■ 弁護士松井淑子は、平成22年7月10日から任期付き公務員となり、国税審判官として国税不服審判所にて勤務しております。平成25年7月までの3年間の予定であり、この出向中、弁護士業は兼業禁止のため休業とさせていただいております。
多くの皆様にご迷惑をおかけし申し訳ありませんが、どうぞご理解いただきますようお願いいたします。
■ 弁護士松井淑子は、平成22年7月10日から任期付き公務員となり、国税審判官として国税不服審判所にて勤務しております。平成25年7月までの3年間の予定であり、この出向中、弁護士業は兼業禁止のため休業とさせていただいております。
多くの皆様にご迷惑をおかけし申し訳ありませんが、どうぞご理解いただきますようお願いいたします。
1月19日(木)の夕方、ひょうご労働法律センターという労働組合の集まりに招かれ、「労働法基礎講座」の講演をしてきました。
テーマは「労働者の平等・人格権の保障」。
地域ユニオンの人が電話相談などで、最も数多く、深刻なのが、職場のいじめ問題だそうです。
それで、「今日の講座は大変期待していました」という声を最初に聞き、ご期待に添えるだろうかと思いながら、1時間半の講演をしました。
内容としては、
「労組のビラと名誉毀損」
「企業の秘密保持・信用保持と公益通報」
「セクシュアルハラスメント」
「職場のいじめ」
「正社員とパートタイマーの均等待遇」
といったものをとりあげていきました。
職場内で、労働者が人として権利を不当に侵害されないこと。この点で最も効果的なのは、労働組合が労働者一人一人の権利を守る役割を果たすことです。
労働組合は組合費で運営されていますから、タダで助けてくれるものではありませんが、職場で使用者と直接に団体交渉をすることができるのです。
私たち弁護士の出番は、実際のところ、「もう辞めてやる」となったときの後始末になりますから、せっかくの職場を維持したいという労働者の思いに答えるのは、やっぱり労働組合なのです。
労働組合と、弁護士とで、労働者の働きがいのある職場生活のためにタイアップしていきたいと思っています。
昨秋より、大阪労働者弁護団の事務局長をしていますが、思いは「労働組合、頑張れ!」です。
2012年、新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
*業務開始は1月10日(火)からとさせていただきます。まずはご挨拶から。
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昨年は、3月11日発生の東日本大震災が、日本、大きくは世界に大きな変化をもたらしました。
大津波という自然の脅威を目の前にして、支配しきれない自然の力に人間はどう取り組むのかという根源的な問題も突きつけられました。
また、福島第1原子力発電所の事故は、危険な原子力を完全に人間が制御できる、という「安全神話」の虚構性を明らかにしました。
さらに原発事故は、市民が情報を開示させ、それを自分の責任で判断し、行動しなければならないということを強く示したのではないかと思います。
政治に任せておけば、問題のないようにやってくれるはず。そう思って、政治家(議員)とか官僚に丸投げでお任せしていた結果が、「対応できそうにないことは公にしない」という秘密主義の土壌となっていたのではないでしょうか。
私たちは、一刻を争う状況のとき、政府が「対策なき情報開示」をしたとしても、混乱して暴徒となったりするでしょうか。そんなことはないはずです。情報がないから不安になるし、後で隠されていたと分かれば憤怒が沸き起こるのです。
情報の適切な取捨選択をする力こそが、今、市民それぞれに問われていることです。
政府が混乱を恐れて情報を隠すようなことを、今後はさせないようにしなければなりません。
*~*~*~*~*~*
