 2014
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

Recent Trackbacks