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October 2005

October 23, 2005

「靴の悩み」に適切なアドバイス【大橋】

 最近は、裁判所で証拠調べ(尋問のことです)をする予定が多く、準備に追われています。
 で、ブログの更新が今年前半のようなていたらくになってはいけないので、「ちょっと感じたこと」を書いて何とか習慣づけをしようというのが今回の試みです。
 何回続くだろう・・

 昨日、私の所属する「大阪労働者弁護団」の年に1度の総会がありました。
 大阪労働者弁護団(略して「労弁」といいます。)は、大阪を中心とする弁護士117名と、賛助団体(労働組合)67団体から成り、労働相談、労働政策での提言研究などを行っています。(詳しくはHPをご覧ください。)

 この総会に、労働組合の方が「靴」の展示販売に来ていました。毎年のことだそうです。
 靴は、パラマウントという銘柄の革靴でした。
 パッと値段を見ると、1万円以上。自慢ではないですが、私はこれまでに1万円を超える靴は1度しか買ったことがありません。
 「まあ、高いね。でも、すごく履きやすいんよ。私、いつも総会の時に買ってる。」
と脇にいた女性弁護士が言います。

 私は、再建中の会社の労働組合の支援だという大義名分も立ち、「履きやすい」という言葉にも大いに興味をそそられて、棚に並べられた靴を見ていました。
 すると、売り手の組合員さんが、「まずサイズを測りましょう」と言います。
 さっき、いつも履いている24センチの靴を履いて、合っていたと思うんだけどな、と思いながら、靴を脱いで台に足を乗せました。
 「細い足ですねえ」
 サイズは、長さが23.2センチ。ワイズ(幅)は「Cですね」と言われました。
 えっ、Cって何?
 「E」とか「2E」とかしか知らなかった私は、大変驚きました。
 しかし、私の足のワイズは、Eの2段階下のCだったというのです。
 「Cの靴を製造しているのは、日本ではパラマウントしかありません。外国製で少しあるくらいです。」
 実際にCの靴を履いてみましたが、かかとがこれまでになくしっかり安定して、4.5センチヒール(中ヒールですね)を履いているとは感じられない快適さでした。
 かかとをしっかり支えないと、重心がつま先にかかり、つま先が靴の先に押しつけられて外反母趾になったり足が痛かったりするという説明で、私はおおいに納得したのです。
 いつも、かかとをパクパクさせて歩いていました。足が痛いので、ローヒールを主に履いていました。
 そうか~、と、私はマホガニー色(こげ茶)の靴を取り寄せてもらうことにしました。3週間くらいかかるかもしれない、と言われましたが、楽しみに待つことにしました。

 「ぴったり合う靴」は、弁護士として働き始めてからの私の悩みの種でした。おそらく、スニーカーを履いて済んでいたころにはまだ問題がなかったのです。しかし、スーツを着ながらも重い鞄を背負って階段を走り降りたり電車を何度も乗り換えるという半分肉体労働の実態には、革靴でありながら履きやすいものを求めなければならなくなったのです。
 そうした個別ニーズに応えてくれたのが、この靴屋の組合員さんだったのです。

 私がここで靴を買う気になったのは、同僚弁護士の「推薦の言葉」がきっかけでした。
 それに、組合員さんの専門知識に基づく、「私の足」なのに私が知らなかった、目からうろこを落とさせてくれる情報提供でした。
 本当に「Cワイズはパラマウントしか作っていない」のかどうか、は私には確かめる時間もありません。
 しかし、この人のアドバイスにはとりあえず従ってみよう、という信頼感を持つに至ったのです。

 「私の悩みにぴったり合うアドバイス」の提供、まさに弁護士の仕事も同じです。
 あなたはどうやって弁護士を探されるでしょうか。おそらく、まずは弁護士に依頼した経験のある知り合いに紹介を頼むのではないでしょうか。知り合いの方の評価をまず信用しますね。
 そういう意味では、弁護士の客観的格付機関が現状では存在しないので、確かに情報不足の業界ではあると思います。
 しかし、ご自分で、専門家のアドバイスを求めてまず相談に行かれる、というのは結構重要です。

 相談者は、悩みの法的争点を整理してもらえます。解決方法もいくつか提示してもらえます。それだけでも、山道を歩くマップをもらえたような安心感はあるはずです。
 それから、約1時間くらいは相談をされると思いますから、その時間の中で、あなたはその弁護士の「人となり」を見ることができるはずです。
 「よくわかってくれるなあ!」という気持ちが持てれば、そのまま依頼をされたらよいと思います。信頼関係が一番大切なのです。あなたは心の底に重たい悩みを抱えて、ようやく相談に来られたのです。悩みは、弁護士が代わりに背負うことができませんが、軽くすることはできますし、背負う力を回復させることもできます。何でも聞ける親しみ、というのが結構大事だと思います。

 おっと、作成に40分掛かってしまいました。それではこの程度で。
 ちなみに、松井も「履きやすい靴」を求めて、知り合いの靴製造職人見習いの方に最近型どりをしてもらっていました。見習いさんだから安め、ということで、私の予約した靴と同じくらいの値段です。
 さて、お互い、履き心地が楽しみです。