一方、弁護士業務に関して考えてみますと、ネット上でいろいろな情報は溢れかえっています。
どのサイトがどれだけ信用できるのか。
私たちも、サイトでの検索で情報を得ますが、同じく信用性に気を遣います。
弁護士のところへ相談に来られる、または「弁護士に依頼する」と決めてこられる方々は、多く、ネットでいろいろな情報に接し、知識を十二分に得ておられたりします。
しかし、ご自身の置かれた状況に対して、オーダーメイドで適切な情報はどれか、というところでつまずいておられると思います。
私たち弁護士も知識には限りがあり、相談者の方が祈る思いでネットを調べ調べて得られた知識に追いつかないこともあります。
でも、その知識の取捨選択は、実際に交渉の場数を踏み、裁判所の経験を積んだ弁護士との共同作業でこそ、より活かされるのは間違いありません。
依頼者の方と、この情報過多の社会で適切な針路をとれるように、共同作業をしていきたいと思います。
日本弁護士連合会が発行する月刊誌「自由と正義」。
弁護士にとっては情報誌ですから、毎月送られてくるものを、遅れ遅れでも目を通すようにはしています。
9月号の特集1は「厚労省元局長無罪事件を検証する」。
大阪地裁で展開された、大阪地検特捜部を揺るがす大事件でした。
関係する大阪の弁護人も顔見知りの方たちで、マスコミの報道も鋭く、印象深く成り行きを見守っていた事件ですので、興味深く読みました。
特集2は「研究者・実務家それぞれの立場から見た国際司法支援」。
知り合いの後輩弁護士が、どうも国際司法支援に行きたそうにしているので、これも興味深く感じました。
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さて、これ以外に私の目を引いたのは、
「刑事裁判の新たな展開を求めて=平成22年4月27日付最高裁第三小法廷判決の分析=」
というタイトルで、東京弁護士会の渡辺脩弁護士が寄稿された記事です。
日弁連の刑事法制委員会所属の弁護士で、「大阪市母子殺人事件」の意義について委員会内判例研究チームでの検討結果の要約を書かれています。
「大阪市母子殺人事件」は、2002年、被告人男性が養子(妻の連れ子)の妻及びその子(一歳)をマンション内で殺害した上、その部屋に火を付けたという、殺人2件及び現住建造物放火の容疑で起訴された事件で、無罪を争いましたが、1審・2審と有罪(死刑)判決が出されていたものです。
昨年4月の上記最高裁判決で、大阪地裁に差戻しされ、現在審理中です。
この最高裁判決は画期的なものだったということで、ここへさわりを紹介し、私の覚えともしておきたいと思います。
この判決は、「間接事実」だけで有罪を認定する場合、「間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない」等の事実関係が含まれていることを要するという(裁判長藤田宙靖、裁判官田原睦夫、同近藤崇晴、同那須弘平。反対・裁判官堀籠幸男)。これは、長年に亘って、「無罪推定の原則」を実質的に形骸化させてきた日本の刑事裁判における事実認定の在り方に、新たな判断基準を導入して、強力な楔を打ち込んだ新判例である。この判決はまた、「裁判員裁判」のもとで、「無罪推定」の原則と、有罪認定のために必要な「合理的疑いを容れる余地のない程度の証明」をどう市民のものにしていくのかという問題意識にも貫かれている。
これは、すべての弁護人と市民に強く支持されるべき判決である。
「間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない」等の事実関係が含まれていることを要する、というのがどう画期的であるのか。
説明によれば、日本の刑事裁判の事実認定において、長年、主流となってきたのは「総合判断」の手法であるといいます。
「個別に見れば証明力の薄い幾つかの間接証拠の積み重ねの上に、『被告人が犯人であるとすればその全てが矛盾なく説明できるが故に被告人が犯人であるとする』認定手法をいうとのことです。
確かに、これは判断手法を180度変更したもので、
「この被告人がしたとしておかしくない」 から
「この被告人がしたのでなければおかしい」 への変更です。
ただし、こんなことも書かれていました。
その一方で、最高裁判例から判例集に登載する判例を選別して注釈を加える最高裁の「判例委員会」は、4.27判決について、「強力な反対があったため」に、「被告人が犯人でないとしたら合理的に説明することができない事実関係を要する」との「新たな判断基準」を判例要旨に掲げることを見送ったという(山口進、宮地ゆう著「最高裁の暗闘」95頁、朝日新書、2011年)。
ともあれ、この判決の存在を頭の隅に覚えておくことにします。
10月6日、香川県高松市で、日弁連の人権擁護大会シンポジウムが開かれました。
一般参加OKのシンポが3分科会ありました。
第1分科会「私たちは「犯罪」とどう向きあうべきか?ー裁判員裁判を経験して死刑のない社会を構想するー」
第2分科会「「希望社会」の実現~豊かさへの社会保障をデザインする~」
第3分科会「患者の権利法の制定を求めてーいのちと人間の尊厳を守る医療のために」
かねてから、裁判員裁判を契機に、裁判員に「死刑宣告」の経験を強いずに済む死刑廃止の議論を巻き起こせないか、死刑よりも更生のための処遇を考えられないか、ということを考えてきました。
これが、5時間にわたるシンポの中で、強いメッセージとなって発せられたことで、私は大変嬉しく思いました。
北欧の刑務所の処遇を参考にしたのがよかったと思います。日本で死刑執行されたある確定死刑囚の人生を辿り、「もし彼がノルウェーにいたら」との設定で比較するパワーポイントの説明は、なかなか説得力がありました。
大事なのは、犯罪を犯した人を彼岸に置くのではなく、自分と地続きのところで生きている同じ人間だという感覚を持つことなのだと思います。
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さて、人権擁護大会は、ついでに旅行する機会でもあります。
私は、同好の士4名とともに、「讃岐うどんツアー」に向かいました。
香川には、聞くところによると、現在1万軒にも及ぶ讃岐うどん店があるそうです。
私が食すことができたのは、たった4軒だけでしたが、いずれもガイドブックに載るメジャー店でした。
1軒め 高松市内、お昼時だったので40人待ちくらいの行列。
2軒め 郊外で、ピーク時ではなくすぐ入れたが、店の大きいのに感心。
3軒め 郊外の老舗で、午前10時半ころなのに既に大行列。警備員も出ている。お店は小さめだが大駐車場が3つ、ツアー客が観光バスで訪れるのに驚く。
4軒め 昼時だが行列はなくてすぐ食べられた。ロゴ入りTシャツを売っているのに目を引かれる。
・・という具合。
私はそんなに食通ではないので、どれがどううまいか、といったことは評価しかねるのですが、考えたのは「参入障壁」です。
うどんはせいぜい500円前後ですから、何軒回って食べてもお手頃で、かつお腹に限度があります。
押しかける家族連れ、若いカップル。
ただ、彼らも私たちのように、ガイドブックを見ながら「こことここ」と決めて回っていると思われますので、ガイドブックに載ってよい評価を書いてもらわないと、お客が回ってこないと思われます。
急膨張している「老舗」より、工夫を凝らしている新参のうどん屋さんの方が、もしかするとよい味を出しているかも知れません。
しかし、限られたお腹のキャパシティと時間の中で、新参のうどん屋さんを体験してみようということにはなりにくいのではないか。
ん? もしかしてこの思いは、競争を増す弁護士業界でいかに頭角を現すかの問題と同じでは?