October 09, 2005

小泉首相の靖国参拝は違憲(靖国台湾訴訟・控訴審判決)【大橋】

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  9月30日、大阪高裁の「小泉首相靖国神社参拝違憲・台湾訴訟」控訴審判決は、良心的裁判官の審理を受けることができた幸運によって、最初に「違憲」を明言した福岡地裁判決に続き、ようやく2件目の違憲判決となりました。
 前日に、東京高裁が、「私的な参拝である」として憲法判断に至らなかったのと対照的でしたが、同じ高裁レベルで判断が真っ二つに分かれたことについて、マスコミも熱心にとりあげてくれました。
 みなさんの感覚ではいかがでしょう?
 小泉首相は、マスコミの前でも国会でも常に、私的か公的かの明言を避けてきたのです。
 でも客観的には、どう見ても「私的」とは言えない振る舞いをしてきていました。
 ただ、裁判所でだけ、「私的な参拝だ」と書面を出し続けてきたのです。
 この、思惑が透けて見える首尾一貫しない対応に対して、きっぱりと「公的である」と断罪した大阪高裁の判断は、まったくまともな判断だと思います。

 しかし、さらに特筆すべきは、福岡地裁判決を超える、理論的前進があったことです。
 「小泉参拝の職務行為性」につき明確に違憲の判断をしたのは、福岡地裁と同様なのですが、さらに、被侵害利益についても認める余地ありとしました。
 これまで、「宗教的人格権など法的な権利・利益ではない」と一蹴されていた論点です。

 ただし、結論は「小泉による直接の侵害なし、権利侵害の目的無し」で簡単に「損害無し」の判断をされた点は、やはり不満を拭えません。
 この部分だけ、あまりに論理展開が薄いのです。
 結論が「無し」であっても、もう少し説明したらどうなの?という感じでした。

  あまりに薄く「小泉による直接の侵害なし、権利侵害の目的無し」として控訴棄却の幕引きをした背景には、「ここで勝たせたら大変なことになるから、棄却の結論に持っていくためにはそのように切り捨てるしかなかったんでしょ」と弁護団の一員が言っていました。
 ここは、規範(一般的判断基準のことです)定立がされていないのです。直接に向けられた侵害行為がない、と言っても、煤煙公害などは「被害者に向けられた行為」ではありませんし、メディアの電波で世界中に到達するということは「向けられた行為」に当たらないのはなぜか、どうして行為者に目的がなければならないのか、故意行為のみが違法性があるという理屈なのか、が明確ではありません。
 つまり、どういう要件を満たせば利益侵害が認められるのか、が予測できないのです。
 言ってみれば、利益侵害を認めませんよ、という裁判所のメッセージに他ならないのです。

 ベテラン弁護士と事務局が「まともな判決でよかったよかった」という中、私は「裁判所の政治性」に冷めていました。
 というより、訴訟団は長年取り組んで、充分冷めた上で「それにしてはまともだった」と思っているのでしょうね。

 また、台湾原告(控訴人)のみなさんは、もちろん「損害無し」は到底納得できない様子です。
 判決の夜は台湾原告団との交流があるだろうと思っていたのですが、別行動でした。
 「台湾の人達は『勝った』とは思っていないからね」と事務局スタッフ。
 
 台湾の人や原告の一部の人が「国外から見れば違憲判断だけでは何も嬉しくない」と訴訟団の喜び様に批判的だったのですが、訴訟団は、ともかく、台湾の人達に違憲判断のもつ意味について理解してもらうことに努めたとのことでした。
 
 確かに、控訴審判決にも明記されているのですが、日本の政教分離原則は、特に国家神道の侵略・軍国主義に果たした役割を深く反省した上に定められたものなのです。
 端的に言えば「靖国神社と政府の分離」を憲法で定めたわけですから、これに抵触すると宣言したのは、日本帝国主義の侵略の歴史を忘れないことを確認したのに他ならないのです。
 
 その後の、10月5日には、高松高裁で控訴審判決がありました。
 松山地裁の原審判決は、これ以上簡単には書けないというくらいにあっさりと「小泉首相が靖国神社に参拝しただけのこと、原告らには利益の侵害がない」と、結論づけ、憲法判断に全く触れませんでした。
 それで、判断が変更されるかどうかが関心事でしたが、高裁判決もまた「それでいいのだ」という追認の内容でした。

 同じ小泉首相の行為を対象として、どうしてこんなに判断が変わるのか?
 通常、同一の事件を2つの裁判所に掛けることはできませんが、被告は同一でも全国から原告となった人たちが訴訟を起こしたために、全国でバラバラに訴訟が進んでいます。
 その結果、様々な判決が出されているのは、「裁判官の独立」から当然ですが、それぞれの「裁判官の良心」が滲み出しているという実感があります。

 憲法判断に踏み込んだ判決を、結論に関係のないことに言及した「蛇足判決」であると評し、非難する向きもあります。
 しかし、なぜ三権分立というシステムで国会の民主主義を裁判所が統制する制度があるのか、なぜ裁判官が良心に従って独立して職権を行う地位を保障されているのか、なぜ裁判システムがコンピュータ化されずに人間である裁判官によって裁かれるのか、ということを、私たちも、裁判官をしている人たちも、考えねばならないと思います。

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