でも、とにかく讃岐うどん業界の皆さま、工夫を凝らして、押し寄せるうどんツアー客をゲットしてください。
最近、青森の六ヶ所村へ行く機会がありました。
六ヶ所村は、青森県の下北半島の付け根部分(太平洋側)にあります。
「日本原燃株式会社」が操業する「原子燃料サイクル施設」(ウラン濃縮工場、低レベル放射性廃棄物埋設センター、再処理工場など)が存在することで有名です。
東日本大震災から生じた福島第1原発の事故で、大気中に撒き散らされてしまった放射性物質が大きな問題となっています。
しかし、放射性物質は「事故だから出てきてしまった」のではなく、原子力発電を行う限り「放射性核廃棄物」として必ずその処理が問題となるはずのものです。
この処理を行う施設が、六ヶ所村にあるわけです。
PRセンターでその仕組みを見ていますと、放射性物質はガラス固化体にして危険が少なくなるまで保管するとか、放射能の帯び方が少ないものはコンクリート詰めにするとか説明されていますが、「完全に放射性物質を外に出さない」という処理ではないことがわかります。
放射性物質の濃度が低くなった段階で、最後には大気中に放出するとか、廃液を海中に放出するとかいうことが説明されています。
でも、放射性物質の濃度が一定水準以下であれば「健康に問題ない」とは、科学的に証明されていません。
(そのことを「閾(しきい)値が存在しない」という言葉で説明されていますね。)
危険な核のゴミが、各原子力発電所から六カ所村に運ばれて、まだ軌道に乗っていない「核燃料サイクル」のために集結していっている状態です。
ここも、地震・津波で危険が生じることに変わりありません。
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さて、この六ヶ所村に再処理工場を造らせない、また核廃棄物を運び込ませないために、かつて大きな運動が展開されていました。
このことを私はよく知りませんでしたが、現地で「花とハーブの里」を運営しておられる菊川慶子さんの著書、
「六ヶ所村 ふるさとを吹く風」(影書房、2010年9月)
を読んで、六ヶ所村で起こったできごとと、運動の中心を担われた菊川さんの個人史・思いを知ることができました。
「花とハーブの里」は、とてもおしゃれなサイトで、今年春まで行われた「チューリップ祭り」や、「核燃に頼らない村作り」のためのルバーブジャムの製造販売などを紹介しています。
この著書を読んでみると、子どもたちのために、将来のために、息長い取り組みをしたいという思いがよく伝わります。
皆さんにもこの本を読んでいただきたいのですが、その上で、このルバーブジャムなどお求めいただいたらいかがでしょう?
この、雑草の中にある、大きな葉を茂らせているのがルバーブです。
例えて言えば「フキ」のように、茎を食用にするそうですが、熱を加えるとトロトロになり、酸味があって、砂糖を入れて煮詰めてジャムにするとのこと。繊維が多くて、美肌によいとか。
青臭くないかな?と思いましたが、美味しいです。

青森の人は、大阪人から見ると(私のルーツは浜松ですが) 、本当に控えめでシャイな感じです。
青森で、方々の原発から出た核廃棄物を黙って抱えている状況に甘んじることなく、既に直面している「核のゴミ」問題を考えなければなりません。
「各地へ核廃棄物を引き取ってほしい」というのが、現地の人々の偽らざる思いなのです。
眠れるブログになりかかっていますが(笑)、久々にアップしてみたいと思います。
8月27日(土)午後、神戸・クリスタルホールで、近畿弁護士会連合会・人権擁護委員会の夏期研修会がありました。
テーマは「死刑を考える日」。
来る10月6日、香川県高松市で日弁連の人権大会シンポジウムがありますが、その第1分科会が
「私たちは『犯罪』とどう向き合うべきか?ー裁判員裁判を経験して死刑のない社会を構想するー」
というテーマで、本研修会はそれのプレシンポジウムという位置づけでした。
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このシンポジウムでは、大学生・法科大学院生をパネリストとする死刑存廃の議論、事前に集計していた弁護士アンケートの結果発表、そして、オウム真理教信者の日常を追うドキュメンタリーの自主制作、そして死刑囚を取材し「死刑」という本を出版された、森達也氏の講演がありました。
森達也氏の講演の中では、森氏が死刑廃止国・ノルウェーでオスロ刑務所他を訪問したときの映像が上映されましたが、日本の刑務所の監視の厳しさとは雲泥の差です。
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以下は、研修に参加しながら考えたことです。
私は、死刑廃止に賛成です。森氏も死刑廃止の明確な見解を持っておられました。
森氏は、死刑囚との面会を経験し、ノルウェー訪問をしたりされる中で、「死刑を存置する意味がわからない」と実感されたとのこと。
そして、「講演していて、『あなたは、自分の妻・近親者が殺されたときにどういう気持ちになるか考えたことがあるか』と質問されることがある。私にはっきり言えるのは、『そういう事態は想像できない』ということだ」と言われました。
私はその言葉に共感して思考が回り出し、その後の森氏の話の流れは今覚えていないのですが。
そのとおりです。私も同じです。
私には殺人被害を受けた遺族のご依頼を受けたことはまだありませんが、被害感情を訴える依頼者または相手方との接触は、沢山あります。
それでも、それらは「自分のこと」ではないため、我が身に起こったことのように追体験することはできません。
しかし、その第三者性が、物事を総体的に捉える客観性を担保するのだと思うのです。
人が感情に突き動かされるとき、感情は理性を乗り越え、本能をむき出しにさせます。
それは責められることではないけれど、それをそのまま尊重して、周りは押し黙らなければならないか?
周りは理性的に出来事を理解し、適切に解決していく役回りがあるのではないか?
刑法・刑事訴訟法が整備され、自力救済が禁じられたのは、理性による人の集合体のルール作りに他ならなかったのではないか?
その中で、国家権力が人の命を奪う「死刑制度」を置くことは、やはり、理性による問題の解決に矛盾を来していると、私は思うのです。
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もう一つ、思ったことですが。
弁護士アンケートの中で、回答率は5パーセント弱と少なかったのですが、回答者の中では若手に存置論者が多いという傾向が出ました。
それから、男女比では女性の方が廃止賛成が多かったです。
女性に死刑廃止賛成が多いのは、マスコミのアンケートでも同様だったという記憶です。
なぜだろうか、と思います。
女性は妊娠以降、子どもを産み育てる責任を事実上負っています。育ては母だけの責任に帰することはできないと思いますが、結局、責任を負うことが多いです。
絶え間ない気遣い、莫大な労力、際限のないように思える繰り返しの日常。その中で、唯一、子どもの全幅の信頼に癒されながら、壮大なエネルギーを子育てに注ぐという経験をするし、直接していなくてもそれに触れる機会が多いです。
それを前提とすると、女性には、「生きている価値がない、死刑だ」とは、誰に対しても、簡単に言えないという感覚があるのではないか。
もしそうだとすると、日本で死刑廃止論議が盛り上がらないのは、女性の社会的発言力が低いからでは?
・・一つの試論です。
大橋、連休中にできるはずだった仕事にこれから追われる予定ですが、その前に。
(仕事が溜まっているときには片付けが進む、ということがよくありますが、ブログ書きも助走運動の一つってことで・・)
「人権のひろば」という冊子があります。法務局の人権擁護委員に配布されるもので、私も弁護士会推薦で人権擁護委員になっているものですから、定期的に送られてきます。
この内容が、なかなかセンスがよいのです。人権擁護委員制度の当否はさておき(新しく制定しようとしている人権擁護法案は、法務省が人権擁護活動の担当機関でよいのか否か等をめぐり、なかなか成立に至りません)、関わっている人たちが鋭く優しい人権のセンスを持って活動されていることを感じます。
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さて、3月号として届いたものの中に、「地域から進める男女共同参画(上)」という講演録の要約が掲載されていました。中央大学の政治学の教授をされている、広岡守穂さんという男性の講演です。
調べてみると1951年生まれで、いわゆる「全共闘世代」の方です。
講演録なので読みやすいのですが、そればかりでなく、ご自身の20代から30代かかりの夫婦関係について、赤裸々に語られているのがたいへん好感を持てました。
中学の同級生の方と学生結婚をされて、親に反対されてアルバイト生活をしながら学者になるべく頑張られます。一方で、10年で5人の子どもを生み育てる生活となります。
広岡さんは、子育てを大変だと見守りつつ、大学の仕事があるので夜中の授乳・夜泣きにはつきあえず狸寝入り。休日に家族揃って出かけることで「妻の気晴らしにもなるかな」と思っていたそうです。
しかし、3人目の子を妊娠したとき、広岡さんが「子どもが2人だといろんなところへ行けて楽しかったね」と話しかけたのに妻が答えないのでびっくり。妻は、実はしんどい思いをしていたと言います。「どうすればよかったの」「半日、いや一時間でもいいから、あなたが子どもを預かってくれて、私を一人にしてほしかった」
「どうして言わなかったの。そんなのお安い御用なのに」「何回も言ってた。だけど、あなたは一回も耳を傾けてくれなかった」言った言わないの押し問答の末、妻は「分かるように言ってないのかもしれない」、義母に子育ての失敗を咎められたくないとの思いから、はっきり言っていなかったかもしれない、と言ったそうです。
広岡さんのここからの結論は、「母と子は一緒にいてこそハッピーだ」という思い込みで、妻の気持ちをきちんと傾聴できていなかったという反省になります。
それから、女性に対する「アサーティブネス」の勉強の勧めです。アサーティブネスとは、自分のことをきちんと相手に伝える、という意味です。
講演はこの後、妻が社会復帰のために子連れで経理学校へ行き、次には司法試験の勉強を始めるがいずれも「三日坊主」であったこと、次に語学をラジオ講座で始めると言うので「語学はたくさんあるから三日坊主でも1カ月もつよ」と軽口を叩いたところ、妻が滝のような涙を流して口を利かなくなった、結婚後10年を経て初めて猛反省した、というように進みます。
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まだ上巻ですから下巻が楽しみですが、この講演を聴いて女性で泣き出す人がたくさんいる、というのはもっともだと思いました。
男性からこれだけの反省の弁を聞けると、「わかってくれる人がいるんだ」という思いが突き上げるだろうと。
私は出産育児の経験がないので、他の人のを脇からごく短時間見せてもらうだけ、あるいは依頼者から聞くだけなのですが、それでも「子育ては大変」だと思います。子どもがかわいい、という気持ちが湧いてこなければ、到底20年も続けられないと思います。
一緒になって子どもをつくった父親が、子育てに関しては無責任にも脇に回ってしまう。この孤立感が、母親の気持ちを冷たく固くすると思うのです。そこから「子ども一途」→「お受験ママ」となったり、「虐待母」になったり、夫婦の危機を招いたりと、不幸な成り行きをたどる基になると思われます。
一方の父親は、母乳が出ないという決定的な差をはじめとして、母子関係に入り込めない何かを感じてしまうことが多いようです。それで、「やむなく」脇に回り、せいぜい外出で家庭サービスを、ということになるのですが、これが広岡ファミリーのようにズレを生んだりします。
私の周りにいる子育て世代の男性弁護士と話をしていると、「母子関係に入り込めなくなっている」ことが窺われます。しっかり育児分担している男性弁護士もいますが、その人たちは晩は6時か7時には帰宅しており、育児期間については、弁護士族の一般的な活動形態から外れざるを得ません。
本当は弁護士族の活動形態の方が「ワークライフバランス」が保てていなくて、駄目なんですけれども。(私もですが)
こういう講演は、ぜひ、男性に聞いてほしいです。
家族に決定的な危機が来る前に・・
大橋です。
GWに、バスツアーで「立山・黒部アルペンルート」へ行ってきました。
黒四ダムを一度見てみたかったのです。
行ってみてわかりましたが、まだ雪解け水がわずかで、ダム湖はほとんど水がなくて、表面には氷が浮いていました。下流の方もまだ50センチくらいの雪で覆われています。
しかしここも本格的な雪解けとなれば、3000メートル級の北アルプス・立山からの雪解け水がたいへんな勢いで流入してくるわけです。
黒四ダムを作るにはまた大変な技術力の結集が必要だったそうで、「黒部の太陽」という小説も現地で買ってきました。毎日新聞に連載されていたもので、映画化され、2009年にはテレビドラマとなり、DVDもあるとのこと。
他に「黒部」(信濃毎日新聞社)という本(写真が豊富)も買って読みましたが、黒四ダムの建設の契機は電力不足とのこと。
1951年に電力再編成により関西電力(株)発足。
当時は戦後復興で電力需要が急激に増加し、関西では家庭の停電や工場の電休日が発生するほど深刻な電力不足だったそうです。
そこで1956年に黒四ダム着工となるのですが、完成は1963年、7年間の大プロジェクトでした。
「「黒部では怪我しない(転落すれば死亡)」と言われた峻険な地形」などという言葉、171名の死亡者が出たことなどを読みますと、どれだけの難工事だったのだろうかと思います。
ところでその本に「水力発電は火力発電より出力調整がしやすい」という説明が出てきて、それはそうだろうな、と思いました。
水は貯めておけるし、電力に使用せず放流することもできるからです。
私にはこれ以上詳しいことまでわかりませんが、水力発電は原子力発電よりよっぽど「人間の手で制御できる発電」ではないかと思いました。
もちろん、ダムを造るところは山奥で、豪雪・突風・雪崩など、自然の猛威との闘いです。
それでも。原子力は人間の力を超えていると思えます。
続いて大橋です。
耳寄りな情報を得ましたので、これも書いておきたいと思いました。
大阪市営地下鉄御堂筋線、新金岡駅の近くに、大阪労災病院があります。
そこで、「勤労者 心の相談室」という、ストレスに悩む労働者向けの無料のカウンセリング相談があるそうです。(サイトには「心の電話相談」とありますが、面談もあるようです。)
無料なのは、貴重ですね。
平日だけなのですが、晩8時までなのも利用しやすそうです。
http://www.orh.go.jp/soudan/index.html
勤労者 心の相談室近年、労働者の受けるストレスは増加傾向にあり、厚生労働省の調査によると仕事に関して強い不安やストレスを感じている労働者が約6割に上っています。
大阪労災病院(勤労者予防医療センター)では、労働者の皆様にこのような悩みを取り除いていただくために専門のカウンセラーを配置し、ご相談をお受けするための「心の電話相談」を開設しております。
ご相談は、無料となっております。ご相談内容は一切他へ漏れることがないよう万全を期しますので、「心の悩み」をお持ちの方はぜひご利用ください。
このような症状が現れたら、ご相談ください。
気分が沈んで意欲がわかない。
些細なことでイライラして怒りやすくなったり、緊張しやすくなる。
酒の量が増え、酔ったときにくどくなる。
食べ過ぎることが多くなったり刺激物が欲しくなる。
食欲が低下する。
仕事の能率が悪くなる。
職場で人を避けるようになったり、挨拶ができなくなる。
心の相談室 お問い合わせ
電話 072-251-9556
相談時間 14:00~20:00
相談日 月曜日~金曜日(祝祭日を除く)
大橋です。
あの「3月11日」東日本大震災の日、私は、佐賀にいました。
佐賀地裁の「玄海原発MOX燃料使用差止請求訴訟」の第二回弁論だったのです。
ちょうど鹿児島で事故があって九州全域のダイヤが乱れており、裁判所へ30分遅れで向かうタクシーの中で、「自動車が浮いている」というニュースの声を耳に留めましたが、何のことかわかりませんでした。
弁論が終わって、報告集会の会館へ移動したところで、ロビーの大画面に大津波の映像が映るのを見ました。
福島原発がどうなるのか・・原告・支援の人々は直ちにそれを心配していました。
1カ月後の今、心配は正に現実化していっています。
行方不明の方もまだ多数、余震もただならない規模で生じている中で、福島原発も継続的に放射性物質を吐き続けている・・
特に変化のない大阪での生活を送りながら、東日本の地に、そして福島・日本・世界の未来に思いを馳せないではいられないこの1カ月でした。
まだまだ終わりません。ずっと状況に目を向け、できることをしていきたいと思いつつ。
「玄海原発プルサーマル裁判の会」の方も関わっている署名があります。明日が第一次集約ということなので、ネット署名をしました。
http://www.jca.apc.org/mihama/fukushima/signature110328/signature110328_1.htm